中編7
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言霊

今回で二回目の投稿となります。相変わらず、心霊懐疑派の私です。

今回も無駄に長くなってしまいました。

さて、つい先日の事なんですが、とても気になる夢を見ました。

それは懐かしい記憶を呼び起こさせる夢。

何故忘れていたのか、何故今になってそれが出てきたのか。

「夢は記憶と言う情報の整理」

なんて言いますが、正にその通りかもしれません。

いや、そうであって欲しい、なんて思ってしまいます。

また「言霊」と言う言葉がありますよね。口から言葉を出す事により、それ自体に力が宿ると言うあれ、です。

前置きが長くなってしまいました。そろそろ本題へと移ります。

「……ね、覚えてる?」

夢の中で彼女は間違いなく、俯き加減で私にそう問いかけました。

しかし、夢の中の私は彼女を思い出す事が出来ず、困りながら長い前髪で隠れている顔のパーツをなんとか見ようと、顔を少し傾けながら覗き込みます。

黒一色なのに艶やかさを感じさせない、乾燥した髪の間から見えたもの。

腫れぼったい、と表現すれば良いんでしょうか。陰鬱なイメージを与えさせる目元に、思わず「あっ」と私は声を上げてしまいました。

あれは確か、小学生の時だったと思います。

夏期講習か何かで、朝から出かけその帰り道でした。

特に用事もないので真っ直ぐに家に帰ろうと、電車に揺られていた時です。

通勤、帰宅ラッシュには程遠い、午後三時辺り。電車の中は空いていて、座席に悠々と座れました。

お気に入りである座席の一番、隅っこのポール(?)がある場所に横にもたれかかる様にして座っていると、何か視線を感じます。

なんだろう、と思ってその方向に目をやると電車の連結部分にその身を置きながら、扉を半分だけ開け、私を見ている女性がいました。

(……変な人だなぁ)

ただ、単純にそう思いました。人口の少なくない街ですから、「変な人」と言うのは別段珍しくもありません。

まぁ、比率が一定であれば、人口が増えたらその様な人が多くなるのも頷けますから。

ただ、祖父母から「そういう人とは関わり合いを持つな、興味を持つな」と言われていたので、すぐに目を逸らしたのを覚えています。

塾から家までは五駅ほどで、あと二駅で着くという所でその女性が動きました。

ハイヒールの音がカツカツ、と車両内に響きます。周りの乗客もその女性の異常さには気づいていたんでしょう。皆の視線が自然と集まっていくのを追うように私もまた、目をやりました。

……カツカツ、コツ。

女性は私のすぐ横で止まりました。その視線はまだ私を見ています。

目こそ合わせられませんでしたが、確実に「見られている」と言うのを肌で感じられました。証拠に他の乗客の視線も私へと注がれています。

そこで初めて、そう初めてです。

怖い、そう思いました。

それまでの認識はただの「変な人」だったのが、確実に自分に何らかの悪意なり、興味なりを持って近づいてきた事により「怖い人」へと変わったんです。

なんとか落ち着こうと、今の現実に対し「辻褄」を合わせる為に思考を巡らせます。

私の出した結論。

(この人は次の駅で降りるからドアの近くに来ただけだ。きっとそうだ)

しかし、その考えは打ち崩されます。いや、冷静に考えればそうなんです。

到着した駅で開くドアは私の真向かいのドアなんですから。私の背中側のドアは開きません。

(……まだ見てる)

次の駅で降りなければならない、もしついてこられたら……。半ばパニックの状態で我慢出来ずに見上げると、女性と目が合いました。

虚ろに開かれた腫れぼったい目。それまで気づかなかったのですが、その人はボソボソと何かを呟いている様で電車の音に混じり、時折何か聞こえてきます。

ただ、何を言っているのかはわかりません。口の動きを見ようにも、マスクをしている為に本当に喋っているのかどうかさえ、わからない。

固まったままでいると、降りなければならない駅に到着しました。

意を決し、走る様にして出ると後ろからカツカツ、と音が響いてきます。まるでそれが当たり前の様に。

とにかく人の近くに、と思い、その駅で降りた他の方にビクビクしながら寄り添う様にしていると、私の予想を裏切り、その女性は少し早い歩調で私を追い抜かし、先に改札を抜けて雑踏の中へと消えていきました。

(……良かったぁ)

この時、心の底から安堵したのを良く憶えています。

その後、私は重くなった気分を払拭しようと思い、駅横のゲームセンターに入り小一時間程、時間を潰し店を出ました。

そして激しい後悔が私を包みました。

(………なんで?)

扉を開けたその先に、青信号になった歩行者信号から流れる「通りゃんせ」を無視する様に、こちらをただ見つめながら立っているあの女性の姿が。

(え、え、え、え、え)

訳がわからず、私はただ家に帰る選択しかありませんでした。ただ歩くだけなのに荒々しく息を吐きながら、前だけを見つめて歩いていきます。

(気づかないフリをしよう)

相手にしなければいい、そう思いながらいると、駅と同じようにまた女性は私を追い抜いていき、次の角で曲がっていきました。

(……もう、いいのかな?)

