中編6
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脱出

これは、俺がまだ若い頃…、とある警備会社でアルバイトをしていたときの体験です。

2008年8月。

その日、俺はとあるビルの警備に就くように上司から突然言い渡された。

『…マジかよ』

正直、気が進まなかった。なぜなら、警備員達の間でそのビルの警備に行くに当たってのあるタブーがあったからだ。

そのタブーというのは、昼間・夜間どちらの時間にも地下2階には行くな、と言うもの。

何でもそのビルの地下2階には、白いセーターにジーンズ、その上にエプロンを纏った長身の女の幽霊が出るらしく、この女と目を合わせたり、女の問い掛けに答えたりすると何処かに連れていかれ、帰って来れなくなるというのだ。

馬鹿馬鹿しい…

と、思うかも知れないが…

実際、そのビルの警備に割り当てられた警備員の内の半数が何かを見たり、感じたりしているらしく、中には初日でそのビルの警備を辞退させてくれと懇願する者までいたらしい。

その話を信じきっていた訳では無いが、俺は、そういう心霊の類いを良く見る質なので不安が募った…

午前8時。現場に到着した俺達は、夜勤の仲間と引き継ぎを交わし、ビルの警備に就く。

この日は俺を含めて全部で8人の警備員がいた。

そして、警備主任から各自の持ち場が言い渡される。 俺は1階のエントランスの警備に割り当てられた。

そして、他の仲間達にも持ち場が言い渡される。

この時、主任の口から地下〜階と言う言葉は一切出なかった。

それが俺を余計不安にさせた。(…それって警備会社としてどーなの?とか、そういう意味でも…)

斯くして、警備が始まった訳だが、普段と変わり無く大した事は何も起きず、そのまま数時間が経過していた。

そうなると、俺はすっかり余裕を持っていた。エントランスから見える外の景色は晴れた青空の下明るく、ビルには多くの人が出入りしている。

『どこにでもある普通のビルじゃん…』

などと思いながら、もう気が付けば交代時間まで1時間をきっていた。

『今日も1日平和だった…』

俺がすっかり仕事終了モードに入っていると…

…突然、無線が鳴った。

『…救護要請、救護要請。A隊員とB隊員が音信不通…、最寄りの隊員は状況の確認されたし。』

無線は主任からだった。

俺はすぐさま主任にA、B2人の隊員の最後の状況を聞いた。

『うわぁ〜。』

それが俺の正直な感想。

2人は地下2階で発煙の警報が出たとかでその確認に向かったらしいのだ。が、発煙警報は消えたが、2人がまだ地下2階から帰ってないらしい…

嫌な気分を抑えながら、俺はすぐにエレベーターに飛び乗り地下2階へのボタンを押した。

「地下2階です。」

エレベーターの無機質な電子音の案内が俺に告げる。

まだ夕方5時前、外はまだまだ明るく夏特有の蒸し暑さが感じられる。と言うのに…

明らかにここは空気が違う。一応、電気は点いているのだが、何故か真っ暗な闇の中に居るようだった。

俺は、思わず懐中電灯を点けていた。

エレベーターホールに人影はなく、辺りも静まりかえっていた。

俺は、エレベーターホールから先には進みたくなかった。何故かは分からない。だけど、俺の体はこの先に行くことを拒絶していた。

…何かが居る?何かが見てる?

その感覚が常に俺の中にあった。

だが、仕事だ。先に進んで音信不通になった2人の隊員の状況を確認しなくては。

俺の足は震えながらも、嫌な空気が漂う廊下を進んでいた。

…と、廊下の曲がり角に立ちすくむ2人の隊員の姿を発見した。

その時の2人の様子は言い様の無い様だった。

足早に2人に近付く俺に気がついたA隊員が叫ぶ。

A「…!?目線を下に向けたままで来い!!」

俺は、A隊員のただならぬ気迫に素直に従い、目線を下にして、2人に合流した。

同時に2人の他にもう1つの気配も感じていた。

目線を下に向けていてはっきり見たわけではないが、それは、きっとB隊員のすぐ横にいる。…それが嫌でも分かってしまった。

なるべくそれの存在を気にしないように俺はA隊員に告げる。

『早くエレベーターに乗りましょう、移動する事は出来ますよね?』

A「俺はな。だけどBは駄目だ。あいつをモロに見てる、俺が手を引いて連れていこうともしたんだが、すごい力でこの先へ進もうとしてるんだ。」

その時、俺は気付いたのだが、A隊員は汗だくになって必死にB隊員の右手を掴んでいたのだった。

どうやら、2人は動きたくても動けない状況に置かれているようだ。

すかさず俺もA隊員に力を貸し、B隊員を引いてなんとかエレベーターまで行こうとした。

しかし、大人2人で引っ張ってもB隊員は直立不動のままビクリともしない。

そして、B隊員の横に感じる嫌な気配。きっとこれがB隊員を引き込もうとしている。

俺は何を思ったか、自分でも信じられないが突然、般若心経を口にしていた。

と、言っても出だしのほんの2、3行を繰り返しただけだが…

それが項を奏したのかどうかは分からないが、B隊員を引き込もうとしている力が少し弱くなった。

俺とA隊員は、渾身の力を込めて、なんとかB隊員をエレベーターホールまで連れていく事が出来た。

その間も常にB隊員に付いてくる嫌な気配が気になっていた俺は般若心経を復唱し続けた。

エレベーターのボタンを押し、すぐにエレベーターが到着した。そこには、主任ともう一人の隊員が乗っていた。

主任「おい、早く乗れ!

何をもたついてるんだ!?」

A 「…Bが、こいつが直接あれを見たみたいで…」

主任「…!!とにかく、早くエレベーターに乗れ!急げ!!」

主任はかなり慌てた様子だった。

俺達は何とかB隊員をエレベーター内に押し込む様に乗せると、ドアを閉めるボタンを押した。

だが、ドアが閉まらない。そして、B隊員を引く力が物凄く強くなった。

俺、A隊員、そして、主任ともう1人の大人3人が力の限りB隊員をエレベーター内に押し留めようとしたが、健闘も虚しくB隊員はエレベーターの外へ出てしまった。

それと同時に、今まで閉まらなかったエレベーターのドアが閉まりだした。

皆必死になってB隊員を呼び続けた。俺は、大きな声で般若心経を復唱した。

だが、B隊員が正気に戻る様子は無かった。

エレベーターのドアが閉まりきる瞬間、俺は取り残されていくB隊員を見た。

その表情は虚ろで、目の下には黒いクマが出来ていた。朝の引き継ぎの際にはそんなもの無かったのに…

そして、B隊員の横にはまるで俺達を嘲笑うかの様に不気味な笑みを浮かべる長身の女が見えた。

その姿は、俺が聞いていた噂通りの格好だった…

エレベーターは1階に到着。俺達はB隊員を置き去りにしてしまった罪悪感を感じたまま、あとの事を主任の通報で駆けつけていた警察に任せた。

今になって思うのだが、主任はきっとあの場所が本当にヤバいと思っていたに違いない。

だから、誰も地下2階には配置せず、非常時には最低でも2人組であの場所へ行くようにさせていたのだろう。

主任がそっと呟いていた。

「また、1人失ってしまった…」

また?てことは他にもあんな目に遭ってる警備員が居るのかよ!?

そんな目に会いながらもこのビルの警備を請け負うこの警備会社に俺はその時、本当に恐怖した。

その後、B隊員は警察によって保護されたが、すぐに消息を絶ってしまったらしい。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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