神御呂司村の怪奇譚 本編8

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神御呂司村の怪奇譚 本編8

清水の話が終わった後、俺と土御門さんは物凄く気分が悪くなった。正直、殺人の様子が生々しくて不快だった。被害者本人や遺族の気持ちを考えるとやるせない気持ちになる。

 清水が壺の悪霊に操られて幼児連続誘拐殺人事件を引き起こしたということは間違いなさそうだった。

 土御門さんはうんざりとした表情で清水に声をかけた。

 「……もう充分だわ。聞かせてくれてありがとう。最後に私の隣にいるのは誰だか分かる?」

 「いや、知らないな。なあ、もういいだろ?眠らせてくれよ」と清水はこちらの顔を見ようとはせずに瞼を閉じてしまった。

 「そう。分かったわ。ゆっくりと眠りなさい」

 土御門さんはどこに隠していたのか白木で作られた棒を取り出した。棒の先端には「御幣(ごへい)」と呼ばれる紙でできた飾りが取り付けられている。この道具は神主が祭事に使う道具で「祓(はらえ)串(くし)」と呼ばれるらしい。

 土御門さんは深呼吸した後、その祓串を左右にゆっくりと振りだした。同時に清水の魂を鎮めるために祝詞を上げ始める。

 「──諸々禍事罪穢(もろもろのまがごとつみけがれ)を、祓い給え(はらいたまえ)、清め給え(きよめたまえ)──」

 土御門さんの厳かな声と共に清水は安らかな顔で消えていった。

 「それにしても……どうして、彼は俺のことを覚えていないと言ったんでしょうか?」

 俺は全てが終わった後、独り言のように呟いた。

 「彼は壺の悪霊によって完全に洗脳されてしまったのね。洗脳されたまま死んだとしたらその前後の記憶しか残っていないのかも」

 「じゃあ、欠落した記憶を持った霊体の一部はどこへ?」

 「たぶん、彼は実体化した壺の悪霊に血や生気、それに魂のほとんどを吸い取られてしまったのよ。私が呼び出した霊体は食いカスのようなものだから覚えていないんだろうね」

 「そうなんですか。じゃあ、その悪霊がこの世から消滅したらどうなりますか?」

 「きっと、悪霊に取り込まれた魂も解放されると思うわ」

 「なるほど。でも、どうして悪霊は清水の魂を?」

 「異形の者にとって人間の魂や生気というのはね、栄養源みたいなものなのよ。何をするにもね。形状が流動的な物質だというから、変身した姿を維持するのにエネルギーが必要だったのでしょうね」

 「ところで清水が言っていたあの人って、誰の事を言っているんでしょうか?それが一番、気になります」

 「それについてはこっちの方で調べてあるから、目星はついているわ。いまからその人に会いに行きましょう」

 「場所は?」

 「まあ、行けば分かるわ。私について来て」

 「分かりました」

 俺は土御門さんに付き従ってその場を後にした。

 土御門さんは少し早いペースで竹林を抜けていき、清水家の屋敷がある方向へと歩いていった。

 「土御門さん。もしかして、壺の悪霊は清水家の誰かになりすましているってことです?」

 「そうね。あなたもすでに会っていると思うけど……」

 土御門さんは俺に話しかけている途中で突然、数メートル前方を睨みながら指さした。俺は彼女の反応に驚いてどうしたのかと訊いた。

 「何かあったんですか?」

 「清水家の玄関先で誰かが倒れているのよ……あれっ、カネさんよね?」

 「あっ、ホントだ。何かあったんだ!急ぎましょう」

 土御門さんが言ったように屋敷の玄関先でカネさんが倒れていた。俺はカネさんが高齢なので心臓発作を起こしたのだろうと思った。。いずれにしても救急車を呼ぶ必要があるかもしれないので俺と土御門さんは急ぐことにした。

 現場に到着してみると、カネさんが吐血して倒れ込んでいた。弱々しく呼吸をしていたのだが、まだ辛うじて息はあった。

 土御門さんはカネさんの体を抱きかかえて声をかけた。

 「カネさん、大丈夫ですか?何があったんです?」

 「……み、ミサゲ様が……」

 カネさんはそう言い残して息絶えた。

 俺と土御門さんが突然のことに絶句していると、縁側の方から清水の母親と思われる女性の悲鳴が上がる。

 カネさんの遺体をその場に残し、俺たちは縁側の方に回り込んだ。

 縁側のところに行ってみると、ガラス戸越しに清水の母親の姿が見えた。

 清水の母親は背中をこちらに向け、体を震わせながら畳の上に尻餅をついた格好で半開きになっているガラス戸の方に後退し続けている状態だった。明らかに脅えており、何者かに追い詰めれているのは間違いなかった。

 やがて、彼女の背中がガラスに触れる。それに気づいた彼女がこちらに向き直り、引き戸を開けて外に出ようとした刹那、異変が起こった。それは一瞬──室内から凄まじい力が膨れ上がって爆発したかのように衝撃波が押し寄せ、俺は反射的に手首をもたげた。その衝撃で母親の体はガラスをぶち破り、そのおびただしい破片とともに鞠(まり)が跳ね回るように庭に飛び出し、枯(かれ)山水(さんすい)の岩に頭を打ちつけた。その無残な顔は白目を剥き、口から泡をふきながら痙攣し、ついには身動きしなくなった。

