中編5
  • 表示切替
  • 使い方

どうしようもなかった

「邪魔ダ…来ルナ…」

耳元で聞こえた、虚ろに響く声。

近くには誰もいない。

そして、私の目の前に墜落した血塗れの鳩の死骸。

いきなり、店舗に入ろうと駐車場を歩いていた、私の目の前に「グシャッ」と音を立てて落ちてきた。

すぐに上を見上げたが、鳩を襲ったらしき鳥もいない。

気分が悪い。

帰りたくなった。

でも、私にはKさんに会いに行かなくてはならない理由があった。

始まりは、他社の業担をしていて今は退職し、営業の仕事に就いていたKさんからの電話だった。

「養子先の家から追い出された。なんとかアパートを借りて、車も買ったけど生活費が無い。いくらでもいいから、貸してくれないか」

車も取り上げられ、口座のお金までもが全額引き落とされていたという。

私が通訳のHさんに事情を話したところ、Kさんと仲の良かったHさんもいくらか貸すと言ってくれて、私はお金を預かり、友人のTと日曜日に会いに行った。

Kさんのいるのは、車で三時間ほどかかる隣の県のある市。

何度か行ったことがあり、解りやすい目印となる場所も知っていた。

しかし、その日は何故か道に迷ってしまい、書店で地図を見て確認しようと駐車場に車をとめて、店舗に入ろうとしていた。

その時に、先に述べたことが起きた。

何かが、私が来るのを拒んでいる…。

しかも、ソレはこの世のモノではない。

しかも、非常に悪意に満ちている。

しかし、Kさんを見捨てるわけにはいかない。

携帯で連絡を取り合い、ようやく着いた時には辺りは暗くなっていた。

アパートの前で待っていたKさんに、部屋に招かれた。

玄関を入るとキッチン、そして奥には6畳の部屋。

全体がひんやりとした空気に包まれていて、居心地が悪かったのを覚えている。

落ち込んでいたと思うが、Kさんは私達の訪問を喜んだ。

パソコンをいじりながら、笑顔で話している。

来て良かった…そう思った時、ソイツは姿を現した。

6畳の部屋。

その天井から、ボトッと降りて来たソイツの姿。

顔面の右半分は砕け、右目は垂れ下がり、ニタリと笑った口から長い舌を出した四つん這いの姿。

ソイツが、素早い動きでKさんの足下まで来た。

そして、私を見てニタリと笑い、

「来タノカ…邪魔ダ邪魔ダ…無駄ダヨ…無駄無駄無駄…」

そう言うと、ゲラゲラと笑いだした。

全身が鳥肌だった。

KさんもTも、この化け物に気づかない…。

KさんとTには、ソイツの姿は見えなかったのだ。

ヤバい、ヤバい、コイツはヤバ過ぎる。

私の手に負えるモノじゃない!

