長編8
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天秤【前編】

理由は単純だった・・・ただ楽をして金が欲しかった・・・

三年前の七月。

二十歳を過ぎて二年経過していた。学生気分・若さ故の過ちも落ち着き、社会の流れにまかせて、生活をしていた。

夢を諦め、適当に仕事をする。その日を生きる為に活動する『生活』。毎日の安定が退屈だった。刺激が欲しかった・・・

会社の休日。大して金がある訳でもないのに、朝からギャンブルへ・・・そんな時は案の定、負ける。残った僅かな金を財布に忍ばせ、行きつけのバーへ顔を出す。

普段はガラガラの店内だが、この日は違った。カウンター席にしか空席は残っていない。一人だし、バーテンと話すのも悪くない。店内奥のカウンター席に腰を下ろした。

隣の席には赤の他人。俺はバーテンに昼間の愚痴をこぼす。定番の会話のはずだった・・・

隣の席に座る、ホロ酔いの同年代であろう男(以降、田中とする)が会話に入ってきた。田中もギャンブル好きらしく、定職につかず毎日通う自称プロ。

よく話を聞くと、所詮データ収集ぐらいしかできない素人同然の田中。最近連敗が続いている、と語る。俺は田中に質問をした

俺『仕事もしてないのに、軍資金は何処から調達するんだ?』

田中『金?苦しくなったらチケンに行って稼いで、またギャンブルだよ(笑)』

俺『チケンって何?』

田中『簡単に言えば、モルモット。新薬の人体実験だよ。』

俺『で、いくら稼げるの?期間は?体は大丈夫?』(チケンに興味津々だった)

田中『ピンキリだよ。薬の内容でも変わるし、まぁーよく見るのは一ヵ月で三十万かな?体?俺は無事だよ。』

当時の俺の給料は手取りで十四万。倍以上稼げるチケンは、魅力的だった。田中が羨ましかった。俺は初対面である田中に、ダメ元でいきなりお願いした。

俺『チケンは何処で募集してる?紹介してくれない?』

田中『いいよ!』

予想に反し、すんなり教えてくれた。なぜか?カラクリは単純だ。チケン側に人材を紹介すれば、紹介手数料の五千円を田中はゲット出来るから。

田中からチケンの連絡先と田中の氏名を聞く。チケンに連絡した際に、田中の紹介だと伝える為だ。この後、田中とバーでしばらく会話して俺は店を出た。

この日以来、田中には会っていない。

店から家へ帰る俺は浮かれていた。刺激のない毎日に突然舞い降りたチャンス!楽して稼ぐ方法、非日常、久しく忘れていた怪しげな雰囲気・・・

その日の夜は興奮して、なかなか眠れなかった。金の使い道をいろいろ考えた・・・ギャンブル・風俗・・・・・・遠足を楽しみに待つ小学生の様にわくわくした。

翌朝。昨夜の出来事が夢の様な気がした俺は、携帯の電話帳を確認した。チケンの番号は・・・

あった。俺は会社に仮病の連絡を入れた。そして午前十時。半信半疑だがチケンに電話した。電話はつながる・・・コールが続く・・・通話相手は女性。

俺『もしもし、田中○○に紹介されて連絡したのですが・・・』

何を聞いていいのか分からない俺に、受話器の向こうに居る女性は丁寧な対応をしてくれた。

女性『この度はお電話頂き誠にありがとう御座います。当社の・・・』

女性はマニュアル通りの様な長い説明。要点だけ説明すると・・・後日、受付と健康診断を行う事。持参品は印鑑。受付日時・場所の案内だった。諸注意として、受付前日の晩から食事を抜く事。と伝えられた。

ここで話を短縮する。翌日以降、会社に行かず受付当日を待った。期間は一週間程度。

受付当日。前日の晩は指示通り食事を抜く。水分も水しか飲まなかった。昼前に所定の集合場所へ到着。ロビーで受付を済ませ、とある部屋へ案内される。

部屋の中には、多くの人がいた。風貌は様々。モヒカンのロック風な男、ジャージセットアップの田舎ヤンキー、チェックシャツをパンツインするオタク風めがね男子、世間的に普通と感じる男。