 俺と土御門さんが駆け寄ったが、彼女の死は明らかだった。何があったのかと薄暗い室内に視線を向けた時、奥からひたひたという裸足で歩く音とともに人影がこちらに向かってきた。

 清水楓だった。

 彼女は長い髪を振り乱し、不敵な笑みを浮かべている。その表情は最初に見た時とは異なり、妖艶とはほど遠い下卑た笑顔だった。その瞳には邪悪な炎が宿っていた。

 土御門さんはその様子を見るなり、相手を挑発するように言い放った。

 「ようやく本性を露わにしたようね!楓さん。いや、壺の中の悪霊──禍神(まがつかみ)と言った方が正しいかしら?」

 「人とはか弱き者よのう。これでは虫けら以下じゃ」

 禍神は土御門さんと問答するつもりはないらしく、尊大な態度で一方的に喋り続けた。

 「我を永きに渡り、狭苦しいところに封じ込めてきた輩がこれほど脆弱とはな」

 禍神は自分の足元に転がっている清水の母親の屍を見下ろし、唾を吐きかけた。

 「今まで弱々しい者たちに自由を奪われたきたおのれが嘆かわしいわ。この老いぼれどものこせがれを傀儡(くぐつ)とするのもたやすいものであった。幼少の頃に死んだ姉の幻影を見せただけで我を信じおった。これほど脆弱で儚きものはいらぬ。わが力によって生あるものことごとくを屠(ほふ)り、この地上を灰塵(かいじん)に帰してくれようぞ」

 「そうはさせないわ! 陰陽師の家に連なる者として、これ以上の殺戮を許すわけにはいかない」

 「案ずるな。汝らも我が贄(にえ)として喰ろうてやる──ヤソマガツヒノカミ……オオマガツヒノカミ」

 禍神は目を閉じると、呪詛らしきものを吐いた。

 すると、彼女の肉体は変異しはじめた。いや、もう彼女、という表現もおかしいだろう。それは人間に擬態(ぎたい)していた存在がその正体を変異とともに顕現(けんげん)するための変化だったのだ。

 白くて艶のある女の肉体はみるみるうちに膨張し続け、ついには破裂しておびただしい血肉が辺りに四散した。飛び散った破片たちはアメーバのように地面を蠢(うごめ)いて互いに絡み合い、一つの大きな肉塊と化した。そして、さらにこの赤い血肉でできたスライム状の怪物は別の生物に擬態するために新たな変貌を遂げた。

 その姿はオオサンショウウオに酷似していた。長い尾、四つの足、長大な頭部。シルエットこそサンショウウオではあったが、外見はおぞましいというしかないものだった。雄牛一頭ほどもある巨体の表面はまるで全身の皮膚を剥いだかのように血管がむき出し、それがぬめりのある粘液にまみれた赤とピンク色の肉と共に規則的に脈打つ。眼はなく、口だと思われる部分的には植物のうろのように縦に割れた口があり、無数の鋭い歯がびっしりと生えていた。口の中からは舌の代わりに一本の触手が飛び出しており、先端からさらに無数の触手が枝分かれしている。

 禍神は轟々(ごうごう)と風のような呼吸音で大気を振動させた後、いきなり巨躯(きょく)に似合わぬ俊敏(しゅんびん)さでこちらへ飛び上がってきた。俺を最初の標的に定めたのだ。

 俺の隣にいた土御門さんが間髪を入れずに鋭く一声を上げる。

 「稲生君。さっき、教えた護法の言霊を読み上げて。急がないとやられるわよ!」

 「はい!……結界、護法、方陣、これらすべて此(し)岸(がん)と彼岸(ひがん)を別け隔つものなり。冥府魔(めいふま)導(どう)の邪法を封ずるものなり。言霊(ことだま)よ。我を守護せよ。我を守りし御楯(みたて)となれ」

 俺は呼気を整えながら断続的にその言葉を吐いた。

 最初に郷土資料館で会った時、土御門さんが俺に「敵に襲撃させれそうになったら唱えるように」と教えてくれたのだ。この護法の言霊には唱える者の身を守るだけではなく、敵の力を半減させる効果があるらしい。その時、俺は神と名乗る敵に通用するのかと正直に言うと半信半疑だった。土御門さんが攻撃を受け持つと言ってくれていたので信じるしかなかった。

 禍神は護法を唱え終えた俺に飛びかかった。禍神のもつ触手の攻撃が今にも俺を八つ裂きにするかと身をすくませた時、車椅子を含め自分の周囲が蒼白い光に包まれ、禍神の巨体は弾き飛んだ。敵は地面に倒れ込んだが戦闘意欲をまったく削がれていないことを証明するかのようにすぐに起き上がり、今度は大きく虚ろ(うつろ)な口からではなく体の深奥から音声を発し始めたようだった。

