長編52
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「見える」夏休み編

私の友達、MちゃんとSさんは霊が見えます。

Mちゃんとは小学生の頃からの古い付き合い。

昔から「見える」子で、私は彼女と一緒に何度も不思議な体験をしてきました。

高校で知り合ったSさんも、「見える」子でした。

彼女とは、教室に棲みついていた霊の一件から話すようになりました。

これから話すのは、高校一年生の夏休み中の出来事です。

夏休みも中盤。

文化祭の準備で、私は学校に来ていました。

クラスの出し物は演劇。『夜を止めて』というオリジナルの劇。

私は小道具班で衣装を作ったりなどの、裏方作業に駆り出されていました。

Sさんはと言うと、クラスで浮いていたために乗り気ではなかったけれど、脚本の子に「イメージとぴったり!」と言われ、半ば強引に配役を振り当てられることに。

彼女の性格的に絶対サボると思っていた(失礼)のですが、意外にも律儀に練習に参加して、真面目に取り組んでいるのだから驚きです。

私が見る限り、Sさんは以前よりクラスに馴染んでいるようでした。

その日、午前中の練習も終わり、私はSさんとお昼ご飯を買いにコンビニへ向かいました。

同じく文化祭の準備で学校に来ていたMちゃんも、ちょうど作業が一段落したというので、校門の所で合流しました。

前よりMちゃんとSさんは打ち解けたようです。

その時、小・中学校だけでなく高校も同じだったお調子者のKの姿が見えました。

KはMちゃんと同じクラスで、毎日陸上部の練習と文化祭の準備とで忙しそうにしているのを、何度か見かけたことがあります。

Kはたった今学校にやってきたようで、私達を見つけるなり走り寄って来ました。

「ああ、ちょうど良かった。折り入って相談があるんだよ」

「私に……?」

「ああ。真剣な話なんだ」

KはMちゃんに向かって、そう言いました。

Kらしからぬ真面目な表情。

「真剣な話……?」

聞き返すMちゃんも、心なしか緊張している様子。

Kは辺りを見回してから、Mちゃんを校舎の影の方へ連れて行きました。

「……なんでお前らも着いて来てんだよ」

Kは私とSさんに怪訝な顔を向けました。

まぁ、二人っきりで真剣な話をしようとしているのだから、それも当然です。

「いや、Mちゃんとちょうどコンビニに行くところだったし」

「聞かれてマズいことなら席を外すけど?」

本当は興味本意でした。

もしかしたら青春的な展開かもしれない。

高校生なんだし、そんな期待を持つのは自然です。

「……まぁいいか。あのさ、お前除霊とか出来るんだよな?」

Kは小・中学生の頃に何度かMちゃん関係で不思議な体験をしていたので、そのことを知っていました。

「……多少は出来るの」

思っていたような話と違ったのか、Mちゃんは少し落胆したように見えます。

しかしKはそんなMちゃんの様子には気付かず、話を続けます。

「陸上部の……そう、○○と同じクラスのDだよ。アイツがヤバいことになってんだ」

Dさんは同じクラスの子で、私の友人です。

代々医者の家に生まれ、お父さんも病院の院長なのですが、本人は教師志望。

Kと同じ陸上部に所属している、明るくてはっきりした子です。

彼女もSさんと同じく演劇で配役があったのですが、陸上部の合宿で劇の練習を休んでいました。

その合宿も3日ほど前に終わっているのですが、Dさんは帰ってきてから体調を崩したとのことで、そういえばもうしばらく姿を見ていません。

「詳しく聞かせて欲しいの」

Mちゃんに促され、Kは語り始めました。

「……陸上部の合宿があったのは知ってるよな。

最後の夜に、肝試しをやることになったんだ。

せっかくだし、ちょっとした余興でさ。

参加したのは俺を入れた一年4人と、あとは二年の先輩が3人。

合宿所の近くに、と言っても結構歩くんだけどよ、そこに潰れたホテルみたいな建物があったんだ。

もう誰も管理してないんだろうな。

ボロボロで、雰囲気あって、肝試しには絶好って感じだった。

軽いノリだったんだ。

……中はかなり荒れてたな。埃っぽくて、真っ暗だった。

懐中電灯で照らして何とか歩けるくらいだったな。

その中を皆で固まって歩いてて……入ってすぐのホールかな。

懐中電灯で辺りを照らして……

そしたら、真っ暗な中に、いきなり青白い人の顔が浮かんだんだ。

……でも、それは人形だった。不気味だった。

壁一面に人形が、何十体もびっしり埋め込まれてるんだ。

その顔が、目が、全部俺達の方を見てるようでさ……

そこで帰りゃ良かったけど、その近くに、下に降りる階段があったんだ。

やめときゃよかったのに、先輩の提案でジャンケンで負けた奴がそこを降りることになったんだ。

それで運悪く負けたのがDだった。

でも、女の子一人でそんなの可哀想だろ?

だから代わりに俺が行くって言ったんだ。

だけど、Dがそれだったら一緒に行こうって言うから、二人で下に降りることになった」

Mちゃんの表情が曇りました。

Kの話は続きます。

「地下……だと思う。元々娯楽室だったのかな。壊れたスロットとかが打ち捨ててあって、まるで迷路みたいだった。

かなり広いようだったな。

懐中電灯で照らして辺りを見回してたら、奥まで行ってこいって、上から先輩の声がした。

それで俺達は恐る恐る歩きだしたんだ。

そこもやっぱり荒れてて、歩きにくかった。

それでどのくらい歩いたのかな……まぁ、大して歩いてないと思うけど、その時隣のDが俺に言うんだ。

……足音が聞こえるって。

何かがいるって言うんだよ、後ろの方に。

俺は振り向いて確認しようとした。

先輩のタチの悪いイタズラだと思ったからな。

でもDがそれを必死に止めるんだ。

ガタガタ震えてて、見るからにヤバい感じだった。

……この時無理矢理にでも引き返せば良かったのかもしれない。

でも、Dの足は止まらなかった。

だんだん、近づいて来てるって言うんだ。

……Dは逃げるようだった。

つけてくる“何か”から。

……少しして、壁に突き当たったんだ。もうそれ以上前には進めない。

そこには、上で見たよりももっと多くの人形が埋め込まれてた。

Dはますます震えて、後ろから息遣いまで聞こえてくるって言ってた。

それでさ、Dが……いきなり振り向いたんだ。

まるで無理矢理首を動かされたようだったよ。

何を見たんだろうな……

Dは目を見開いて、顔をかきむしって絶叫したんだ。

俺はとにかく、何かがおかしいと思って……

恐る恐る、振り向いたんだ。

…………。

……何も、なかった。

意外だった。俺には何も見えなかったんだ。

でもDの様子もおかしいし、何かがヤバいことは分かっていた。

……俺はDを抱えて、走った。

とにかく外に出ないと危ない。

直感的にそう思ったんだ。

それでなんとか先輩達の所まで戻れたんだけど……

Dはずっと顔をかきむしって「顔が……顔が」って、のたうち回って絶叫してた。血だらけになっても、ずっと。

大問題になったよ。

その晩のうちにDは病院に運ばれた。

それで、こっちに帰ってきて即入院。

明らかに病気とか、そんなんじゃないんだ。

原因不明だって。

昨日も見舞いに行ったんだけどよ……

今もDはこう呟いているんだ。

……『顔を取られる』って。

俺、どうしたらいいか分かんなくてよ……

俺がさっさと引き返しとけば、こんなことにはならなかったと思うと……」

……Kの話はそこで終わりました。

人形、後をつける何か、そして顔……

何もかもが不可解な話です。

隣でSさんが、嫌な顔をしたのが分かりました。

「……霊障かもしれないの」

「信じてくれるのか?」

「見てみないと分からないけど……」

Mちゃんの言葉でKの顔に安堵が浮かぶのが分かりました。

「やっぱお前に相談してよかった……Dが入院してる病院まで案内するよ」

その時のMちゃんの表情は、なんだか複雑でした。

「Mちゃん、大丈夫?」

私は思わず引き留めました。

何故か、嫌な予感がしたからです。

「……じゃあ、ついてきて欲しいの。Sさんも」

「はあ? なんで私まで」

「私だけじゃ見えないものでも、Sさんなら見えるの。お願い」

Sさんは少し考え込んでいましたが、やがてフンッと鼻をならして「仕方ないわね」と言いました。

多分、Mちゃんが下手に出たので気を良くしたんでしょう。

Sさんはなんだかんだで結構単純な所があるのです。

「コイツも見えるのか?」

Kが私に聞きましたが、Sさんの機嫌を損ねたくないので「しーっ」というジェスチャーをしておきました。

私達はクラスメートに用が出来たから帰るということを伝え、病院へ向かいました。

Dさんの入院する病院は、学校の最寄り駅から数駅離れたところの総合病院。

親御さんの病院です。

私達はKの後について、Dさんのいる個別病室へ向かいました。

「……おかしいわね」

「うん」

その途中でSさんとMちゃんが、お互いに顔を見合わせました。

「おかしい?」

私には普通の病院のように思えます。

別段おかしなようには感じません。

「霊がほとんどいないの。普通はもっといるの」

「それに、病院中に何かの残滓が漂ってるわ」

霊がいないことと、何かの残滓……?

「それってヤバいのか?」

「さてね、まだ分からないわ」

Kの問いにSさんは素っ気なく答えました。

「念のため、護符を持っておいて」

Mちゃんは鞄から御札を取り出し、皆に渡します。

そうこうしているうちに、3階端のDさんの病室に辿り着きました。

「え……?」

MちゃんとSさんの顔色が変わります。

何か、良くないものが……?