私は、パソコンに夢中なKさんに、「飯食いに行きましょう!」と言った。

「お金が無いから…」

と言うKさんに、

「奢りますから!」

と言って、外に出ることにした。

ソイツは、ゲラゲラ笑いながら、またもや素早い動きで玄関で靴を履いているKさんに近寄ると、

「無駄ダ無駄無駄無駄…コイツハ、救ワセナイ…」

と言った。

無視して、外に出た。

ドアの向こうから、ソイツの笑い声は続いていた…。

ファミレスで3人で食事をした。

その時に、Kさんが冗談めかして言った。

「あの部屋、すごく安いんだ。どうやら出るらしいよ」

「出る」とは、勿論幽霊のことだ。

しかし、あれは幽霊と言うよりは化け物だ。

あんな禍々しいモノは、見たことが無かった。

食事を終え、あちこち寄った後で、Kさんを送って私達は帰った。

部屋には入らなかった。

多分、私には何も出来なかったと思う。

しかし、それを後悔する日が来る。

数ヶ月後、Kさんの携帯が通じなくなった。

それが何ヶ月も続いた。

私は、思い切って教えて貰っていたKさんの実家に電話した。

電話に出たKさんのお母さんから聞いた話は、ショックなものだった。

「脳溢血で倒れて入院している。命は助かったが、半身不随だろう…」

数年後、私はリハビリを重ねて足を引きずりながら歩くKさんと再会した。

そこで聞いた闘病生活は、私の想像を絶するものだった。

私は医学には詳しくはないから、脳溢血が関係するのか分からないが、歩行が可能になった頃、目の角膜が剥がれだしたそうだ。

当然、手術。

歩けるからと障害者認定もされず、保護も受けられない。

だから、働くしかない。

不自由な体で。

私がそうなったら…きっと絶望してしまうだろう。

しかし、Kさんは必死に生きていた。

しかし…

私とKさんは、後に断絶してしまう。

原因は、Kさんのした酷い裏切りだった。

Kさんが裏切り行為をする前。

二人で車で走っている時に、あの虚ろに響く声が聞こえた。

「マダ助ケヨウトスルノカ…無駄ダ…コイツハ、何人カラ怨ミヲカッテイルト思ウ…オマエモ、裏切ラレルゾ…」

そして、響いた笑い声。

私には、どうしようもなかった…。

8月も終わりに近づいたある夜。

私は、アパートの部屋で荷造りをしていた。

明日には、この部屋をKさんに明け渡さなければならない。

地元に帰って営業をしていた私に、本社に行って社長と部長と密談したKさんが、私を追放し営業所を乗っ取った。

笑いながら、アッサリと言われた。

「明日か明後日には俺がそこに行って、部屋に入るから片づけといて」

あまり関係は無いから、詳細は省く。

要は、明るくトークも上手く慕われるKさんが持つ、もうひとつの顔…野心家で、嫌う人間には辛辣な言葉を吐き、笑いながら酷い仕打ちをする。

それが現れた、ということだ。

裏切りに傷ついた後は、怒りしかなかった。

上陸した台風の強風が吹き荒れる夜、私は2時間半かけてアパートに帰り、部屋を引き払う為の荷造りをしていた。

そこに、あの化け物が現れた。

「ダカラ言ッタダロウ…」

勝ち誇ったように笑う。

「これは…お前が仕向けたのか?それともKさんの望んだことなのか?」

私は言った。

それだけは、知っておきたかった。

「両方サ…」

と化け物は言う。

「もうひとつ…お前は一体、何者なんだ?」

化け物が笑うのをやめた。

同時に、私の頭の中にある光景が浮かび上がってきた。

吹雪の中、苦しそうに歩く男性。

そこにKさんが車で横に来て、ウィンドウを開けて指差しながらゲラゲラ笑う。

駅に辿り着くまで、何度も何度もやって来ては、嘲笑う。

これは…以前、Kさんが笑い話として話したことか…?

駅に辿り着き、実家に戻った男性は、怒り呪った。

激しい怒りに精神は崩壊し、憤怒のうちに息絶えた。

もはや化け物と化して、怨みの一念の塊となった男性は、Kさんのもとに現れると、復讐を始めた。

幸せを奪い、家庭を奪い、健康な体を奪った。

Kさんが住んでいたアパートにいた霊も、喰らい取り込んだ。

自殺者の霊ぐらい、容易に打ち負かす強い怨念だった。

「…まだ、足りないのか?」

問い掛ける私に、化け物は答えた。

「奴ヲ殺シナドシナイ…死ヌマデ生キナガラ苦シマセテヤル…死ヌマデ…死ヌマデ死ヌマデ…」

そして、狂ったように笑った。

風の噂で聞いた後日談。

Kさんはクライアント先の怒りを買い、業績不振で営業所は閉鎖。

それに伴って、Kさんは解雇された。

その後は知らない。

あの化け物は、今もKさんの側にいるのだろう。

「無駄ダヨ…」

怖い話投稿:ホラーテラー まささん  

Concrete 59189e6fb4d79119a63e92183ffb92aeb8f46031afd97d5db060811ce15c35e6
閲覧数コメント怖い
23700
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