 「ザマヌムフラル-リジ-パ-グルド-ズネメ-エ、イギ-ヌドゥ-ア-フルイギ-セ-ジド-ジン……」

 意味は理解できなかったがおぞましい呪詛に違いない。それと同時にさっきまで晴れていた空が一転、暗雲に覆い尽くされてしまったのだった。

 禍神の波打つ血管からどす黒い血があふれ出し、辺り一帯がその呪われた血によって真っ黒な泥のようなものに汚染され、地面全体が血の沼のように変質していた。手を施す術を持たないまま俺はその泥に飲み込まれ、すぐに意識を失ってしまった……。

 目覚めると清水家屋敷の庭先ではなく、山の中のようだった。杉林の尖った枝葉が茂り、わずかな隙間から山並みが宵闇(よいやみ)の背景にうかがいみることが出来た。時の進行すら歪んでしまったのだろうか。隣にいたはずの土御門さんがいない。彼女を探すように、いやむしろ、誘われるように目の前にある鳥居をくぐる。しばらく進むと開けた場所に出た。その遥か奥に木造の建物だったのだろう、屋根が崩落し、焼け焦げた柱の残る残骸がうかがえた。祠でも建っていたのだろうか。さっきまで恐ろしい存在と相対していたことを忘れてしまったように呆然としていると横から聞き慣れた声が飛んできた。

 「どうやら、私たちは敵のテリトリーに引き込まれてしまったようね」

 土御門さんだった。彼女も泥に飲み込まれてしまったようだ。

「縄張りということは……ここはミサゲ山の頂上ですか?」

 ともかく土御門さんと合流してほっと一息ついた。

 「そうね。おそらく、さっきのは空間を移動させる術よ」

  「さすがは神……なんて褒めてる場合じゃないですね、土御門さんはどう倒すつもりですか?」

 「わからない……。だけど、やるしかないでしょ……っ!! 稲生君、危ない。後ろに!」

 俺が指示通りに後方へと下がった瞬間、真横から緑色をした消化液のようなものが自分の顔を掠めていった。避けるのが遅かったらまともにそれが当たっていただろう。液体が落ちた地面からは硫黄の臭いと白煙が上がり、その液体がかかった草がこげ茶から黒に変色し、地面と同化していった。

 「これは!」

 俺が驚いて液体の飛んできた方向に向き直ると、そこに禍神の新たな姿があった。先ほどのサンショウウオに酷似したものの背中が裂け、裸体の女の上半身が生えていたのである。粘液がまとわりついているのかその白い皮膚はつややかで、長く背中にしなだれかかる髪が朱色に染まっていた。両端の裂けた口からは緑色の液体が滴っており、おそらく俺を溶かしかけたのはこれだったのだろう。

 禍神は標的を土御門さんに変更したらしく、次は彼女に攻撃を仕掛けてきた。

 弱い俺は後回しということか。悔しいよりも、土御門さんを心配する気持ちが先に立ったがいつあの消化液が飛んでくるかと思うと身動きできなかった。

 禍神は指先に鋭利な爪を備えた長い腕をしなやかに振り下ろしたが、土御門さんは初撃を俊敏にかわし、相手の背後に回り込んで後ろ飛びに距離をとった。俺を巻き込まないようするために敵をひきつけようと思ってくれたのだろうか、俺はその隙に再び護法の言霊を唱え続けた。

 俺に出来ることはこれしかないのだ。ただそれを、真摯に遂行するのみだ。

 土御門さんは祓串を右手に握りしめ、左手で懐から護符を取り出し、呪文を唱えた。

 「急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう) 思業式(しぎょうしき)神(がみ)よ、この右手に掴みし神具に宿りて剣となれ。神星の刃──天刑の剣!」

 すると、彼女の手元に両刃の剣が現れた。古墳時代の刀剣に酷似してはいたが、ただならぬ気配を帯びている。神気というものだろう、先ほど禍神があらわれたときのような威圧感をもった衝撃波ではなく、荘厳な力強い空気そのものが俺をとらえ、畏怖を与えるようだった。剣そのものは黒い金属のように見えたが、刀身に金色の光が宿っており、激しく明滅を繰り返している。

 自分の背丈ほどもあるその剣を、土御門さんは軽々と振り回していた。爪による攻撃を受け止め、薙ぎ払って牽制するなどの早業を次々に繰り出した。

 それでも禍神は機動力を失ってはいなかった。以前より重量が増しているにもかかわらずだ。それどころか攻撃を繰り出す速度、俊敏さが向上していた。土御門さんはなかなか決定的な一撃を相手に喰らわすことができない。激しい応酬がいつ果てるともなく続いた。彼らのなかで動きの読み合いがあったに違いない。その一つでも土御門さんが見誤れば、禍神はその背後に高速で移動して至近距離からの襲撃を仕掛けるのだ。そのわずかな力量差が圧倒的なダメージとなって彼女を痛めつけていた。土御門さんは何とか致命傷は回避しているのだが、このままでは埒(らち)があかないことを悟っているようだった。