「……あまり驚くなよ」

そう前置いて、Kは病室の扉をゆっくり開きました。

瞬間、私でも感じる異様な空気。

どんよりと澱んでいるような……何度か経験した感覚です。

しかし過去に感じたいずれよりも、今回のは強烈でした。

SさんとMちゃんでさえ、青ざめて震えています。

特にSさんは目に見えて動揺していました。

そこに飛び込んできたのは凄惨な光景。

ベッドに拘束されたDさんは、まるで別人でした。

虚ろな目は天井を見上げ、体は痩せ細り、顔中に痛々しくガーゼが当てられていて、いたるところに血が滲んでいます。

うわ言のように「顔が……顔が……」と呟いていて、その様子が見るに堪えません。

「何があったらこんなことに……」

その私の言葉を遮り、Sさんが呟きました。

「何よ……これ」

Sさんは厳しい顔でした。

Mちゃんもそれに頷いています。

「こんなの、見たことないの……」

「病院中に漂う残滓……これが、他の霊を喰ったのね……」

Sさんが呟きました。

他の霊を喰う“何か”……

唯一分かったのは、私たちの目の前には途方もなく危険な存在がいることだけ。

Sさんは、それの正体を見極めようとするように、じっとDさんを見つめました。

Mちゃんも同じようにしていますが、辛そうです。

「大丈夫なのか……?」

Kが心配そうに尋ねます。

「……うっ……? あ、アァアアァアッ!!」

その時、Sさんが悲鳴を上げて頭を押さえ、しゃがみ込みました。

「Sさん!?」

「まさか、見入って……!?」

目を見開くMちゃん。

すぐに鞄から、さっきのとは違う御札を取り出し、Sさんに握らせました。

「Sさん、行っちゃ駄目!!」

MちゃんはSさんを抱き締め、必死で呪文を唱え始めました。

……時間にすればほんの二、三分だったと思います。

めったにかかない脂汗をかいて、肩で息をしながらSさんが呟きました。

「か……感謝するわ……なんとか、とどまれた……」

私は息も絶え絶えなSさんを初めて見ました。

「○○ちゃん……Sさんを病院の外に連れてって、水でも何でも良いから、何か飲ませてあげて」

私の目を見て頼むMちゃん。

「……うん、わかった」

私は頷き、Sさんに肩を貸して病室から出ました。

私はSさんを病院の駐車場脇のベンチに座らせ、買ってきたホットココアを渡しました。

「ありがとう……」

Sさんはまだ具合は悪そうなものの、少し落ち着いた様子。

私は少し安堵しました。

「Sさん、聞いていい?」

落ち着いたところで私は尋ねました。

さっき、一体何が起きたのかと。

「以前言ったかしら……私は霊の持ってる生前の記憶、というか強いイメージと言った方がいいわね。それまで見えるんだけど、正直危なかったわ。

あちら側に引き込まれそうだったの。

あの子がブレーキをかけてくれて、助かったわ」

Sさんは握りしめた御札――Mちゃんから貰ったものを、私に見せました。

御札は焼け焦げたようになっていました。

「とにかくあれは洒落にならないわ。私は途中で抜けるかもしれない」

そう言いうSさんは、かすかに震えています。

私はただただ不安でした。

しばらくするとMちゃんとKがやってきました。

「どうだった?」

Mちゃんは首を横に振ります。

「あれは、本体では無いみたいなの。だけど私には祓えない」

本体ではない。

偽物か、それとも分かれた一部か、それだけであんなに恐ろしいなんて、一体Dさんには何が取り憑いて……?

