長編17
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Kさんの恐い話

この話は地元のオカルトマニアの間では知る人ぞ知るスナック【ほにゃらら】でKさんから聞いた話です。このサイトに載せていいか?と尋ねたところOKが出たので紹介しようと思います。自分がKさんになったつもりになって書きました。ですから文中の〈私〉はKさんだと思って聞いて下さい。

私の勤めている会社の経理は、普段は恐ろしくシビアなのに、年に一度の忘年会の日だけはかなり甘い。

二次会三次会でいくら使っても領収書さえあれば許してくれるし、遠距離のタクシー料金もその日だけは快く面倒見てくれる。だから安心して、終電の時刻が過ぎても気の合った仲間と飲み続けていた。

その日は夕方から雪がちらつき始め、多分深夜2時を過ぎていたであろう、最後の店を出る時には既に5センチくらい積もっていた。

「ラーメン食ってお開きにしましょう」という後輩の誘いをやんわりと断ってタクシーを拾い乗り込むと、行き先を告げいつの間にか眠ってしまった。

ふと目が覚めて窓外の景色をボーと眺める。

小降りだが、雪はあいかわらず降り続いていた。

あれ???

左側にある筈のコンビニが右側にある。

車が後戻りしてる・・・?

私は運転手に一言言おうと思い前を見てギョッとした。

助手席に女がいる!

頭しか見えていないのにすぐ女だと分った。

いつの間に?うわ!!

酔いと眠気がいっぺんに吹っ飛んだ。

頭の左側が削れて無くなっている!

幽霊?なのか・・・俺は今幽霊を見ているのか?

運転手はただ黙々と前を見て運転している。

何で反対向いて走ってるんだ?

理由を聞こうにも、斜め前にいる女が振り向きそうで怖くて聞けない。

幽霊?この女・・・本当に幽霊なのか??

幽霊にしてはリアル過ぎる。

ライトで照らせば脳みそが覗けそうだ。

触ろうと思えば確実に触れる・・・それくらいリアルだった。

恐怖と不安で発狂しそうなのに、女から目が離せない。

心のどこかで、

俺は今、幽霊を見ているんだ!貴重な体験をしているんだ!

と、妙にわくわくしていたのもまた事実である。

どこに向かってるんだ?

と思っていた車は、タクシー会社の門をくぐってすぐの所で停まった。

ドアが開く。

ひぃ!

