中編4
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生きる価値

Aはポケットの携帯電話が振動するのを感じた。

電話の着信だ。

深夜2時、コンビニでコーヒーを買ったところだった。

「電話?誰だよ、こんな時間に」

確認もせず、電話に出る。

「Aか!? アイツが、アイツが、来た!! 追ってくる!! 生きてたんだよ、アイツが!!」

「おい、どうしたよ。ふざけてんのか?」

電話の相手は、友人のBだった。

酷く取り乱した様子だ。

「違う、アイツが……アイツが……ひぎゃっ…………」

何度も聞いたことのある生々しい打撃音と、Bの悲鳴が聞こえた。

途端に電話の向こうが静かになる。

「おい! 誰かにやられてんのか!? アイツって誰だよ!!」

次の瞬間、Aは耳を疑った。

「B君、もう壊れちゃったよ。C君もD君も、同じように情けない声を上げたよ。

……次は君の番だ」

ゾッとするほど冷たい声を最後に、機械音と静寂が訪れた。

そんなはずはない、とAは思った。

聞き覚えのあるその声は、5年前に死んだ筈のEの声だったからだ。

それと同時にAは過去の過ち――と言っても彼はなんの反省もしていないが――を思い出していた。

5年前、まだ高校3年生だったAは、同級生のEを、B、C、Dと一緒にイジメていた。

理由は無かった。

ただ何となく、見た感じが気に入らなかっただけだった。

殴る蹴るなんて日常茶飯事。およそ考えつく限りの、見るも耐えぬ虐待を与えていた。

ある時、Eに幼馴染みがいることが分かった。

可愛い娘だった。

高校は別だが、その時でもEとは交流があるようだった。

AはEにその子を紹介するよう言った。

しかし、彼は従わなかった。

Aはそれに腹を立て、B、C、Dらと4人で、Eをリンチした。

廃病院に監禁し、8時間以上にわたる暴行を加えた。

気付くと、Eは死んでいた。

顔は原形を留めておらず、流れ出した血が全身を赤黒く染めていた。

罪悪感はなかった。

ただ、明日からは誰をイジメようかと思っただけであった。

その後、A達は何食わぬ顔をしてEの幼馴染みに近づき、そして陵辱した。

その一度だけで済むはずもなく、A達は彼女を何度も呼び出し、何度も虐待した。

彼女は数週間後に自殺した。

やがて彼らが卒業する頃にEの死体が発見されたが、Aの父親は有力者だった。

事件は明るみに出る前に揉み消され、その後Aは普通に大学を卒業して、一流企業に就職していた。

回想を終えると、彼はCとDに連絡を取ろうとした。

しかし、電話は繋がらなかった。

Aは車に乗り込み、考えた。

本当にEなのだろうか。

確かに死体は発見された筈だった。

その時、また携帯電話が鳴った。

「今、○○のコンビニにいるんだね? すぐに行くよ」

Aはゾッとした。

どういうわけか、こちらの居場所が割れている。

エンジンをかけ、すぐさま車を発進させた。

少し走り、車は人通りの少ない道に入った。

「そうだ、親父に……」

彼は携帯電話を操作し、父親に助けを求めようとした。

しかしその時、車の前に誰かが飛び出してきた。

Aは急ブレーキをかけ、携帯電話を放って慌ててハンドルを左に切った。

車はガードレールに突っ込み、激しい衝撃がAを襲う。

そして車は停止した。

「うう……?」

彼はくらくらする頭を抱え、何が起こったのか確認しようとした。

「見いつけた」

運転席の窓ガラスを、Eが覗き込んでいた。

その顔は傷だらけで、とても見れたものではなかった。

Aは悲鳴を上げて助手席側へ逃げようとした。

しかしそちらはガードレールに塞がれ、ドアが開かない。

EはAの髪を掴み、彼を引きずりだした。

「5年ぶりかなぁー……懐かしいよね。よくこうして殴られたっけ……」

Eは無表情で、Aの顔を何発も何発も殴った。

「火をつけられたこともあったよね」

EはAのポケットからライターを取り出すと、彼の頭を掴んで鼻を火で炙った。

Aは叫び声を上げて抵抗するが、Eは掴む力を一切緩めない。

「でもね、そんなことはどうでもいいんだ。僕が一番許せないのは僕自身だ。

だけど、もう一つだけ許せないことがある」

EはAを突き放し、苦痛で地面を這い回る彼に告げた。

「彼女のことだけは、どうしても許せない」

Aは鼻を焼かれたせいで、はっきりと発音出来ないものの、無我夢中で叫んだ。

「俺が何したっていうんだ! お前俺にこんなことしてただじゃ……」

Eは無言でAの前歯を掴み、へし折った。

Aは叫び声を上げた。

「悪い事とも思っていないんだろう」

Eは右手を伸ばし、Aの左目を潰した。

Aは左目を抑え、のたうちまわった。

「君のような人間に生きる価値はあるのかな?」

Eは相変わらず無表情だった。

そして、Aの悲鳴が辺りに響き渡った。

Aは、今も生きている。

隔離され、自由を奪われ、今も果てしない苦痛を味わっている。

そこには同じくBもCもDもいる。

「君のような人間が生きている価値は、苦痛を味わい続けることにあると思うんだ」

Eが残した最後の言葉が、今もAの頭で回り続けていた。

Eは生きていたのか、死んでいたのか、今となっては誰にも分からない。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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