甘かった。女性はその角の建物の角から私をまた「見て」ました。

見られる→追いかけられる→追い抜かれる→曲がる→見られる……何度繰り返したでしょうか。

住んでいる場所は碁盤の目の用に何本もの筋が入りくんだ商店街を抜けた先にあるので、今考えると最低でも五回は繰り返したと思います。

小学生だった私はすでに膝がガクガクと震え、目には涙を浮かべていたと思います。何度か公衆電話で家にいるはずの祖母に助けを乞おうとも考えましたが、電話ボックスと言う閉鎖的な空間にもし、入ってこられたらと思うと恐ろしくて出来ませんでした。

しかし、限界と言うものは来ます。いえ、「家までついて来られたら」そんな恐怖が沸き上がりました。

女性が曲がった事を確認した私は家から300m程の場所にあるショッピングセンターへと駆け込みました。

そこは二階にサービスカウンターがあり、その横に公衆電話がある事を知っていたので、祖母に電話するならここしかない、そう思ったからです。

エスカレーターを駆け上がり、後ろから来ていないのを確認した私は公衆電話へと走りました。

受話器をあげ、小銭を震える手でなんとか押し込んだ時、チンッ、と横にあるエレベーターが開きました。

そこにはあの女性が。

ただ、私を見つめながら立っていました。

「ヒィァッヒッヒィ」

そんな声が自分から出たのを憶えています。エレベーターは誰も載る事も降りる事もなく、閉まっていきました。

何かがプツン、と切れた私は腰を抜かし、ただ泣いてしまいました。それを見たサービスカウンターの方が私を宥めながら、祖母へと連絡を取ってくれ、漸く私は家路へとつけたのです。

祖母との帰り道、何度か後ろを振り返ってみたものの、その女性の姿がどこかに見える気がしてずっと震えていました。

家につくと疲れと安堵感からか、いつの間にか眠ってしまった様で、目を醒ますとすでに外は暗く、階下からは家族の声が聞こえてきました。

(……あ、ご飯だ)

時計を見ると午後七時を回った所で目を擦りながら、起こしてくれればいいのに、なんて思いながら家族の元へと部屋のドアを開けました。

子供とは不思議なもので一度寝た事により、昼間の事をすっかりと忘れ、ただ空かした腹を満たす事しか頭にはありません。

ドアを開け、階段への一歩を踏み出した時。

「ぁ、あ、ァァァァァァァア!」

階段の途中にある採光目的のはめごろしの窓にそれは居ました。

顔の半分だけだし、腫れぼったい陰鬱な目を三日月にしながら、大きく、大きく口を開け笑うあの女の顔。

大袈裟に顔を震わせながら、醜悪な笑顔を張り付かせて。

私は階段を踏み外し、L字型になっている階段から文字通り、転げ落ちました。

駆け寄る家族。言葉にならない私の声。感じる視線。

階段から落ちた私の身体は特に激しい怪我もなく、軽い打撲と打ち身だけでした。

落ち着いた後、事のあらましを昼間の一件から家族に伝えました。思い出す度に鳥肌がたち、涙がこぼれそうになります。

この「子供によくある、感受性の高さからくる幻覚」の様な話を疑うものは家族にはいませんでした。

………何故か?

そのはめごろしの窓の外側に、とりもちみたいなもので張り付けられた尋常ではない程の長い髪の毛があったからです。

今でこそ、隣にアパートが建っていますが、当時は空き地でした。そして成長し、身長が180cmある私が我が家の塀に昇ったとしても顔はおろか、手さえ届きません。

その後、その女性が現れる事はありませんでした。

ただ、その姿を確認する事はありました。それは、とある文庫本。

私が小学生の終わり頃(人面犬、人面魚ブームでしたね)に流行った本がありました。

同年代の方ならわかるかもしれません。本の名前は「学校の怪談」。

その中の有名な怪談。いや、都市伝説ですね。

挿し絵がそっくりでしたよ。トレンチコートも着てませんし、「私、きれい?」とも聞かれてませんが。

私は変わらず、「心霊」については懐疑的、否定的です。オカルトは好きですが。

ただ、ね。言霊と言うものが存在するならば、一人の人間の言葉ですら力を持つならば、「都市伝説」として語り継がれるモノには沢山の人間の力が入るのだろうな、と。

自然は時に超状的な現象を引き起こします。そして、人間も自然の一部……そう考えるとあながちあり得ない話ではないな、と思ってしまいます。

そして、言ったんですよ。

これは今朝の夢の話です。

「そろそろ行くね」、と。

私はこれを言葉に出して人に伝えるつもりはありません。

文字にしたのは、古来より「封ずる」にも使われてきた手法故です。そう考えるとインターネットとは斯くも便利なモノですね。

長々と失礼致しました。

怖い話投稿:ホラーテラー 黒烏さん  

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