「何が取り憑いているんだ?」

KがMちゃんに聞きました。

「わからないの……たくさんの顔が集まって、人の形を作ってた。

でも、あれは……」

そこで言い淀むMちゃん。

「祭祀……村……対象さえ分からない深い怨念……そんなイメージ」

代わりに答えたのはSさん。

しかし断片的なイメージばかりで詳しいことは分からない、と付け加えました。

「分からないことだらけか……くそ、あの時俺がさっさと引き返しとけば……!」

Kが頭を抱えます。

一緒にいながらDさんを守れなかったことに、責任を感じているようでした。

「……叔母さんに相談してみるの」

そんなやり取りに終止符を打ったのは、先ほどから何か考えていたMちゃんです。

「叔母さん?」

怪訝な顔をするSさんに、私は説明しました。

Mちゃんの叔母さん――Rさんは、同じく「見える」人。

きちんと修行をした人で、Mちゃんに除霊術などを教えたのもRさんです。

私とKは、以前Rさんに助けられたことがありました。

「電話してみる」

Mちゃんは携帯電話を持っていなかったので、私の携帯電話を貸しました。

幸いRさんはすぐに電話に出たようで、Mちゃんはあれこれと事情を説明しているようです。

「……今から来てくれるの。車で一時間ちょっとくらいだって」

電話を切ったMちゃんは、私達にそう言いました。

そこからの一時間は、とても長いものでした。

それもそのはず、呑気にお喋りなんて気分にはなれないし、こうしている間もDさんは危険な状態なのです。

Kは一人佇み、Mちゃんはずっと何かを考えていて、Sさんはやっぱり体調が悪い様子。

私達はずっと無言でした。

気が遠くなるような一時間を待ち、ふと向こうを眺めた私の視界に、鮮やかな赤色がうつりました。

それは段々近付いてきます。

私達の姿を確認して、手を振ったのはそう、Mちゃんの叔母さん――Rさんでした。

「叔母さん!」

MちゃんがRさんに駆け寄ります。

「久しぶりね。元気してた?」

Rさんとは小学生の頃に一度会った以来ですが、やっぱり派手な人でした。

相変わらず赤でまとめた服装、金髪に赤いメッシュも変わっていません。

今はもう三十代だと思うのですが、ずっと若く見えるし、やはり似合っています。

「あの、お久しぶりです」

「ど、どうも」

「ああ、○○ちゃん。それにそっちはK君ね。久しぶり!」

Rさんは私とKのことを覚えてくれていました。

「で、もう一人が……」

RさんはSさんに目線を移し、一瞬表情を曇らせました。

しかしすぐに笑顔を浮かべると、

「アナタがSさんね? Mから聞いたわ。初めまして、Rです。よろしくね」

と、握手を求めました。

「……初めまして。Sです」

交わされる握手。

「さてと……それじゃ、問題の子の所へ案内して頂戴」

私は、Rさんの力強い声に安心感をおぼえました。

この人に任せればなんとかなる……そんな印象を与えてくれる声でした。

「これは……まさか」

病室の前でRさんは呟きました。

「皆はここで待ってなさい」

額には冷や汗。

Rさんでも駄目なのでしょうか……

「叔母さん……やっぱり」

「ええ……Sさんが見たっていうイメージから予想はしてたけど……多分これは、個人でどうとかって話じゃなくなる」

何か言おうとするMちゃんを制し、Rさんは一人で病室に入っていきました。

私達はただ息を飲んで待つしかありません。

10分くらい経って出てきたRさんは、酷く疲れた様子でした。

「……あれだけ強力なモノ、初めて見るわ。まず間違いなく禁忌ね」

「禁忌……?」

「私らみたいな連中でも、易々と近寄らないモノよ」

私は背筋に冷たいものを感じました。

「でも幸い、まだ助かるわ。相当綱渡りをすることになるけど……」

Dさんはまだ助かる……

それを聞いたKの顔が、少し明るくなりました。

「だけど、これは私一人では何とか出来ないし、やるなら他の仲間にも手伝って貰う“正式な依頼”になるわ。もちろん、少なからずお金を伴うね」

「お金ですか……」

Kが呟きました。

「ああ、大丈夫。アナタからお金を取ったりはしないわ。

でもK君。アナタには、出来れば協力して欲しい」

「協力……俺がですか?」

Kの声には驚きが含まれています。

「そう。あの子と一緒にアレの本体と対峙していながらピンピンしてるなんて……アナタの力は私が思っていたより強いのかもしれないわね」

Rさんの顔には何故か悲しみの色が浮かんでいました。

「……俺で役に立てるのなら、何でも協力します」

「待って。今回はかなり危険なの。もしかしたら、命を失うかもしれない。

無理強いはしないわ。それでも協力してくれるの?」

命を失うかもしれない……それほどまでに、危険な相手。

私は心臓を掴まれた気分でした。

「……わかりました。でも、それでも俺は、協力します」

「っ……!」

Kの真剣な眼差し。

Mちゃんの顔が、驚きとかすかな失望に歪みました。

「そう……感謝するわ、K君」

Kの返事を聞いて、Rさんは力強く頷きます。

「私はこれからあの子の親を説得しにいくわ。幸い、病院にいるようだしね。

それから“あそこ”へ連れて行く」

Mちゃんは“あそこ”と呼ばれる場所を知っているようでした。

黙って頷きます。

「アナタも連れて行くわ。……見入ってるんでしょ?」

Sさんを真っ直ぐに見て、Rさんは言いました。

「いや、私は……」

「いいから来なさい。ちゃんと処置した方がいいから。心配しなくてもこれはタダよ」

Rさんに押し切られる形ですが、素直に頷くSさん。

一人の力では、どうにもならないことになっているのは確かです。

「あの、私は……」

「やめときなさい、と言いたいところだけど……

そうね、一緒に来てくれるなら助かるわ」

Rさんは、何故か一度考えてから言い直しました。

「もちろん、K君ほどでは無いにしても相当危険だけれど……」

私は迷いました。

Dさん、Mちゃん、Sさん、それにK。

皆が心配な気持ちはもちろんありますが、何も出来ない私がついて行ってどうなるのか……

命の危険も怖かったです。

しかし、足を引っ張るだけかもしれないことも、私は怖かったのです。

「……私も、私も行きます」

……私は、決断しました。

私だけのうのうと帰れません。

背中を押した理由は四つ。

変わり果ててしまった、Dさんの姿。

頭に焼き付いている、Mちゃんが見せた表情。

Sさんの、今まで見たことのない苦しそうな様子。

そして、かすかに震えていたK。

私には何も出来ないかもしれません。

しかし、励ますことくらいなら出来ます。

応援することくらいなら出来ます。

「……ありがとう。

じゃあ皆、一旦帰って準備してきなさい。一週間くらいはかかるかもしれないから、そのつもりでね。

あの子を連れてここから直接行くから、病院の前に集合しといてね」

……私には、私に出来ることがあるかもしれない。

震える体を抑え込み、私は決意しました。

親を説得するのは大変でしたが、旅行だのなんだのとなんとか言いくるめ、私は病院へ向かいました。

未だ身体を支配する不安感はあるものの、負けません。

その途中で、ちょうど準備を終えてきたKとばったり会いました。

「……よぉ」

「……うん」

よく知った仲ではあるものの、どこか気まずい雰囲気。

私達はどちらともなく歩き始めました。

「……Dは相当ヤバいらしいな」

口を開いたのはKの方。

沈んだ表情です。

「……何もKが全部悪いんじゃない。あまり気にしてたら、心が持たないよ」

「そう言ってくれると、少しは気が楽になる」

「……」

明らかに浮かない返事。

でも私は黙っていました。

Kは前を見たまま、次の言葉をつむぎます。

「Mのことが思い浮かんでつい頼っちまったけど、ここまで大掛かりになるとは思ってなかった……」

「そうだね」

「アイツには、昔から迷惑かけるな」

「確かにね。中学の頃なんて、アンタお漏らしまでしちゃったし……」

ぶっ、と吹き出すK。

「あ、あれは忘れてくれ……人生最大の赤っ恥だ……」

「はいはい」

そこで私達の会話は途切れたのですが、昔の話でほんのちょっとだけ気が晴れました。

「あ……Mちゃんだ」

駅に着く手前で、Mちゃんに合流しました。

「K君、○○ちゃん……」

Mちゃんは見たことが無いほど、真剣な面持ちです。

「……二人とも、約束して欲しいの。危なくなったら、すぐに逃げるって」

「逃げる……Dがあんなことになってるんだ。俺だけ逃げるなんて、出来ない」

少し目を伏せるK。

苦悶の表情が浮かんでいます。

「…………Dさんが、Dさんがそんなに大事なの?」

Mちゃんの目には、初めて見るかすかな嫉妬。

Mちゃん、やっぱり……

「えっ……?」

「ごめんなさい、なんでもないの。早く行こう」

「…………」

それきり、病院につくまで私達に会話はありませんでした。

病院に着くと、もう皆集まっていました。

赤いバンと、もう一台黒いバンが停まっています。

そこには、Dさんの両親も来ていました。

Sさんの姿もありますが、やはり辛そうです。

そしてもう一人、Rさんの隣に見慣れない男性が立っていました。

「遅かったですか?」

「いや、そんなことは無いわ。安心して。

それから、こちらは私の仕事仲間でVさん。今回協力してもらうことになったの」

Rさんが隣の男性を指しました。

背が高くて、黒のTシャツにジーンズ姿です。

紹介されたVさんは、黙ったまま軽く会釈だけしました。

無愛想な感じの人です。

「じゃあ皆は私の車に乗り込んで。すぐに出発するわ」

Rさんの車は、もちろん赤いバン。

「娘を、どうかよろしくお願いします」

「お願いします……!」

Dさんの両親が、涙ながらにRさんに懇願していました。

こうして私たちは、Rさんに連れられ“あそこ”と呼ばれる場所へ向かうことになったのです。

“あそこ”と呼ばれる場所へ向かう道中。

「ちょっと霊視してやったらすっかり頼み込まれちゃったわ。手を拱いてたみたいだし、ちょろいもんよ」

私がどうやってDさんの親御さんを説得したのか聞くと、叔母さんはそう答えてくれました。

Rさんの運転する赤いバンには、助手席にMちゃん、その後ろに私とSさん、一番後ろにはKが座っていました。

DさんはVさんの運転する黒いバンに乗っています。

「叔母さん、ちょろいとか、そういう言い方は良くないの」

「ああ、ごめんなさい。他意は無いのよ」

MちゃんがRさんを咎めます。

ふと隣を見ると、Sさんはかなり具合が悪そうでした。

さっきより酷くなっているかもしれません。

「大丈夫?」

「平気よ……」

「その子ね、かなり見えるんでしょ? 護符で守られたとはいえ、アレに見入っちゃったからねぇ」

心配する私に、Rさんが声をかけてくれました。

「あの……引き込まれるとか、見入るって、具体的にはどういう状態なんですか?」

「あー、そうね。“見入る”っていうのはね、深く見えすぎたせいであちらと繋がりが出来ちゃって、向こうから霊的に引っ張られてる状態なの。

その子みたいに見えすぎるくせして抑え方を知らないと、なりやすいのよ」

「それは大丈夫なんですか……?」

「ま、適切に処置すりゃ大丈夫よ。気力が要だから励ましてあげてね」

見るのもタダじゃないってことなのか……

私は出来る限り力強く、「はい」と答えました。

「……本当、お馬鹿よね、貴方って」

「私が?」

その時、相変わらず青ざめたままのSさんが、私に毒づきました。

「危険だって聞いたでしょ? 物好きにも程があるわ。貴方は無理して来なくても大丈夫だったのよ?」

「無理なんて、私はただ、皆をどうにか手助けしたくて、だから……」

「……本当、馬鹿よ。貴方は」

窓の外を向いてしまうSさん。

でも、怒っているような感じではありません。

私は、やっぱりついてきて良かったと思いました。

「SさんはやっぱりSさんだなぁ」

「どういう意味よ、それ……」

「ううん、なんでもない」

そこから途中休憩をはさみながら、4時間くらい車は走りました。

私達が降ろされたのは山の中。

もう辺りはすっかり暗くなっています。

Vさんは黒いバンからDさんを担ぎ出し、背中におぶりました。

相変わらず無言。

Dさんは呪文のようなものを書かれた布にくるまれています。

「ここからは歩きよ」

RさんとVさんが、立入禁止のロープをくぐって先に進みました。

Mちゃんも慣れた様子で後に続きます。

「こんな山の中に何があるんだろう……?」

「……ついて行くしかないわ」

「置いてかれるぜ、早く行こう」

Kが先立って、私とSさんも後に続きました。

闇は一層深くなり、辺りは静寂。

ロープの先はほとんど獣道で、あちこち蚊に刺されました。

「道無き道を……ってね。アナタも案外優しいわね」

「……」

RさんがからかうようにVさんの脇を小突きます。

先頭のVさんは、枝を払い道を慣らして歩きやすくしてくれていたのです。

「いい人なんだ……Vさん」

「Vさんはいつもは陽気な人なの」

陽気な人……?

Mちゃんはそう言いますが、ちょっと想像出来ません。

しばらく山の中を歩いて行くと、木々の向こうに洋館が見えてきました。

暗い山奥にひっそりと立つその様子は、かなり不気味です。

「“あそこ”よ」

あれが……

一体、こんな所に何が?

門の所まで辿り着くと、その洋館がかなり大きいことが分かりました。

いかにもな雰囲気で、吸血鬼なんかが住んでいてもおかしくないでしょう。

Rさんは門にかけられた銀の輪で支柱を数回打ち、その隣にある鈴を手で払うようにして鳴らしました。

思ったより大きな音がして、鈴が鳴り止むと山の静けさがより一層深くなったように感じます。

その時、門の向こうに灯りが見えました。

だんだん近付いてくるそれは、ランプの灯り。

門までやってきたのは、白髪を後ろでまとめたお婆さんでした。

VさんにおぶられたDさんを睨み、舌打ちするお婆さん。

「……とんでもないモノを持ち込んできたな」

「師匠、お力を借りたく参りました。恐らく禁忌です」

Rさんは軽く会釈し、Vさんもそれに続きます。

「まずは中に入れ」

お婆さん――Rさんの師匠は、鼻を鳴らして背を向けます。

その時、「忌々しい」という呟きが聞こえてきました。

洋館の中は、意外に電気が通っていました。

ホールの壁は全て本棚になっていて、途方もない数の本が納められています。

奥の部屋にDさんを寝かせて、お婆さんが戻ってきました。

「恐ろしく強い怨念……禁忌とみてまず間違いないだろう」

お婆さんは椅子に深く腰掛け、溜め息をつきました。

「しかし……あの状態ならばまだ助かる筈です」

口を開いたのはVさん。

ここにきて初めて声を聞きました。

低くて少し掠れた声でした。

「確かにそうだが……しかし危険だ」

Vさんの問いに、お婆さんはハッキリと答えます。

「ではすぐにでも……」

「何を言っておる、この件には手出しせん。必ずしも成功するとは限らぬからな。我らは慈善事業をしているわけでは無い」

Vさんの言葉を打ち消し、お婆さんはタバコに火をつけました。

「見捨てるのですか!?」

激昂。

物静かに見えたVさんが、激しく怒っていました。

「その通りだ。私の見立てが正しければ、あれは禁忌の中でも最悪の部類に入るものだ。

娘一人を助けるために、何人もの命を賭けさせるのか?」

「それはもっともですが……」

「禁忌には、触れる方が悪いのだ」

「しかし!」

「まぁまぁ、落ち着きなさいって」

VさんをなだめたのはRさん。

Vさんを抑え、お婆さんと向き合います。

「師匠、私は彼女の両親から正式に依頼を受けました。悪い話ではないですよ、なんせ“病院の院長先生”です。“謝礼金”はたっぷり出ますよ」

ぴくりと、お婆さんの耳が動きました。

「ほほう……そういう話か。だが、死んでは意味がないぞ」

Rさんがニヤリと笑います。

「私とVは師匠に鍛えられた優秀な弟子です。Mだってそろそろ使えます。

それに、そこの少女はかなりの霊視能力の持ち主。

さらにその隣にいる少年は、非常に強い反霊媒です」

Sさんは分かるとして、Kがハンレイバイ……?

