中編7
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カップラーメン奇譚

 あれと出会ったのは、小学3年生の夏休みだった。

 友人と近くの神社で隠れ鬼をしていたときのことだ。

 神社といっても、かろうじて鳥居が残っている程度だったが、小学生が遊ぶにはちょうどいい大きさの小山だった。

 俺と仲のいい友人は、当時よくそこで遊んでいた。

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 鬼に見つからない様、小山の中を駆けていると、ふと見慣れない洞窟を見つけた。

 こんなところに洞窟なんてあっただろうか。

 小学3年生とはいえ、小さいこの山のことはほぼ知り尽くしていると思っていた。

(まぁ、隠れるにはちょうどいいか)

 そのときの俺は気にも止めず、その洞窟に足を踏み入れた。

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 洞窟の大きさは、子供がギリギリ背を屈ませなくても入れる程度の大きさだった。

 奥行きは5メートル程度だっただろうか。

 中に入るとひんやりとしていたが、水が溜まっているでもなく、夏の日差しを避けるにはちょうど良かった。

(これは誰にも見つからんだろうな)

 洞窟の一番奥でかがみこみながら、いい隠れ場所だ、と俺は思った。

 その予測通り、鬼はなかなか此方に気付かなかった。

 近くで鬼が草をかき分ける音が聞こえたが、此方に気づく様子もなく通り過ぎていった。

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 30分も経っただろうか。

「降参だ〜!」

 遠くで鬼になっていた友人の声が聞こえた。

 最近じゃ、みんな山のことを知り尽くしているから、鬼が降参するなんて滅多にないことだ。

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 いい隠れ家を見つけた。

 皆んなには秘密にしておこうか。

 いやそれとも皆んなに明かして秘密基地を作るのもいいかもしれない。

 俺がそんなことを思いながら、立ち上がろうとしたそのときだった。

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shake

「おい」

 野太い男の声が洞窟に響いた。

 正面を見ると、太陽光を背に人が立っていた。

 いや、かろうじてその姿が「人型」だということがわかった。

 子供が背を屈ませなくても入れるといっても、直径は130センチ程度はあるだろう洞窟の出口から見えたのは、二本の脚だけだった。

 130センチ以上の脚があるなら、身長は3メートルほどある。

 小学生であっても、目の前の存在が人間ではないと言うのに気付くのに時間はかからなかった。

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(なんじゃありゃ・・・ 天狗か?)

 図書館の本で、山には天狗が住んでいて、その姿は人間よりもはるかに大きいと書いてあったのを覚えていた。

「お前は美味そうだな」

 また野太い声が洞窟に響いた。

 美味そう、こいつは俺を食べる気か。

 子供ながらに、背筋が凍りつくのを感じた。

 何か言わんと食われる。

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「俺は不味いぞ」

「不味いのか、俺には美味そうに見えるぞ」

「毎日カップラーメン食ってるから不味い」

 母親がよく「ラーメンばっかり食べてると死ぬよ」と言ってたのを思い出し、俺はとっさにそう答えた。

 死ぬということは、不健康になるということであり、不健康な身体は不味いと思った。

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「カップラーメンとはなんだ?」

「カップラーメンはカップラーメンだ、食べ物だ」

「それは美味いのか?」

「俺より美味い」

「では、カップラーメンをよこせ」

「今は無い。家に帰ったらもってきてやる」

「本当か?」

「約束する」

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 しばらく沈黙が続いた後、大きな羽ばたく様な音が聞こえ、二本の脚がぬっと空へと浮上していった。

「約束だぞ。破ればお前を食う」

 最後にそう残すと、先ほどまで立ち込めていた異様な雰囲気が消えた。

 外に出ると、今まで見たこともない様な大きな羽根が、あたり一面に落ちていた。

 助かったのだろうか、いやあくまでも約束を守れば助かるということだろう。

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 俺はすぐさま小山を駆け上がると、友人が引き止めるのも無視して、家までダッシュで帰った。

 家に帰ると、キッチンの棚からカップラーメンの醤油を取り出して、小山の方へ再び走り出した。

 途中で湯を入れ忘れたのに気付き、当時普及し始めていたコンビニエンスストアでお湯だけ入れ、山へ向かった。

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 山に戻ると友人はすでに全員帰っていた。

 俺は持ってきたカップラーメンを、朽ちかけた神社の賽銭箱の上に置いて、再び家に戻った。

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 家に戻ると母親から「あんたカップラーメン持ってどこいったんか?」と叱られた。

 急ぎすぎて気付かなかったが、俺はキッチンで料理をしている母親に目もくれず、カップラーメンを取って出かけていったらしい。

 俺が「煩い!俺の命がかかっとるんじゃ」というと、

 「お前は何をいうとるんか?」と奇妙な目で見られた。

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 これで俺は助かったのだろうか?

