神御呂司村の怪奇譚 本編7

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神御呂司村の怪奇譚 本編7

翌朝。俺は郷土資料館の閲覧室で土御門さんと落ち合った。坂口は宿に置いてきた。彼を危険な事件に巻き込むのは不憫だと思ったからである。

 土御門さんはテーブルをはさんで俺と向き合うように椅子に座った。

 「それで稲生君。何か新しい発見とかあったのかな?」と彼女は無邪気に微笑んで言った。

 「まあ、色々と分かりましたけど、あんまり気分の良い情報ではありませんね……」

 俺が憂鬱気味に答えると、土御門さんは少し心配そうに訊いてきた。

 「何か嫌なことでもあったの?」

 「後味が悪い話っていうか何というか……土御門さんはどうでした?」

 「私も色々と情報を得ることができたわ。だけど、まだはっきりしないことがあるからお互いに情報を共有しましょ」

 「そうですね。じゃあ、俺から話しますね」

 「どんな話が聞けるのか楽しみだわ」

 土御門さんはさっきまで心配そうな表情だったのにもう、好奇心旺盛な子供のように瞳を輝かせながらこちらが話すのを待っている。以前にも感じたことだが彼女の瞳は琥珀色に見える。

 何とも美しく、引き込まれてしまうような気がした。見とれてしまうのは土御門さんが美人だということもあるけれど……。

 「どうしたの? 人の顔なんて見つめちゃって。早く話しなさいよ」と土御門さんはニコニコしながら俺の頬を軽く突いた。

 「あっ、すみません。今から話しますよ」

 俺はまず、図書館でコピーしたミサゲ祭りに関する記事を見せた上で壺を使った奇祭があることを伝えた。そして、夢の中で祈祷師の亡霊が教えてくれた村の悪しき歴史を説明した。鳴鬼流蟲術という名称を出した辺りから土御門さんの表情が険しくなってきた。

 「鳴鬼流蟲術か。私も耳にしたことがあるわ。悪い評判しか聞かないけどね」

 「やっぱり。どおりで胡散臭いわけだ」

「そうね。簡単に言うと蟲毒を用いる殺し屋のようなものだからね。それで祈祷師が村長に授けた呪法っていうのはなに?」

 「確か……ハッカイ法と言ってました」

 「なるほど。私が調べたことと合致するわね」

 土御門さんは気になっていた問題が解けたらしく、納得したような表情を見せた。

 「さあ、今度はこっちが話す番ね」

 土御門さんは自分が調べてきたことを順番にゆっくりと話してくれた。

 「まず、私は手始めに清水家の蔵を調査したわ」

 「調査って、許可は得たんですか?」

 「いいえ。得てないわよ。だって、楓さんが怖い顔でダメっていうから」

 「勝手にやったんですか!? でも、どうやって?」

 「式神にやらせたのよ。ほら、ちゃんと証拠も持ってこさせたわ」

 土御門さんはそう言うとおもむろに「清水家秘伝書」と題された古めかしい和綴じの目録を取り出した。

 「これによるとね……」

 土御門さんは目録をめくりながら説明し始めた。

 目録の天保年間の項目に「某年某月某日。祈祷師の鳴鬼鉄斎より秘術ハッカイ法を授かる」と書かれていた。それに続いてハッカイ法の説明やどうしてそれをやるのかという理由が記載されていた。

 「これは俺が夢の中で祈祷師から聞かされたのと同じだ!」

 「そうなのよ。それでもっと情報を得ようと思ってカネさんに教えてもらったの」

 土御門さんはカネさんから教えてもらったことを話してくれた。

 カネさんが嫁いだ清水家は代々、ミサゲ山に祀られている祠の壺を管理してきた一族だった。

 太平洋戦争の折、当主になるはずの長男が出征してなくなり、急遽事情を知らない次男が相続することになった。この次男は無神論者で気味の悪い祠を壊して、御神体の壺をどこかに捨ててしまった。その祟りが影響したのか次男は祠を破壊した半年後、何の前触れもなしに吐血して急死してしまった。

