中編3
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死臭

「私、人が亡くなるのが2週間くらい前からわかるんです」

仕事を終えて、駅の近くの居酒屋でお酒を呑みながら、ご飯を食べている時だった。

後輩のM子が言った。

M子の話によると、人は死ぬ2週間くらい前から死臭を放つらしく、その臭いでM子はその人の死期が近いことを知るのだそうだ。

だが、普通はそんなに早くから死臭はしない。

でも嗅覚が鋭くて、死期が近い人の身体の内部(内臓)が発する腐敗臭(死臭)を、敏感に感じとる人が稀にいるらしいと、以前誰かから聞いたことがある。

きっとM子はそうなのだろう。

「嗅覚が普通より敏感なんだね」

そう言うと、M子は複雑そうな笑みを浮かべた。

「子供の頃からそうだったんですけど、でもその臭いがするのは年配の人が多かったので、加齢臭だと思ってたんです。でもこの仕事に就てからそれが死臭なんだって気づいたんです」

私たちはナースだ。普段から病気の人と接し、普通の人よりも死を間近に看てる。

「回復に向かっているように見えても、その臭いがすると二週間くらいで病状が悪化してステります(ステルベン=亡くなるという意味)」

必ず。

例外はない。

M子はそんな風に言った。

今日は立て続けにステルベンがあった。

新人ナースのM子には、ハードだったかもしれない。

「そう言えばさ、レントゲン技師のK君っていいよね」

私は話題を変えた。レントゲン技師のK君は年配の人に優しい、爽やかな好青年だ。仲間うちでは、彼はM子に気があるのではないかと噂している。

M子は可愛く、二人はお似合いだと思う。

余計なお世話かもしれないけど。

「M子 今彼氏いないって言ってたよね。K君なんかどう?」

私が尋ねると、M子は困ったような表情を浮かべた。

「K君はいい人だと思うけど…今は仕事で手一杯で、彼氏とか無理です。それに…」

M子は暫し沈黙のあと、言葉を続けた。

「…今日話した時 気づいたんです。K君から臭ってくるんです」

今日 仕事中、レントゲン室に患者を迎えに行って会話した時に、K君の口元から死臭がしたというのだ。

私は困惑した。K君は見た目には健康そうに見える。

「K君 病気ってこと? そんな風には見えないけど…K君に話して検査してもらう…?」

私の言葉にM子は首を横に振った。

「無駄だと思います。そんなこと言ったら変な人だと誤解されるのがオチです。それに…」

M子は言い淀んでから話を続けた。

「例え病気じゃなくても、死に捕まった人からは臭いがするんです」

言ったあと、M子はしまった!という顔をした。

M子はため息をついて

「先輩変なこと言ってごめんなさい。もう忘れて下さい」

それきりM子は話をするのを止めてしまい、私たちは気まずい雰囲気で店をあとにした。

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それから二週間後。

K君が死んだ。

病死ではなく、オートバイでの事故死だった。

朝の申し送りでK君の死を知った私は夜勤明けのM子に視線を向けた。心なしか蒼ざめて見えるのは夜勤疲れのせいなのか。

K君の事故死は偶然で、実は病魔に侵されていたのかもしれない。確認してないからわからない。

M子が言ったように病気でなくても、死の運命が間近に迫った人からは死臭はするのか…?

それとも…

M子が感じる死臭は人が発するものではなく、その人の背後に迫る、死神が放つ臭いなのかもしれない。

そんなことを考えながら、私は知らず知らずの内に、手で自分の口を押さえていた。

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