短編2
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重箱の隅

とある知人から聞いた話。

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彼女の実家には、古くから伝わる重箱があったという。

母も祖母も「昔からある」と言うだけで、由来はわからない。おせちを詰めるためにしか使われることはなかったが、蓋と側面に蒔絵で牡丹の花が描かれたそれはとても美しく、毎年正月が楽しみだったという。

ただこの重箱、一つ大きな欠点があった。詰めた料理の減りが、妙に早いのだ。朝食べたおせちの残りに昼に出すと、「あれ、こんなに減ってたっけ?」ということがしょっちゅうあったという。

極め付けは、彼女が中学生の時に起きた「伊達巻事件」だ。

彼女は伊達巻が大好物で、その年も一つ余った伊達巻を、家族の了承を得た上でおかわりさせてもらうことになった。一気に食べてしまうのはもったいないからと重箱の中に残して、次の食事を待ったという。

ところが満を持して重箱を開けると、残しておいたはずの伊達巻は影も形もなくなっていた。

知人が、甘い物好きの姉が犯人だと決めつけて騒ぎ立てたため、正月早々激しい姉妹喧嘩となった。

結局二人とも、父親から雷を落とされお年玉を没収され、挙句母親からは「喧嘩のタネになるなら今後二度と伊達巻はおせちに加えない」と宣言されてしまったそうだ。

三が日が過ぎてから、母親は二人にお年玉を返しながら言った。

「あのとき伊達巻を食べたのはお姉ちゃんでも誰でもなくて、あの重箱だと思う。おばあちゃんがアレを大切にしているから言えなかったけど、私はお嫁に来たときからあの重箱が気味が悪かったの。だって確実に中身が減ってるし、毎年水屋から出して開けるときに、中に何かいる気配がするんだもの」

次の年、おせちにはちゃんと伊達巻が入っていて彼女はホッとしたそうだが、その代わりにように、あの重箱は使われなかった。祖母が入院したのを機に、母親は重箱との決別を決意したようだった。

しかしさすがに捨てるのは気が引けたようで、美しい重箱は台所の水屋の片隅にまるで封印するかのようにひっそりと保管され、以後使われることはなくなったのだった。

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「災難だったなぁ」

私は苦笑しながら続けた。

「ところで、その重箱は今もあるの?」

すると知人はニヤリと口の端を上げ、

「実は、結婚を機に実家から持ってきたの。母は渋い顔をしてたけど、今じゃ毎年うちでおせちを詰めてるのよ」

と、少し胸を張って言った。

「え。じゃあもう、中身がなくなることはないわけ?」

「それはね、やっぱり毎年、あれ?って思うことはあるのよ。でもそれだけだし、わたしあれ気に入ってるし。伊達巻は毎年飽きるほど入れてるから、多少減っても大丈夫なの」

そういう問題なのか。私は内心突っ込んだ。

しかし、当の彼女が満足そうなので、それでいいのかもしれない。

今年もきっと、美しい重箱は彼女の家で年に一度のご馳走にありついたことだろう。

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