 その為、カネさんの夫である三男が跡を継ぐことになった。信心深い彼は祠を建て直そうとした。だが、息子が生まれた後に病死してしまう。

 カネさんは病に伏せていた夫の臨終の際に遺言を聞いていた。

 夫の遺言は「あの壺は恐ろしいものだ。兄貴が捨てたと言っていたが、まだ祟りが続いている。きっと、どこかにあるはずだ。すぐに見つけて祀ってさしあげろ」というものだった。

 カネさんは遺言通りに壺を探したが見つけることができなかった。困り果てた彼女はふと、前当主と夫が同じ部屋で倒れた場所に因縁があるのではないかと考えて床下を調べた。すると、そこには件の壺が捨てられていたという。

 だが、三男の死と同時に家計が傾いたため、祠の復元は困難になっていた。前当主からの負債が恐ろしい金額に膨れ上がっていたらしい。

 そこでカネさんはやむなく近所の神主に壺を預けることにした。だが、その神主はすぐに壺を紛失してしまったのだという。以来、カネさんは壺を探し続けてきたが未だに発見できていない。 

 高齢ということもあってしばらくは壺のことを忘れていたようだが、孫の康介が死んだと同時に記憶が蘇ったようだ。それで土御門さんに手紙で依頼をしたということらしい。

 「なるほど。そういう事情があったんですね。だけど、康介の死と同時に壺を思い出すなんて妙ですね?」

 「確かにそうね」

 「今のところ、情報を持っていそうなのは死んだ康介かも知れませんね。彼の魂から聞き出せればなあ」

 「できるわよ」

 土御門さんは涼しい顔で当たり前のように言った。

 「できるんですか?」

 「もちろん。あなただって夢の中で死者と会話したんでしょ?」

 「まあ、そうなんですけど……ちなみに彼が死んだのは清水家の近所にある竹林です」

 「それじゃあ、今から一緒に行きましょう」

 土御門さんはまるでピクニックに出かけるような明るいテンションで動き出した。正直、俺はこの竹林で恐ろしいめに遭ったばかりで行きたくなかった。そもそも、人が死んだ場所にわざわざ喜んでいくバカがどこかにいるのだろうか。俺には土御門さんがどこか奇怪な事件を楽しんでいるような気がした。叔父がこの人を変わった人間だと言ったのも納得できると思った。それでも俺は清水がどうして死んだのかも知りたかったので黙ってついていくことにした。

 こうして、俺と土御門さんは清水康介の遺体が発見された現場へ向かうことになった。

 郷土資料館から出た時、太陽は中天にさしかかっていた。冬の訪れを予感した季節とはいえ、陽光はまぶしく目にささるようだった。風が時折、道すがらに広がる田んぼの藁束を揺らすのをぼんやり見ながら畦道を進んでいると突然、土御門さんが悲鳴を上げた。

 「きゃ!」

 彼女はピクニック気分で軽快な足取りを不意にやめ、俺の電動車いすの背後に隠れてしまった。

 「どうしたんですか?」

 俺が驚いて尋ねたが、土御門さんは震えた声で何かつぶやいた。

 「え?」

 俺が問い返す。

 「い、い……」

 「うんっ?」

 「あ、あれ……」

 土御門さんがおどおどした様子で何かを指差しているのだけはわかった。

 俺がその方向を見ると、柴犬が一匹、老人に連れられて散歩しているところだった。

 「まさか、あの老人が何か悪い霊にとり憑かれているんですか?」

 「何言ってるのバカね、そんなんじゃないわよ、問題はその隣にいる獣よ」

 「どこに?」

 どうみても愛くるしく尻尾を振った柴犬のことを言っているようにしか思えないのだが、そんなことは……。

 「私は苦手なの! あの姿を見かけるだけでも鳥肌が立っちゃうのよ」

 そう言うと土御門さんは犬と目を合わせないように老人が近づいてくるにつれて俺の電動車椅子を起点にして身をよけるのだった。可愛い一面もあるものだ、と俺は苦笑しかけたが、あとでどんな復讐をされるかわからないので土御門さんに気づかれないように声を押し殺すのに必死だった。

