中編3
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土筆

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今年の春から私は大学生になる。

両親が大学は出ろと口をすっぱくして言うので仕方なく進学したが、本当はさっさと就職したかった。でも、ここまで育ててくれた親に口答えはしたくなかった。

その日、私は「南井(なおい)書店」というお店を訪れていた。駅から大学へ向かう道中にある古めかしく、こじんまりと佇むこのお店は大学へ訪れる度に気になってはいたが、今まで入店する機会がなかった。

唯一の趣味が読書である私にとって、このお店は四年間の大学生活で最も重要な場所となるであろう。最も重要、と言うのは些か大袈裟である気がするけど、本屋さんは私にとってそれくらい大事なのだ。

しばらく店内を物色してから、友人に薦められた「串原閑羅瀨(くしはらしずらせ)」と言う作家さんの本を数冊購入してお店を後にした。こじんまりとしているのに中々に品揃えの良いお店であった。

今日は特に予定もないので、私はここまで来たついでに下宿先周辺を散策することにした。

私が起居する予定の下宿は大学から電車で二駅乗って、そこからバスでがたがた揺られて十分程行った所にある。近くを川が流れていて周囲にはちらほらと田んぼがあり、なんだか中途半端に田舎臭さが残る落ち着いた場所であった。部屋の窓から臨む景色やこの土地の赴きが地元の雰囲気とそっくりで、住むならここがいいと即決したのだった。

私はバスから降りると、川に沿って舗装された道を上流に向かって歩いてみた。しばらくは綺麗な石の道が続いたが、あるところを境にすぱっとその道が終わり、そこから先はずーっと砂利の道が続いていた。あまり手入れもされていないらしく、辺りには鬱陶しく雑草が生い茂っていた。その雑草の中にぽつんと小さな土筆が生えていた。

土筆を見ると昔の嫌な思い出が蘇る。

私は幼い頃から普通の人には見えないモノが見える。所謂、幽霊や妖怪。それが私以外には見えないことを知ってから、この事は自分だけの秘密にしている。きっと人に話したら頭のおかしい奴だと思われる。それが嫌だったから…。

小学生時分。私は小説の登場人物の真似をして、近くにある河川敷のベンチで本を読んでいた。川面が陽の光を浴びてきらきらと輝き、ときおり吹く優しい風は蒲公英や春紫苑をゆらゆらと揺らしていた。

少し強い風が吹いてページがめくれそうになり、それを手で押さえて風が止むのを待った。

その間、辺りを眺めていると遠目に土筆が見えた。さっきあそこを通った時は気づかなかったけど、緑の中に少し茶色く細長い土筆が何本も生えていた。

当時、祖母が作ってくれた土筆の佃煮がとても美味しかったことを思い出して、それを母に作ってもらおうとベンチから立ち上がり駆け寄った。しかし、意気揚々と近くまでやってきた私はそれを見て落胆した。

周囲に何本も生えるそれは土筆ではなかった。痩せ細り、血の気のない、泥で茶色く汚れた人の指だった。辺り一面に指が生えていた。風で揺らめく草花の中で、その指は微動だにせず真っ直ぐ天を指していた。

すると、土の中から芽を出すように地面を突き破り、ぼこっと指が生えてきた。ここへ訪れた時は確かに指は一本もなかった。それは気づかなかったわけではなく、私がベンチで本を読んでいる間にこうやって生えてきたのだ。

一体、この指達は何を思ってここに居るのか、何を思い天を指しているのか、それは私にはわからなかった。

砂利道を進んでみると沢山の土筆が雑草の中で力強く伸びていた。土筆は風に吹かれ、草花と一緒にゆらゆらと頭を揺らしていた。幸い、その中に一本も指は生えていなかった。

不気味な指のように、過去に体験してきた奇怪な出来事を思い返す。これから先も変わらずそれらに遭遇し、巻き込まれ、不愉快な思いをする事になるのだろう。私は周りとは全く違う不安を抱えながら帰宅したのだった。

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