ピンクのキャンピングカーにはピンクの薔薇

長編11
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ピンクのキャンピングカーにはピンクの薔薇

私、梨乃は、

今年の春ようやく長く暗鬱な受験勉強に終止符を打つことができ、なんとか希望の大学に合格できた。

それまでの重い気分をリフレッシュして新しい一歩を踏み出す節目として入学までの1ヶ月の間に、一人旅をすることにした。

そして電車や車というのはありきたりだから、ヒッチハイクで行こうと決めた。

父母は「若い女の子が一人で、しかもヒッチハイクでなんて」と猛反対したが、毎日必ず一回は連絡するという条件でようやく許してくれた。

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寒いのは嫌だから西の方に行こうという超おおざっぱで能天気な戦略で、まずは自宅のある大阪から九州方面に向かうことにする。

髪を後ろで結び、煉瓦色の長袖Tシャツにジーンズという出来るだけ色気を消した出で立ちにリュックを背負い、小春日和の朝意気揚々と出発した。

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徒歩で国道まで行き歩道の適当なところに立ちリュックを降ろすと、中から折り畳んだ50㎝角の画用紙を出して拡げ、両手で頭上に掲げる。

用紙には太マジックで「西へ」と大きく書かれている。

目前を次々に猛スピードで無情に通りすぎる様々な車を恨めしげな目で追いながら、根気よく待ち続けた。

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─やっぱり、そんなに甘くないか、、、

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そんな思いがちらほらと出始めた頃だった。

ようやく一台の大型トラックがけたたましい音を響かせながら止まってくれた。

ドライバーのおっちゃんは陽気でとても良い人で幸運にも1日めにして本州を出て、夕方頃には北九州の門司港に着くことが出来た。

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おっちゃんに丁重にお礼を言って港のだだっ広い駐車場でトラックを降りた時の私は、これなら後3、4日で九州一周出来るかもなどとかなり楽観的な見通しを持っていた、と思う。

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だがそれは大きな間違いだった。

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門司港近くのビジネスホテルに泊まり、翌朝チェックアウトしてホテルの玄関を出たとき、タイミングの悪いことに雨が降りだしてきた。

リュックから折り畳みの傘を出してさしながら「ああ、今日はなかなか車止まってくれないだろうなあ」と暗い顔で歩いていると、いきなり背後からクラクションの音がする。

驚いて振り向くと、道路脇に一台の派手なピンク色のキャンピングカーが止まっており、ヘッドライトをパッシングしている。

車の前部には可愛い子猫のキャラクターの飾りが付けられていた。

すると運転席側のウィンドウが下がり、茶髪でロン毛のおじさんが笑みを浮かべて声を掛けてきた。

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「お嬢さん、一人旅?」

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「はい、そうです」と返事をした。

すると車はゆっくりと前進して私の左側で止まり、またしゃべりかけてきた。

50過ぎくらいだろうか。

眉毛が濃くて目鼻立ちがはっきりしている。

白髪交じりの茶髪を肩まで伸ばしているのだが、頭のてっぺん辺りはかなり薄くて昔の落武者のようだ。

ただ立ち居振る舞いはとても紳士的な感じがした。

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「今日は1日雨みたいだよ。

実は今から宮崎方面に行くんだけど、そっち方面で良ければ乗せていってあげるよ」

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雨も降っており、これからまた車を探すのは大変だったし丁寧で優しそうなものの言い方だったから、私はおじさんの好意に甘えることにした。

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おじさんは運転しながら終始優しい笑みを浮かべ話しかけてくる。