 やがて、老人に連れられた柴犬はその場から立ち去った。彼女は犬が居なくなったのを確認するや否や立ち上がり、何事もなかったかのような顔で俺の先を歩き出した。

 「グダグダしてないで。早く来なさいよ!」

 土御門さんは少し不機嫌気味にそう言った。

 「そうですね。急ぐとしましょう!」

 俺は従順な下僕のようにうやうやしく受け答え、彼女の後を追うように動き出した。

 竹林は昼下がりだというのに静まり返っていた。

 まあ、誰も通らないのだから当然のことかもしれない。それは地元の人間がいかにこの場所を本気で神聖なものとして考えていることを意味していた。

 清水の遺体が発見されたのは道から少し外れた場所だった。竹林の管理人が降り積もった竹の枯れ葉の上に仰向けで倒れているのを発見したという。

 土御門さんは現場に到着すると早速、そこで霊視を開始した。俺は土御門さんの傍らで静かに霊視の様子を見守った。

 土御門さんが呪文らしき言葉を二言ほど吐いた後、しばらくして辺りに一陣の風が巻き起こった。髪を軽くなぶる程度の風圧だった。だが、季節に似合わぬ生暖かい風で薄気味悪いものがあった。

 やがて、不穏な風に引き込まれるように黒い煙が集まってきた。

「土御門さん。その黒い煙のようなものは何ですか?」

「ああ、これは残留思念よ」

土御門さんによると人間は日々、思念をまき散らして生きているという。

 残留思念とは人々の怒り、憎悪、悲しみなど強い負の感情が思念というエネルギー粒子となって空気中に漂うらしい。その残留思念に対して、霊や魂と呼ばれるものの場合は人間の様々な記憶の集合体であり、本来は何もできずに漂う存在でしかないそうだ。だが、霊的な存在が空気中に漂っている思念を取り込みことで現実に怪奇現象を起すほどの力を持つという。そのせいなのかは不明だが霊魂は残留思念の溜まり場に引き寄せられる性質があるらしい。駅などの人混み、それに自殺や殺人現場には通常よりも多くの残留思念が漂っているために霊魂を呼び寄せてしまうのだそうだ。霊感がある人間には残念思念が黒い煙に見えるという。

「なるほど。ちなみに前回、俺を呪った安達も殺人事件現場で黒い煙を見たと供述していたんですけど、それは残留思念だったのかも知れませんね」

「そうね。人が死んだ場所には強い殺意や憎悪が残るはずだから。精神的に弱い人が残念思念に悪影響を受けるのは珍しいことじゃないわ。そんなことより、そろそろ清水康介を呼び出せそうよ」

土御門さんは残念思念の話題を打ち切り、遺体があったとされる場所を凝視した。

それから五分が経過した頃、土御門さんの凝視している辺りに黒い人影がぼんやりと浮かび上がってきた。最初は誰なのか分からなかったが、黒い影が徐々に消え去っていくと同時に半透明の清水の姿が現れた。彼の目は虚ろであり、どこか寝ぼけているようだった。

土御門さんはその様子を見て少しだけ、困った表情を浮かべた。

「これはまともに会話できるか分からないわ」

「それはどういうことですか?」

「だって、この人。記憶の一部を失っているみたいなの」

「幽霊が記憶喪失って──そんなこと、あり得るんですか?」

「それはあるわよ。交通事故とかあまりにも衝撃的なことで死んだ者は記憶を失うケースがあると言うから」

記憶を失っている霊はまともに会話できるか不明らしいが、土御門さんは「それでも話しかけるわ」と言った。

土御門さんは清水に近づいて一言、声をかけた。

「こんにちは。私は土御門。あなたが清水康介さん?」

 「──」

蒼白な顔で空中に浮かんでいる清水は何も答えない。表情も変えずに虚空の一点を眺めている。

  土御門さんは諦めず、彼の名を呼び続けた。

 「清水さん。清水康介さんでしょ?」

 「……ああ……ううん。……頭が痛い。……何だ、アンタは誰だ? こっちは気持ち良く眠っているんだ。起こさずに放っておいてくれよ」

 「私はあなたがどうやって亡くなったのか知りたいの。教えてくれない?」

 「ぼくが死んだって? 何を言っているんだ。だけど、眠る前の記憶ならあるけどね」

 「それなら是非とも聞かせてちょうだい」

 「アンタも変わった人だね。まあ、知りたいなら教えてやるよ」

 清水はまるで独り言のように誰の顔も見ず、淡々と語り出した。

 あれはいつだったかな。もうずいぶん前だったような……そうでもないような。

 まあ、いいや。

 気づいた時、ぼくは「あの人」の声が聞こえるようになった。

 誰かだって?

