神御呂司村の怪奇譚 本編6

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神御呂司村の怪奇譚 本編6

その夜、不思議なことが起こった。

 深夜。俺がベッド上でまどろみに落ちようとしていたら突然、ドアを開ける音がした。最初は夜勤のヘルパーが喫煙をするために外へ出ていったのだろうと思った。だが、気になって目を開けてみると夜勤のヘルパーは隣で寝息をたてながらが眠っている。いつも不眠症の坂口は明日に備えてゆっくり休もうと睡眠薬を飲んで深く眠っている。俺の位置からその姿は見えないがいびきだけは聞こえていた。

 ──それじゃあ、今、部屋に入ろうといるのは誰?

 恐怖で完全に目が覚めた。

 ──強盗が入ろうとしているのだろうか?

 だが、それはないと思った。こんな安っぽい民宿に泊まる客が大金を持っていると思う泥棒なんているはずもない。どうせ強盗に入るなら観光客が賑わっている場所でやればいい。

 ──となると……また、怪異か?

 俺がそう思った時、ベッドの傍らに人影が現れた。

 五十歳ぐらいの男だった。

 服装は修験者のような格好をしていた。

 その男はこちらを見下ろすように立っていた。血の気のない蒼白い顔。とても生きた人間とは思えなかった。

男はその場に正座して律義に一礼した後、少し間をあけてから口を開く。

 「夜分遅くに申し訳ございません。手前は鳴鬼鉄斎(なるき てっさい)と申す者。生前は鳴鬼流蟲術(なるきりゅうこじゅつ)の祈祷師をしておりましたが、今ではご覧の通り村内を彷徨い歩く幽鬼と成り果てました」

 「鳴鬼流蟲術?」

 「左様。大陸より伝来した蟲毒という呪術を用い、殺生代行を請け負う稼業にございます」

 「……人殺しを生業としている恐ろしい方が俺にどんなご用で?」

 「手前は一生涯、祈祷師として各地を放浪しておりました。ところが最後に請け負った仕事で失態を犯しまして……」

 「失態?」

 「はい。少し話が長くなるとは思いますが……お聞きいただけますでしょうか?」

 「その長い話が俺にどんな関係があるんですか?」

 「それは手前の話を最後まで聞けばわかる」

 祈祷師は俺の問いかけを威圧的な態度でいなし、淡々とした口調で語り始めた。俺は仕方なく耳を傾けることにした。

 あれは天保のことでございました。ちょうど手前はこの神御呂司村に逗留しておりました。

 村は飢饉に苦しんでおりました。

 ある時、手前は村の長から相談を受けたのでございます。その相談とは「この村の枯れた田畑を実り豊かなものに変えることはできまいか」というものでありました。正直に申しますと手前は答えに窮(きゅう)しました。

解決策が無いわけではございませんが……それは高名なお坊様の霊験あらたかな仏法の力とは異なります。

手前が行うのはあくまで悪しき邪法。おぞましく、人の道から外れた術ばかり。

 それでも村の長は教えて欲しいと申されまして、手前はやむなく秘術を授けたのでございます。ハッカイ法というものですが、それこそが村長の一族「清水家」の不幸の始まりであり、手前が死してもなお、成仏できぬ理由でございます。

 この秘策はまことに惨い方法でして……まず、八人の幼子を人身御供に選びます。

皆、歳の頃は七つの幼き娘であることが条件でございました。人身御供に選ばれた子らを殺し、八人分の心臓を取り出して大きな壺に納めるのです。すると、犠牲になった者たちの怨念が壺の中で溢れかえります。

その怨念が壺から流れ出ぬように封印した後、村の中心部である山の頂きに埋めるのでございます。

今ではミサゲ山と呼ばれる、かの山を選んだのはあそこが村の心臓部に位置するからでありました。ミサゲ山から気が沸き上がり、その気が地脈を通じて村全体に流れているのでございます。人体に例えるならば、ミサゲ山が心臓、地脈が血液を体全体に行き渡らせる血管とでも言えばよろしいでしょうか。

 どうしてこの秘策が適していたのかと申しますと、実は神御呂司村の地は陰の気で満ちており、農作物が実らない状態にあったからでございます。手前の秘策はこの陰の土地に対して、同じく陰の性質のものをぶつけることで互いを相殺させ、土地の気を陽に転じるというものでございます。

土地が陽の気に満ちれば田畑は豊になるでしょう。陰の性質のものとはすなわち、件の壺に封じられた怨念のことであります。

 この呪法は確実な方法ではございますが人間を殺し、悪霊に仕上げるのですから容易なことではございません。

怨念が暴れ出さぬように壺を埋めた場所には祠を築き、荒ぶる御霊を神として祀り上げる必要もございます。そうしなければ村に災いが起きるからです。

 村の長は恐ろしさに身震いしておりましたが村のためならばと覚悟され、ご子息と共にハッカイ法を執り行いました。

 しかし、これには代価が求められるということを村長にお伝えすることが叶いませんでした。

 代価とは村の長の一族に連なる男は皆、短命になるということです。

何故ならこの秘策を行った者は子々孫々と末代まで祟られることになるからです。

罪もない幼子たちは村長の親子に殺されたのですから男子を恨むのは当然でございましょう。犠牲のおかげで村は豊かになっていきました。

 ただ、手前は村長にこのことをお伝えする前に流行り病で命を落としてしまったのです。

その後悔からこの地で呪縛霊となり、清水家の行動を見てきました。残念なことに一族の人々はご先祖が犯した所業を忘れておられるようです。

 このままでは恐らく……幼子の怨念が悪霊として祟りを起こし、この村だけでは飽き足らずに全ての生きる者に災いを与えることでございましょう。

 今宵、手前がここにお邪魔したのはそのことで貴方様にご相談があるからでございます。

 俺は想像を絶するほどにおぞましい裏の歴史を知らされて驚愕した。と同時に神御呂司村の寂しげな雰囲気も納得できる。この村は多くの犠牲のもとに成り立ってきたということだ。とても褒められたことではないと思った。

天保の大飢饉と言えば江戸四大飢饉の一つであり、大勢の人々が災害や飢餓によって亡くなった。辛かったのはこの村だけではないはずだ。追い込まれていたとはいえ、村長の決断は正しかったとは思えない。

 まあ、現代に生きている自分たちには想像もできないような苦悩があったのだろうけれど。

 ──だけど、そんなことを俺に話してどうしろと言うのだろうか?

 祈祷師はこちらが愕然としている様子に申し訳なさそうな表情をしながらも話し続けた。

 「どうか、悪霊を打ち祓って頂きたいのです」

 「自分で引き起こしておきながら他人に後始末をさせるんですか?随分と勝手な人だな。だけど、俺には何もできませんよ」

 「いえ、貴方様一人だけに頼ろうというのではございません。お連れの陰陽師様にもお力添えを頂きたいのです」

 「どうして俺の居場所や土御門さんのことを知っているんです?」

 「実は清水家で貴方と陰陽師様が壺の話をしているのを目にしたもので」

 「俺の後をつけていたんですか?」

 「申し訳ございません。ご無礼を承知でつけさせて頂きました」

 「まあ、あなたの話を信じて良いかはわからないけれど、とりあえず明日、土御門さんに話してみるよ」

 「それは有り難い。では、よろしくお願い致します」

 祈祷師は安堵したような表情を浮かべ、最後に深々と頭を下げた後に忽然と姿を消した。

 その後、俺は目の前が真っ暗になって昏倒してしまった。

 目覚めた時には夜が明けていた。どうやら夢を見ていたようだ。

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