Aはポケットの携帯電話が振動するのを感じた。
電話の着信だ。
深夜2時、コンビニでコーヒーを買ったところだった。
「電話?誰だよ、こんな時間に」
確認もせず、電話に出る。
「Aか!? アイツが、アイツが、来た!! 追ってくる!! 生きてたんだよ、アイツが!!」
「おい、どうしたよ。ふざけてんのか?」
電話の相手は、友人のBだった。
酷く取り乱した様子だ。
「違う、アイツが……アイツが……ひぎゃっ…………」
何度も聞いたことのある生々しい打撃音と、Bの悲鳴が聞こえた。
途端に電話の向こうが静かになる。
「おい! 誰かにやられてんのか!? アイツって誰だよ!!」
次の瞬間、Aは耳を疑った。
「B君、もう壊れちゃったよ。C君もD君も、同じように情けない声を上げたよ。
……次は君の番だ」
ゾッとするほど冷たい声を最後に、機械音と静寂が訪れた。
そんなはずはない、とAは思った。
聞き覚えのあるその声は、5年前に死んだ筈のEの声だったからだ。
それと同時にAは過去の過ち――と言っても彼はなんの反省もしていないが――を思い出していた。
5年前、まだ高校3年生だったAは、同級生のEを、B、C、Dと一緒にイジメていた。
理由は無かった。
ただ何となく、見た感じが気に入らなかっただけだった。
殴る蹴るなんて日常茶飯事。およそ考えつく限りの、見るも耐えぬ虐待を与えていた。
ある時、Eに幼馴染みがいることが分かった。
可愛い娘だった。
高校は別だが、その時でもEとは交流があるようだった。
AはEにその子を紹介するよう言った。
しかし、彼は従わなかった。
Aはそれに腹を立て、B、C、Dらと4人で、Eをリンチした。
廃病院に監禁し、8時間以上にわたる暴行を加えた。
気付くと、Eは死んでいた。
顔は原形を留めておらず、流れ出した血が全身を赤黒く染めていた。
罪悪感はなかった。
ただ、明日からは誰をイジメようかと思っただけであった。
その後、A達は何食わぬ顔をしてEの幼馴染みに近づき、そして陵辱した。
その一度だけで済むはずもなく、A達は彼女を何度も呼び出し、何度も虐待した。
彼女は数週間後に自殺した。
やがて彼らが卒業する頃にEの死体が発見されたが、Aの父親は有力者だった。
事件は明るみに出る前に揉み消され、その後Aは普通に大学を卒業して、一流企業に就職していた。
回想を終えると、彼はCとDに連絡を取ろうとした。
しかし、電話は繋がらなかった。
Aは車に乗り込み、考えた。
本当にEなのだろうか。
確かに死体は発見された筈だった。
その時、また携帯電話が鳴った。
「今、○○のコンビニにいるんだね? すぐに行くよ」
Aはゾッとした。
どういうわけか、こちらの居場所が割れている。
エンジンをかけ、すぐさま車を発進させた。
少し走り、車は人通りの少ない道に入った。
「そうだ、親父に……」
彼は携帯電話を操作し、父親に助けを求めようとした。
しかしその時、車の前に誰かが飛び出してきた。
Aは急ブレーキをかけ、携帯電話を放って慌ててハンドルを左に切った。
車はガードレールに突っ込み、激しい衝撃がAを襲う。
そして車は停止した。
「うう……?」
彼はくらくらする頭を抱え、何が起こったのか確認しようとした。
「見いつけた」
運転席の窓ガラスを、Eが覗き込んでいた。
その顔は傷だらけで、とても見れたものではなかった。
Aは悲鳴を上げて助手席側へ逃げようとした。
しかしそちらはガードレールに塞がれ、ドアが開かない。
EはAの髪を掴み、彼を引きずりだした。
「5年ぶりかなぁー……懐かしいよね。よくこうして殴られたっけ……」
Eは無表情で、Aの顔を何発も何発も殴った。
「火をつけられたこともあったよね」
EはAのポケットからライターを取り出すと、彼の頭を掴んで鼻を火で炙った。
Aは叫び声を上げて抵抗するが、Eは掴む力を一切緩めない。
「でもね、そんなことはどうでもいいんだ。僕が一番許せないのは僕自身だ。
だけど、もう一つだけ許せないことがある」
EはAを突き放し、苦痛で地面を這い回る彼に告げた。
「彼女のことだけは、どうしても許せない」
Aは鼻を焼かれたせいで、はっきりと発音出来ないものの、無我夢中で叫んだ。
「俺が何したっていうんだ! お前俺にこんなことしてただじゃ……」
Eは無言でAの前歯を掴み、へし折った。
Aは叫び声を上げた。
「悪い事とも思っていないんだろう」
Eは右手を伸ばし、Aの左目を潰した。
Aは左目を抑え、のたうちまわった。
「君のような人間に生きる価値はあるのかな?」
Eは相変わらず無表情だった。
そして、Aの悲鳴が辺りに響き渡った。
Aは、今も生きている。
隔離され、自由を奪われ、今も果てしない苦痛を味わっている。
そこには同じくBもCもDもいる。
「君のような人間が生きている価値は、苦痛を味わい続けることにあると思うんだ」
Eが残した最後の言葉が、今もAの頭で回り続けていた。
Eは生きていたのか、死んでいたのか、今となっては誰にも分からない。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話