コピペてす。
誰も信じてくれなかった。
「夢でも見たんだろう」
「いつも″怖い、怖い″と思っているから、そんなものを見るんだ。目の錯覚だよ」
大人たちは、そう言って笑った。
無理もない。
子供だった私が、恐怖のあまり、支離滅裂な言葉を口走り、そしてそれがあまりにも奇妙な出来事だったから…
でも、今なら分かる。あの時、私の言葉を聞いた大人たちも、本当は気味が悪かったに違いない。
笑い飛ばすことによって、少しでも私を怖がらせまいとしたのだろう。
あの時、私は小学五年生だった。
いくら子供といえども、十歳を過ぎていたのだから、記憶ははっきりとしている。
断じて夢などではない。
田舎町の小さな小学校に通っていた私は、見渡す限り畑ばかりが続く、長い長い道のりを毎日歩いた。
それでも、友達とのおしゃべりに夢中になっていると、片道1時間かけての登下校も、それほど苦にならなかった。
あれは確か、今にも初雪が落ちてきそうな、どんよりと暑い雲が頭上を覆う寒い日だった。
いつも登下校を共にしていた同級生のさっちゃんが、体調をくずして早退し、私はひとりで下校することになってしまった。
ひとりぼっちで歩く道は、信じられないほど長く、寂しい。
私は、意味もなく数を数えたり、流行歌を口ずさんだりしながら、とぼとぼと歩き続けた。
ふと、この畑を横切って行けば、少しは近道になるかな、と私は考えた。
そして、枯れ草を踏み分け、畑に行こうとした、その時である。
薄茶色のものが、私に近づいて来た。
犬である。
ハッ、ハッ、と白い息を吐き、嬉しそうに尻尾をふって、大きな犬が走って来る。
足がすくんだ。
私は犬が苦手だったのだ。
2秒、3秒…10秒。
何事も起こらない。
指のすき間からそっと見ると、その犬は、クゥーン、クゥーンと情けない声を出して、あとずさりした。
そのうち、尻尾を下げて、犬は逃げるように去って行った。
(よかった。助かった)
そう思いながら、まだ私の身体は震えていた。
(あの犬、どうしたのかな。)
と不思議に思った時、私の背中に痛いほどの視線を感じた。
振り向いて、私はぎょっとした。
私のすぐうしろに、女の子が立っていた。
″立っていた″という表現が正しいのかどうかわからない。
とにかく、その女の子を見た時、何ともいえぬ違和感を覚えた。
見たことのない顔だった。
にこりともせずただじっと私の顔を見つめている。
髪の毛はパサパサとして艶がなく、土や枯れ草などがついて、全体的に薄汚れていた。
全体的に……?
まもなく、私はその違和感がどこから来るのかがわかった。
その子は、その大人びた表情のわりには、背が異常に低かったのである。
しばらくその子と見つめ合い、そして、その子の全身を眺めた時、私はその背の低さの訳を知った。
その子の太ももから下の部分が、ずっぽりと土に埋まっていたのである……
不思議なもので、とっさに怖さは感じなかった。
なぜ、埋まっているのかといぶかしく思い助け出してあげようとさえ思った。
だが、その子の異常さは、土に埋まっているということだけではなかった。
もう雪が降ろうかというこの季節に、その子はノースリーブを着ていた。
いや、よく見ると、それは下着のようだった。
わずかに見える下半身は…何もつけていなかった……
これはただごとではない。そう感じた時、全身に鳥肌が立ち、血液が逆流していくような感覚に襲われた。
どれくらい、その場に立ちつくしていただろうか。おそらく、わずかな時間だったのだろう。
烏がひと声、カァーと鳴いた。
ハッと正気に戻った時、女の子の姿は消えていた。
本当の恐怖感はそれからである。
(何…?今のは何だったの…?)