お婆さんの口が歪みました。

「……相変わらず乗せるのが上手いの。それだけ駒が揃っとるのか」

「ね、どうです師匠。やってみるだけの価値はありますよ」

「ふふん、なるほどな。いいだろう、力を貸してやる」

Rさんがさりげなく親指を立てました。

「……俺は金の為にやるのではないぞ」

隣のVさんがRさんを睨みつけます。

「わかってるわよ……相変わらずクソ真面目ね。がめつい婆さんを上手く乗せれたんだから黙ってなさい」

「何か言ったか?」

「ああいえ、何も」

Vさんの肩を叩き、Rさんは再びお婆さんに向き合いました。

「しかし禁忌と一口に言っても色々あるからな。小僧らは何処で肝試しをしたのだ?」

「××県□市の廃ホテルと聞きましたが……」

その瞬間、お婆さんは顔色を変えました。

「なんと……顔剥ぎか!」

「「顔剥ぎ!?」」

VさんもRさんも、口を揃えて驚きました。

カオハギ。それが、Dさんに憑いているモノの本体……?

「その場所は20年前に大師が顔剥ぎを封じた場所だ。

しかし、僅か20年で封印が解けるとは到底考えられんが……まさか……」

その時、Vさんの顔が怒りで歪みました。

「まさか、人為ですか」

「……そうかもしれん」

Vさんが拳を握り締めて怒鳴ります。

「馬鹿な!! 誰が何の目的で……」

「落ち着け未熟者! まだそうと決まった訳ではない。その件については、現地に行けば分かる。

……まずは目の前の問題からだろう」

そう、私達がここへ来た目的は、Dさんを助けるため。

気になることはたくさんありましたが、一番はDさんです。

「顔剥ぎに祟られてあの程度で済んでいるとはな……そこの小僧のお陰か」

お婆さんの目線はKに向いています。

ハンレイバイとかいうのが関係しているのでしょうか。

お婆さんはタバコを灰皿に押し付け、膝を叩いて立ち上がりました。

「危険だが、現地に赴き本体を再び封じる……それしかなかろう。

しかし相当手強い。クソジジイも呼ぶぞ」

クソジジイという時、お婆さんはハッキリと苦々しい顔をしました。

「翁を呼ぶんですか?」

Rさんが驚いたように聞き直します。

「仕方あるまい。幸いあの阿呆は近くに来ておる。使いを出そう」

そう言ってRさんに目配せしました。

Rさんは顔をしかめます。

「使いって、私ですか……」

「ともかく応急措置は施しておく。お前たち、今日は泊まっていけ

それと、R。その娘を二階の部屋へ案内してやれ。後で縁を断ち切る」

縁を断ち切る……見入ることで出来た霊的な繋がりを断ち切るということでしょうか。

お婆さんはメモを書いてRさんに渡し、再びDさんのいる奥の部屋へ戻っていきました。

私達は、食堂のテーブルを囲んで黙り込んでいました。

Rさんは、Sさんを二階の部屋へ連れていってからすぐに翁という人を呼びに出掛け、お婆さんは奥の部屋からまだ出てきていません。

Vさんは少し離れた所で何かの本を読んでいました。

「……D、助かるかな」

沈黙を最初に破ったのはK。

「やっぱり不安よね……」

「でも、皆動いてくれてるの」

弱気な私達を叱咤するように、Mちゃんは短く言います。

「……そうだな」

Kの手に力が入りました。

「ところでMちゃん、いくつか聞きたいことがあるんだけど……」

いくらか話しやすくなったところで、私は気になっていたことをMちゃんに尋ねることにしました。

Kも頷いています。

「うん。私に答えられることなら、答える」

「……何から聞けばいいか分からないけど、ハンレイバイって何なの?」

「それは……えっと」

いきなり言葉が詰まるMちゃん。

「霊媒とは逆に、霊を寄せ付けない人間のことだ」

Mちゃんの代わりに答えたのは、いつの間にか本から目を上げていたVさんでした。

「霊を寄せ付けない?」

「ああ。霊媒とは神霊を寄せ付け宿し、示現する人間のことだ。

まぁ少なからず人間は霊媒となり得るものだが、その少年は違う。むしろ反発して跳ね返してしまう。珍しい体質だよ」

ふーっと息を吐き、Vさんは本を閉じて膝に置きました。

「反霊媒ってそういうことだったのか……」

「知ってたの?」

「ああいや、昔あの人にそう言われたことがあってさ」

昔というと、あの祭りの日でしょうか。

何かRさんと話していたようだけど、そんなことを……

「遅くなったが、改めてよろしく。俺はVだ。Rとは同門、今は民間療法師という名目で各地を転々としている」

「あ、こちらこそ、よろしくお願いします。○○です」

「俺は、Kです。よろしくお願いします」

遅くなった自己紹介。

「K……? ああ、君がKなのか。Rも人が悪いな」

「Vさん、叔母さんから何か聞いてるの?」

問いかけるMちゃんに「なんでもない」と笑うVさん。

どうも私とMちゃんの知らない所で何かがあるようです。

「Vさん、私に何か隠してるの」

「ああ、隠している。だがそれを言うのは野暮ってものだ」

膨れっ面のMちゃんを見てVさんは朗らかに笑い、ちらりとKの方を見ました。

あれ、もしかして、KもMちゃんを……?

「それより、カオハギって何ですか?」

照れを隠すようにKが尋ねました。

「そうだな、冗談はこれくらいにして、顔剥ぎについても説明しておかないとな」

顔剥ぎ……

今回、私達が相手にしなければならないモノ。

Vさんは再び本を開くと、語り始めました。

「顔剥ぎというのは通称だ。禁忌に指定されているモノの多くは“本来何だったのか”分からなくなっている。

怨霊か、祭祀を忘れられた神か……とかくそういったモノが激しい怨念の果てに、未練とか恨みとかの元々持っていた意思さえ失い、ただ周りに災厄を振り撒くだけの存在となってしまった。

禁忌とはそれらの総称だな。

厄介なのは、元がどういうものだったのか分からないことだ。

話が通じる相手でもないし、まともなやり方で抑えられる相手でもない。

禁忌を相手にする場合、力ずくで消し去るか、無理矢理封印するくらいしか方法が無い」

「じゃあさっき言ってた人為っていうのは……」

Vさんの表情が曇ります。

「ああ。封印が、人の手で解かれた可能性が高いんだ」

人の手で封印が……

だったら、今回のことも元を正せばその人の仕業。

それが本当なら許せません。

「本来禁忌というものはあまり語られるものではない。が、顔剥ぎは別だ。

大師によってまとめられた文献が残っているし、名前も広まっている。

さすがに封印された場所は一部の者しか知らないがな。Mも聞いたことくらいはあるだろう?」

「少しだけなら……」

Mちゃんは頷きました。

「顔剥ぎは2度の封印が確認されている。

最初は500年近く前に、さる高名な法師によって。

2度目は、20年程前に大師によって。

前回はホテルを建設する時に、偶然封印を壊してしまったのが原因だった」

封印が偶然壊れることもある……

「じゃあ、今回も偶然っていうことはないんですか? その、偶然肝試しに訪れた人が壊しちゃったり」

「いや、大師の封印は厳重なものだ。

依坐となる4体の人形に顔剥ぎを4つに分けて封じ込めた後、地下の四方位に社を立て、そこに大量の偽坐……つまりダミーと一緒に奉納した。

さらに壁を塗り直し、見えないように完全に埋めたと書いてある。

壁を掘り返さない限り表に出てくることは無いし、掘り返したとしても偽坐の中から依坐を見付け出すことは、相当な霊能力者でないと不可能だ」

ここでKが質問しました。

「じゃあDに取り憑いてるってのは、その4つに分けられたうちの一つってことですか?」

「勘がいいな。だが、当たらずとも遠からずという所だ。あれは四分割されたうちの一つの、さらに一部分だな。だからまだ無事なんだ」

四分割された一つ……

「ということは、まだ一つに戻ってないんですね?」

「そうだな……そう考えてもいいが、実際には分からん。Kが一階で見たという人形も気になるしな」

Vさんもまだ全てが分かっている訳では無いようでした。

「とにかく、大師が周到に周到に施した封印が数百年の単位で壊れることはあっても、僅か20年程度で自然に壊れるとは考えにくい。

それに大師が亡くなった今でも、4年に一度大師一門が祭祀を行っている筈だからな」

大師。

先ほどから話に何度も出てきている人。

一番偉い師匠ということでしょうか?

「いわゆる霊能力者も様々な派に別れていてな。そのうちの最大勢力が大師を頂点とした一門だ。

俺達は違う一派になるが、大師一門とは交流も深い。

今回協力を仰ぐ翁は、大師の直弟子だったお人だ」

クソジジイ、もとい翁……凄そうな人です。

「どうしてそんな人がクソジジイなんですか?」

「翁はかつて大師一門の宗主だった。だが、それを後進に譲った後は何をしていると思う?