 禍神は尊大にふるまい、悠長に歌を口ずさみ始めた。戦いの最中である。その歌詞が意味不明で不気味で、俺たち二人を苛立たせる効果もあった。

センヤリオト センヤリオト

ヤジチミシホノマサンジンテ ヤジチミソホノコドハココ

センヤシダク テシオトトッチ

ヌセヤシオト ノモイナノウヨゴ

スマリイマニメサオヲダフオ ニイワユオノツナナノコノコ

イワコハリエカ イヨイヨハキイ

モラガナイワコ

センヤリオト センヤリオト

 禍神はひとしきり歌い終えると、大胆不敵にも防御せぬまま土御門さんの間合いへと踏み込んできた。真正面から消化液を吐くと同時に両腕を彼女めがけて振り降ろした。しかし、ここは土御門さんが油断に乗じて先んじた。この時すでに彼女は地面を蹴り上げて跳躍し、その姿は宙にあった。禍神は腕を引き戻した後、いるはずの標的がいないことに驚いて辺りを見回した。

これが最大にして唯一の隙となる。土御門さんは地面に降下する寸前でがら空きになった相手の首をめがけて横に薙ぎ払った。天刑の剣が血しぶきと共に禍神の首を跳ね上げる。

 彼女は続けざまに禍神の両腕を順番に切り離した上、その上半身をオオサンショウウオの本体から胴払いに分断した。血しぶきに彩られながら白い体は鈍い音と共に地面に崩れ落ちた。膨大な量の血液が気泡とともに流れ出てきた。

 傍から見ていた俺には土御門さんの勝利を信じた……が、戦いはそれでは終わらなかった。

 禍神の四散した肉体たちはそれぞれが形状をドロドロなものに崩して再び流動的な状態となり、融合して巨大な肉塊へとその姿を戻した。

 「こいつ何なの! いくら斬っても再生してしまうわ。それなら!」

 土御門さんは術を解いて剣を消し、今度は赤い護符を禍神にめがけて投げつけた。すると、護符は紅蓮の炎と化してスライム状の相手に襲い掛かる。

 だが、火は炎上することもなく、瞬時にかき消えてしまった。その直後、土御門さんの嗚咽のような悲鳴が上がった。

 「っっ!」

 彼女の体は禍神の流動的な姿に覆い尽くされていたのである。顔だけは出ているが今にも見えなくなりそうだ。巨大なゼリーの中に取り込まれたようなものだった。身動きなどできるはずもない。

 「に、にげ……」

 土御門さんは逃げることを指示したかったのだろうが、最後の言葉を発することもできずに相手の体内へと引きずり込まれていった。

 もっとも、彼女が逃げろとはっきり言えたとしてもそれを回避することは不可能だった。

 禍神の固体でありながら、液体の流動性を保っている特異な肉体は俺がいる場所まできており、今にも飲み込まれてしまいそうな状態だったからだ。

 土御門さんに続いて、何の抵抗もできずに俺は足のつま先から吸い込まれる形で車椅子ごと禍神の体内に取り込まれようとしていた。もはや、体外に露出している部分は顔だけとなった。 

 もうダメだ……。瞼を閉じる。次第に薄れゆく意識のなかで、瞼の隙間から青い閃光が射しこんだ。と同時に懐かしい声が聞こえてきた。

 「正芳。こんなところで斃れてはいけない。私たちがついているのだから」

 俺が再び目を開けると、自分の体と電動車いすを覆い尽くしていたスライム状の物体はかき消えていた。いや、正確に言えば、辺りを見回すと地面のいたるところに禍神のおびただしい残骸が重油をまき散らしたように散らばっていた。そして、目の前に一組の男女がこちらをみながら佇んでいた。死んだはずの父と母だった。だが、その姿は生前のものとは違った。異形の姿だった。修験者の装束に身を包んだまではまだ良かったが、背中には漆黒の翼が生えていた。手には太刀をもっており、その刃にはスライム状の物体から分泌される赤黒い液体がついていた。どうやら彼らが助けてくれたようだ。

 この世に再びあらわれた異形の両親は微笑みを浮かべながら煙のように姿を消してしまった。呆然としていると突然、俺の視界に土御門さんの顔が飛び込んできた。彼女も禍神の身体が四散したことで体の自由を取り戻していたようだ。俺の隣で同じように黒い翼が生えた一組の男女を目撃したらしい。

 「あなた、凄い力を秘めていたのね。今のはなんていう技?」と土御門さんは瞳を輝かせながら訊いてきた。

 「いや、俺じゃないですよ。たぶん、父と母の霊が助けてくれたのかと……」

 「そう。やっぱりそうだったのね……その話はあとで説明させてもらうわ。……それよりもこの強大な敵をどうすべきか」

 土御門さんは地面に転がっている肉片のような残骸を睨んだ。よく見たらそれはまだ動いていた。今すぐにでも融合してしまいそうな勢いだった。

 「こいつらすぐに再生するからきりがないですね。どうすれば?」

 「うん……たぶん、普通に倒せない」

 「倒せないって、それじゃいずれ殺されてしまうじゃないですか」

 「だから、最後の手段を試そうと思うの」

 「最後の手段?」

 「ええ。とにかく、私に任せて」

 土御門さんはそう言うと小走りに俺がいる場所から離れていき、禍神の残骸がもっとも多く集中している地点で立ち止まってこちらに向き直る。そして、深呼吸を数回した後、手で髪を掻き分け、今まで隠れていた片方の目を露わにした。最初、その目は瞼を閉じていた。俺は彼女が片方の目を失明しているのだろうとしか思わなかった。だが、これから先の光景をみて振り返ってみるとその予想は半ば正解でもあり、不正解でもあった。

