長編9
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お導き

カナカナカナと外で鳴いている。

あれは、なんの音なのか。

虫・・・いや鳥か?と考えながら玄関の戸を開く。

他人様の家なのにズカズカ進んでいく自分に驚いていた。

何かに引っ張られているようだな、と思った。

玄関の靴をしっかりと揃え空気を肺に入れる。

これは、癖だ。人の家にあがるときには必ず行う。そのたびに友人や上司は「なにか臭うのか。」と怪訝な顔を見せたのを思い出す。まさか癖まで遺伝するのだろうかと苦笑する。息子には遺伝してほしくないな。

座敷に立っていた。スーっと戸を開く。

子供がいた。既に分かってはいたが。子供は怪獣の人形を持ちながらこちらに視線を向ける。

どこのおじさんなのだろうかと推し量っているのだろう。

息子と同じくらいの歳だなと思う。しかし子供らしさを感じない。「あなたが来ることは分かっていましたよ。」と子供の内面から聞こえてくるようだった。

いや、子供の後ろにいる地蔵様からだ。ただにっこりとほほ笑んでいる。

俺は手にしているバットを握りしめた。

ミンミンミンと蝉が鳴いている。よくもまあこんな音をだすものだな、とつくずく関心する。

夏休み、友人の家に一泊して遊びにいく途中だった。自分の家のまわりも田舎ではないだろうか、と考えていたが、ここはさらに田舎だ。

「『田舎に泊まろう』みたいだな。」と同じく泊まりに行く宮田が言った。

「いや、一回芸能人が来たことあるんだよ。」と徳地が笑った。「ヒロシだったかな。」

「自慢しにくいな。」と俺は思った。

富山県に行くのは初めてだった。イメージではブリとかホタルイカがたくさんあるようなとこを想像していた。ここは山だ。我ながらアホだな、と感じる。

徳地の足が止まる。「ここ、だよでかいだろ。」

前には一戸建ての家があった。実際大きかった。

「『今晩、ここに泊めてもらえますか?』」と宮田が棒読みでいった。

徳地のおばあさんは暖かくは迎えてくれたがどこ伺っている目をしていた。当たり前だろう。チャラチャラした若者が三人も来たのだから。そのうちの一人に「ばあちゃん、元気だった?」と言われれば尚更だった。