白いワイシャツにピンクのネクタイを締めていた。

車に乗る前は気が付かなかったが、お腹は結構出ていて背丈もかなり低そうだ。

ふと見ると、ダッシュボードの上にピンクの薔薇の飾りがあった。

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「大阪からヒッチハイクで来たんだ。

すごいねえ、

きみはもしかして大学生?」

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「はい、、、今年から」

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「いいねえ女子大生かあ」

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「おじさんは家族とかは?」

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「いるよ後ろに」

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そう言っておじさんは左手で後ろを指差す。

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「え?後ろにも誰か乗ってるんですか?」

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「そうだよ。

家族で気ままな旅行をしてるんだ」

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そう言っておじさんは得意げに口笛を吹く。

振り向いたが背後には白いボードの仕切りがあり、後ろの様子は見えない。

すると、いきなり背後からくぐもった女の声がした。

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「裕志~、、あたしゃあ腹が減ったよ~、何か食べるものとかないのかい?」

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おじさんは少し顔を後ろに向け顔をしかめて舌打ちした後、今度は私をチラリと一瞥すると、

「まったく年寄りというのは、すぐ腹を空かすものだな」と言って苦笑する。

しばらくするとおじさんは右にハンドルをきり、コンビニの駐車場に入ると、車を停めた。

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「ちょっと買い物してくるけど、何かいる?」

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運転席を降りながら尋ねてくる。

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「いえ、大丈夫です。

ありがとうございます」

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丁重に断ると、おじさんはドアを閉めて店の方に走っていった

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フロントガラスは次から次に降る雨滴で覆われており、雨は弱まる気配はなさそうである。

さっきは気が付かなかったのだけど、どこからかテレビの音が聞こえてくる。

どうやら後ろの方から聞こえてくるようだ。

後ろの仕切りの真ん中辺りに小さな窓があってカーテンがしてあるのだが、そこから車の後部を見ることが出来るみたいだ。

そっとカーテンの隙間から覗いてみた。

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8帖ほどだろうか。

なんだか車の中とは思えないような豪華な雰囲気を醸し出している。

天井のシャンデリア仕様のルームライトからは暖色系の淡い光が灯っている。

カーペットはベージュ色で毛足が長くて贅沢な感じだ。

後部の一番奥まった高いところに横型の液晶テレビが設置されていて、何か古い白黒映画をやっている。

テレビの真下にはガラスのテーブルがあり、数本の艶やかなピンクの薔薇が置かれてあった。

その前にいくつかソファーやテーブルがある。

ショッキングピンクの革のソファーには、こちらに背中を向けて二人の女性が座っていて、テレビを観ているようだ。

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やがて車に近づいてくるおじさんの姿が見えてきた。

両手にレジ袋を提げている。

おじさんはまず後ろのドアを開けると車内に入る。

やがてドアがバタンと閉まる音がしたかと思うと、運転席側のドアが開く。

そしてレジ袋を一つ私の座る隣に置きハンドルを握ると「じゃあ、出発!」と元気に言ってエンジンをかけた。

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車は一般道をしばらく走ると、やがて広い国道に入った。

左側をみると青い海がどこまでも広がっている。

だけど空は灰色の雲に覆われていて、ちょっと不安な気分になる。

カーステレオからは私のお父さんが昔よく聴いていたような歌謡曲が流れていた。

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おじさんは左手を伸ばし先程のレジ袋からサンドイッチを取り出すと、私に薦める。

「ありがとうございます。でも私お腹一杯なんで」と断ると、おじさんは一瞬不機嫌な顔をしてからすぐに先程の優しい顔に戻ると、器用にビニールを破りサンドイッチを一つ取り出すと、ムシャムシャ食べだした。

そしていきなりこんな質問をしてきた。

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「ところでお嬢さんは彼氏とかいるの?」

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唐突な質問に少しどぎまぎしながら「いえ、いません」と正直に答える。

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「そうかあ、でもまだ若いからこれからいくらでもチャンスがあるさ」

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「あの、、おじさんは結婚されてるんですか?」

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この質問をしたことを私は後悔した。

というのはさっきまで柔和だったおじさんの顔が、みるみる険しくなり紅潮しだしたから、、、

気まずい雰囲気がしばらく続いた後、ようやくおじさんは口を開いた。

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「あのねえ、お嬢さん、、人にはいろんな事情があるんだよ」

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「はあ、、す、すみません」

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明らかに今までとは違うきついしゃべり方にたじろぎながら、なぜだか謝ってしまった。

