中編6
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我が家の大樹

私の実家の樹の話。

私の実家はとっても田舎。

四方は山に囲まれ、私が子供の頃などは、山の中に入って、湧き水を飲んだりすることもできた。

私の家はリフォームや建て替えはしたが、同じ場所に300年近く建っている。

また、五人組の制度の名残で、近所はみんな同じ名字だ。

そんな我が家の裏にはたいそう大きな木が2本あった。

樹齢は100年は軽く越えていて、春から秋にかけては、鳥たちがさえずり、夜になるとたまにフクロウが来て、夜中に ホウ!

と大きな鳴き声をあげる。

私や家族を含め、近所の人たちまでもが、立派な良い木だなぁ、と感心するほどだった。

私はその大樹が大好きで、子供の頃は木に耳を当ててみたり、双眼鏡をつかって父や母と鳥を見たりしていた。

今から一年前だろうか、久々に帰省してみると、家族が険悪なムードだった。

祖父と家族で喧嘩しているようだった。

妹に理由を訪ねると、

「じぃちゃんが家族に何も言わずに裏の樹の枝を全部切っちゃったんだよ〜。」

驚いて、外に出てみると、

枝と言う枝はすべて切り落とされ、無惨にも削がれた部分が痛々しく、一本の巨大な杭が突き刺さったようだった。

しかし、秋などは落ち葉の掃除は全て祖父の仕事であったし、気持ちはわかるが。私はショックだった。

私は、枝を落とされたことにはひどく落胆したが、祖父を責めることはしなかった。

祖父は小さな頃からの憧れだったからだ。地元の土建に長く勤めていて、今の年齢(80過ぎ)でも、筋肉は隆々としている。

その力持ちなところに魅力を感じていたのかもしれない。

夕飯の時も、祖父と家族は別の部屋で食事をする始末。

俺はこっそりと祖父の部屋に入り込み、一緒にお酒を飲んだりタバコを吹かしたりした。

その夜のこと。暑い夏だったので、網戸にして床に就く。

今まで毎年のように聞こえていたフクロウの声も当然聞こえるわけが無く、枝が風に揺れるざわめきすらしない。

「あの木はもう、ゆっくりと迫る死を待つしかないのかもな。」

親父の言葉を思い出す。

そりゃそうだ、父が幼少の頃からも当然あの大樹は大きな腕を目一杯広げていたのだから。

そのとき突風が吹いた。

台風の予報なんて無かったのに、すごい風だ。

ガン!ガタガタガタ!

ドン!!

天井からものすごい音がしたと思うと、2階の俺の部屋の窓近くに何かが落ちた。

ビックリして窓の外に目をやると、屋根の上につけておいたテレビのアンテナが風に煽られ落ちて来てしまったのだった。

ここで、祖母の話を思い出した。

「木を切っちまったから風が強くなるぞ。北風から守ってくれてたのによ。」

もしかしてその影響かな。

フクロウや小鳥たちのさえずりも俺にとっては重要だけど、ひょっとしたらご先祖は風除けに木を植えたのかも知れないな。

そして、今は無残な大樹2本に目を向けると、、、

真夜中で街灯なんてうちの周りには無いはずなのに、いやに木がはっきりと見えた。

なんだか枝のまったくない木というのも不気味なものだなぁ。

その日の夢は不思議なものだった。

2人の男女が仲良く寄り添っている。時々お互いを見つめあい微笑むが、笑い声も話し声もない。

鳥が飛んでくると二人は手を広げて、鷹匠のように鳥を腕に乗せる。

鳥たちが歌い始めると、その男女もとても穏やかな表情で体を揺らし始める。

その日の夢はそれだけで、現実では常に気まずい状態だった。家族は何かというと祖父のことを罵っている。

そしてその晩私は再び夢を見た。前回の夢とは打って変わり、恐ろしい夢。

二人の男女が鳥たちを腕に泊め、体を揺らしていると、小さな男たちが二人の体を登って行くのだ。片手には刃物を持っている。鉈のようなものだ。

そして、男女の肩の辺りまで来ると、一斉にその鉈を振り下ろす。

グシャ!グシャ!