 それはぼくの大切な人。あの人はあの人さ。

 あの人はぼくに助けて欲しいと言った。なんでもあの人は真っ暗で、狭苦しい場所に閉じ込められているらしい。だから、あの人はそこから出たいと言った。抜け出す手助けをして欲しいとも言ったな。

 ぼくはあの人に同情してさ。可哀想だと思ったから協力することにした。どうすればいいのかと訊いたらあの人はこう言った。

 「ワタシは身動きが取れない。だから、不思議な力であなたの頭の中に語りかけているの。今日から順番に指示を出していくから従ってくれる?」

 ぼくはもちろん従うと答えた。それで何をすればいいのかと訊いたんだが、とんでもないことをあの人は言い出した。

 「七歳ぐらいの幼女を八人さらってきなさい。それで順番に殺していき、心臓を抜き取るのです」

 さすがに抵抗はあったよ。人を、しかも小さな女の子を殺すのだからね。だけど、この世で一番大切なあの人が言うことには従うしかなかった。

 最初は辛かったよ。見知らぬ女の子をお菓子やおもちゃで信用させて騙し、最終的には殺していくのだから罪悪感はあった。必死に命乞いをするあの子たちの表情を今でも覚えている。

 一人一人順番にさらい、順番に殺していった。

 ぼくは泣きじゃくる相手の首を両手で締め上げた。少しづづ、ゆっくりと息ができなくほどに締め上げていく。

 だんだん、ぼくは罪悪感を通り越して……性的な興奮を感じていたよ。あの苦悶と絶望に満ちた表情はたまらなかった。みんな、気づいた時には真っ白な顔で死んでいた。

 それにしても人間は死ぬといろんなものを垂れ流すんだね。血液はもちろんだけど、きりがないほどに糞尿なんかもドロドロに流れ出ていたよ。臭いはきつかったけど、作業はそれじゃ終わらない。今度は心臓を抜き取らないといけない。あれは嫌な作業だったな。

 まず、腹部に刃物を突き刺して、胸部にかけてゆっくりと切り開いていった。最初はぐにゃっとした感触が気持ち悪かった。だけど、臓物を眺めているうちに気持ちが変わった。

 アンタ、知っているかい? 案外、臓器って綺麗な色をしているんだぞ。鮮やかなほどのピンク色だった。ものによっては赤かったり、薄紫色だったりと色とりどりだった。最後に心臓を手で掴んで取り出した。最初は抵抗があったけど、よく見たら牛や豚とかの家畜の肉と変わらないな。そう考えたら人間の子供を殺すなんて簡単だと思えてきてね。あっという間に目標の八人を殺していた。

 集めた心臓はクーラーボックスにちゃんと保存したよ。

 ぼくが目標を遂げると今度はあの人が「ワタシは竹林に落ちている壺に封印されている。その壺を見つけ出し、その場で儀式を行って欲しい」と言った。

 封印とか儀式とか変なことを言っていると思ったけど、もう八人も殺してしまったんだ。あとには引き返せない。

 ぼくはその壺を見つけ出した時、またあの人の声が聞こえた。

「さあ、心臓が入った箱を壺の隣に置きなさい。それでワタシは自由になれる」

ぼくは言われた通りにクーラーボックスと壺を隣り合わせに並べた。

 すると、クーラーボックスの蓋が勝手に開き、中に入っていた八つの心臓が一つの肉塊として融合し、その次に赤黒い煙となって壺の蓋を吹き飛ばした。そして、その煙は壺の中に入っていった。

 その後、壺の口の部分から大量の赤い液体が溢れ出してきた。溢れ出てきた液体はスライム状の物体に変化し、最終的にあの人の姿となった。

 ぼくは感動したよ。ああ、これでやっとあの人に会えるんだってね。

 あの人はご褒美をくれた。それは激しい口づけだった。全てを吸い取られてしまいそうな勢いでね。今までに味わったことのない快楽だったよ。

 ぼくはいつの間にか深い眠りへと落ちてしまった。そういうわけさ。話はこれでおしまいにしていいかな?

Concrete
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