日本各地を周り、霊感商法で荒稼ぎしているんだ。

なんせ本物の霊能力者だからな、大抵の悪霊なら軽く祓える。その後で何の効果もない壷とかを売り付ける訳だ」

呆れたようにVさんはため息をつきます。

うわ……と思わず声が出ました。

「俺もあの人は苦手だ。しかし、力は本物。老いてなお、最強の5指に入るだろう」

翁……どうやらとんでもない人のようです。

しかし、ここへ来るまでは一言も喋らなかったのに、Mちゃんが普段は陽気な人と言ったように、Vさんはよく話します。

私がどうして一言も喋らなかったのか聞くと、Vさんは答えてくれました。

「あれか。あれは話さなかったんじゃなくて、話せなかったんだ。

そういう護法を使っていたんでね」

「護法……」

「言霊とか聞いたことあるだろう。日本は“言霊の幸ふ国”と言ったくらい、言葉に力があると信じられていた。

発した言葉は力を持つ。それは時として、自らの存在を示すことにもなる。

あの子の場合、もうかなり危険な状態だったし、憑いたモノが浮遊霊を寄せ集め、それを喰らって更に強くなる恐れもあった。

だから、存在を隠すために護法を施していたのさ」

正確には少し違う護法なの、とMちゃんが付け加えます。

私が詳しく聞こうとした時、食堂の扉を勢い良く開けてRさんが入ってきました。

手には大きなコンビニの袋をいくつも提げています。

「ただいまーっと。はい、お弁当食べる? お腹空かせてるんじゃないかと思って買ってきたんだけど」

「R、翁はどうした」

「クソジジイね。明朝一番で合流するって。今夜はキャバ嬢とデートらしいわ」

Vさんが頭を抱えました。

「あの人は……」

翁という人は、ますますとんでもない人のようです。

「ふん、クソジジイめ。相変わらずだな」

そこにお婆さんがやってきました。

Sさんも一緒です。

「Sさん、もう大丈夫なの?」

「ええ。前より調子が良いくらいよ」

確かに顔色も良くて、目に力があります。

いつものSさんでした。

「あのSとかいう娘、大した才能を持っておるな。自分で封じていた分もあったが、少し手助けしてやっただけで縁を断ち切りおったわ。物覚えも早いし、弟子に欲しいくらいだ」