突如いいようのない恐怖が襲ってきて私は車から飛び出し、おもいっきり転んだ。

雪が凍ってつるつるになっていたのだ。

運転手が手を引いて起こしてくれ、何度も転びそうになりながら2人は事務所になだれ込んだ。

入るなり運転手が叫んだ。

「社長!出ました!!」

ストーブのそばの長椅子に座っていた人が立ち上がりただ一言、

「わかった」

と頷くと事務所の奥に消え、すぐに奥さんらしき女性と出て来た。

女性は社長さんに「気を付けて」と声をかける。

社長さんは軽く頷くと私に、

「お客さん、本当に申し訳ない・・・詳しい事は家内に聞いて下さい」

と話し外に出て行った。

・・・・・・・

呆然と立ちすくむ私に奥さんはひたすら謝って運転手に言った。

「Sさん、お客様を送ってあげて、料金はもちろん受け取らないで」

私は何が何だか分からない。

詳しい事聞いてないし・・・

時刻はもう4時になろうとしていた。帰ったところで寝る時間などもうない。それにその日の仕事は職場の大掃除で徹夜でもやれそうだった。

「今帰っても気になって寝られやしません・・・よければ話を聞かせていただけませんか?」

奥さんは少し考えて、

「どうぞ」

と言い長椅子を指差した。

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奥さんは、

「コーヒーでもいれましょう」

と奥に入って行った。

私は子供の頃からホラーが大好きで・・・だから、奥さんからどんな話が聞けるのか内心うきうきしていた。

ただ恐怖心はやはりマックスのまま・・・我ながら、

俺っておかしな性格・・・

と思わざるを得なかった。

疲れを感じて長椅子に腰を下ろした私はストーブに手を伸ばす。

Sさんと呼ばれていた運転手は帰る気配も見せず立ったまま私を見つめていた。

私はSさんに隣に座るよう促して尋ねてみた。

「Sさん・・・でしたっけ・・・あなた、見たんですよね」

Sさんの返事は意外なものだった。

「いいえ、私は見てません・・・ウウウゥ、という女のうめき声のようなものはずっと聞こえてましたが・・・」

姿ははっきり見えていたのに・・・そんな声聞いてないなあ・・・

「同じ会社の者じゃありませんが・・・見たそうです。実際見たら車内に客を残して逃げ出してしまうくらい・・・凄いらしいです」

私の脳裏に、半分えぐられた女の頭がよみがえった。

「社長が言うには、列車に飛び込んだ中学生の娘らしいんですが・・・助手席に気配を感じたらすぐに事務所に来い、と言われてまして」

「どうせお客さん降ろして一人きりになれんだろう、とか言われて」

・・・・・・確かに

奥さんがコーヒーを盆に載せて戻って来た。

「Sさん、どこまで話したの?」

私は逆に聞いてみた。

「社長さんは車に現れた者の正体を何故知ってるんです?」

「全ての運転手に女が出たら戻って来いなんて言ってないんですよ。Sさんはここもう長くて信頼してるから頼んだんです」

はあ・・・

「5年程前、○○区の踏切で、列車に女生徒が撥ねられた事故御存じありませんか?」

「・・・いえ、全く知らないです」

「そうよね・・・死体の損傷もそれほど酷くなくて、事故処理も大して時間が掛からなかったみたいだから・・・未成年だったし、報道も殆んどされなかったしね」

「自殺だったんですか?」

「目撃者はたくさんいて・・・遮断機をくぐって踏切内に入ったらしいから・・・」

「怪我は頭部損壊・・・ですか・・・」

「どうしてそれを??」

私はタクシーの中で見た女の事を全て奥さんに話した。

「本当に頭の左側だったの?左側を怪我してたの?」

何度もしつこく奥さんは聞いてきた。

奥さんは泣いていた。

「間違いない・・・やっぱりチヒロ(仮名)ちゃんに間違いない」

・・・・・・・・・

私は何をどう話したら良いのか分らずひたすらコーヒーを飲み続けた。

隣に座っているSさんが横から私の顔を覗き込んで、

「チヒロちゃん、実は私も知ってるんです」

と話しかけてきた。

奥さんが口を開く。

「その娘、父親をナイフで刺した後、家を飛び出し列車に飛び込んだの」

!!!

窓に当たる雪の音が突如大きくなったような気がした。

「チヒロちゃん・・・幼稚園に通う頃から小学校3、4年くらいまで、毎日のようにうちの会社の前を歩いて通っててね」

・・・・・・・

「主人といつも話してた・・・そろそろ歩いて来るわよ、なんて言って」

・・・・・・・

「可愛いかった。私達子供ができなかったから・・・あの娘が自分の子だったら、っていつも話してた」

その時、

事務所の電話が鳴り響いた。

受話器をとった奥さんが嬉しそうに話す。

「着いたの?寒いだろうから暖めてあげてね」

私はやはり・・・何が何だか分からない。

とりあえず、社長夫婦がやろうとしている事は理解できても、車に乗っている〈この世の者ではない者〉が家まで一緒に行ってくれるとは到底思えない。

もし行ってくれたとしても・・・一緒に暮らして幸せになるような存在とはとても思えなかった。

でも、気持ちは分るような気がした。

放っておけないんだな・・・

御主人と話し終えた奥さん、私を見て、

「馬鹿馬鹿しいって思ったでしょ?」

と言って少し笑った。

「チヒロちゃん・・・後で知ったんだけど・・・家庭で酷い虐待を受けてたの」

「踏切で死んだ少女の名前知った時・・・気絶するくらいショックだった」

・・・・・・・

「こんな仕事してるお陰で顔だけは広くて・・・チヒロちゃんの事いろいろ調べたの・・・悲しかったのは、事務所に呼んでお菓子あげてた園児の頃から、虐待を受けてたらしいのね」