 俺は土御門さんが片方の目を見開いた瞬間、愕然として口を文字通りあんぐりと開けてしまった。〝目が見えない〟のではなく〝目そのものが無かった〟。眼窩(がんか)に収まっているはずの眼球がなく、代わりに底知れぬ黒い闇がのぞいている。

 「臨(りん)・兵(ぴょう)・闘(とう)・者(しゃ)・皆(かい)・陣(じん)・烈(れつ)・在(ざい)・前(ぜん)!!」

 土御門さんは明確に一文字づつ区切って発音しながら指で九字を切った。

 すると、片方の闇を覗かせている眼窩に赤い梵字のような文字が一字だけ浮かび上がった──と同時に彼女の足元から激しい風が沸き起こり、銀色の髪を揺らし、黒衣装の裾や袖を強く靡かせる。

 この時、俺の目には土御門さんの姿が異形に映った。彼女の頭に白い狐の耳があり、その背後には九つの尾が揺れていたのだ。ただそれはあまりに一瞬のことで、時間が経つにつれて俺の見間違いのように思え、やがては朧(おぼろ)げな光景となった。

 土御門さんはその次に厳めしい表情で声高らかに呪文を叫んだ。

 「穢(けが)されし者よ。哀れな亡者よ。逝くべき場所へゆけ! 冥界(めいかい)転送(てんそう)──黄泉(よもつ)比良坂(ひらさか)!」

 すると、闇を覗かせている眼窩に浮かんでいた梵字が消え去り、その黒い闇の底から赤い光球が外に飛び出した。その灼球は土御門さんの頭上に舞い浮かぶと膨張し始めた。見る間に臨界に達した光球は爆発して消滅すると同時に、空間そのものに大きな亀裂を生み出した。それは縦にみみずばれのように走り、生じた隙間には深い闇が見えた。計一分も経たないうちに亀裂は広がり続け、遂には大きな穴となった。その穴は四トントラック数十台を一度に飲み込んでしまえるほどの巨大な風穴と化していた。

 この巨大な穴から轟々と強風が吐き出してきたと見たのも束の間、転じて禍神の残骸を凄まじい勢いで吸い込んでいった。地面に飛び散っていた残骸は瞬く間に数を減らしていった。それに伴って無数の人魂が空に昇っていくのが見えた。おそらくは生贄の犠牲にされた幼女たちが浄化されていったのだろうと思う。その中には清水の魂もあったのかもしれない。

 すでに勝敗は決していたが、禍神は最後に悪態をしてみせた。残りわずかの残骸を融合して女の生首となって浮遊し、土御門さんの喉笛を噛み切ろうと最後のあがきで襲いかかった。だがそれも、風穴の吸引力には逆らえず空を食んで吸い込まれてしまうのだった。

 「祟(たた)りは終わらぬぞ。この世の生きる者すべてを呪い殺してくれよう!」

 禍神は恨めしい顔で呪詛を吐いた後、深淵の闇に飲まれていき、土御門さんによって現出した風穴も完全に閉じて消滅した。

 気づいた時、俺たち二人は清水家の庭先に戻っていた。禍神が現世から消滅したことでその術も効力を失ったのだろう。

 庭先に散らばったガラスの破片、折れ曲がった樹木、無残な最期を遂げた二人の遺体の存在が壮絶な戦いを物語っている。

 土御門さんは相当に体力と気力を消耗したらしく、その場に崩れるように座り込んでしまった。

 「土御門さん! 大丈夫ですか?」

 俺が傍に駆け寄ると、彼女は疲労の色を見せながらも微笑んだ。

 「どうにか今回も無事に終わったわね。なかなかの強敵だったわ」

 「そうですね。お疲れ様でした。ところで、土御門さんが開いたあの穴って?」

 「あれはこの世から隔絶された虚無の空間……次元の狭間よ。あの空間に落ちたものは二度と出ることができないの」

 俺はそれを聞いてほっとした。あんな恐ろしい存在が再び復活したら生きた心地がしないからだ。安心する一方でふと、気になることが浮かんだ。

 「あの禍神が自分の肉体を再生させたらどうなりますか?」

 「どうにもならないわね。復活したところで出られるわけじゃない。死ぬこともできず、永遠の牢獄に囚われ続けるでしょうね」

 「なるほど。それにしても土御門さんは凄いですよ! あんな邪神を封じ込めてしまうなんて!」

 「それほどでもないわ。今回ばかりは勝てないかもって思ったもの」

 土御門さんはクールなキャラを維持しようと冷めたセリフを吐いたものの、頬を赤くして照れている様子だった。俺は内心「土御門さんも照れる時があるんですね」と言おうと思ったのだが、本人のプライドを尊重することにした。照れていることに気づかぬふりをして褒めておいた。

