中編3
  • 表示切替
  • 使い方

夢とたんぽぽ

関西の某大学に通っていた頃、○○市郊外の

5階建てマンションの2階に俺は住んでいた。

学生の分際でマンションかよ!って突っ込まれそうだが、家賃は月3万5千円とまさに破格だった。

今考えればまぎれもなく“いわく付き物件”だが当時の俺はそんな事思いもしなかった。

不動産屋の人も「格安ですよ」としか言わない。

一緒にアパートを探してくれた母親なんか「こんなに綺麗なのに、関西って物価が安いのね~」なんてはしゃいでいた。

入居して3か月経ったが、特に何が起きるという事もなく夏休みに入った。

その年の夏は歴史的な猛暑で、関西地方もその例外ではなかった。

バイト三昧の日々を送っていた俺だが、うだるような暑さで身体は疲れきっていた。

何をするにもだるくて、故郷を離れて最初の年なのに、帰省するのがひどく面倒になってきていた。

そんなある日。

ベッドに入ってどれくらい経ったのか分からない。

夢を見たんだ。

廊下のようだった。

細長くて暗い廊下のような所に俺は立っていた。

バシャー

奥の方で音がする。

バシャー

(何の音だろう・・・)

俺は静かに奥に進んだ。

バシャー

格子の入った開き戸の向こうからその音は聞こえていた。

バシャー

気になってその戸を開ける。

老婆がいた。

風呂桶を手にした老婆が、湯船の手前に座り肩に湯を掛けている。

恐くなかった。

不思議と恐くなかった。

老婆が桶を床の置いた。

(あ・・・)

顔をゆっくりと俺に向ける。

ばあちゃんだった。

ばあちゃんは、皺くちゃの顔をさらに皺くちゃにして微笑んで・・・言った。

「おかえり」

そこで目が覚めた。

(!)身体が動かない。

金縛りに遭っていた。

中学の頃はよく遭っていたが、何年ぶりかの金縛りだった。

俺は恐くなり、黄色い豆電球の、心細い明かりの下に下がっている紐に無理やり手を伸ばした。

(!)

手が紐を通りぬけた。

(もう一度・・・)

(あ!)

自分の右手と紐ははっきり見えているのに・・・つかめない!

ふと、部屋の隅に視線を感じて顔を向けた。

(うわ!)

浴衣を着た女が立っていた。

薄暗い豆電球の明かりの中なのにはっきりと見える。

花の名に疎い俺でも分かった。

その浴衣にはたんぽぽが咲き乱れていた。

丈がひざまでしかない。

子供の浴衣を大人が着ている・・・

そんな感じだった。

そして・・・

恐くなかった。

ちっとも・・・恐くなかった。

さすがに・・・浴衣の首から上は見る事ができなかったが・・・

気が付けば朝だった。

その時、何故かたんぽぽが頭に浮かんだ。

浴衣に咲いたたんぽぽではない。

子供の頃見た、たんぽぽの咲き乱れる田舎の風景を。

俺は実家に帰る事にした。

たぶん偶然なんだろうが・・・

帰省して3日目に祖母は息を引き取った。

病院で俺を見た時、すごく喜んでくれたのを覚えている。

葬式も済み、くそ暑い中、俺は再びマンションに戻った。

浴衣を着た女が見えた場所に俺は手を合わせた。

(誰か知らないけど・・・ありがとう)

大学を卒業してからも、しばらくそのマンションにいたが、霊現象らしきものは浴衣の1件以来ただの1度も無かった。

マンションを出る時、そのマンションの管理人にそれとなく聞いてみた。

「さ~私は幽霊を見たなんて、初めて聞きましたが」

俺は諦めきれず、○○不動産に行ってみた。

マンションを出る人間だからなのか、見覚えのあるおじさんが特別にと教えてくれた。

「このあたりは昔、赤線と呼ばれててあのマンションが建つ前は遊郭があったんです。今だから言いますが、遊女の仕事場は2階で・・・だから・・・あのマンション・・・2階だけ格安なんです」

俺はなんとなく、あの部屋で良かった、と思った。

怖い話投稿:ホラーテラー アカデミー翔さん  

Concrete
コメント怖い
00
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