中編7
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『封じ』 とどめ

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アパートに帰り着くと郵便受けに手紙が入っていた。色気のない茶封筒に墨字。間違いない泰俊からだ。今回少し間が空いたので心配したが元気そうだ。宛名の文字に力がある。

部屋に入り封を切る。封筒の文字とは裏腹に手紙の文字には乱れがあった。

俺は手紙から目を離して、昔あった出来事を思い出そうとし、それはありありと脳裏に浮かび上がる。

手紙にはある住所と 「待っている」 の一言だけ。

異変があったのだ。そして泰俊が俺に助けを求めている。カバンに必要なものを投げ込み、駅へと向かった。

電車を降り、駅の改札に向かうと一人の僧と目が合った。

若いが怖い眼をしていた。坊主が一体何を見続けたらそんな眼になるんだ? ふと考えてしまうくらいの眼光だ。

彼は無言で立ちすくむ俺の所まで来ると 「こちらに・・・」 とだけ言って俺の荷物を持ち外へ出る。

車に乗せられ一時間程で目的地に着いたが、そこは坊主に合いそうでどう考えても合わない場所。とだけ述べておく。俺一人だったら、手紙の住所と見比べて立ち往生しただろう事は明白だった。

裏口より入り、こじんまりとした庭を左手に見て廊下を進んだ。チョッと離れた庭石に15~6歳位だろうか和服の女の人が背中を見せて座っている。少し歪な何かを感じた。

丁度、庭を半周したあたりで右に曲がる。すると雰囲気が一変し、そこはどう見ても寺内の廊下といった趣で、キツネにつままれた様な不思議な感覚に陥った。

突然、前を歩く若い僧が立ち止まり、

「気分はいかがですか?」 と聞いてきた。前述の感想を告げると、

「あなたにも何がしか憑いていた様ですが堕ちたようです。角を曲がってこちら側は結界が張ってありますので悪しきモノや取り憑かれた者は入る事が出来ません。ではこちらに・・・。」 と一室へ案内された。

その部屋には既に先客が二名居たが、その片方を見て俺は思わず叫んだ。

「泰俊!!」

恐らく笑ったのだろう。唇がわずかに動いた。そこには痩せ衰え、骨と皮だけになった泰俊が僧衣をまとって静かに座っている。涙が溢れ、思わず泰俊にすがりつき手を握る。思いの外、強く握り返して来た。瞬間、希望の炎が灯る。(コイツはまだ大丈夫だ)と・・・。

顔を上げると、

「け・・・けんきそうた・・な・・なくな・・はか・・・」 とかすれた音(声)が聞こえた。

コイツが手紙を書き携帯を使わない理由がこれだった。また泣きそうになり 「うるさい」 とやっと返した。

「は・・・ななし・・を・・そふから・・たのむ・・」 俺はうなずいた。

あの泰俊が俺を頼っている。・・・俺は決めた。

泰俊が若い僧に連れられ部屋を出た。部屋には俺と恐らく泰俊の祖父であろう僧が一人残った。おもむろに太いが優しい声で僧が語る。

「康介君。今日はご足労願って申し訳ない。わしは泰俊が祖父で道俊という。今、御覧になった通り、このままでは泰俊は長くない。結界を張り直し、肉を齧られる事は無くなったが思いは届く様で日に日に痩せ衰えて行く。泰俊が衰えれば衰える程、彼の娘は女へ、母へと成長して行くのじゃ。もう見た目は二十歳前後の娘・・・時がない。」

庭で見た座った歪な印象の女の人・・・あれが泰俊が井戸で見た小さな女の子の成長した姿だったのか? ゾクッときた。その事を告げると、

「ふむ・・『晦日封じ』でも『節季封じ』でも『歳封じ』でも駄目。君にも見えた程となると厄介な・・やはり井戸へ返して・・・『とどめ』かの・・・。」

いきなり道俊和尚は姿勢を正し、俺に頭を下げて

「“泰俊”を井戸へ下ろし魔物に引導を渡す。孫を救ってやって欲しい。」 と声を振り絞る。

俺は短く 「はい。」 と応えた。

俺の名は“泰俊”。今、呪われし井戸の底に居る。

フラスコの底の様な形状で思いの外広く、手に持ったたいまつの炎でも全体を照らす事は困難だ。普通の井戸の底に後から手を加えたのは明らかで、一角に盛り土が見える。恐らくはここに水子を埋めたのだろう。井戸の底がそのまま水子の娘の為の霊廟と化している。

何時からか「ニューニュー」と声が聞こえ始めた。まだ娘は現れない。

一瞬、水中に落ちた様な異様な感覚が体を襲う。

途端に体中に痛みが走り、「ブチッ・・グチャ・・ビリィィィ」 肉が裂け血が滴る・・。生きながら喰われる恐怖。

見えないが『蜘蛛水子』が俺の体を喰い始めたのだ・・・。

俺はいつしかこいつ等の父となったのだ。これで友明は助かるだろうと何となく感じた。

俺はまだ声を出す事が出来ない。必死に耐え、娘が現れるのを待つ。しかし、どうしても痛みが耐え難くなり容器に入った“俺”の血を壁に投げつけた。

重い水中に居るような感覚が遠のく・・・しかしすぐに元に戻る。気が遠くなりかけた時、今までとは違う感覚を感じた。あの歪な感覚。

微笑む女。いや、初代泰俊の娘にして『蜘蛛水子』の母親。井戸の主。違う・・・井戸本体か?