奥さんの目から涙がこぼれおちる。

「そういえばって・・・思い当たる事がたくさんあった。いつもどこかを怪我してて・・・どうしたの?って聞くといつも、なんでも無いって淋しそうに笑うの」

・・・・・・・

「いつの間にか前の道を通らなくなって、引っ越しでもしたのかなあ、なんて話してたんだけど・・・その頃虐待で両親とも逮捕され、施設に預けられたんだって知ったのは、チヒロちゃんが死んで随分経ってからなの・・・・」

沈黙の中、ふぶいてきた雪の音とストーブに載せたやかんのシューという音だけが耳に入ってくる。

私は息の詰まるような雰囲気に耐えきれず隣のSさんに声をかけた。

「すみませんが・・・近くのハンバーガー屋にでも連れて行ってもらえますか?」

私はただただ・・・社長夫婦の幸せを願って事務所を後にした。

その娘が2人の愛情によって成仏してくれたら、とも当然願った。

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タクシーの中から見る景色はまさに別世界だった。見慣れている筈の街並みも、一瞬どこを走っているのか分からなくなる。

夜が明けるにはまだ大分時間がかかりそうだ。

こりゃあ時間潰すの大変だな・・・

「あのう、Sさん、少女に刺された父親って、死んだんですか?」

「いえ、かなり重症だったようですけど助かったみたいです。」

「こんな言い方しちゃあ失礼かも知れませんけど、あのお二人、本気でその娘を救おうとしてるんですかね」

「さあ・・・チヒロちゃんを可愛がっていたのは私もよく知ってますし、何とも言えませんが・・・見て見ぬふりは出来ないってとこじゃないですかね」

・・・・・・

「その娘が死んでからすぐでした。そこの踏切を深夜通ると、助手席に女の霊が現れるという噂が立ち始めたのは」

「○○区の踏切・・・確かに通りましたね」

「家の人に電話されなくていいんですか?」

「ああ、それが・・・昨年女房に愛想尽かされましてね。仕事ばっかりで放ったらかし、子供にも恵まれませんでしたしね」

「そりゃあ、知らない事とはいえ失礼しました」

「いえ・・・だから、あのお二人の気持、分らなくもないんです」

「チヒロちゃん、ホント可愛かったですよ。お人形さんみたいで」

・・・・・・

「はい?」

突如Sさんが振り向いて私を見た。

「え?・・・私、何も言ってませんが」

「そうですか、おかしいな・・・」

Sさんはすぐに前を向いたが、ほんの少し首をかしげたのを私は見逃さなかった。

「気になるなあ、どうしたんです?」

「いえ、すみません、気のせいだとは思いますが、声が聞こえたような気がして」

「恐いこと言わないで下さいよ~」

「すみません、ほんとすみません」

私はこの時、いい知れぬ不安を感じてそれ以上追及しなかった。

まさか・・・まさかなあ

運転手に別れを告げ、マックで2時間ばかり過ごした私は別の会社のタクシーを使って出勤した。

もう二度と関わりたくなかった。

その日の仕事は12時にもならない内に終了した。午前中にはもう雪は止んでおり会社を出る頃には快晴と言っていいくらい晴れ渡っていた。年が明けて3日まではお休みである。

電車通勤の私は、社員に車で駅まで送ってもらうことにしていた。

そして、その車の中で、私は、自分の置かれている状況を認識せざるを得なくなるのである。

運転中の田中(仮名)が突如振り返り、タクシーの運転手と同じような言葉を口にしたのだ。

「はあ?」

「はあ?って俺、何も言ってないぜ」

「ええ?・・・そうっすよねえ。課長の声じゃあなかったもんなあ」

「何訳の分からない事言ってんだよ、じゃあ一体・・・誰の声なんだよ」

「なんか、女の声だったような」

「馬鹿言うんじゃないよ。それで・・・何て言ってたんだよ」

「いえ・・・何となくですけど、死にたいって聞こえました」

・・・・まじかよ

「ほんと、そう聞こえたんです」

「もういい!」

「課長、怒ったんですか?」

「いや、すまん・・・少し歩きたい、ここで降ろしてくれ」

「はあ・・・」

私は呆然とする後輩を残して駅まで30分かけて雪でぬかるんだ歩道を歩いた。

憑いたのは、あの2人じゃあなかった・・・

まさか自分が・・・

確かに私は、昔からオカルト的な物に興味があった。

こんな目に遭った時はたいてい霊能者なる者に相談する事も知っていた。

だが私は、霊の存在は信じるが、霊能者は胡散臭い、とずっと思っていた。

じゃあ、他にどんな手段があるんだ?

