中編3
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原稿用紙怪談・五

『小さな虫』

祖母の初盆で本家を訪れた時の話。

本家は田舎の大きな家だ。幼い頃は夏のたびに遊びにきたものだが、中学卒業以来とんと寄り付かなくなっていた。

先だっての葬式も葬祭場ですべて済んでしまったから、本家を訪れたのは本当に久しぶりだった。

ところで、田舎の家というのはとにかく虫が多い。一番困ったのは、虻だった。二センチほどの小さな虫だが、大きな羽音で飛び回る上、人を刺す。刺されたらしばらく痛痒い。

こいつが部屋中を遠慮なしに飛び回るのだ。勘弁してくれと何度か外に追い出したが、同じ個体なのかすぐまた戻ってくる。

とうとう堪忍袋の尾が切れて、伯父が差し出したハエ叩きで一発! スッキリと片付けてやった。

その夜。

仏壇の隣で寝ていると、亡くなった祖母から鬼の形相で叩かれる夢を見た。祖母の手には、見覚えのあるハエ叩きが握られている。

目覚めた時には全身汗びっしょりだった。俺はとにかく、仏壇に平謝りに頭を下げたのだった。

(397文字)

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『防空壕』

「夏は怪談、というわけで」

「八月十五日、来ました!」

闇夜の中、動画が始まる。

AとBは底辺youtuberだ。今日は、出ると噂の防空壕にやって来た。

「鳥肌やば!」

大袈裟に肩を抱き、早速Aが入る。わざとらしい叫び声が響いていたが、やがてパタッと静かになった。

「A?」

Bが灯りを防空壕に向け、悲鳴をあげる。

「脅かすなよ!」

入口に灯りに照らされたAが立っていた。

「大丈夫か?」

気遣うBに目もくれず

「さぁ、家に帰ろう」

それだけ言って、Aは踵を返す。

闇に溶けるようなAの後ろ姿を数秒映し、動画は終わった。

この動画が、ネットを暫し騒然とさせた。

防空壕を出たAの顔が、一瞬ダブって見えるのだ。スローで見ると、Aの体から半透明のAが抜け出して、防空壕の暗がりに吸い込まれるように見える。

ネットは、出てきたAは亡霊が憑依した偽物で、本物は取り残されたのだと騒いだ。

当のAが直後に失踪してしまったので、真相は謎の中だ。

(398文字)

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『盆の笹舟』

僕はお盆になると、海を必ず訪れる。沖に停泊する一艘の小舟を見るためだ。

浮いているのが不思議なほどの古いボロ舟に、これまた驚くほど乗客がひしめき合っていた。一様に生気のない顔をして俯いている。

それもそのはず、彼らは亡者なのだ。

お盆に一時の帰省を許された亡者たちが、彼岸に戻る舟。

僕はその中に祖父母や友人の姿を探すけれど、見知った顔はいつも見つけられなかった。

今年もまた、残念なのか安堵なのかわからない気持ちを抱えたまま、浜辺を後にしようとしたときだ。

波打ち際に小さな影があった。波にもまれながら絶妙なバランスを保っているそれは、笹舟だった。

子供が作ったのだろうか。笹舟には、手足を投げ出したクワガタがひっくり返っていた。

笹舟は頼りなく揺れながら、確実に沖に向かっていた。

彼岸に向かう盆の舟へ。

やがて笹舟が合流したのを見届けると、僕は踵を返した。

同じように、二艘の舟は並んで沖へと櫂を漕ぎ始めた。

(396文字)

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相変わらず素晴らしいお話の数々。
製本して手元に置いておきたくなりますね。

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