中編3
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あれ

その音は、耳元で蚊が飛び回っているような、どちらかというと、不快な音だ

そしてそれが聞こえる時刻は、決まって夕暮れどき

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すると、

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「ごめん、ちょっと、行ってくるね」

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妻のアユミは着替えさえもせずに部屋着のまま、慌てて家を出ていく

それも一度や二度ではない

俺の仕事はウェブデザインの仕事だったから、ほぼ一日中自宅にいるのだが、覚えている限りでも、十回くらいは続いていた

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以前、都内のマンションに住んでいたときは、そんなことはなかった

三ヶ月ほど前に現在の住居である郊外の中古の一軒家を買い、夫婦でそこに移り住んでしばらく経ってから、このアユミの奇妙な行動は始まった

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一度、聞いたこともあった

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「なあ、お前、夕暮れどきになると、いきなり出掛けて行くことがあるけど、あれ、何しに行ってるんだ?」

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「ああ、あれね そんな、大したことじゃないから」

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そう言って、アユミは笑った

だが、その目は決して笑っていなかった

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良くないこととは思ったのだが、尾行したこともあった

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門扉もきちんと閉めずに、小走りで出ていくアユミの背中を、俺は追った

彼女は家の前の路地を真っ直ぐ進んだ後、何回か角を曲がり、細い路地を進んでいく

しばらくすると右側に、朽ち果てた一軒の洋館が見えてきた

白い壁には蔦が巻き付いていて、生活臭の全くない家だった

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─こんな家、あったかな、、、

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俺は少し離れた電柱の陰で、一人呟く

門扉の前には、既に何人かの人が集まってきていて、ちょっとした人だかりが出来ていた

アユミもその中に入っていく

よく見ると、人だかりの向こうに何かがいた

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それは人の形をしているが、全体は黒くぼんやりとしていて影のようだ

まるで陽炎のように微妙に揺れている

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─何なんだ、あれは?

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やがて人々は「あれ」の前で一列になりだす

しばらくすると「あれ」は右手を高く挙げた

すると、先頭のサラリーマン風の男がくねくねと軟体動物のように体をくねらせ始めた

数十秒すると男性は列を離れ、今度はその後ろの女性も同じように体をくねらせだし、しばらく経つと立ち去った

アユミも同じく体をくねらせ、立ち去った

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─なんなんだ、これは?

新興宗教な何かか?

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そんなアユミの奇行がしばらく続いてから、1年ほど経ったある日の夕刻のこと

リビングのソファーで寛いでいる俺の前にいきなりアユミが立つと、どこか虚ろな目をしながら呟いた

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「ねぇ、わたしたち、もう、終わりにしようよ」

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「は?」

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意味が分からず、思わず声をもらす

すぐにまた、あの不快な虫の羽音が耳元で聞こえてきた

すると、

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─ピンポーン、、、

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突然、呼び鈴が鳴った

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玄関の扉を開けると、以前見た「あれ」が大勢立っている

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「あの、、、どちらさん、、、で、、」

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俺が尋ねる前に、アユミは靴も履かずに、「あれ」の中に飛び込んでいった

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「ち、、ちょっと!アユミ!お前、いったい」

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無情に扉はバタンと閉じた

必死に開けようとしたが、開かなかった

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それ以来、アユミが帰ってくることはなかった

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Fin

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