普段同じ場所に集まる事はないと思われる不思議な集団。一見、共通点はないのだが・・・・・・室内を占領する重苦しい雰囲気。皆、表情が暗い。負のオーラを持つ集団だ。

俺は空席に腰掛け、無言でケータイをいじる。しばらくすると、書類を抱えた女性が二名部屋に来た。チケンの社員だ。

社員は十数名いる我々に書類を配り終えると簡単な説明をする。書類に記載されている実験日程表の見方。説明を終えると一同に新たな用紙を配る・・・

同意書だ。本人署名、捺印がある。全員から同意書を回収した後、皆別室へ案内される。

いくつか並ぶベット、白衣を着た先生らしき人・・・・・・健康診断だ。採血や身体測定が行われ、健康体であるか調べられる。俺はセーフ、一名を除き皆セーフだ。

健康診断を終え、最初の部屋へ戻り、社員から封筒を受け取る。中身は五千円。診断を受ける事に対しての謝礼だ。本日はこれで解散。

だが、次回に控える実験への参加が可能か不可かを聞かれた。内心かなり不安だったが、金欲には勝てない・・・

俺は翌週より始まる【三十万円、一ヵ月コース】への参加を希望した。

一ヵ月コース初日。とある建物に向かった俺。到着すると玄関で待つ担当に氏名確認された。そして部屋へ案内される。受付時と同様の流れ・・・

部屋のドアを開けると、やはり複数の人。ただし、部屋の雰囲気は前回の印象とは違った・・・

ブランド品を身につけ状況に慣れた様子の男、前回の健康診断で一緒だった男は心なしかワクワクしている感じ、対照的に小刻みに貧乏ユスリをする男、ただ一点を見つめる男・・・

上手く説明出来ないが、勝者と敗者が存在する空間?不思議な光景だ。

結局、俺を含め十四人が集合した所で担当が説明を始める。詳しく覚えていないが、俺たちは二つのグループに分かれ、これから数日間施設内で生活をする。

俺はAグループだ。ブランド品を身につけた男も一緒だった。グループ分けの判断基準は不明だが・・・

とりあえず『一ヵ月コース』はスタートした。まずは所持品をすべて預け、担当の用意したジャージに着替える。その後、簡単な健康診断。更に施設内の設備説明。寝室・食堂・娯楽室・トレーニングルーム・・・

時刻は昼過ぎ。Aグループの七名で同じ食事をとる。担当から説明が入る

担当『本日は条件を皆さんの体調を合わせる為に、夕食は出ません。残さず完食して下さい。』

食事を終えた後は、自由時間。開放中の部屋は寝室と娯楽室。初対面の集団が足を運ぶのは娯楽室だ。

漫画、小説やファッション雑誌など、多種な本が並ぶ大きな本棚。等間隔に配置されている四台のテレビ。三台のテレビにはゲーム機が接続されている。残る一台はテレビ番組を楽しむ為のものであろう。

二時間ほど経過した時刻は夕方四時。館内アナウンスが流れた・・・

【各自ハ便所ヘ向カイ用ヲ足シ、ソノ後ハ寝室へ戻リ、待機シテ下サイ。】

俺(自分のペースじゃないと整理現象は難しいだろ・・・とりあえず小便はしとくか。)

俺は便所へ向かい小便を絞りだした。

寝室へ七名が集まり、しばらくして部屋に担当が到着する。そして説明・・・

担当『本日のスケジュールは終了です。明日は午前七時起床です。明日に備え就寝して下さい。なお、トイレに行きたい方は、寝室を出ますと扉の横に係員がいますので、一言お伝え頂きトイレに行って下さい。』

俺(この時間から何もせず寝る?暇だろう・・・トイレも・・・風呂は?訳わからん・・・まぁ仕方ないか。)

