短編2
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囮の雉

とある里山の集落で聞いた話。

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雉というのは、非常に賢く情に厚い鳥らしい。

自分の雛が敵に狙われると、自ら怪我をしたふりをして囮になり、雛から敵を遠ざけることもあるという。

あるとき、一人の若者が畑の隅で二羽の雉の雛を見つけた。捕まえようとすると、若者の少し先に親鳥らしき雉が現れ、片方の羽を引きずりながら派手にバタバタともがき始めた。

しかし雉の親子にとって不幸だったのは、若者が囮の雉の話を聞き知っていたことだった。彼は親鳥には目もくれず、いともたやすく雛たちを捕らえてしまった。

若者はなにも、いたいけな雛たちをとって食おうとしたわけではない。珍し物好きだった彼は、雉を育てて手懐けようと企んだのだ。そのため大事に家に抱えて帰ると、土間に籠を伏せ、餌と一緒にその中に入れておいた。

その夜のこと。

家族が寝静まった夜更けに、急に土間の雉が騒ぎ始めた。物音に目を覚ました若者は、雛たちを狙って猫か鼬かが忍び込んだものと思い起き上がろうとした。

しかし、体が動かない。声を出すこともできず、唯一動く視線だけをあちこちさ迷わせていると、彼の寝ている布団の足元に何者かの気配がした。

それは足元から、ゆっくりと頭の方に移動してきた。暗闇の中に、白い着物を着た女の姿が浮かび上がる。

女の目を見て、若者は身も凍る思いだった。見たこともない女だったが、その目には若者に対する深い恨みが湛えられていたのだ。

女は、若者を見据えたまま布団の周りを歩き始めた。不思議なことに、足を動かすことなく滑るように移動していたにもかかわらず、トットットッと奇妙な足音がしたという。

奇妙な音とともに、女はグルグルと若者の周りを回る。なにも言わず、暗い目で若者を睨みつけたまま。

いつ終わるともしれない謎の行動に若者の恐怖は頂点に達し、いつしか気絶してしまった。

翌朝、体が動くことに気づいた若者は跳ね起き、そして驚愕した。

布団の周りには、無数の泥にまみれた鳥の足跡が残されていたのだ。

すべてを察した彼は、寝間着のまま土間へ走った。閉じ込めていた雉の雛を籠に入れたまま抱え、昨日捕まえた場所まで急ぐと、そっと逃がしてやった。

一目散に逃げ出す雛たちに膝をついて頭を下げ、二度といたずらに生き物を捕らえないと誓ったという。

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「その若者というのが、僕の父のことでね。魚釣りや鳥撃ちが好きだった人らしいが、それを機にパッタリとやめたそうだよ。それどころか、鳥肉はなんでもまったく口にしなくなった。そのせいというわけでもないだろうけど、この辺には今でも雉がたくさんいるよ」

男性はそう話してくれた。

その言葉に同調するように、どこかで雉が高らかに一声鳴いた。

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