私は走った。
何度も何度も転びながら、走って走って家にたどり着いた時は、泥まみれの、よれよれの姿だった。
驚いた家の者が私に訳を聞き、そのあとは前述の通りである。
その出来事は、それまで私が幽霊というものに対して抱いていたイメージ(幽霊とは、夏にでるもの、夜にでるもの、そして、浮遊しているもの)を、ことごとく打ち崩すものだった。
次の日の帰り道、私はさっちゃんにこの事を話した。
最初は興味深げに聞いていたさっちゃんも、さすがに怖くなったのだろう。
顔色を変えて、もう言わないで、と言った。
ふたりで黙々と歩いているうちに、昨日、私が″あの子に出会った場所に近づいた。
「あ…ちょうど、あの辺りだよ…」
と、私が指さしたとたん、
「やだ!!」
と、さっちゃんは叫び、猛スピードで走り出した。
私も昨日の恐怖が蘇り、さっちゃんのあとを追った。
さっちゃんは振り向かない。
私も怖くて振り向けない。
夢中で走り続け、ふたりしてさっちゃんの家に転がり込んだ。
さっちゃんの家には、おばあちゃんがいる。私が遊びに行くと、いつも優しく迎えてくれ、昔話や昔遊びを教えてくれた。
私とさっちゃんは、″あの子″のことを、おばあちゃんに聞いてもらうことにした。
おばあちゃんの反応は、他の大人たちとは違っていた。
ふん、ふん、と頷きながら、
「よかったじゃないの」
と言った。
「えー。良くないよ。だってその子、お化けだよ。私がどれだけ怖かったと思う?」
と私が言うと、おばあちゃんは笑って、
「お化けだろうが何だろうが、助けてくれたんだろう?あんた、犬が大嫌いなんだから、良かったじゃないか」
と言った。
うーん、と唸って、私は首を捻った。
「犬でも猫でも、動物はみんな、ああいうものには弱いからね。怖じけづいて逃げたんだろう」
″ああいうもの″と言ったおばあちゃんの言葉が、新たな恐怖を誘った。
「あんたと遊びたかったんだろう。その子はきっと…」
「やだよ…遊びたくなんかないよ。」
「それともその子は」とおばあちゃんは続ける。
「″私はここに居るよ″って、伝えたかったのかも知れないねぇ…」
さっちゃんと私は顔を見合せた。
「あんたたちと同じ年頃で死んでしまった子供なんだろう。可哀そうに、何があったねかねぇ。そして、たぶん…」
おばあちゃんは顔を曇らせた。
「……そこに、埋められているんだろう」
すぅっと血の気が引いた。さっちゃんもきっと、私と同じ思いだったのだろう。
不安気に私の顔をちらりと見た。
(埋められた…?墓地でもないのに……?)
良からぬ想像が胸をよぎり、私とさっちゃんは、きゃっと叫んで抱き合った。
「こんなのんびりした田舎でもねぇ、昔はあったんだよ。神かくしなんて言葉を使ったけど、うーん、まぁ、人さらいって言うのか…」
(人さらい…!?)
「今で言えば、″変質者″かねぇ…」
…!!
もうやだよ、やめてよ、と、私たちは口々にに言った。もう学校へ行けないよ、と、ベソをかいた。
「お化けだ幽霊だっていっても、あんたたちに悪さなんかしないよ。いいかい、本当に怖いのはね、生きている人間なんだよ。その子がもし、成仏できずにいるのなら、おばあちゃんが死んだ時、一緒に天国に連れていってあげようね…」
さんざん怖がらせてから、おばあちゃんは私たちをなだめた。
それから数年後、私はその道を通い続けたが、二度と″あの子″に会うことはなかった。
時が過ぎ、大人になるにつれて、少しずつ怖さも薄れていった。
でも、寒々とした、あまりに哀しい彼女の姿は、おばあちゃんの言葉とともに私の心にくっきりと刻みつけられた。
あの日から三年後に、さっちゃんのおばあちゃんは旅立った。
約束通り、あの子も連れて行ってくれたのだろうか。
それとも……
最近になって私は思う。
あの日、あの子はそのまま私にとりついて、ずっと私のそばにいるのではないかと……
それは、大人になった私の目には見えない。気配すら感じない…
だが先日、四歳になる私の娘が、昼寝から目覚めたばかりのぼんやりとした状態で言った言葉……
それが妙に気にかかる。
「あそこに、お姉ちゃんがいる……」
私のうしろの、何もないただの壁を指さし、娘は確かに言ったのだ。
「はだかで、泥んこで、きたないお姉ちゃんがいるんだよ。
いつもいるよ。
ずっといるよ。
ずっと前からいるよ。
……ママを、見ているよ……」
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話