別れた妻でも家にいてくれたら・・・

無理して買った一軒家。

ローンも殆んど残っている。

あそこに一人で住むのか・・・

電車に乗っても、窓の外の雪景色を楽しむどころじゃなかった。

泣きたかった。

そして、何よりも・・・怖かった。

自宅のドアを開けて中に入る。

家ってのは昼間でもこんなに暗かったんだ・・・

思った事もないような事を思う。

家中の明かりを点けて、さらにテレビの音量をいつもの倍に上げてソファーに座る。

俺ってこんなに臆病だったのか、とつくづく思った。

風呂にも入らず、ソファーに寝転がったまま朝を迎えた。

何も起きなかった!

意外と取り越し苦労かも!

よく考えたら二日間風呂に入っていない。

起き上がろうとして私は気付いた。

毛布が掛かっていた。

???

俺・・・確か、そのまま寝たよな・・・

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うわ!

見た事もない毛布だった。

ライオンやゾウやキリンが遊んでいる。どう見ても子供用の毛布だった。

毛布は色褪せて所々穴が開いており、気味が悪くて触る事もできない。

!!!

後ろに何かいる!

ううぅぅ・・・

声!?

背後から不気味な声がだんだん近づいてくる!

何かが肩に触れた。

手?

「ギャー!!」

目が開いた。

いつもの居間だった。

毛布なんか掛かっていない。

夢?

夢だったのか?

リアル過ぎるだろ・・・

テレビの音が異常に耳に響く。

大音量で健康器具のCMをやっていた。

私は起き上がると壁に掛かっている時計を見た。

3時過ぎ?

朝にもなっていない。

私はジュースでも飲もう、と立ちあがった。

セーターに付いていたのだろうか、何か小さな白い物が床の上に落ちた。

拾って目を近づけた。

ぞっとした。

歯に見えた。

子供の歯。

ゴミ入れに捨てて念入りに手を洗う。

ジュースを飲む気力すら無くなった。

私はソファーに戻り朝まで興味も無いテレビ番組を見続けた。

大音量のまま。

狂いそうだった。

時間というものは確かに恐怖心を薄れさせる。

朝が来ると全てが夢だったような気がしてきた。

ゴミ入れに捨てた子供の歯のような物。

あれも夢だったのではないか・・・

私はゴミをあさって後悔した。

夢じゃあなかった。

やはりそれはちゃんとゴミ入れの底に落ちていた。

今日は日曜日。

掛かり付けの歯医者、たしかあの人、休みの日でも医院にいたよな・・・

私は確かめたくなった。本当に子供の歯なのかどうかを。

「どうしたんです?これ・・・」

T先生は驚いていた。

「いえ、道端に落ちてたんですけど・・・やっぱり、歯ですか?」

「間違いありません。子供の前歯です。それにしても・・・・」

・・・・?

「よっぽど強い衝撃がないと、こんな折れ方はしません」

!!

「もっと詳しく調べましょうか?」

「ああ、いえ、結構です。せっかくのお休みの日に押しかけちゃって・・・すみません」

私は医院を出た後、自宅に向かわず私鉄駅に向かった。

チヒロちゃん・・・

君は・・・辛かった過去を俺に知って欲しかったのか?

だから、俺に分るように折れた歯を置いたのか?