「タケちゃんよう来たねぇ。あがられよ。」と言ってスタスタと言ってしまった。

玄関に入り、目をつぶった。

大きく息を吸う。これは癖だった。深呼吸を数回くりかえす。

「臭うか?」と徳地は聞いてきた。

俺が子供の存在にきずいたのは家の座敷に入って一時間くらいしたあとだった。

三人でPSPをしていたときである。戸を少しだけ開き、俺をじっと見ている。

「お前の兄弟にしては歳離れてるな。あの子。」と徳地に言うと怪訝な顔を見せる。

「お前、幽霊見えるのか?」といって来た。冗談だろうか、と思い画面に目を落とす。コンテニュー画面にはいっている。

「幽霊見える前に、画面を見えるようにしないとな。」宮田が笑う。

ゲームにも飽きたころ、いいところがあるんだ。と徳地が外にでるよう言ってきた。

そこはあるいてすぐだった。目の前にはたくさんの地蔵がある。

涼しいコンビニにでも行くかと思った、と宮田は口を尖らせた。

「それよりもいいとこだよ。」

徳地は地蔵をおもむろにひっくり返す。裏には札がびっしりとついていた。

それを三枚はがす。「はい。」とそれを俺と宮田に渡す。

「気色わりぃ・・・。」と宮田が言う。同意見だった。

「このお札、ご利益がはんぱないんだ。」と徳地は笑った。

「ご利益どころか呪われそうだな。」といった。地蔵をひっくり返し、札をとるなどどういうつもりなのだろう。

徳地は「俺はこのお札、五枚もってる。」と高らかにいった。

「呪い殺されるな、お前。」宮田はそう言った手前、その札を二つに折りたたみ、ポケットに仕舞う。

俺は地蔵の前においた。くだらない、と思う反面祟りにあいたくなかった。

地蔵の顔が歪む。

一瞬、なにが起こったのかわからなかった。

うっ、と声をあげてその場に尻もちをついた。

地蔵の顔はもとに戻っていた。

「どうしたん?」と徳地が見つめる。

「いやっ・・・なんか体調悪いのかな。」

「呪われたな。」と宮田がハハッと笑う。

子供といい地蔵といい冗談じゃなかった。

俺は先に家に帰った。二人は酒屋にアイスを買いに行くのだという。

コンビニすらないじゃないか、と思った。

「タケちゃんは?」とおばあさんが聞いてきた。

「酒屋に冷たいもの買いに行くと・・・。」と言い。「すみません、少し休んでもいいですか?」

と付け足した。

おばあさんに布団を出してもらっている途中、こんなことを言われた。

「お地蔵様の顔が変わったがやけ。」

身震いした。

そういえば、玄関で深呼吸するのを忘れた。

息が苦しくなる。

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俺とおばあさんは布団の上に座った。正座をしていたが、久しくやっていなかったので、すぐに崩す。

「お地蔵様のところにいったが?そやろね?札は?」

「いやっ、置いてきたのですが・・・。」がとほそぼそと言う。おばあさんの機嫌をうかかっていた。なにを言ったら怒られるのか、それしか考えてなかった。小学生か。

「あのお札にはご利益がある。」と徳地と同じことを言った。「それだけ、良いお地蔵様ながやちゃ。」

「あんた、顔が歪んだがみたがやろ?」方言でも言いたいたいことは分かった。なにか大変なことにでも巻き込まれているのだろう。

「は・・・い?いや、でもすぐに戻ったんですそれ、」

言葉がつまる。おばあさんの後ろに子供がいた。

体は子供なのだがどこか凛々しかった。

俺の様子を見ておばあさんは詰め寄った。「あんた今なにを見た。お地蔵さんか?こ、小さい子供か?人形をもった子供か!」

まくしたてられて俺は怯える。小学生か。

ここで嘘をついた。なんとなくである。あばあさんの子供に対する反応があまりにも大きかったからだ。

「お地蔵様・・・です。はい。あのいや。」

「良かったちゃ。」とおばあさんは言葉とは裏腹に溜息をついた。

しばらくの沈黙のあと、おばあさんは口を開いた。

いまから十数年前、ここで事件が起きた。

幼い子供が撲殺されたのだそうだ。犯人はそのまま逃走。見た人の話によると三十代前半で赤い帽子を被っていたそうだ。

「レッドソックスだ。」と小声でいう。

父親はレッドソックスのキャップをもっていた。

なにかが噛み合う音がした。悲鳴を上げそうになる。

「久司、父さんがレッドソックスが好きな理由しってるか?」

あれはバッティングセンターだったろうか。父さんは野球が好きだったがそのなかでもレッドソックスがお気に入りだった。

マイバットを握り、バッターボックスに入る。深呼吸をしていた。

「レッドソックスは赤いだろ?赤い靴下だからな。広島も赤いけど鯉だろ、竜、虎、巨人までいるのに鯉だよ。」

バットを振る。ストライク。

「鯉だからな、負けちまう。下手したら踏みつぶされる。」

キィンと甲高い音が響いた。ピッチャーゴロだ。

「でも靴下は違う、相手に履かせて温めてやるっていう。思いやりあるだろ。だから強い。ヤンキーにだって勝つんだ。靴下が。」

1球見逃したあとまた打った。高く飛び、ネットに当たる。

「ホームランだ。」と笑った。

父親の理屈はさっぱり分らなかったが、あれがホームランじゃないことだけは分かった。

その父親が失踪したのはそのすぐあとだった。

母親に聞いてもなにも言ってくれない。近所の人の心無い噂をよく耳にしていた当時の俺にはなかなかのトラウマになった。

父親のことを思い出し、体が震える。なにかが噛み合ってきた。

「まだお導きに合わずにすんでよかったちゃ。」といわれた。

おみちびき、と繰り返す。すぐに頭のなかで変換する。誰を?何を導くというのだ。

「ここのお地蔵様は、人を天国にお導きになれるがね。それも人を使って、間接的に。」「普通のお地蔵様は違う。ここだけね、お導きさせるのは。」

「導くって・・・どうやって。」聞きたくはなかった。前の事件の話から既に気づいていた。

「殺して。でも導く、天国に、天童様をお連れになられるがね。」

天童?子供?殺す?

