仕事でクタクタに疲れ家に帰り、コンビニで買ってきた弁当を一人で食べていると、俺はいつも昔の事を思い出す。
「母ちゃんが作ってくれた麻婆豆腐…あれは旨かったなあ…」
母ちゃんは、俺が幼い頃に死んだらしい。
母ちゃんが死んだ時の事を、俺はよく覚えていない…
幼い頃の俺の家はそれは貧乏だった。
父ちゃんはゴロツキでほとんど家に帰って来なかったし、母ちゃんは朝も夜も仕事なのか家にいる事の方が少なかった。だから俺はいつも兄ちゃんと一緒にいた。
兄ちゃんが学校に行っている間は、いつもひとりぼっちだった。
暗く湿った六畳の部屋で、俺はいつも腹を減らし、寂しく座っていた。
そんな時、たまに母ちゃんが帰ってきて作ってくれる麻婆豆腐…
それがめちゃくちゃ美味しくて、今でも忘れられない味になったのだ。
母ちゃんの命日に、兄ちゃんにその事を話した。
「兄ちゃん、母ちゃんの麻婆豆腐食べた事ある?あれすごい旨かったよね!」
兄ちゃんは、しかめっ面をして俺に信じられない話をした。
「お前…何寝ぼけたこと言ってんだよ…
母ちゃんはお前を生んですぐに死んだんだ。お前が麻婆豆腐なんて食える訳ねえだろ。」
俺は兄ちゃんの言ってる事が理解出来なかった…
そんなはずがある訳ない。
俺は母ちゃんの顔も姿も、そして母ちゃんの作る麻婆豆腐の味も、しっかりと覚えている…
俺はいてもたってもいられなくなり、母ちゃんの墓に1人で向かった。
そして、母ちゃんの墓の前に立ち、かすれるくらいの大声で叫んだ。
「母ちゃん!!母ちゃんの麻婆豆腐、めちゃくちゃ旨かったよ!ありがとう!」
その時、どこからともなく声が聞こえた…
(カズアキ…あれは麻婆豆腐じゃなくて…スクランブル豆腐よ……。)
母ちゃんだ…母ちゃんの声だ…
俺の目から涙が溢れた。
後から後から涙がこぼれる…
俺は涙を拭きながら母ちゃんに言った。
「母ちゃん…スクランブル豆腐て……何?」
答えは帰って来なかった。
静まりかえった墓地で俺はずっと泣き続けた…
母ちゃんの作ってくれた麻婆豆腐…いやスクランブル豆腐、俺は一生忘れない。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話