短編2
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もう何年前になるか…5年以上前の話。

 大阪のT市に住む私は、年金の事でS市の社会保険事務所へ息子と母と電車で行こうとしていました。

 息子はまだ当時、乳飲み子で、ベビーカーは煩わしいから、と抱っこ紐だけを持って出ました。

 ちょうど自分の誕生日くらいの7月半ばだったと思います。最寄り駅の改札を抜けて、平日だからとても人が少なかった事を覚えています。

 もうすぐ、電車が来る事が電光掲示板でわかっていました。

 「お母さん、来るょ」孫を抱っこすると言って聞かない母を急かして、ホームに降りる階段を降りようとした時でした。

 どすっ と何か…土嚢が落ちるような?重たくて鈍い音と、人が一斉に息を飲み込むような息遣いが聞こえた気がしました。

 まわりを見ても、母と息子以外には誰もいなくて、なんだろうと思いながら、階段へ足を踏み出したのです。

 数段降りたところで、下から血相を変えた駅員さんが、舌打ちしながら段を飛ばしながら上がって来ました。

 すぐ、母が 何かありましたか? と声を掛けると、駅員さんは「おーい 毛布持ってきてくれー」と大声で言ったあと、「飛び込みよったんですゎ」と心底嫌そうに言いました。

 母と私はホームに降りるのを恐がって、階段で立ち尽くしていました。その間にも、駅員さんたちが横を駆け上がったり駆け降りたりしていました。

 もう大丈夫か?母よりいくぶん好奇心が強く、いくぶん鈍感な私はホームに降りました。

 ホームの先端の方で駅員さんや大学生のバイト?の人が固まっていたので、ああ、あそこだな、とすぐにわかりました。

 母に大丈夫、見えないよと言おうと振り向くと、母はホームの先端の方を指差しています。

 何? あそこに居る人、駅員さんじゃないよね? 

 大学生じゃないの? 違う違う 格好が違う 線路をうつむいて覗き込んで…ほら、他の人が仕事しよるのに、働かんとつっ立ってる。

 そんな人は居ませんでした。それぞれ、ホームから下に降りようとしたり、ホームの先端に入れないようにロープで規制線?を作ったり、じっとしている人はいないんです。

 しばらくしてから、ようやく乗れた電車の椅子に座って母が、後悔すんなら、飛び込む前にしたらよかったのに かわいそうにねと思い出したようにつぶやきました。

 普段から物事に動じない母の強さを知った気がしました。

怖い話投稿:ホラーテラー 美利河さん  

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