殺すというワードが頭に響く。

「前の事件がお導きに合われたんだと思われとるが。」

「で、あんたがお導きを手伝いそうになっとたが。」

それが引き金だった。一気に泣き崩れる。

脅えた。ほとんどの事柄が繋がった。

俺は合いそうになった。お導きにだ。天童をお連れするといって人を殺すのだ。

お地蔵様とか天童をつれていく手伝いをするとかそんな高貴なものじゃない。

「でも、よかったが、前の天童様の姿がまだお地蔵さまやったがやろ?まだ間に合うちゃ。」やっとおばあさんは笑う。

凍りついた。

俺は嘘をついたではないか。

もう俺には子供が見えてたじゃないか。血の気が引いていく。

遅いのだもう。

今俺の目の前には子供がいる。凛々しく、神々しく。「時間ですよ。」といっているようだった。

レッドソックスだ。

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帰る準備をしていた。浮き足だっている。

「子供を見てもなにも反応しられんな。そのまま帰られ?」と心配そうに俺を見つめる。

「はい。」と一言いうと玄関の戸をあけた。

今更だよ、と父さんの声が聞こえる。

「えんなんで?」っと素っ頓狂な声を上げたのは宮田だった。

「ごめん、宮っさん。なんか体調悪くて。」と弁解した。

「本当に田舎に泊まろうだな」と宮田がつぶやく。

徳地が「なら、学校で。」と短く言った。

徳地にはなんとなく分かっているのだろう。そして帰るのだと。

「うん、楽しかった。」

「変なお札一枚だけかよ、お土産は。」

ハハハと小声で笑う。

横には子供を見上げている。

蝉のうるさい声に交じってカナカナカナと聞こえてきた。もう少しで夕暮れだ。

子供が歩くほうへ俺はついていった。子供の手には人形が握られている。

バルカンだ。とすぐに分かる。おばあさんも人形もっているとか言っていたけど、バルカンは知らないのか、と思いふときずく。

おばあさんは確かに「人形をもった子供」といった。なぜ人形を持っていることを知っていたのだろうか。

見えてたのか?と考え、すぐ否定する。おそらく、孫だったのではないか?と予想する。徳地の兄弟かもな、と思う。

不思議と驚きはなかった。

天童様の足が止まり、一点をじっと見ている。

視線の先には鉄パイプのようなものがあった。

いや、バットだった。錆がひどく、ぼろぼろだったがまだまだ現役ですよ、と言わんばかりにおいてある。

拾い、握ってみる。かろうじて錆びてないところマジックで書かれた文字だが見える。

目をこらし見てみる。レッドソックスと書かれていた。

ふと気付いた。ああ、お導きを手伝うつもりなのだ俺は、と。天童様の姿が地蔵に変わる。「もうすぐですよ。」と言ってる気がした。

夕暮れになり、あたり一面オレンジ色になる。

綺麗だなと感じ、お地蔵様を見る。一軒の家の前で止まっていた。戸を開ける。不用心ではないかと思った。こんなところなら当然だと思うが、それともお地蔵様の力なのですか?と聞いてみるがなにも言わない。いつの間にか消えていた。深呼吸をする。靴を脱ぎ、揃え、進んでいった。

リビングには子供がいた。分かっていたが。

「天童様、お導きに上がりました。」と呟く。スケッチブックに絵を描く子供は茫然とこっちも見る。後ろにはお地蔵様がいた。顔が歪んでいる。いや、あれが笑顔なのだと納得する。

カナカナカナカナカナカナと聞こえてくる。

部屋一面が夕日で赤くなる。「レッドソックスだな。」と声に出す。「いや、お前はカープだな。」とい父さんの声が聞こえるような気がした。

バットを両手に持ち上に掲げる。

カナカナと聞こえる。

怖い話投稿:ホラーテラー 平野さん  

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