中編3
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雨乞いの相撲

とある海辺の集落で聞いた話。

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そこは白砂青松の美しい浜辺を有し、夏も涼しい松林の片隅には、小さな神社があった。

龍神を祀るというその神社は、入口の鳥居にたいそう立派な社名を掲げてはいるものの、入ってみると非常に小さく古めかしい社があるだけで、神主もいなかった。

しかし、近隣住民からは深く信仰されており、親しみを込めて「龍神さま」と呼ばれていた。

龍神さまというだけあって、古くから雨乞い祈願が頻繁に行われてきた。社の壁に掲げられた祈願成就のお礼札を見ると、平成の年号になってから行われたものもあり、なるほど霊験あらたかであることを感じさせた。

つい数十年前までは、雨乞い祈願に加えて奉納相撲も執り行われていたらしい。ここの龍神というのが女神で、身もふたもない言い方をすれば、若い男の裸を好むのだそうだ。そのため、奉納相撲の際は女人禁制だったという。

ここまでならよくある話なのだが、少し変わっているのは、相撲の優勝者は龍神に婿入りする、という習わしだった。

しかしそれは、生贄の別名という物騒なものではないし、神職になって神に操を捧げるというわけでもない。雨乞いの日は神社で一夜を明かすという一晩だけの花婿で、大変名誉なことなのだそうだ。

奉納相撲の優勝者は、身を清めて紋付袴に着替えた後、その夜を一人きりで社で過ごすのだ。

なんとも恐ろしげだが、夜の間になにかが起こるということはない。その上、婿入りをして神と同格になったからには、供え物の酒も食べ物も好きに口にして良い決まりだった。おまけに、一夜が明けた暁には心身ともに立派な男として女性たちの憧れの視線を一身に受けることになったため、未婚の男たちはこぞってこの奉納相撲に参加したがったそうだ。

こうして滞りなく儀式が終了すると、すぐさま恵みの雨がもたらされたという。

ところがある年、事件が起こった。

その年行われた奉納相撲の優勝者は、なにを間違えてか決勝まで残ってしまい、うっかりそこでも勝ってしまった、痩せっぽちの若者だった。

大番狂わせに会場は大いに盛り上がったが、当の若者は憂鬱だった。彼はその軟弱な外見に違わず、たいそうな臆病者だったのだ。おまけに下戸のため、酒で恐怖を紛らわすこともできない。

その夜、一人で残された社で恐怖のためになにも喉を通らず、若者は震えながら朝を待ったのだった。

幸いなにも起こることはなく、彼は空が白み始めるのと同時に社の外に飛び出して迎えを待った。やってきた村役たちの怪訝そうな顔を見て、ようやく異変に気付いたという。

雨乞いの翌日は、朝から曇っていたり早くも降りはじめているのが常だった。ところが、その日若者たちの頭上に広がる空は、雲ひとつない晴天だったのだ。

結局三日経っても雨が降らず、村役たちの相談の結果、雨乞いはやり直されることになった。

今回は奉納相撲に参加しないよう命じられた若者は、いたたまれない気持ちでいっぱいだった。唯一救いだったのは、若者が龍神に粗相を働いたのだと、そう糾弾する村人は一人もいなかったことだ。

「おおかた、龍神さまはお前が気に入らなかったんだろう。痩せっぽちだからなぁ」

皆、口を揃えてそう言ったのだそうだ。

やり直された奉納相撲では屈強な青年が優勝し、一晩を社で過ごした。今度は夜も明けぬうちから、土砂降りの雨が降ったという。

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「これが、その頃の写真だよ」

私にその話をしてくれたのは、龍神に振られたというかつての若者だった。すでに顔に深く皺を刻んだ彼は、古い写真を見せてくれながらさらに語った。

「あの後、僕は神に振られた男として女性から見向きもされなくなってねぇ。結婚するのに難儀をしたもんだよ。わざわざ遠くの町の女性を紹介してもらってね。それが今になって孫たちは、『おじいちゃん、若い頃はイケメンだったんだね』なんて言う。神さまの心情なんて知りようもないが、人の心はコロコロとあてにならないもんだよ」

モノクロの写真の中では、某アイドル事務所に所属していてもおかしくないようなスマートな青年が、穏やかに微笑んでいた。

私はなんとも言えない気持ちで、神と時代に翻弄された男性を見つめたのだった。

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