朦朧とした意識の中、彼女に向かって俺は初めて言葉を発した。心の中で念じる様に、一語一語心を籠めて・・・

「父たる我は主が世にいづる事を願わず。速やかに、いね(帰れ、去れの意)。」

自分の血で汚れた経本の様なモノを娘ごしに盛り土へ投げつけた。パッと花火がちり辺りを照らす。

彼女は悲しそうな顔をしてクシャクシャに崩れていった・・・生皮が剥がれ落ちるように・・・。

ポトポトポトと音がする。『蜘蛛水子』が堕ちる音か?

後にはたくさんの青い玉の様なモノが在ったが、それも地面へと吸い込まれていった。悲しい儚い色だった。後で聞いたが『魄』(はく)というらしい。

意識が無くなる寸前、俺の体に巻きつけられたロープがキュッと締まるのを感じた・・・。

(たった一言の言の葉で、気の遠くなるほどの長きにわたる呪が解けたのか?初代泰俊の父としての想いの強さがこの魔物を産む一因となったのか?何故、旅の雲水は・・・)

疑問の嵐の中ふと俺は目を覚ました。襖が開き例の目つきの鋭い若い僧が顔を覗かせる。俺が目覚めたのを確認すると泰俊と道俊和尚を伴って部屋に入ってきた。

俺は泰俊が籠っていた部屋で寝かされていた。痛みをこらえながら傷で火照った体を起すと、泰俊が近づいて来て「寝ていろ・・・。」 と短く言った。幾分、膨らみを取り戻した体に強い眼差し。こいつはもう大丈夫だ。と俺は思った。

思わず笑い返す。

 

「康介君。孫の身代わり、何度礼を言ってもたりぬくらいじゃ。『転魂の法』は泰俊と魔物、双方に縁がある者しか出来なんだとは言え、君の体と心を損なう事を思えばやはり外法であった。申し訳ないと思うておる。しかし、これしか泰俊を救う法もなかったのも事実。許されよ。」 深々と頭を下げる道俊和尚。

俺は達成感と幾ばくかの寂しさに浸りながら「いえ・・親友二人のためですから。」 と小さな声で答えた。

「わはは。そういってくれるとわしも救われる。君は三人の人間を救うてくれたわい。ありがたい事じゃ。しかし、わしはろくな死に方は出来そうにないの・・・。人呪わば穴二つ・・・やれやれ。さてとわしは仕事があるのでこれで失礼するよ。・・・泰俊。しばらく彼と話をしなさい。」

もう一度俺に頭を下げ和尚は若い僧と部屋を出て行った。

部屋に残った泰俊と俺はしばらく無言だった。それは泰俊が何かを語るその決心がつかずにいる為の沈黙だった。

「今更なんだ?言いたいことは今言え。」 俺が切り出す。

ニコッと泰俊が笑う。久しぶりに見たイイ笑顔だった。

「お互い虫に少々齧られたが、お前は少し利口になったな。」 いつもの憎まれ口をたたく。

「康介。お前が疑問に思っているだろう事を教える。あの娘は元は普通の『蜘蛛水子』だ。それを封じて井戸の中で共食いさせ井戸が持つ母としての呪力をも吸収して強力にしたのが・・・友明の話に出てきた『旅の雲水』だ。・・・名を・・・日正(にっしょう)という。」

「泰俊・・・なんでそんなにくわしいんだ?」

泰俊 「ああ・・・俺の先祖だからだよ。彼は・・・。あの娘はいわば彼の我々一族へ対する過去からの刺客なんだ。初代泰俊は血肉を分けた親。俺は魔物の産みの親である彼の血族。俺が親と慕われたのは名前だけではなかった訳だ・・・。」

俺 「なぜ、日正は血筋の者を呪うような事をする?」

泰俊 「それは・・一族を挙げて彼を殺そうとしたからだよ。今も・・・。」

俺 「え??なにそれ??」

泰俊 「いや・・いい。この件はすっかりお前のお陰でカタがついた。じい様も言っていたが俺からも礼を言う。何と言っても俺はここで髪の毛をお前に食わせ寝ていただけだ。半端な俺を良く助けてくれた。本当にありがとう。俺も家を継ぐ事に決めた。親父も帰ってくるし、じい様の別件の仕事はとりあえず数日でカタがつく。そうしたらいよいよ徳度して坊主だっ。」

笑顔の泰俊。もう話す事は無いと眼が語っている。

泰俊は俺とは別の道を進もうとしている。昔の様な馬鹿はもう出来ないだろう。そして俺は多分、元の生活に戻れるだろう。友明も・・・。

俺が感じた達成感と幾ばくの寂しさ・・・俺は友を助けたつもりで実は失ったんじゃないだろうかとふと思った。

開け放たれた襖の向こう。外の光が異様な程まぶしく感じた。

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怖い話投稿:ホラーテラー 最後の悪魔さん  

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