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「例えば、この私だ。

今年の春で49歳になる。

49歳だ。笑ってしまうだろ。

この年齢といったら普通私にもお嬢さんくらいの娘がいてもおかしくない。

そう思わないか?」

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「………」

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「どうなんだ?ちゃんと答えろよ!」

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「は、、、はい!」

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おじさんのドスのきいた声に亀のように首をすくめながら、あわてて返事をした。

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「ははは、、、ごめん、ごめん、どうやら驚かしてしまったようだね。 

でも本当なんだよ。

かといって私が49年間何もしてなかったかというと、

それは大間違いだぞ。

私もそれなりに努力はしたんだ。

特に母さんがうるさかったからな。

晩飯の時なんかにはよく「あんたもそろそろお嫁さんもらったらどうなんだい?わたしゃあ、いい加減あんたの面倒みるの疲れたよ」ってぼやきやがってな。

ははは、、それを言われる度に派手な親子喧嘩さ。

だから40歳になってからはかなり頑張ったと思う。

結婚相談所、婚活パーティー、マッチングアプリ、いろいろやったよ。

たくさんの女性と食事に行ったり映画を観たり遊園地で遊んだりした。

でも、ダメだった。

何でだと思う?

イケメンではないからか?

背が高くないからか?

年収が1000万もないからか!

それとも頭が薄いからか?」

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「………」

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「何でだと聞いてるんだろうが!!」

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「あ、、す、すみません!分かりません!」

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「そうなんだ、そうなんだよな、、、

お前たち若い女はいつもそうなんだ。

はっきりしない!

最初のうちは気のあるような素振りを見せるもんだから、高いレストランに連れて行ったりブランドバッグとか買ってやったりするんだけど、こっちが本気になると結局そんなつもりはなかっただ。

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あの25歳のキャバ嬢もそうだった、、、

入店前に食事に行ったとき、『可愛いキャンピングカーであちこち遊びに行くのが夢なの』とか言うから、貯金はたいてこいつを買ったんだ。

しかもキティちゃんが好きということだったから、車体をピンクにして前部に子猫の飾りまでくっ付けたんだよ。

そしたらどうだ。

二人きりは嫌だと、、、」

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「………」

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「バカヤロー、

ふざけるな!!!」

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私は思わず両耳を押さえた。

すると突然おじさんが右に急ハンドルをきった。

その拍子に私の体は左のドアの方に倒れこむ。

車は耳障りなブレーキ音を鳴らしながら道路を横切り、そのまま右側面をガードレールにぶつけると、止まった。

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その勢いで私はフロントガラスに頭を強くぶつけ、目の前が真っ暗になる。

しばらく朦朧としていると、いきなり左のドアが荒々しく開かれ『来い!』というおじさんの声。

それから太い手が私の左手首を掴み、無理やり外に引っ張りだされた。

おじさんは何かぶつくさ喚きながら今度は後部ドアを開けると私を押し込み、ばたんと乱暴にドアを閉じた。

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…………

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安物の香水と糞尿の入り交じったような匂いを感じとり、意識を取り戻し目を開くと、いきなりシャンデリアのオレンジ色の淡い光が視界に飛び込んできた。

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ゆっくりと上半身を起こす。

ずきずきと首と頭が痛む。

どうやら軽いむち打ち症になっているようだ。

さっきの衝突の衝撃のせいだろう。

ガラスのテーブルが倒れてカーペットの上にはピンクの薔薇が散らばっている。

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左方にあるテレビから聞こえてくる能天気な笑い声。

と同時に何だろうか若い女の呻き声が微かに聞こえてくる

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「ううう、、、あああ、、、」

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それは、こちらに背中を向けテレビの前のソファーに並んで座る二人の女。

一人は黒髪のストレート、もう一人は茶髪のセミロング。

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私はふらふらと歩き「お願い、助けて」と言いながら、二人の背後に近づいて行く。