 俺は洞窟のことを思い出し、もしかしたら天狗が約束を破って俺を食いにきたらどうしようと恐怖に震えた。

 恐怖のあまり夕食も喉を通らないのを見て、母親は「カップラーメンを食ったから食べれんのか?」と言って食事を下げてしまった。

 その後も風呂や布団でガタガタと恐怖に体を震わしていると、いつの間にか眠りこけて一晩が明けた。

 結論から言えば、天狗は約束を守った。

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 次の日の朝、俺は再び小山の神社へと向かった。

 昨日カップラーメンを置いた賽銭箱を見ると、空の容器だけが転がっていた。

 俺は助かったのか。

 ほっと肩をなでおろした瞬間だった。

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shake

「おい」

 先日と同じ野太い声が耳元で鳴り響いた。

「もっと寄越せ」

 とっさに振り返ると、そこには何もいなかった。

 しかし、天狗が言ったのだということは、疑う余地はなかった。

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 それから俺は、日に一度カップラーメンを神社に収める事となった。

 近所のスーパーで安売りされているカップラーメンをまとめ買いし、コンビニで湯を入れて神社に納めた。

 資金は新しいゲームを買うために取って置いたお年玉を消費することになったが、命には変えられない。

 毎日神社に行くと、先日納めたカップラーメンの容器が落ちているので、新しいものを納め、空の容器を回収する日々が続いた。

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 夏休みが過ぎ、2学期に入って少しの頃だ。

 もう日課になっていたカップラーメン奉納の為神社に行くと、前日のカップラーメンが手をつけられずに残っていた。

(流石に飽きたのか?)

 俺はそうも思ったが、勝手に奉納を止めるとそれはそれで食われそうなので、当日分のカップラーメンを納めて帰った。

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 しかしそれは次の日も続いた。

 カップラーメン奉納に訪れると、2つの伸びきったカップラーメンが賽銭箱の上に残っていた。

 その次の日も同じく、伸びたカップラーメンが3つに増えていた。

 これはおそらく、もう十分という事だろう。

 そう判断した俺は、次の日からカップラーメン奉納をやめた。

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 カップラーメン奉納を辞めて一週間程度経ったある日である。 

 母さんが「ちょっと」といって俺を呼び止めた。

「あんたこの神社よく行っとるだろ?」

 そういって新聞の地域欄の、片隅の記事を俺に見せた。

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 そこには「環境汚染の被害者か? 増える動物の不審死」というタイトルの記事が載っていた。

 記事の内容は習っていない漢字が多く読めなかったが、添付の地図は確かに小山の神社の位置を指していた。

「行っとるけど、何なん?」

「あんた最近、神社でカップラーメン食っとるだろ。近くのコンビニでお湯入れて。黒崎の叔母さんが見たって言うとったわ」

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 母の言葉にギクリとした。

 勿論であるが、こんな話は誰にも信じてもらえないと子供心に分かっていたので、母にも話していなかったのである。

「この新聞にな、あの神社の近くで、デッカイ鷹が死んどるのが見つかったって書いてあるわ」

「鷹?」

「そう、鷹。で、解剖したらカップラーメンの麺が胃から見つかったって書いてある。あんた、食ったカップラーメンの残りを餌付けとかしてなかったか?」

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 俺は母の話を聞いてあっけにとられていた。

 そういえば、洞窟の前に大きな羽根が散っていた。もしかしたら、あの天狗は鷹の化身なのかもしれない。

 母よ、俺が餌付けをしていたのは鷹ではない、俺を食おうとした天狗だ、といって信じるか? いや、信じないだろう。

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「カップラーメンで天狗・・・いや、鷹は死ぬんか?」

「そら死ぬよ、お母さんいつも言っとるだろ? 塩分高いものばっかり食べとると死ぬ。人間でも死ぬんだから、動物なんかもっと少量でも死ぬんよ。だから人間の食べ物は動物にあげたらいかんのよ」

 なるほど、母がいつも言っている言葉は本当だったのだ。

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「で、あんた餌付けしとったんか?」

「しとらんよ」

 俺が否定すると、母は「そうか」と言った後「買い食いは辞めなさいよ」と一言だけ言ってキッチンに戻っていった。

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 それからも天狗が俺の所へ来ることはなかった。

 そして俺は以前の様にカップラーメンを食べることを辞め、栄養バランスのとれた食生活を心がける様になった。

 化け物より塩分の方が怖い、これは現代の塩分にまみれた食生活への警鐘なのかもしれない。

Concrete
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