さぞ痛かっただろうね・・・

辛かったね・・・

俺、もう君から逃げないよ・・・

たとえ、どんな姿で現れてもね・・・

○○駅に着くと、たくさんのタクシーの中から、あの会社のタクシーを探した。

偶然にもSさんを発見して飛び乗った。

○○タクシー、と行き先を告げるとSさんは大笑いした。

「社長さんは留守ですけど、奥様ならおります」

私はチヒロちゃんの写真が欲しかったのだ。

事務所に入って奥さんに会うなり私は言った。

「私も陰ながら少女の成仏を祈りたいんです。なんせ姿を見ちゃったものですから」

奥さんは喜んで一枚の写真を分けてくれた。

御夫婦がどれ程チヒロちゃんを可愛がっていたのかを証明するように、引き出しにたくさんしまわれていた写真の中の一枚を。

最高の笑顔でピースしている、可愛らしい少女の写真。

私は思わず泣きそうになる。

泣いてしまう程感情的になる訳を奥さんに聞かれるとまずいので、私は礼を言ってそそくさと退散した。

自宅に帰る途中にお線香と写真立てを買った。

俺はもう逃げないからね・・・

その日から私の祈りの日々は始まった。

チヒロちゃんの笑顔を取り戻す為に。

お祈りを初めて3週間が過ぎた。

その頃ある新製品の開発に取り組んでいた私は、その日、夜中の10時まで残業していた。

帰った時には既に0時をまわっており、疲れきっていた私は風呂にも入らずベッドに倒れ込んで寝てしまった。

ふと寒気を感じて目が覚めた。

何も掛けずに横たわっていたのだから寒いのは当然だった。

その時、

声が聞こえた。

女がすすり泣いているような・・・悲しげな声。

私は上半身だけ起こして辺りを見回す。

消したのか点けなかったのか・・・部屋は暗く窓から入る弱い光だけが頼りだった。

うううぅぅぅ・・・

部屋の隅に誰かがうずくまっていた。

全身に悪寒が走った。

恐怖を押し殺し、私はそれに声をかけようとした。

チヒロちゃん?チヒロちゃんなの?

声が出ない!

身体が硬直して動く事も出来ない。

金縛り!?

!!!

うずくまっていた者がゆらりと立ち上がった。

ゆっくりと近づいてくる!

チヒロちゃん!チヒロちゃん!ごめんよ!俺、やっぱり駄目!怖いよ!許してくれ!頼むよ!こないで!こないでくれー!!

声が出ない!!

頭だけじゃない、顔も半分削られていた。

そこから何かぬらぬらした物が垂れ下がっている。

ひとつしかない片方の目は、ただ穴が開いているだけで、汁のような物が流れ出ていた。

うおううぅぅ・・・

覆いかぶさってくる!

意識が遠のいた。

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Kさんがホラーおたくの溜まり場、スナック【ほにゃらら】に初めて姿を見せたのは、その恐怖体験からふた月程経った頃らしい。

怖くて自宅に帰る事が出来なくなったKさんは、その間ずっとホテルや漫画喫茶で寝泊まりしていたそうだ。

Kさんの第一印象は最悪だった。

逃げるのに疲れ果てた犯罪者、といったところか。

今でもよく覚えている。

0時過ぎに来て、生ビールを二杯立て続けに空け席を立とうとするKさんを店のママが止めたのだ。

「あんたね、後の飲み代おごるから座っとき」

その店の常連は皆、ママの霊感が半端ではない事を知っている。

ママがそんな事を口にする時は、必ず言われた客に何らかの霊的な問題があるのだ。

いくらホラーおたくの溜まり場とは言っても、会員制というわけではないので、当然そんな事に興味すら無い一般の客もいる。

そんな、常連ではないお客さんが帰るのを待って、ママがKさんに近づいた。

「あんた、凄いのを連れて来たね」

Kさんは最初迷惑そうにしていたがママさんの「少女の霊が憑いてる」の言葉に反応した。

「見えるんですか?」

「ああ、酷い怪我で死んだ娘がね」

その時店には顔見知りの客が5人程いたが、興味津津でKさんの周りに集まった。

ママが夫であるマスターに言う。

「今日はもう店じまいにしよう」

Kさんの話は1時間余りに及んだ。

ママは黙ってそれを聞いていた。

「仕事も手に付かず、ポカばかりで、もう辞めようかと思ってます」

それまで一言も口をはさまなかったママがポツリと呟いた。

「あんた・・・その娘を救う気があるんかい?」

俯いていたKさんが顔を上げる。

「本気で救う気があるんかい?って聞いてるんだ!」

驚いて皆一斉にママを見た。

「怖くて逃げ回る、全てが嫌になって会社を辞める、そんな弱い奴にその娘が救えるかい!!」

俺たちはママの“べらんめい口調”に慣れていたが、Kさんはさぞ驚いただろう。

「救う気がないんなら手段はいくらでもある。それが出来る人間を何人も知っているしね。ただなあ、お祓いって聞こえはいいが、あんたから無理やりその娘を引き離して元の地獄に突き落とすだけだ・・・それで、いいのかい?」