翌朝七時。『かっこう』の様な爽やかな音楽が流れた後に館内アナウンス・・・

【オハヨウゴザイマス。各自ハ担当ノ到着ヲ待チ、指示二従イ行動シテクダサイ。】

担当の到着。また説明・・・

担当『本日よりスケジュール表に沿った内容で、行動して頂きます。これから配る用紙を参考に・・・』

担当はスケジュール表と氏名記載の歯ブラシを配る。そして、一同を洗面所へ連れて行く。

洗顔・歯磨き後、食堂へ行き朝食。五分のトイレ休憩・・・再び歯磨きに行く人、便所へ行く人。俺もその内の一人だ。

次はトレーニングルームへ移動してラジオ体操。その後、屈伸や伸脚、ストレッチをした。室内には担当とは別の白衣を着た先生らしき人も居る。

いよいよ本格的な実験のスタート。まず『ランニング』担当は目の前に並ぶルームランナーに七名を配置する。

最初の二十五分はゆっくりしたスピードでひたすら歩く。ラスト五分はややスピードが上がりジョギング。終了後、十分のインターバル(休憩)の後にもう一度繰り返す・・・

『ランニング』終了・・・一人ずつ白衣の先生?から脈拍を計測され、メモされる。

次の種目『反復横跳び』。一分×三セットを七名が担当の合図に従い一斉に動く。

最終種目『筋トレ』。腕立て十回、腹筋十回、スクワット十回をワンセットとする。途中に小休憩を入れつつ合計二セット。

すべてのトレーニングが終了後に再び脈拍をメモされる。午前中のスケジュールは終わる・・・

時刻は正午。食堂へ移動して昼食。担当の監視下でご飯を・・・食べ残しがないかチェックされる。

食後に一時間の休憩が入り、午後のトレーニングへ・・・この間に担当は入れ替わる。

内容は、午前と同じ。しかし、それぞれトレーニング間の休憩は長い。

スケジュールをこなし夕方四時。二時間のフリータイムに入る。寝室へ戻る人、娯楽室へ向かう人がいて各自様々だ。

午後六時。館内アナウンスが流れる・・・

【皆様、夕食ノ時間デス。食堂へ集合シテクダサイ。】

俺は食堂へ。到着すると一人足りない・・・担当に連れられて、目を擦りながら着席する男。どうやらトレーニング後に寝ていたらしい。

夕食後、銭湯の様な集団浴場へ。風呂は二日に一度だ。三十分と制限された入浴時間を終えると、寝室へ戻りようやく一日のスケジュールが終わる。

一週間おきに採血と検尿がある事を除けば、三週間毎日このスケジュールが繰り返される・・・

一ヵ月コースの最終週。最初の三日間は、上記に同じ。違うのは四日目・・・施設内で過ごす最終日前日。

昼食までは変化ナシ。しかし、午後は担当に指示され各自にそれぞれの着てきた服を返却。着替え終わると館内玄関へ・・・

ここに来てBグループとようやく再開する。気のせいか?表情は暗い気がするが・・・

A・Bグループの十四名は小型バスに・・・五人のスーツを着た担当を加えバスは発進。久々に外の世界・・・

向かった先は公共の大きな体育館・・・かるく準備運動をした後に十四人をAB均等に混ぜたチーム分けをしてバスケットボール。休憩を入れながら一時間の試合。

勝敗は関係なく、担当は各自の動きや顔色をチェックしていたと思う・・・

バスケ終了後、バスに乗り施設へ帰る。戻った後は、再びA・B分別された。フリータイムで時間を調整していつも通りの夕食時間に・・・そして就寝

施設内で過ごす最終日。いつもの起床・朝食を済ませると館内アナウンス。

【コレヨリ、最後ノ健康診断ヲ行イマス。担当ノ指示二従イ移動シテクダサイ。】

医療機器が配置された大きな部屋に集まるA・Bグループの十四名。様々な人から機械検査や問診を一名ずつ入念に受けた・・・

その後、所持品を返却されすべてが終了した。

帰る前にみんなに担当から説明が入る

担当『お疲れ様でした。謝礼の支払いは明後日以降となりますので、お手数ですが再び足をお運び下さい。』

二日後・・・俺は大したリスクもなく現金三十万円を手に入れた。

味を占めた俺は再び参加を熱望したが、一度環境のリセットをしないといけないらしい・・・次回参加まで、最低ひと月以上が必要と言われた。俺はその場で【四十五万円、一ヵ月コース】を予約した。

一ヵ月後・・・

後編に続く

怖い話投稿:ホラーテラー ピリリィさん  

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