お婆さんがRさんに近づいて笑いました。

「見込み通りですね。それであの子の方は……」

「ひとまず応急措置は終えた。正気も取り戻したし、話すことくらいは出来る。まぁ、まだ結界からは出られんがな」

Rさんの顔が明るくなりました。

「望みは見えた、ということですね」

「まぁな。……おい小僧、娘がお前に会いたがっておったぞ」

ほれ、と扉を指差すお婆さん。

しかしKは浮かない顔です。

「俺なんかが、どの面下げてDに会えば……」

そんなKを見て、お婆さんは優しく微笑みました。

「なぁ小僧。何を考えているか知らんが、お前は気に病みすぎだ。誰が悪い、悪くないなどという問題ではない。

それともお前は、自分を責めることで責任逃れをしようとしているのか?」

Kがはっとしました。

「深く考えるな。目が覚めたばかりで、不安がっているんだ。会ってやれ」

「……わかりました」

「…………」

私はちらっとMちゃんの方を見ました。

うつ向き気味でじっと何かを堪えています。

「あの、私もDさんに会っていいですか? 彼女とは友達なので……」

「ああ、それはかまわんが……」

お婆さんが怪訝な顔をします。

空気の読めない奴、と思われたことでしょう。

私はもう一度Mちゃんの方を見ました。

Mちゃんはきょとんとした様子でしたが、私の目線に気付くとドキッとしたように目をそらしました。

食堂を出て、私達はDさんのいる奥の部屋に向かいました。

先を行くKの表情は伺えません。

しかし、その足取りは重いものでした。

「なぁ○○」

「……何?」

「俺は、人から責められる事が怖くて、だから自分で自分を責めていただけなのかもしれない」

それはさっきお婆さんから言われたことでした。

「……そうだとしても、Kは逃げ出さなかった。それだけで十分だと、私は思うけどな」

そうです。少なくともKは、Dさんを見捨てるような事はしていません。

「……ありがとう。ちょっと勇気出た」

Kの足取りは少しだけ軽くなりました。

奥の部屋は、一歩入るだけで空気が違いました。

そこにいるだけで浄化されるような、澄んだ空気……

部屋は六角形の形を取っていて、真ん中に敷かれた布団にDさんが寝かされています。

「K……○○……?」

Dさんは私達に気付くと、身体を起こしました。

まだ顔中にガーゼを当てられていますが、随分と楽になった様子は分かります。

私とKは布団の側に座りました。

「身体……大丈夫か?」

かすかに震えているKの声。

「大丈夫というか、ずっと夢を見ていた感じで、まだ分かんない……」

Dさんは思っていたよりもはっきりとした声でした。

「夢?」

「うん。よく覚えてないけど、怖い夢だった気がする」

黙り込むDさん。

「D、俺……」

「でも夢の中で、Kが私の手を引いていたのは覚えてる」

「俺が?」

「顔は分からなかったけど、あれはKだったよ」

DさんはKの手を取って、微笑みました。

Dさんと少し話した後、私とKは食堂に戻りました。

食堂にはVさんとMちゃん、それにSさんの姿があります。

「○○ちゃん……」

すぐにMちゃんが私の所へやってきました。

しかしどう説明すれば良いのか……

「あら、もう戻ってたの」

そこに、Rさんとお婆さんが入ってきました。

「明日からの予定を話す。適当な席につけ」

そう、まだ私達は一段落しただけで、本題はこれからなのです。

「さて顔剥ぎだが、現地に赴き再封印することにした。それくらいしか手が無いからな。

まぁ、実物を見てみんと分からんが、大師の封印に従い依坐の人形を使った封印を施す」

「新しい依坐を用意する必要がありますね」

「ああ。だが、それは心配するな。先日仕入れた霊木で、私が用意しておこう。

それよりも封印の破壊が人為であった場合、なんらかの呪がかけられていることも考えられる。そうなるとある意味禁忌よりも厄介だ。R、その点はお前に任せる」

「呪破りですね。何とかします」

Rさんが親指を立てました。

どうやら癖のようです。

「M、それとS。お前達は補佐だ。必要に応じて手伝ってもらう」

「わかりました」とMちゃん。

Sさんは黙って頷きました。

「小僧、お前は盾になってもらう。反霊媒として、顔剥ぎが我らに手出し出来んように防いでもらうぞ」

「はい」

Kは、一番危険であろう役割。

しかし躊躇う事なくそれを引き受けました。

「Vは娘の守護を頼む」

「分かりました」

「それと小娘。お前には大役を果たしてもらうぞ」

お婆さんは、最後に私に向かって言いました。

「え……?」

私に役があるなんて、予想もしていませんでした。

それだけに驚きです。

「見たところ、お前には何の才も無い。だからこそ適任なのだ」

「師匠、まさか」

Rさんが止めようとするのを、お婆さんは制しました。

「お前には、封じた依坐を奉納する役割を与える。なに、簡単だ。顔剥ぎを封じた人形を社に置いてくるだけだからな」

「置いてくる……?」

「ああ。力を持つ者は影響を受けやすいし、反霊媒の小僧だと封印を壊しかねん。お前のような人間なら、どちらの心配も無い。

依坐を四方の祭壇に置いてくる、それがお前の役目だ」

何も出来ないと思っていた私にも、出来ることがある。

「……分かりました」

「○○ちゃん、それでも危険なのよ?」

「大丈夫です。私はやります」

気遣ってくれるRさんを制し、私はお婆さんに向き合い、答えました。

「よく言った。話は以上だ。明日は早い、今日はもう休め」

段取りは決まりました。

当然ながら、まだ不安はあります。しかしやるしかありません。

私は決意を新たにしました。

翌朝、私は自然に目が醒めました。

枕元に置いた腕時計を確認すると、時刻はまだ午前4時半です。

昨日宛がわれた二階の寝室は、ベッドが二つ置いてあるだけの洋室でした。

隣のベッドを見ると、Sさんはまだすやすや寝息を立てています。

「凄いなSさん……」

私はもう一度眠れそうも無かったので、起き上がりました。

慣れない寝床ですが、疲れは取れたようです。

着替えてからそっと扉を開けて廊下に出ると、当然まだ真っ暗でした。

携帯電話のライトを使って階段の方まで行くと、一階には既に明かりが灯っています。

「早いな。まだ寝ていても良いのだぞ」

ホールにはお婆さんが一人でいました。

「もう眠れそうになくて」

「そうか。先に朝飯でも食うか?」

「いえ、まだいいです」

見ると、お婆さんは御札など封印に必要と思われる道具を用意していました。

「邪魔してしまいましたか?」

「いや、今終わった所だ。気にするな」

お婆さんはタバコに火をつけ、一服しました。

「奇妙な奴だなお前も。何故ここまで関わるのだ?」

関わる理由……そう言われると、これといったものが思い付きません。

「…………好奇心もあると思います。でもそれだけじゃないし……」

「ほう」

お婆さんはタバコの煙を吐き、私を見ます。

「なんか、ほっとけないんですよね。Mちゃんにしても、Sさんにしても」

「そうか……」

くっくっくっ、とお婆さんは笑いました。

「変ですか?」

「いや、昔旦那に言われた事を思い出した。お前さんと似たようなことを言っておったわ」

意外、と言っては失礼ですが、私は驚きました。

「旦那さん、いたんですね」

「もう5年も前に死んでしまったがな」

「……すみません」

「謝らんでも良い。心配性な奴で、今でもたまに会いに来るのだからな」

死んでしまっても、霊として会いに来る。

それはどういう感覚なのか私には分かりませんが、お婆さんの表情は明るいものでした。

「そうだ、これを持っておけ」

「これは……?」

お婆さんは私に、紫の布で包まれた何かを渡しました。

包みを開くと、出てきたのは鉄の鞘に収められた全長20センチメートル程度のナイフのような刃物。

「私が15の時から霊力を込めている小柄、霊剣だ。いざという時に使え。鞘から抜いて、意識を集中して振るえば良い」

「いざという時……分かりました」

私はもう一度包み直し、霊剣を預かりました。

5時頃にVさんが、程なくしてMちゃんとSさんが降りてきました。

「部屋に行ったらいなかったから、心配したの」

「ちょっと早く目が醒めちゃってね」

しかしまだ一人揃いません。

「Rはどうした?」

「叔母さん、まだ眠たいって……」

「相変わらずだなアイツは……」

頭を抱えるVさん。

Mちゃんも困った様子です。

「ま、そのうち起きてくるだろう。先に朝飯を食っておこうか」

お婆さんの合図で、私達は食堂に向かいました。

Rさんは私達が朝食を終えた頃に起きてきました……正確には、お婆さんに叩き起こされました。

「おはよ……」

「叔母さん、緊張感が足りないの」

「ごめんなさいね、朝苦手なのよ」

そう言ってRさんは大きな欠伸をします。

「おや、クソジジイのおでましだ」

その時、お婆さんが呟くと同時に、玄関の扉が開かれました。

「久しぶりじゃな、クソババア」

「ふん、お前こそまだ生きとるのかクソジジイ」

翁は、イメージ通りといえばそうですが、例えるなら外国のマフィアのような感じでした。

頭にはハット。

白い髭に黒いサングラス。

胸元をはだけた虎柄のシャツ、黒いスーツ。

木を削り出したような杖を持っているものの、足腰はしっかりしています。

「翁、お久しぶりです」

「Vか。久しいの」

「クソジジイ、話はRから聞いておるだろう」

「なんじゃクソババア、久しぶりの孫との再会を邪魔するのか」

ま……孫!?

Vさんが……!?

「翁、貴方とは縁が切れています。血縁上はそうでも、今は赤の他人です」

「儂が縁を切ったのはお前の親父じゃ」

「クソジジイ、本題に移るぞ!」

お婆さんが痺れを切らしたように怒鳴りました。

「ほお、顔剥ぎか。懐かしい響きじゃ。大師の封印の儀には儂もおった」

翁はうんうんと髭を撫でます。

お婆さんは構わず話を続けました。

「四方封印を再び施すつもりなのだが」

「それで問題無かろうて。しかし気になるのは封印が何故壊れたか、じゃ。人為としても、あれを壊すなど並大抵の術者には不可能じゃからな」

考え込む翁。

そう、人為の場合は、もしかしたら妨害があるかもしれないのです。

「それは行ってみないことには分かりません」

寝癖を直しながら、Rさんが口をはさみました。

「そうじゃな……よし、善は急げというだろう。早速向かうとしよう」

「その前にクソジジイ、憑かれた娘の方を頼む」

「何じゃと?」

翁はいぶかるようにお婆さんに聞き直しました。

「応急措置として憑いたものを一時的に娘の内へ封印してある。この状態で結界を出ては危ない」

「なるほどな、人身封印か。わかった、切り換えておこう」

それから程なくして、私達は屋敷を出ました。

Dさんはまた呪文を書かれた布にくるまれ、Vさんにおぶられています。

ただしDさんに意識は無いようでした。

「護法を施してある」

今回はVさんは話せるようです。

昨日通った道を戻り、二台のバンの所までは大して時間もかかりませんでした。

時刻はちょうど7時。

今から出発すると、昼頃には例の廃ホテルに着けます。

「では行くとしようか」

黒いバンにはVさん、翁、Dさん、そしてKが。

赤いバンには、Rさん、Mちゃん、Sさん、お婆さん、そして私が乗り込みました。

車での移動は特に問題なく、私達は予定通り昼頃、目的地に到着しました。

「ここで間違いない無いな?」

「はい、ここです……」

目の前の廃ホテル……

こんな所に夜中入っただなんて、私には信じられませんでした。

明らかに分かる異様な雰囲気。

先へ進むことを体が拒むほどの、暗く冷たい重圧……

「穢れとるな」

「ああ、これは凄まじい」

翁とお婆さんが、息を飲みます。

「師匠、K達は運が良かったですね」

「それはどういう意味ですか?」

質問するKに、Vさんが答えました。

「君達が肝試しした時は、まだ封印から解かれたばかりだったということだ」

「そういうことだ。この穢れ、マトモな人間なら近付くことも出来ん」

私はMちゃんとSさんを見ました。

二人とも、冷や汗をかいています。

「どうするクソジジイ」

「前より強くなっとる。そうじゃな、まずは地を浄化するとしようか」

翁は懐から方位磁石を持ち出すと、廃ホテルの周りに杭を打っていきました。

「あれは……」

「大師一門の秘法ね。あんまり見れるもんじゃないから、貴重よ」

Rさんは惚れ惚れするように頷いていました。

翁はそのまま裏に入っていき、しばらくして反対側から姿を見せました。

翁は水を撒き、杖を振るいながら、何かを唱え始めます。

「さて、囲みまして、お出でなされ。地脈を読み、方位を読み、御霊代の力を持って。不浄を浄化し、清め、浄めたまへ」

「演技くさい奴だ」

唱える翁に向かって、お婆さんがボソッと呟きます。

「さ、中には入れる筈じゃ。護法を忘れるなよ」

ひとしきり呪文を唱えた後、翁は振り返りました。

私達は胸と背中に護符を貼り、御神水を飲んでから中へ踏み込みました。

まだ昼間だというのに、ホテルの中は薄暗く不気味です。

「あれが、一階の人形ね」

Rさんが懐中電灯を向けた先には、壁に埋め込まれた大量の人形。

赤ん坊を模した人形のようですが、髪も何もなくて、目は空洞。

背筋がぞっとする光景です。

「これは……祭壇か」

お婆さんが呟きました。

「そのようじゃな。Sとやら、お主には見えるだろう」

「……はい。その真ん中の人形の奥に」

「ふむ。これではっきりしたな。封印は人為によって破られた」

Vさんが歯を食い縛る音が聞こえます。

「この祭壇を使うか」

翁は杖でSさんの言った人形に護符を貼り付け、そこを中心に6つの杭を六角形になるよう打ち込みました。

「では」

Rさんが人形の壁の前に台座を置いて紫の布を敷くと、お婆さんはその上に、例えるなら魔方陣のような模様が描かれた紙を乗せ、さらにその上に真新しい木の人形を乗せました。