男女の顔は苦悶の表情に変わり、鳥たちは一斉に逃げ出す。俺は彼らを止めようと走るのだが、どれだけ走っても近づけない。

2人の男女は痛みのためか、体を揺すり始めるが、小さな男たちはお構いなしに鉈を振り下ろす。

男たちは返り血で体中真っ赤になっても作業をやめようとしない。

やがて女の人の片腕が落ち、男の人の片腕が落ち、最後には両腕が地面に転がった。

小さな男たちは、ひょいっと地面に降りるとその腕を引きずってどこかへいってしまった。

腕を落とされた男の顔は怒りに満ちており、女の顔は放心状態で二人とも血の涙を流していた。

目が覚めると、まだ夜中の3時だった。俺はもう気づいていた。あの夢はきっと・・・

窓を開け大樹を見つめる。辛かったろうな、そりゃあ怒るよな。

今まで雨風から守ってくれたのに、じいちゃんは、、、

翌日、この夢の話を祖母に話してみる。

そしてこの男女が裏の木じゃないか?と聞くと、

「きっとそうだろう、おいで、謝りに行こう。」

うちの木の前には小さなお稲荷さんがある。そこに祖母はご飯をしんぜて、小声でなにやらつぶやき始め、頭を何度も下げた。俺も手を合わせ、声には出さず、心の中でつぶやいた。

「私の夢にまで出てきたのですから、さぞかし悔しかったでしょう、お怒りでしょう、お悲しみでしょう、

起こってしまったこととは申せ、我々家族も深く恥じております。どうぞお怒りをお静めください。」

そのあと祖母は日課のゲートボールに出かけていった。俺は一人留守番になったわけだが、裏までいって木の近くに立って、空を見上げてみる。

ずーんと大樹は聳え立っている。まるで墓標のように。

木の幹に触れると、若干湿っている。いや、水が滴っている。恐らく切られた部分から吸い上げた水分が流れて来ているのだろうが、俺にはその木の流す涙にも感じられた。

お昼前には祖母が帰ってきた。手にはお札を持っている。なんだか、でこぼこしているお札で変だなぁなんて思った。

そしてどこで用意したのか綺麗な桐の箱の中にその札を入れて、

「ちょっと手伝ってくれ。」

と頼まれる。

裏にいってシャベルを渡され、木の根元を掘るように言われ、俺も大体察し、穴を掘り始める。

5分くらい経って、50cmほどの穴が掘れた。

祖母はその中に先ほどのお札入りの桐の箱を置き、その上から俺は土をかぶせる。

これで許してくれればいいが、俺と祖母はそんなことを話しながら家に入った。

その日また夢の続きを見た。

二人の男女はやはり両腕の無い状態で突っ立っている。しかし、表情は強張っているわけでもなく、二人して足元を眺めている。

俺は今日のことを思い出し、二人に駆け寄る。

二人の視線が俺に向けられる。

俺はニコッと笑い、それから二人の足元を素手で掘り始める。

俺の手がとても小さい。

そして背も低い。

でも俺は一心に土を掘り返す。

素手なので中々掘り進まない。すると隣に男の人が現れて小さなスコップを貸してくれた。

見上げるとそこにいたのは、俺だった。

「一緒に掘ろう。」

「うん!」

返事をした俺の声は幼い声だった。

隣にいる大人の俺と一緒に小さなスコップ二つで穴を掘っていく。

するとようやく、今日埋めた桐の箱が出てきた。

「あった!」

箱の中身は小さな木の枝だった。

隣の俺に見せようとしたが、そこにはもう誰もおらず、気づけば自分もいつもの身長にもどっていた。

立ち上がって、目の前の二人にそっと俺は木の枝を差し出す。

二人は枝を見つめたあと、私に視線を移し、にっこり笑いながら涙を流していた。

気づけば右隣から幼い俺の声が聞こえる。

「二人とも喜んでるね、良かったねお兄ちゃん!」

隣には手を真っ黒に汚した幼少期の俺がいる。

「ああ、良かったね、坊や。」

と俺は幼い俺に笑顔で答える。

そのあと視界が真っ白になり。目が覚めた。

俺はベッドで半身を起こして、片手で頭をぽりぽり掻きながら、

思いが届いたんだろうか?

とつぶやいた。

時計を見るとまだ夜の12時前だ。

「ありがとう」

「・・・んッ!?」

「ありがとう」

確かに聞こえた2人の男女の「ありがとう」という言葉。

寝ぼけてんのかな?何て思っていると、屋根を小さく叩く音が聞こえる。

次第にその音は数え切れないほどの量になり、轟音となる。

予報では夜も星が綺麗のはずだったのに、大雨が降った。

それでも構わず窓を開けて大樹のほうを見る。

一瞬、大きな枝をつけた木のシルエットが見えた気がした。

そして、語りかける。

「また、昔のように大きく立派な枝をつけてください。」

あの夢の続きを次に見るのはいつだろうか。

雨は次の日の朝にはすっかり止んでいた。

終り

怖い話投稿:ホラーテラー カインさん

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