 「確かに強敵でしたよね、禍神といっても神様ですから。結局、清水の言っていたあの人って、彼の姉だったんですね」

 俺がそう言うと土御門さんは得意げな顔をして答える。

 「私は知ってたけどね」

 「えっ! どういうことですか?」

 「実は、私は警察関係にもコネがあってね。山口県警の刑事に清水楓を調べてもらったのよ。そしたら、彼女はすでに亡くなっていたことが分かったの。調査してもらった結果、清水康介が七歳の時、楓さんは十八歳の若さで病死したそうよ」

 「なるほど、清水は死んだ姉を深く想っていたから、生きていたらという願望があって禍神の幻影にすぐ取り込まれてしまったということなんでしょうね」

 「彼にとって楓さんは恋人というより母親以上の大きな存在だったようなの」

 「清水も可哀想な被害者に思えてきました」

 「そうね。あれだけの幼女を殺しておきながら変だけれど。禍神は壺に封印された状態にもかかわらず康介の記憶を読んで、彼の弱い心につけ込むことができたのかもしれないわ」

 「それで結局、禍神って日本神話に登場する同名の神と関係あるんですか?」

 俺の頭には禍津日神(まがつひのかみ)の名があった。

 「ああ、あれは別ものね」

 土御門さんは冷めた口調できっぱりと否定した。

 「今回、私が封じた禍神は蟲毒(こどく)によって生み出された人工的な神よ。犠牲になった子供たちの怨念と心臓が融合した存在。おぞましい怪物と言った方が正しいかもしれない」

彼女は不快感を露わにしながら吐き捨てた。何の罪もない幼子を犠牲にした所業が許せないのだとも言った。俺もその意見には賛成だ。同時に膨大な負のエネルギーを秘めた人間の怨念に恐ろしさを実感した。もしかしたら、怪異よりも人間の方が恐ろしいのかもしれない。

 「人間の怨念って恐ろしいですね。まあ、それを生み出せる呪術師も怖いですけど」

 俺がそう投げかけると、土御門さんは鋭い眼差しをこちらに向け、強い口調で釘を刺すように言った。

 「ええ。だから、その鳴鬼鉄斎とかいう亡霊にも気を許さないでね。今のところ害はなさそうだけど、鳴鬼流蟲術の使い手は死した後も生きている人間の肉体を乗っ取って蘇ろうとするらしいから」

 「彼は人を呪い殺すのが仕事って言ってましたし、自分でハッカイ法を使えと言いながらそれを惨いと妙に客観視していた態度もおかしかったし、あまり近づきたくない相手ですね。夢で見た存在だから現実的に感じなかったですけど、そんなこと言われたらいきなり現れそうじゃないですか。怖いこと言わないで下さいよ。でも、ご忠告ありがとうございます……ところで、土御門さん?」

 「うん?」

 「土御門さんにお聞きしたいことがあるんですけど……」

 俺はこの際だから今まで気になっていたことを本人に訊いてみたくなった。

 「なあに? そんなに改まっちゃって」

土御門さんは飄々とした顔で訊いてきた。

 「土御門さんはどうして俺に術や知識を教えてくれるんですか?」

 「うふふ……」

 土御門さんは不敵に笑うと、気持ちが落ち着いてきたのかおもむろに立ち上がった。そして、微笑みながら俺の肩に手を置いて言った。

 「試験合格ね。あの竹林であなたが自分の力で抜け出せず、私が式神を飛ばして助けてあげたときは不合格にしようかと思ったけど……」

 「ああ、あのとき竹林で迫ってきたもの、空を飛んでいた得体の知れないものは式神だったのか」

 「そう、禍神が結界を使ってあなたを取り込もうとしていたから。でも、凄まじい力を秘めているようね……今日からあなたは私の助手になりなさい」

 「どうして俺が?」

 「あなたには言霊を操れる素質があるからよ」

 「何ですかそれ?」

 「それはね──」

 彼女によれば、どの国でも昔から言葉には精霊の力が宿ると信じられてきたという。普通の人間が発する言葉に力はないが、霊感のある人間が発する言葉には超常現象を起こす力が宿るそうだ。そういった者のことを言霊師と呼ぶらしい。俺にはその素質があるというのである。

 「私は稲生君がどこまで成長するのか見たいの。怪異に狙われやすいあなたに自衛手段を与えたいという老婆(ろうば)心(しん)が発端だけどね」

 土御門さんの眼差しは真剣だった。だが、俺には修業に耐えられる自信は無かったし、本当にそんな素質が自分にあるとは思えなかった。

 「私は言霊に関する知識もある。実は解呪師以外に探偵業を営んでいるのだけど、人手が足りないので困っているの。もし、助手として手伝ってくれれば、知っている知識と言霊を操るための精神鍛錬を教えてあげるわ」