そして改めてその姿を目にした途端、思わず「ひ!」と悲鳴を上げると数歩後退りした。

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二人は衣服らしいものは着ておらす、ピンクのビキニしか身に付けていない。

そしてその両腕は肘から先が、両足は膝から先が無く、首には革の首輪が付けられていて長い鎖で繋がれていた。

しかも頭部には、両目を塞ぐように金属のワイヤーがグルグル巻かれていて、口には猿轡がされている。

ワイヤーはかなりきつく縛られているみたいで、縁からどす黒い血が頬に幾重にも筋を作っており、かなり痛々しい。

二人は必死に何かを訴えるように、体を揺すっていた。

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「ひ!、、、」

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私は再び悲鳴を漏らすと、そのまま床に尻餅をついた。

女たちは悲痛な呻き声を漏らしながら、芋虫のようにソファーの上をモゾモゾ蠢いている。

私がショックで動けないでいると、突然背後から老婆のしゃがれた声がした。

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「あんた、息子の彼女なのかい?」

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驚いて振り向く。

とたんにまた全身が凍りついた。

それは運転席との仕切りボードの前。

白いネグリジェ姿の老婆が立っている。

伸ばし放題の白髪の下の顔は皺だらけで痩せこけており、はだけた襟首の下からは、あばら骨が浮いた胸元が覗いていた。

そしてその右足首には革のベルトが巻かれ、長い鎖に繋がれている。

老婆は片手に持ったパンを一口ほうばるごとに、私の方を見てはニタニタと野卑な笑みを浮かべていた。

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─誰か、お願い、誰か、、た、助けて、、、

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私は呟きふらふらよろめきながら入口ドア辺りまで歩くと、窓から外を覗く。

海岸線に沿って広大な草原がどこまでも広がっていた。

放牧地だろうか、遠くに4、5頭の牛の姿が見える。

草木が猛スピードで後方に動いていているから、車は結構なスピードで走っているようだ。

私は思いきってドアを開けた。

一気に外の雨風が入り込んでくる。

足がすくんだのだが、これから起こるであろう恐ろしいことを考えると私は一か八か思いきって飛び降りた。

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体は濡れた芝生の上で何度か勢いよくバウンドし、その都度あちこちに強烈な痛みが走る。

それからゴロゴロと転がり最後は大きめの木にぶつかり、そのまま仰向けに倒れこんだ。

薄れ行く意識の中でジーンズの尻ポケットから携帯を引っ張りだすと、母に電話していた。

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目覚めたときは病室のベッドの上だった。

体のあちこちに包帯が巻かれている。

腕と脚がずきずきと痛む。

左を向くと心配げな母の顔が飛び込んできて「ああ、良かった、、、」というほっとした声が聞こえてきた。

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携帯のGPS 機能によって比較的早く私は発見され、すぐに地元の病院に運ばれたらしい。

体の数ヶ所を骨折してたそうだが、命には別状はなかったらしい。

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それから一週間が経過した。

怪我は順調に回復している。

時々母から怪我をした理由を聞かれたがまだ言いたくない、と言って頑なに口をつぐんでいた。

実際あまり思い出したくなかったからだ。

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そして入院して10日が経った、ある雨の朝のこと。

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朝食後に看護師が「今朝早くあなたのお友達という男性の方がナースステーションを訪れてきて渡して欲しいと言ってこれを持って来られました」と、あるものを部屋に持ってきた

それを見た途端私の背筋は凍りつき、心臓は急激に鼓動を速めだした。

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それは一本のピンクの薔薇。

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「また後日改めて伺います」ということですとだけ言うと看護師はさっさと出ていった。

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全身の震えが止まらない。

やがて生暖かい汗が額から頬をつたうのを感じる。

目の前が真っ白になった。

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Fin

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Presented by Nekojiro

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@天津堂 様
いつも怖いポチ、コメント ありがとうございます
昔のヨーロッパ映画のような、恐怖に余韻を
残したエンディングが好きです

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@アンソニー 様
怖いポチ、コメント ありがとうございます

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