布にはびっしりと呪文が書かれていて、四隅には盛り塩。

さらにその台座の前に、Dさんが横に寝かされました。

呪文の書かれた布にくるまれたままですが、ガーゼに包まれた顔は出ています。

そしてその台座を頂点にして、同じように人形を乗せた台座が3つ、正方形を描くようにホールの隅へ設置されました。

「よし、とりあえずこれでいいじゃろう」

では、と翁は私達と向き合いました。

「20年振りの邂逅じゃ、この祭壇に、奴を呼び出す」

凍り付く空気。

とうとう、顔剥ぎの本体と対面するのです。

翁を先頭に横にお婆さんが並び、その後ろにRさんとVさん。

真ん中にはK、そして最後尾にMちゃんとSさん、そして私が続きました。

皆それぞれに祭具らしきものを渡され、私は護符と御神水の入った瓶を持っています。

「尸童を通じ、祭壇に現れたまへ。我は祀る者、奉る者なり」

翁が呟くと同時に、Dさんの体がビクンと跳ねました。

こひゅー、こひゅーと、息が荒くなります。

「一つとなりて現れよ、顕れよ、依坐に宿り、禊をもって洗われよ」

またもDさんの体がビクンと跳ねます。

白眼をむいたまま、ガクガクとDさんの体が震え始めました。

口からは泡を吹き、呼吸はさらに乱れています。

――その瞬間、全員の顔に走ったのは緊張。

「おいでなさったようじゃな。顔剥ぎが」

「○○ちゃん、Sさん、私から離れないで!」

Mちゃんは私とSさんを抱き寄せました。

私でさえ、重苦しい悪寒が感じられます。

この場に、確かに存在しているのです……異質な何かが。

平然としているのはKだけでした。

「来るっ……!」

その時、周りの温度が一気に下がったかのような感覚と同時に、激しい耳鳴りがしました。

ぱんっという弾ける音と共に、Dさんの震えが止まります。

「これが……顔剥ぎ」

呟いたのはSさん。

耳鳴りが一層激しくなります。

いえ……それは、耳鳴りではありませんでした。

――鬼哭。

怨霊が恨めしさに泣く声……まさに、そのものです。

「○○ちゃんが見えない子で良かった……」

Mちゃんは私を抱く手に力を込め、呟きました。

「たくさんの顔が集まって……一つの顔が……」

「M! 見入っちゃ駄目!」

Rさんの一喝。

「大丈夫……!」

Mちゃんは頭を振りました。

「Kよ、今から儂の言う通りにしろ!」

「は、はいっ!」

「娘を、祭壇から引き離せ!」

翁の指示に従い、KがDさんの元へ駆けました。

RさんとVさん、お婆さんが一斉に呪文を唱え始めます。

「私とSさんも、復唱するの。○○ちゃんは翁の指示を待って!」

Mちゃんも同じく呪文を唱え始め、Sさんは手元の紙に書かれた呪文を唱えています。

Kは平然とDさんの元へ駆けつけ、抱きかかえて祭壇から引き離した所でした。

「よくやったK! 嬢ちゃん、その子に御神水を飲ませてやってくれ!」

翁が叫びます。

Kは私の所までDさんを抱えてきました。

私は翁に言われるままに御神水をDさんの口に含ませ、無理矢理飲ませました。

途端に、白眼をむいていたDさんの目は閉じられ、安らかな呼吸が戻ります。

「では、四方封印の儀を始める!」

翁の声。

そう、本番はこれからでした。

私達には、何の落ち度もありませんでした。

行程は順調に進み、四方封印の儀は、滞りなく終了する筈でした。

そう、ただ一つの誤算さえ無ければ。

「……馬鹿な」

絶望に満ちた翁の声。

その目線は、ただ一点に向けられています。

「Mっ!」

全員の目が、Mちゃんに向きました。

Mちゃんは虚ろな表情を浮かべて両手を顔に当てています。

「どうして……どうして、Mが憑かれたの……?」

Rさんの力無い声。

4つに分割された顔剥ぎ。

それぞれ依坐に封印された筈が、その最後の一つが、よりによってMちゃんに依り憑いてしまったのです。

「ア……」

Mちゃんの口が開きました。

「こノ娘……過ごシやスいな……嫉妬に満ち満チテ…………」

「分割されたことで意思を取り戻したのか……!?」

息を飲むVさん。

「違うわ……あれが、本来の顔剥ぎなのよ」

Sさんが呟きました。

「……怨霊神か」

お婆さんがMちゃんを睨み付けます。

Mちゃんが、首をごきごきと鳴らしました。

虚ろな目はどこを向いているのか分かりません。

「アの男は……消エタか。長く……永イ、夢を見テいタよウだ」

瞬間、とてつもない耳鳴りが起きました。

頭を何かがキリキリと締め付けてきます。

「なんという霊障じゃ……」

翁が顔を苦痛に歪めました。

パチ、パチ、パチ……

――拍手。

耳鳴りが止み、代わりに聞こえてきたのは男の笑い声。

「素晴らしい。禁忌の怨霊から、偶然にも元となるカミが切り離され、しかも尸童に憑くとは」

見ると、30代か40代くらいの男が、入口の所に立っていました。

男はこんな可笑しいことがあるか、というように笑いながら、Mちゃんに近付きます。

「お前……何者ダ」

「カミよ、私は貴方と語るもの。貴方と人を繋ぐもの。巫覡の血を継ぐ者です」

「低俗ナ怨霊を依り憑カせて……穢らワシいナ」

男は苦笑しました。

「お前は……まさか、いや……」

動揺する翁。

まるで、信じられないものを見たかのようです。

「なんですか、亡霊など見慣れているでしょう。もっとも、僕は生きていますがね」

「やはり、Xなのか……」

X……それが男の名前でした。

「久しいですね翁。10年振りくらいでしょうか」

「封印を壊したのは、貴様か……!」

翁の問いに、Xは満面の笑みを浮かべて「その通りです」と答えます。

「X……!!」

「これはこれは、Vじゃないか。少しは進歩したか?」

Vさんは、Xと顔見知りのようでした。

旧友との再会を懐かしむように手を広げるX。

「貴様、どの面下げて……うっ!?」

Xに詰め寄ろうとしたVさんが、いきなり喉を抑えて倒れました。

「お前は少し黙っていてくれ」

Xは冷たい目でVさんを見下しています。

「瞬間的に呪をかけたか……凄まじい呪眼だな」

「そういうことです。……貴女には娘がお世話になったようで」

Xの目線は、お婆さんからSさんに向きました。

「娘……?」

Sさんは、愕然とした表情で立ち竦んでいます。

「憶えていないのも無理は無い……か。早くに僕は家を出たからね」

微笑むX。

「嘘よ……父は、死んだって……」

Sさんの唇が震えます。

「そうか、死んだと聞かされているのか……それもそうだな。

まだ幼かったお前に、父親が女を作って出ていったなんて、言いにくかったろうからね」

Sさんの目が、見開かれました。

「母さんは……」

「すぐに死んだんだろう? 知っている。で、叔父さんに引き取られたこともね」

「じゃあ、私がどんな暮らしをしてきたのかも……」

認めたく無いことを確かめるように、一言ずつ言葉を絞り出すSさん。

「それも知っている。霊視能力を利用して、叔父さんは宗教団体を作ったんだろう?

お前は監禁され、いわゆる客寄せパンダに使われていた。霊視を断れば叔父さんに酷く殴られたんだってね。可哀想に……」

Xはさも哀れであるかのように、嘲笑しました。

「嫌……」

「辛かっただろう? いつか助かる希望すら持てない生活は」

「もう、やめて……」

「父も母も失い、優しかった叔父さんも、お前の「見える」力で変わってしまった……」

「やめて……」

「……そうそう、お前がどうやってあそこを出たのかも、知っているよ」

満面の笑みに、とどめの一言。

決して掘り返されたくない過去を、実の父親にえぐられる、想像も出来ない程の痛み。

「嫌ぁああぁあああぁっ!!!!」

Sさんの絶叫。

頭を抱え込み、膝をついて、まるで子供のように震えて……

「Sさん……Sさん、しっかり!」

「もう……やめて……やめて……」

涙を垂れ流し、ガタガタと震えるSさんは、とても見ていられないほどに、深く傷付いていました。

「アンタ……いい加減にしろよ……」

怒気を含んだ声。

Kが拳を握り締め、Xの前に立ちはだかりました。

Sさんが涙に濡れた顔で、その後ろ姿を見つめています。

「なんだ君は。せっかくの父娘のコミュニケーションを邪魔するのか?」

「……なにが父娘だ……アンタみたいな奴が、父親なんて名乗る資格は無い!」

「それを赤の他人の君に言われても……ね」

Xは、ぞっとする程の冷たい目でKを睨み付けました。

お婆さんが言っていた、呪眼が頭を過ります。

「よせ、小僧っ……!」

――次の瞬間、誰もが目を疑いました。

「ぐぅうっ!!?」

他の誰でも無い、X本人が目を押さえて、激しくのたうちまわったのです。

「今っ!」

その隙に、RさんはVさんに駆け寄りました。

印を組み、Vさんに手を当てます。

「げほっげほっ……すまん、助かった。……何が起きた?」

「反霊媒が、呪眼を跳ね返したのよ」

「反霊媒が、呪詛返しを……!?」

Xはやっとのことで立ち上がり、充血した目をKに向けました。

「反霊媒……いや、違う! 見誤ったか……!!」

「M、こっちへ来い!」

KはMちゃんの手を掴み、引き寄せました。

そのまましっかりと向き合います。

「なんダ……コレは、ワタしヲ拒む……!?」

「目を醒ませ、しっかりしろM!」

KはMちゃんの目を見て、叫びました。

「わた……し……は……?」

「させるか……!」

Xが印を組もうとした時、

「それはこっちの台詞だ」

Vさんの投げた短刀が、それを阻んでいました。

「くっ……V、お前……!」

深々と短刀が突き刺さった右手を押さえるX。

「K……君……?」

Mちゃんの目に、光が宿りました。

「○○、霊剣を使えっ!!」

お婆さんの声。

いざという時――それは、今この時……!