 「なるほど。だけど、俺は助手として役に立てますか?」

 すると、土御門さんは何を今さらという顔をした。

 「あなたは結界に関係する言霊に素質があるから十分な戦力となるはずよ。それに、さっきのあれ、あなた自身から発した力かどうかはわからないけれど、わからないことが逆に私には興味深いし、可能性を秘めているように思えて仕方ないの」

 「どうでしょうか……あともう一つ気になっていたんですけど、この前安達によって呼び出された死霊が襲ってきた時、叔父が眠ってしまったのは土御門さんの仕業ですか?」

 その問いを投げかけると、彼女は悪戯好きの子供のように無邪気な顔で答えた。

 「バレちゃったら仕方ないわね。あれもあなたが助手にできる人間なのかを確かめたかったのよ。本当なら私が呪文をとなえるだけで調伏できたけれど、あなたに敢えて唱えさせたのも同じ理由よ。力がどれほどのものか知りたかった」

 土御門さんはいかにも「あなたの素質は予想以上よ」と言いたげだったが、どういうわけかその言葉は飲み込んだ様子だった。おそらくは過剰に褒めても俺のためにならないと判断したのかもしれない。人間は自信があり過ぎると、物事の判断を見誤ってしまうということなのだろう。

 実際、俺は子供の時に叔父から「お前は褒められるとすぐに調子に乗る」と諭された記憶がある。土御門さんは二回しか会っていないのに俺の性格を理解しているのだ。それほど洞察力が鋭い人物ということであり、彼女を師と仰げることは幸運なことだと思った。

 「土御門さんは抜け目のない人ですね。参りましたよ」

 「それにね、探偵と言っても私が依頼される仕事は怪異と関係する危険なものが多いのよ。素質が無ければ誘っていないわ」

 「まあ、土御門さんは確証のないことはおっしゃらないですもんね。了解しました。自分がどこまでやれるか分かりませんがよろしくお願い申し上げます」

 俺がいつになく慇懃(いんぎん)な態度をとると、土御門さんは少し困った顔をした。

 「……じゃあ、今日からあなたは私の助手ね。ああ、それから私が先生といってもそこまでへりくだる必要はないわよ。言われるたびに背中がむずがゆくなるから」

 土御門さんはふいに俺の手を強く握った。プレッシャーをこめた力強さにも感じたが。

 「今回はこれで解散しましょう。きっと、宿で待っているヘルパーさんも心配しているんじゃない?」

 「確かにそうですね。では連絡を待ってます」

 俺は土御門さんに別れを告げた後、清水家の屋敷を後にした。土御門さんが清水家の二人の遺体や諸々の問題に関して事後処理をしてくれると言ったので任せることにした。きっと、彼女は色んな業界に顔がきくのだろうし、大抵のことは実現可能だろう。

 宿への帰り道。

ふと、空を仰いだ。秋の透いた青い空にいわし雲がすいてゆっくりと流れていた。生きとし死せる者たちを穏やかに見守っているようなのどかな午後だった。

 

 翌日の昼頃、東京行きの新幹線の中で居眠りをしている時に夢を見た。

 俺は川岸に佇んでいた。車椅子ではなく自分の足で立っていた。

 辺り一面に紫色の花畑が広がっている。空は夕陽が一面を染めて赤く燃えたっていた。

 夕闇が迫りつつある中、対岸に一つだけ人影があった。

 俺は相手が何者なのか気になってもう一度、対岸の人影を凝視した。すると、それは清水康介だった。彼の隣には姉である楓の姿もあった。さらに二人に寄り添うように清水の母と祖母の姿もそこにはあった。全員、幸せそうな表情を浮かべている。

ふと、清水康介はこちらに気づき、嬉しそうな顔で手を振りながら「さようなら」と言った。

 「うん。今までご苦労様。安らかに眠ってくれ」 

 俺が別れの言葉を伝えると清水は静かに頷き、家族に連れられて対岸の奥へと姿を消してしまった。彼は無事に家族と合流し、死者の世界に旅立ったのだろう。

 その後、俺はすぐに夢から目覚めた。この日以来、彼の夢を見ることは一度もない。

 

 俺が神御呂司村から東京に帰ってきた一週間後のある日、叔父の家を訪れた。帰宅してすぐに訪ねようと思ったのだが、拝み屋の仕事で出張が多いためになかなか会うことができなかったのだ。

 時刻は四時を少し過ぎた頃。叔父は自宅の居間でくつろいでいた。縁側に面したガラス戸から西日が射しこんでいる。庭先に植えられた樹木の葉が紅葉し始めていた。夏の日、この木におびただしい数の蝉が喧しく鳴き続けていたことが嘘のように静まり返っていた。

