中編5
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特別な日

「ねぇ、今日って何の日か覚えてる?」

「え?.....ああ、俺達の記念日だったね。」

「あー!今思い出したでしょう。毎回忘れるんだから......もう.....。」

「ごめんごめん。」

見知らぬ若いカップルが私の目の前で楽し気に会話をしている。

人にはそれぞれ特別な日、大切な日がある。他人からすればどうでもいいような事でも自分にとってはとても大事にしている日が必ずある。私だけかもしれないが、そんなことを考える時がたまにある。

あのカップルにとって、女性からしたら大事な日なんだろうけど、男性にとってはさほど大事ではなさそうに捉えられる。いや、男性も大事に思ってる事かもしれないが、この日、あの男性はもっと他に大事な出来事があったのかもしれない。

私は意味がないとわかりつつ、そんな深読み合戦を脳内で行う。一種のクセのようなものなんだろうなぁ。と自分の人差し指と親指を顎に当てがいながら思考する。

ふと隣を見るとガラスウィンドウに反射した自分が映り、その様子が客観的に確認できた。

なんだか滑稽に思え、すぐに別の事を考える事にした。

そういえば、今日私はここへ何しに来てたんだったっけ?

ああ、買い出しだった。ちょうど家の食料、野菜に肉、数々の調味料、それぞれの買い出しのタイミングだったんだ....。

会話が飛び交う人混みを歩き、その様々な会話内容が耳に入って、本来の目的を見失う所だった。

私は目的を果たす為にどの店に入るか吟味していた。

あの店の肉はこの店より高いが、あの店の野菜はこの店より安い。私は出来る限り1つの店で買い出しを終えたかった。袋を持ちながら店をはしごするのを面倒に思えたからだ......。

私は「はぁ....」と深いため息を漏らした。

結局、あまり移動したくないので私は今いる店で全ての買い出しを終えた。

買い物袋を両腕で持ちながら、私は帰路へ向かった。

その最中、先程のカップルの会話を思い出した。

本日、あのカップルの記念日。

交際の記念日、いや、女性は毎月を記念日と呼んでるだけで実際は月自体は関係ないのかもしれない。7月や8月、どのぐらい交際しているのかわからないが、たまたま〇月の1日に付き合い始めただけで、それを毎月言ってるだけなのかもしれない。それか、あの2人は既に婚約していて、結婚記念日の事を言ってるのかもしれない。

どちらにせよ、あの2人にとってはめでたい日に違いはない。

しかし、人によってはこの日を別の感情で捉える人も少なくないだろう.....。

『9月1日』

1923年、マグニチュード7.9を記録した日本最大級の地震災害『関東大震災』が起こった日。その被害者にとっては良い日とは言えないだろう.....。

1935年、文藝春秋より第一回芥川賞・直木賞が発表があった日、人によってはどうでもいい日ではあるが、読書好きの私にとっては少し特別と感じられる日に思える。

そして、年齢が限定されるが、この日は日本で一番自殺者が多い日だと推奨される日でもあった。今はどうかわからないが、1972年~2013年の42年間、18歳以下を対象とした自殺者を日付別にまとめたところ、9月1日が131人であると統計が出ている。

原因の大半はいじめ問題だと推測されている。

大体が7月20日から学校の終業式を終え、夏休みに入る。学生にとって大半が極上の歓喜日となるだろう。祭、花火、海、色々なイベントが盛り沢山である。

しかし、そんな幸福な時間は永遠ではない。9月1日に襲い掛かる絶望のリバウンドは誰しも通る道ではないだろうか.....。そして、その絶望は人それぞれ感じ方が大きく異なる。

「やばい!宿題がまだ終わってない.....どうしよう.....。」

この程度ならまだマシに思える。

でも、中にはもっと深い.....どうすることもできない絶望.....そんな想いを抱えている人もいるだろう.....。そのあらゆる想いは、学校に持っていく鞄には到底入りきらないような壮大な闇を抱え、今にも溢れ出そうな根深い『想い』かもしれない.....。

私にも経験がある。家が貧しかったため、身につける服や物が日を追うごとにボロボロなっていく。そして子供というのは残酷なもので、そこに目を光らせた同級生達が私に「なぁ、なんで服そんなボロボロなの?」と少し小馬鹿にするような言い方で皆の前で言われる日が多々あった。

「新しいの買ってもらいなよ。」

「バカ!コイツんちって.....」

など飽きもせず同じ会話を同級生同士で繰り返し、クラスをブラックな笑いに包み込む。あの頃は年齢的にもそれがどれほど重い事なのか誰一人として理解してはくれなかった。

そんな地獄の日々でも、夏休みの期間だけは開放される。

しかし、その期間が終わりを迎える日の絶望ときたら、とても言葉では言い表せない。今でも思い出したくない悲惨な過去.....。

世の中にはもっと悲惨な想いをしている人間が数々存在する。その者にとっては私の過去など「くだらない。」の一言で終える程かもしれない。でも、私にとっては壮大なトラウマなのだ。捉え方は人によって異なるだろう。

すれ違う人々を横目に私は考えてみた。

あの人にとって特別な日はあるのだろうか。あるならそれはどんな日でどんな感情の想い出が詰まっているのだろうか。

あの人は少し目を伏せて歩いている。今日なにか嫌な出来事でもあったのだろうか。それは毎年この日になれば思い出す程の辛い出来事かもしれない。

あの人は.....

私は買い物袋を両手で持ち、様々な人生を想像しながら歩いていたが、いい加減腕に限界が訪れていた。

私は休憩を取ろうと、重い荷物をベンチに置き、腰掛けた。

茜色に染まった夕暮れ時の空を少し眩しく感じながら物思いにふけった。

「そういえばこの空模様って私の名前と一緒だな。私の両親はこの空を見て私に命名したのかもしれないな......。」

それはいつ、どんな想いで付けたのか今更聞く事はできないが両親にとって、その日は『特別な日』だったのだろうか......。

そして、これからの人生で私にとって特別な日は訪れるのだろうか。

それはいつでどんな『想い』がこもった日になるのだろうか。

喜劇なのか、それとも悲劇なのか、なにが起こるのか想像すら出来ない。

もしかしたら、その『特別な日』は今日、これから起こるのかもしれないし、来年、または再来年の今日かもしれない。

そんな事を考えているといつの間にかすっかり日が暮れてしまった。

その日の夜空は雲一つない星空で、綺麗な満月が顔を覗かせていた。

Concrete
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