中編5
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日常

今まで家族のために一生懸命働いてきた。

わき目もふらずに。

中古ながら庭付きの家も買えたし、新型のワゴンも持っている。

子供達も、問題児とは縁遠く明るく育ってくれている。

大きな野望は無かったと言えば嘘になるが

私にとっては、何気ない毎日や渋滞の週末も幸せの1ページと大切にしてきた。

会社までは、電車で30分。

今日頭にあるのは昨夜の家内の態度だった。

恥ずかしい話、私達夫婦も話しに多い“セックスレス”。

全くレスかというとそうではないが、まぁ2年に1度位なものか。

私が不能と言うわけでもなく、家内の身体が悪い訳でもなく

特に“疎遠”になっている理由は無いが、なんとなくと言う状態がもう何年続いているのだろうか。

しかし、昨夜は寝苦しかったせいか暫く2人でリビングで夜更かしをしていると、家内がそわそわしているのが目に入った。

どうかしたのか?

いいえ、別に。

結婚10年選手の夫婦の会話なんてこんなのもだろう。

特にいつもと変わらぬやり取りだったが、ヤツの目つきが気になった。

話しかけても帰ってくる答えは分かりきっているのであえて、深追いはしなかったがなんとなく

俺に“早く寝て欲しい”オーラを出している。

器用なヤツだ。

まぁ、普段は残業だ・付き合いだと帰宅は12時を回ることの多い日常。

定時に帰ってきてごろごろしている亭主がいると調子が狂うのも分かるような気がする。俺はせかされるような気分で、“自分の部屋”に入った。しかし。

いつもは気にならない家内の顔が私の頭をよぎる。

その日は、上司達が緊急会議ということもあり

我々末端は、定時に帰宅。

明るい間に帰宅を決め込んだ。

何年ぶりだろうか?

夕方5時に自宅に向かうなんて、学生それも中学生に戻ったような感覚が

私に新鮮な気分を運んでくれている。

娘と風呂でも入るか!

家内を驚かしてやろうと、帰るコールをせずに帰宅。

ただいま!

あら・・・。

期待虚しく家内の返事はその一言。

子供達は習い事で、静かな我が家に私もいささかおろおろしていた。

私チョット迎えに行ってくるから・・。

私が返事をするのより早く家内が家を出て行った。

シーンとした室内。

ピウロロロ。

突然電話が鳴った。

まぁ、突然鳴るのは当たり前だが、不意を突かれた私は

飛び上がらんばかりに驚いた。

もしもし・・・。

・・・・・。

もしもし!

あっ、美知恵さんいますか?

聞き覚えの無い若い男の声。

ど、どちらさんですか?

いないんですか美知恵さん。

今出かけていますが・・・・。

そうですか。何時ごろ帰ります?

あの、どちら様ですか?

いや、いないならいいです。

ガチャ。

なんだこの野朗。感じわりーな。

その日は特に気にせずに、と言うより忘れていた。

布団に入ってからなんとなく思い出したが、取り立てて言葉にするのも面倒な気がしてそのままにしていた。

しかし、そのときに家内に話をしなかったことが後々・・・。

あの日から1週間。

その電話のことさえ忘れていたが、早めに帰宅をした時に

そのことを思い出した。

家について普段ならさわらないポストを何気なく開けると

家内宛の封書が1つ、2つ・・・4つ!

差出人は全て別。

お、おい、なんだこりゃ?

あ、いいのいいの!おい、いいのじゃねーだろ。

あけて見せろよ!

だから何でもないのよ!ほっといて!!

物凄い剣幕でまくし立てる家内。

そんなに大声を上げるようなことか?

私は家内の見ている前で、一つの封書を空け始めた。

やめて!!私宛に・・・・。

言い終わる前に私の手から封書を奪い取った。

おい!なんなんだ!!

いいからよこせ!

私は力ずくで家内から“ブツ”を奪い返すと

すかさず中身を引っ張り出した。

ん?

支払い督促書

○○ ○○殿

平成16年1月X日に貴殿に貸し出した金2000,000ーが

度々の催促を促したにも関わらず、未だに返済されていません。

つきましては・・・・(中略)

尚、期日までに返済されない場合、不本意ながら

所定の手続きの後、法的手段に移行することになりますので・・・・・・・・・(中略)

XXXXXファイナンス株式会社 

おい!なんなんだよこれは!

そ、それ全部そうか!!

いいの!ほっといて!!

私は突然の事に愕然とした。

女房が私に内緒で多額の借金をしている・・・。

私は2階に駆け上って家内を問い詰めた。

しかし。

私がはじめて見る家内の狂乱振り。

私は訳もわからず家内を殴ってしまった。

どっと泣き出す家内。

いいから、話して見ろよ。

何があっても驚かないから。

・・・・・・・。

暫く家内は泣いていたが、意を決したかのように話し出した。

内容はこうである。

ダイエットや美容に凝っている間に通信販売や訪問販売の

商品を次から次へを買ってしまっていたらしい。

そのうちのいくつかを押入れから出してきて私に見せていた。

聞くと一つ30万円から高いもので90万もするらしい。

そのほかにも、化粧品や健康食品などざっと1000万。

あまりの額に私も暫くは空いた口がふさがらなかったが、

自分の女房がしでかした事。

悩む時間ももったいない。

彼女に、これが最後だと念を押し全額返すことを許可した。

幸い死んだ母からの相続の金が定期に積んである。

家内には言ってなかった“へそくり”だが、我が家の初めての一大事じゃ

仕方あるまい。

私は涙を呑んで、その通帳を家内に差し出した。

あなた・・・。

泣きじゃくる家内に私は、自分でも不思議なくらい優しく接していた。

この程度のことなら・・・・。

泣いていると、もう子供達が戻っておかしく思うぞ・・。

その日家内と久しぶりの儀式。

まぁ、お礼の意味を含めてだろうが・・・。翌日、私は上司との付き合いで帰宅したのは深夜1時を回っていた。

言わずとも家の中は、熱帯魚の水の回る音だけ。

明かりをつけて、冷蔵庫から冷えた水を取り出し1息。

珍しく綺麗に片付いているなぁ・・・。

ん?

おもむろにテーブルの上にある紙に目をやった。

あなたへ

私の馬鹿さ加減に怒りもせず、助けてくれてありがとう。

昨日いただいたお金は大切につかわさせていただきます。

でも、私はあなたを裏切ることになりました。

言い訳などするつもりはありません。

馬鹿な女だと思って、あきらめてください。

子供達、よろしくお願いします。

やはり私は女でした。さようなら・・・。

○○ ○○より

怖い話投稿:ホラーテラー 佐伯加椰子さん  

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