 いつものように叔父とテーブルを挟んで向き合った。

 俺は今回、神御呂司村において土御門さんと二人で禍神に立ち向かった話を伝えた。

 「それにしても、正芳はあの女と縁があるんだな。お前たち、付き合ってるんじゃないか?」

 叔父は俺をからかうようにニヤリと笑った。

 「今の俺には笑えない冗談だな……そんなことより叔父さんに聞きたいことがあって来たんだけど」

 「何だ? 恋愛相談ならいつでも受けるが」

 「未だに独身の叔父さんに恋愛相談する気はない」と俺は目を細め、軽蔑するように冷たい視線を送った。

 「何だよ、その目は? まあいいだろう、悪かったよ、真面目に聞いてやるから言ってみろ」

  叔父は悪ふざけが過ぎたと気づいたらしく、少し気まずそうにテーブルに置かれたまんじゅうをひと噛みして、俺の言葉を待った。

 「実は禍神にやられそうになった時、父さんと母さんが現れたんだよ」

 俺は両親が異形の姿で現れたこと、凄まじい力で敵を圧倒したことを話した。

 両親の名を聞いた途端、叔父は真剣な顔つきになった。そして、虚空を見上げながら呟く。

 「……やっぱり、お前には素質があるんだな」

 「素質?」

 「ああ。稲生家の者は代々、守護霊を呼び出すことができた」

 叔父によると、稲生家の者は霊力が高いために死後、守護霊となって子孫を守るとされているそうだ。始祖の密教僧が烏天狗に助けられたとされているが、その正体は僧侶自身に宿っていた全ての先祖霊が融合した集合体だったというのだ。それこそが烏天狗と呼ばれる存在らしい。

 「もしかして、うちの寺の御本尊っていうのは?」

 叔父はその問いを受け、口に含んだお茶を飲み込んだ。

 「ああ、飯(いず)縄(な)権現(ごんげん)として崇めているが、あれは稲生家の先祖たちを供養するために始祖が彫ったものだ」

 「知らなかったな」

 「お前の両親もそれに含まれているんだぞ」

 「なるほど。だから、父さんと母さんの顔に見えたのか」

 俺にも始祖以前からの先祖霊たちが宿っているということらしい。

 稲生家の直系は代々、この先祖霊が具現化した一組の烏天狗を使役することができるという。叔父は修行によって強力な霊力を得たのだが、どういうわけか先祖霊を呼び出すことができない。ある程度の素質も必要なのだろうか。

 「でも、俺はどうして今まで呼び出すことができなかったんだろう?」

 「この一年、お前は怪異に絡んだ事件に三度も巻き込まれた。危機的状況に追い込まれたことで生存本能が働き、それをきっかけに自分の中に眠っていた霊力が覚醒したんだろう」

 「なるほどそういうことか」

 「ただ、今回は偶然に呼び出せたのかも知れないな。もしかしたら両親の息子を救いたいという思いが同調してその思いの強さがつながったのかもな。だから今後お前が精神鍛錬を積んでいけば自在に烏天狗を呼び出すことができるはずだ」

 「これで納得できたか?」

 「まあ、理解はできたよ。それともう一つ、叔父さんに伝えたいことがあるんだ」

 「何だ?」

 叔父はまだ何かあるのかという顔で言った。

 「実は俺、土御門さんの助手になったんだ」と、俺は土御門さんとの取り決めを叔父に全て話した。

 すると、叔父は片方の口の端を吊り上げてニヤリと笑った。

 「やっぱり、お前ら二人、仲が良いんだな」

 「……そうやって俺を何かとからかおうとするんだね」

 俺は再び軽蔑の眼差しで叔父を睨んだ。

 「まあ、そう怖い顔をするなよ」

 叔父はそっと俺の肩に手を置いて真剣な顔で質問してきた。

 「土御門と行動を共にするということはこれまで以上に怪異と遭遇することになる。お前はそれでも平気か?」

 「それは覚悟しているよ。だけど、俺の場合は何もしなくても怪異の方から絡まれてしまう宿命な気がするんだよ」

 「確かにそうかもしれないな。桜花精や安達の事件は巻き込まれたようなものだった」

 「それなら危険でも経験を積み重ねながらどう対処するべきかを学ぶべきだし、土御門さんならそれを熟知していると思うんだ」

 「そうか。正芳がそこまで覚悟しているなら好きにするといい。ただ、困ったことがあったら相談に来いよ。ワシは頼りない男だが、これでもお前の身内だからな」と叔父は自分の頭を叩きながら言った。

 「叔父さん、ありがとう。俺なりに頑張ってみるよ」

 「まあ、無理はするなよ」

 「分かってるって……あれ?」

 叔父と会話をしている途中で突然、スマートフォンの着信音が鳴り響いた。

 「叔父さん、俺のカバンの中でスマホが鳴ってるみたいだ。ちょっと見てもらえる?」

 「おう」

 叔父にスマートフォンを確認してもらった。

 「これは土御門からのメールだな。今から事務所に来れないかってよ」

 「随分と急だな。でも、予定もないからすぐに向かうとするよ」

 「気をつけてな」

 俺はスマートフォンをカバンに入れてもらった後、叔父に別れを告げてすぐに目的地へと向かった。土御門さんの事務所の住所は教えてもらっていたがいきなり呼び出されるとは思っていなかったので驚いた。

 しかし、同時に「今度はどんな事件が待っているのか?」という期待もあった。この時から俺は自分の境遇を受け入れ、過酷な状況下をどこか面白がるようになっていたのかも知れない。もっとも、多少はイカれていなければ怪異と対峙できないし、土御門聖歌という人間の助手は務まらないだろう。

 

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