中編5
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とても素直な人

ボンネットで跳ね返る雨音のせいか耳の後ろ辺りが12秒に1回のペースで、ズキンズキンと痛む。

どうやら昨晩は飲み過ぎたようだ。

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会社を出たのは午後9時過ぎだった。

帰り際に蛇より53倍嫌いな上司の会田に捕まり、ねちねちした叱責を受け、いつもより随分と遅くなってしまったのだ。

ムシャクシャして何だか自宅に直行するのがつまらなくて、何となく駅前の居酒屋に立ち寄った。

店は結構混んでいて、奥のカウンターの端っこに座った。

ここまでは記憶があるのだが、それから後がほとんど思いだせない。

ただその時隣に座っていた若い男と意気投合し、ベラベラと熱弁をふるっていたところだけは断片的に脳内に甦ってきた。

とにかくかなり飲んでいた、ということだけは間違いないようだ。

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本格的な梅雨入りということで空には鉛色の雲が隙間なく立ち込め、今日は朝から雨が降り続いている。

車で得意先を周りお昼になったので、コンビニで弁当を買って駐車場で平らげた。

大粒の雨の跳ね返る音をBGM にしてクーラーを強めにすると、運転席のリクライニングを倒して目を瞑った。

右に左に何度となく体を横にして、ようやく心地よい微睡みの海に浸かろうとしたその時だ。

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コンコン、、、

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右側からウィンドウを叩く音で、いきなり現実に引き戻された。

目を擦りながら窓側に首を動かしてちょっと驚く、

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誰かが運転席を覗きこんでいるのだ。

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30いや40くらいか、、、雨のせいではっきりとは見えないのだが前髪のほとんどない色白の痩せた男が満面に笑みを浮かべながら、傘もささずに立っている。

季節はもう夏だというのに真っ黒な長袖セーターを着て

おり、ウィンドウに顔を近づけ大きく目を見開き何やら懸命にしゃべり続けているようなので、少しパワーウィンドウに隙間を作ってやった。

するといきなり言葉が一気にこぼれてくる。

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「あのぉ、あのぉ、あのぉ、田辺さんでしょ。

いやあ、こんなところで再会できると思わなかったなあ ねぇまた少し話しませんかぁ?」

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訳が分からず戸惑っているとさっさと反対側に周り、勝手にドアを開いて助手席に座ってきた。

頭のてっぺんから靴までびしょ濡れで、背中に大きめのリュックを背負っている。

俺はドアロックしていなかったことを悔やんだ。

男は俺の言葉を遮るように再びしゃべりだす。

少し興奮している。

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「あのぉ、あのぉ、あのぉ、ボク、あれからアパートに帰ってから考えたんですよぉ。

田辺さんが熱く語っていた素晴らしい話を」

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「素晴らしい話?」

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何のことなのか、さっぱり分からないので聞き返した。

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「あのぉ、あのぉ、あのぉ、ほらあ、あの素晴らしい『世紀末の価値観』というやつですよぉ。

いやあ、はっきり言って昨晩は完全にやられましたぁ。

目から鱗がポロポロ落ちましたあ。

それでねボク早速、さっき実行してきました」

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「え、、、実行て何を?」

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とにかく訳が分からないので、こう言うしかない。

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「あのぉ、あのぉ、あのぉ、この現実に必要のない連中はこの世から抹消してもいいというスーパー論理ですよ」

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「は?」

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「またまたあ、惚けないでくださいよお。

田辺さん昨晩あの居酒屋で言ってたじゃあないですかあ。

気にくわない上司とか使えない政治家とか面白くない芸人とかは抹消するべきだって、、、

そうすることで世界は浄化されていくんだって。

それでねボク、、、」

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言いながら男はおもむろにリュックを膝上に乗せるとファスナーを大きく開き、こちらの方に向ける。

ほらあと男に急かされて渋々俺は中を覗きこむ。

いきなりなぜだか錆びた鉄の匂いが鼻をついた。

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─何だ?これは?

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大きく開かれたリュックの中には何だろう、黒い髪の毛が見え隠れしている。

初めそれはマネキンか何かの首かと思った。

だが違った。

すると男は誇らしげにその髪を掴むとリュックの外に持ち上げる。

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それは紛れもなく人の頭部だった。

その人は眠っているかのように目を瞑っていて、切断部からは生々しい肉塊が覗き、そこからポタポタと血が滴り落ちている。

次の瞬間俺は強烈な吐き気を感じ、右隣のドアを開けるとアスファルトにひとしきり戻した。

後ろから男の声が聞こえる。

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「あのぉ、あのぉ、あのぉ、これ、田辺さんが蛇より嫌いな上司の『会田』でしょ。

昨晩会社の名前と部署を言っていたじゃないですかあ。 だからボク忘れないようにメモして、がんばって訪ねたんですよぉ。

そしたらね応接室に通してくれて、しばらくしたらやって来たからスタンガンで眠らして、準備していた鉈を使ってその場で処刑してやったんですよぉ。

結構大変だったんだけど、ボク頑張りました。

それから田辺さんが昼間よく休憩していると言っていた、このコンビニに来てみたら居られたんで、、、」

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「あんたなんてことしたんだ!俺は、俺は、そんなこと頼んだ覚えはないぞ!」

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俺はドアを閉めて男の方に向き直ると怒鳴った。

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男はしばらくの間キョトンとした顔をしていたのだが、やがて今にも泣きそうな顔になり

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「ひどい、ひどいよぉ、田辺さん。

あなた言っていたじゃあないですか。

上司の『会田』がいなくなったらこの世界もかなり良くなるって、、、

ボクは、ボクはただ、あなたの素晴らしい世界観に従っただけなのに、、、」

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と言って『会田』の頭をリュックに戻しファスナーを閉じる。そして再びそれを背中に背負うとドアを開け、外に出た。

俺もあわててドアを開け外に出ると、男の方へ走った。

大粒の雨が体のあちらこちらを濡らしていく。

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「ちょ、ちょっと、待ってくれ!

あんた今からどこに行くんだよ!」

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俺は男の背中に向かって叫んだ。

男はゆっくりとこちらを振り向くと、またあの薄気味悪い笑みを浮かべ喋りだす。

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「あのぉ、あのぉ、あのぉ、まだ後何人か個人的に抹消しないといけない人たちがいるんで行ってきます。

それで少しでも、この世界が良くなるというのなら、、」

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それから男は再び前を向くと、バシャバシャと音をたてながら降り続く雨の中に消えていった。

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俺は傘もささずその場に立ち尽くしながら、ただ呆然とその遠ざかる背中を眺めていた。

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Fin

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@肩コリ酷太郎 様
怖いポチ、コメント ありがとうございます
ボクは人には全て、頭に危険なスイッチがあり、
それは普段はオンにはならないのだけど、何かの拍子でオンになってしまうと、かなり危ないことも簡単にやってしまうのでは?と思っています

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あ、あのぉ ぜひともうちの店に来るクレーマーも彼に紹介してやってくださいw

いやしかし、ほんとにありそうな話です!
「あんなやつ死んじまえ」なんてわりと酔った勢いで言うこともあるし、
場所と声の大きさは考えないといけませんな……

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