「K、離れてっ!」

私は包みから取り出した霊剣を鞘から抜き、Mちゃんに向かって構えました。

意識を集中します。

その時、私の頭の中に浮かんだのは、Mちゃんにまとわりつく黒い影を切り裂くイメージ。

「はぁあっ!!」

振るわれた霊剣。

四散する黒い影。

「離れたっ!」

Mちゃんの体が、糸を切ったように崩れ落ち、それをKが支えます。

「四方封印、完了じゃ!」

翁の叫ぶ声。

私の意識は、そこで途切れました。

目を醒ますと、和室にいました。

腕時計を見ると午前1時。

随分寝ていたようです。

体を起こすと、微かな頭痛。

電灯はついたままで、隣ではSさんと、Mちゃんが眠っていました。

「ここは……?」

「起きたか」

襖を開けて、入ってきたのはお婆さん。

「大事ないか?」

「はぁ、少し頭痛が……それより、どうなったんですか?」

「霊剣で斬られた顔剥ぎは、無事に最後の依坐に封じた。封印の儀は成功だ。

……あのXとかいう男には逃げられたがな」

X……Sさんのお父さんで、顔剥ぎの封印を解いた張本人。

「あやつは、密かに禁忌の封印を解いては回っておるようだ。目的は分からんがな。今回の件で、大師一門および我らで正式に奴を追うことが決まった」

「あのXという男は、何者なんですか?」

複雑な表情のお婆さん。

「奴はかつて翁の元で修行していたVの、兄弟子だったらしい。ちょうどVが翁の元を去る少し前に袂を別ち、消息を絶っていたとのことだ」

「Vさんは……元々翁のお弟子さんだったんですか」

「ああ。私が詳しく話せる話では無いがな」

遠くを見つめるお婆さん。

「ともかく、ひとまず封印の儀は成功した。後は3日後に、新たな祭壇へ4つの依坐を奉納するだけだ」

「それは私の役割でしたね……」

「ああ。だから、それまではゆっくり休め」

お婆さんは電気を消して、襖の向こうへ戻りました。

ひとまず封印は成功した……

その点についてだけは、安心出来ました。

それからの3日、Mちゃんは目を覚ましませんでした。

まるで死んだように眠り込んでいます。

お婆さんは「心配ない」と言いますが、やっぱり不安です。

Sさんはずっと沈んだ様子で、塞ぎ込んでいました。

トラウマを引きずり出された影響は強いようで、こちらも心配です。

代わりに目を見張る回復を見せたのが、Dさんでした。

さすがにまだ顔に当てたガーゼは取れないものの、もうすっかり元気です。

「色んな人に助けられたんだね」

「だけど、まだ全部終わった訳じゃ無いから……」

Dさんに一から説明するのは骨が折れました。

何せ信じられないような事の連続です。

ただ一から、と言ってもXに関することは伏せておきましたが。

「お世話になった人に挨拶したいんだけど……」

Mちゃんはまだ眠っているし、Sさんは当分そっとしておきたい。

Vさんはやっぱり呪のダメージが残ってて療養中だし、Rさんとお婆さん、それに翁は封印の儀の最終行程にかかり切り。

空いてるのは私とKくらいでした。

「……それも、全部終わってからね」

「そう……ところで、Kは?」

「どうかしたのか?」

襖を開けてKが入って来ました。

「K!」

見るからに顔がほころぶDさん。

そんな表情は初めて見ました。

「なんだ、もうすっかり元気だな」

「ま、まぁね」

ふと気付いたように、布団で顔を隠すDさん。

「どうしたんだよ?」

不思議そうな顔をするK。

「その……こんな顔だし、ちょっと恥ずかしくて」

「そんなこと、気にしなくても……」

「ごめん、やっぱ恥ずかしい!」

私はKを外に連れ出しました。

「あのね、少しは気を使いなさい」

「いや、でもよ」

「そんなんだからMちゃんだって……いや、なんでもない」

Mちゃんが憑かれた理由……私には分かるような気がしました。

Mちゃんに憑いた顔剥ぎが呟いた「嫉妬」という言葉……

自分に振り向いて欲しいのに、彼は他の子の為に一所懸命になる。

自分はそれに協力する立場……

「おい、Mがなんだよ」

「なんでもない」

困ったように頭をかくK。

「意味分かんねぇ怒り方するなよ」

「意味分からないの? 本気で?」

自分でも分かる、棘のある声。

私は明らかに苛立っていました。

「なんだ、喧嘩か?」

「あっ……」

その時お婆さんが来てくれなければ、爆発するところだったでしょう。

私はハッと我に返りました。

「○○、最後の仕事だ……分かっているな」

「……はい」

最後の仕事。

依坐を、祭壇に奉納する。

……私に任された大事な役目。

私は拳を握り締め、お婆さんの後について行きました。

……Kに背を向けて。

私達がいたのは、市内の旅館でした。

廃ホテルまでは、車で10分程度。

到着すると、Rさんと翁が待っていました。

「顔色は良さそうね……これが、最後の仕事だからね。ちゃっちゃと終わらせて、帰りましょう!」

Rさんは私の肩を叩いて、親指を立てました。

不思議と勇気付けられます。

私は翁に向かい合いました。

「嬢ちゃんには、地下の四方の祭壇に4つの依坐を奉納してもらう。無論、一人でじゃ。ただ、注意して欲しい」

「注意……?」

「嬢ちゃん、バァさんの霊剣を使った時、頭の中にイメージが浮かんだと言ったな?」

確かに黒い影を切り裂くイメージが見えました。

私は頷きます。

「恐らく嬢ちゃんは、以前より感じる力が増している筈じゃ。……きっと、色んなものが見えたり、聞こえたりするじゃろう。

慣れてないばかりに戸惑うとは思う。じゃが、決して耳を傾けてはならん。見入ってはならん。

……それだけは肝に銘じておいてくれ」

「……分かりました」

「○○、しっかりな」

お婆さんは、私に4つの木で出来た人形を渡しました。

これに、顔剥ぎが封じられているのです。

お婆さん、Rさん、翁に見送られ、私は地下への階段を降りました。

地下は真っ暗でした。

しかし、四隅にある祭壇には灯りがついているので分かります。

私はまず第一歩を踏み出しました。

第一の祭壇へは、問題なくたどり着けました。

小さな社の中に人形を納め、蓋を閉じます。

「……これが一つ目」

そして私が次の祭壇に向かおうとした時。

「何デ私ガコンナ目ニ……」

「憎イ……憎イ……」

「私ハマダ生キテイタイノニ……」

頭に直接響くような、恨み言。

これが翁の言っていた……

……惑わされてはいけない。

私は意志をしっかりと保ち、歩き出しました。

……ひた

……ひた、ひた

足音……私をつけてくる。

「ドウシテ……?」

がしっ……と、私は後ろから肩を掴まれました。

思わず立ち止まってしまいます。

耳の裏に、生暖かい吐息。

「ドウシテ私ヲ見捨テルノ……?」

……惑わされては、いけない。

私は振り返りたくなる首を必死に固定して、先へ進みました。

第二の祭壇。

同じく小さな社に人形を納め、蓋を閉じます。

「憎イ……笑ッテイル娘ガ憎イ……若イ娘ガ憎イ……私ハコウシテ忘レラレテユクノニ……」

「殺シテヤル……呪ッテヤル……」

ゾワゾワと肌が粟立つ感覚。

私のすぐ後ろに、何かがいる。

惑わされては……惑わされてはいけない!

私は第三の祭壇へ向かいました。

「お願いです、この娘だけは……」

「だッタら、代ワリの娘を寄越セ……贄ヲ差シ出せ」

今度は、頭の中にイメージが浮かび上がってきました。

虚ろな目をした着物姿の女の人、必死に請願する男の人。

「……すまない……娘を助けるためなんだ……わかっておくれ……」

女の人の悲鳴……

顔をかきむしって……

「まダだ……マダ足りン。代わリノ娘を連れテこないナラ、次コソ貴様の娘を憑き殺スぞ……」

惑わされては……いけない!

気付けば私は立ち止まっていました。

「……危なかった」

そして私がもう一度歩き出すと、すぐ後ろで舌打ちが聞こえました。

第三の祭壇。

また社に人形を納め、蓋を閉じます。

「次で、最後……」

「何故妻を殺したのですか……あなたを、実の父と慕っていたのに!」

「仕方がなかった……娘を助ける為だったんだ……」

今度は、言い争う若い男とさっきの男性。

「そんな……義理とはいえ、私の妻もあなたの娘でしょう!」

「黙れ……お前に、何が分かるというんだ……」

「……もういいです。このことは、御上に申し立てます」

振りかぶった斧が、若い男の頭に突き刺さる。

「私は……私は、なんてことを……」

「モット、争エ……」

私はまた立ち止まっていました。

立ち止まるその度に、後ろの存在はますます気配を強めていきます。

きっと、振り返ってはいけない。

「惑わされてはいけない……」

私はそう声に出し、気を確かに持って足を進めました。

第四の祭壇。

私は同じく人形を納めようとしました。

……イ……

……?

蠢く人形。

私は悲鳴を上げ、手元の人形を落としそうになりました。

……人形に鬼のような形相が浮かび上がり、私を睨み付けていたのです。

「憎イ……憎イ……何モカモガ……憎イ……」

背後の気配は増し、私はいよいよ身の危険を感じました。

胃の中のものが、全部逆流してくるような激しい吐き気。

体の震えは止まらず、握りしめた手にはじっとりと汗が滲みます。

そして、私がとうとう振り返りそうになった時……

「――――」

私は人形を社に納め、蓋を閉じました。

途端にイメージも声も気配も、全てがぱったりと消え、後に残ったのは静寂だけ。

「あれは……確かに」

一階への階段を登り、私は確信しました。

「○○ちゃん!」

「……Mちゃん!」

駆け寄ってくるのは、寝間着姿のMちゃん。

「やっぱり、Mちゃんが私を呼んでくれたんだ」

Mちゃんは泣きじゃくっていました。

あの時のMちゃんに比べたら、私なんて遥かに危険は少なかったのに。

「……やりきったようだな」

「よくやったぞ……嬢ちゃん」

お婆さんと翁も、私を労ってくれます。

Rさんと、いつの間にか来たらしいVさんも笑っていました。

「ついさっきMが目を覚ましてな、真っ先に君の所へ行きたいと言ったんだ」

「まったく、Vもまだ本調子じゃないっていうのに」

「ごめんなさい……」

ぱんっ、と翁が手を叩きます。

「ともかく、封印の儀はこれで全て終了じゃ! 今回の反省で、これから禁忌は我らが大師一門がきっちり管理することになった。

封印が完璧だからといって4年に一度の祭祀だけで放っておくと、いつまた破られるか分からんからの」

そう……顔剥ぎの一件はこれで終わりでも、まだあのXの問題が残っているのです。

皆の顔に、一抹の不安が過りました。

「……さぁ、私は帰るかね。久々に屋敷を出たんで、少々疲れた」

腰をとんとんと叩くお婆さん。

「なんじゃクソババア。隠居で鈍ったか」

「クソジジイ、減らず口も大概にしとくんだね」

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。そうだ、ちょうど近くに温泉もあることだし、帰る前に寄りませんか?」

止めに入るRさんに、それを見守るVさん。

XとSさんの事もあります。

Kだって、今回のことで狙われるかもしれません。

またどこかで、禁忌の封印が解かれている可能性も、勿論あります。

不安な事はまだまだ尽きません。

だけど、例え一時の平穏だとしても、今は笑ってもいい……

「Mちゃん」

「何?」

「ありがとう」

「……それは、私の方が言いたいの」

こうして私達は、多くの未解決な事柄を残しながらも、帰路に着いたのでした。

夏休みはまだ、半月近く残っています。

怖い話投稿:ホラーテラー かるねさん  

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怖い話しでもこうゆう話しが大好きで楽しく読ませともらいました。

怖かったですが、一気に読ませてもらいました!

何度も読み返してます!

こんなのあったと。わからんかったー。
おもしろいけん、気が向いたら読み返しとるばい。

すごく読みやすくて、引き込まれました!

こんな良い長編傑作があったとわ

これは凄い。素人とは思えないぐらい臨場感もあり、引き込まれる作品でした。

怖さもあり面白さもあり、とても素晴らしかったです。

名前がついてないのが唯一残念な所でした。アルファベットだと少し人物がごちゃごちゃになってしまいました。

だけど面白かった!o(*´ヮ`*)o

面白いストーリーですね。
一気に読ませてもらいました。
ただこれだけの長編なんで、出来れば人物名をアルファベットじゃなく、ちゃんと仮名で通した方が感情移入しやすいと思いますよ。