「できれば、救ってやりたいです・・・」

「できれば・・・って、はっきりせんかい!きん○○付いてんだろうが!!」

Kさん、あまりの迫力に押し黙る。

「今、その娘を救えるのは、イエス・キリストでも聖母マリアでもお釈迦様でも駄目なんだ!もちろんあたしでも駄目、あんたじゃなきゃ無理なんだよ!」

ママの大演説を誰も止められない。

「馬鹿がすぐ世界平和だの人類の危機だのと声高に叫ぶが、たったひとつの魂救うのでさえ結構大変なんだよ!爆弾浴びて手足が吹っ飛んだ子を抱きしめる親の姿、見た事あるだろ、それ位の愛情がないとその娘は救えないよ!死ぬ覚悟でその娘を守れ!男を見せるんだよ!!」

男まさりというよりは男以上の肝っ玉ママが泣いていた。

「その娘の魂が怨みつらみで凝り固まったものなら、あたしもこんな事言いやしない。淋しいんだ。淋しくってどうしようもないんだ。あんただけが頼りなんだ。真っ暗な孤独の淵から引き上げてやれ。そしたら・・・・その娘変わるよ。・・・本当はとってもいい子だから、あたしが保証する」

俺たちに涙を見せたのが恥ずかしかったからか、ママは小走りで店の奥に消えてしまった。

Kさんは長いこと考えていた。そして、いきなり立ちあがって俺たちを見まわして言った。

「世の中には凄い人がいるんですね」

奥からママが叫んだ。

「今日は自分ちに帰んな!金はいらん!そのかわり今度来る時は、その娘の写真持っておいで!あたしが毎日祈ってやるから!あんたの為にもな!」

Kさん目に涙を浮かべて「ママさん!ありがとう!!」と叫んで店を出て行った。

来た時とは見違える程いい男に見えた。

化粧直しして出て来たママに俺は尋ねた。

「あの人・・・大丈夫ですかね?」

ママは笑って言った。

「大丈夫、あの人は意外と強いよ。普通なら気が違ってるよ。・・・それに」

「偶然じゃない。あの娘があの人を選んだんだ。この人ならってね」

・・・・・・・

二週間ほどして、Kさんがチヒロちゃんの写真を持って来た。

アイスクリームを美味しそうに頬張る愛くるしい写真。

その頃には、Kさんの話

常連客の間で話題になっていたからチヒロちゃんの事はみんな知っていた。

だから、その写真を見て、みんな泣いた。いつもママの隣で微笑んでいるだけのマスターも泣いていた。

ママがKさんに言う。

「うん、だいぶ綺麗になた。こりゃあベッピンになるわあ」

Kさんは店の常連になり、チヒロちゃんは店のアイドルになった。

去年の10月頃、Kさんが店に来て、「しばらくこの店に来れない」と話した。

海外に二年ほど出張するらしい。

店を出る間際、何やらママに耳打ちした。

ママが大笑いして小声で何か話している。

俺は聞き耳を立てた。

「黙ってたけど、あたしもそれを望んでた。別にいいんじゃない?淫行で逮捕されるわけじゃなし。女の幸せって親の愛だけじゃ満たされないしね。それに霊体ってのは不思議なもんで、思い込めば子供にでも大人にでもなれるんだよ」

Kさん、照れ笑いを浮かべて出て行った。

カウンターの向こうの棚に、俺がいたずら書きしたKさんのボトルがある。

相合傘の中、チヒロ

ちゃんとKさんが立っている。

今その横で、口の周りをチョコまみれにしたチヒロちゃんが、満面の笑みを浮かべている。

怖い話投稿:ホラーテラー アカデミー翔さん  

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最後を読み手の解釈にゆだねる感じがいいですね

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