中編3
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親父さん

 皆さんこんばんは。

 今宵は、全く怖くない話になるかと思いますが、[無線]の後日談的な話でもあり、しばしお付き合いいただけたら幸いです。

 では、始めます。

 私がこの業界に入って最初の上司だったMさんが、先日亡くなった。

 このMさんと言う方は、職人と言う言葉がピタリと符合するような人だった。

 入社したての私や、Nさんにとって、以前[トンネル]にて紹介したSさんやKさんは師匠の様な存在だったのだか、その二人にとっての師匠がこのMさんだった。

 Mさんは時に厳しく、時に優しく。私達にとっては理想の上司だったと思う。

 ペンチでヘルメットの上からではあったが殴られた事もあった。

 私が危険な行為をしたからだ。

 私達の関わる鉄道業界は一歩間違えれば死がそこにある業界である。

 そのような状況からか、怒る時は激しく怒る方だったが、普段は私達を暖かい眼差しで見守ってくれていた。

 毎年、正月には自宅に私達を招き宴会を開いてくれたのはいい思い出である。

 Nさんが、鬱病で会社を去って行ったあの日、私はあの人の涙を初めて見た。

 「俺はあいつに何もしてやれなかった…」

 心の底から悔しがっていたのが、印象的だった。

 その事がショックだったのか、年齢的なものか分からないが、Mさんはその年に退職された。

 私自身も転勤した関係から、あまり訪ねる機会も無くなっていたのだが、息子が生まれてからは挨拶もしていない。と思い、妻と息子を連れて挨拶しにいった。

 その時もまるで自分の孫を可愛がるようにしてくれて、息子も実の祖父のように懐いていた。

 「ヒヨッコがヒヨッコ連れて来たかと思ったら、いつの間にかニワトリになってやがらぁ…」

 この一言は嬉しかった。

 私は、(いつかこの人に認めて貰いたい。)そう思ってたからこそ、頑張ってこれてた部分もあったのを自覚している。

 「お前、あの頃から比べると痩せたな?何か悩みでもあんのか?」

 妻がいない所で、そう聞かれた。

 「変な声が、毎晩のように聞こえるんです。」

 迷ったが、久しぶりにあった甘えからか…つい、あの時からの話をしてしまった。

 ガツンッ!!!

 頭に衝撃が走り、星が飛んだ。

 久しぶりにゲンコツと言うものを頂いた。

 「バカヤロウ!お前、そんな事を二年も黙っていやがったのか!Nもお前も…バカヤロウ…」

 そこでMさんは言葉を詰まらせた。

 こんな話だ、信じてくれない。と、思ったのもあるが、何より女々しいと思われたくなかった。

 「お祓いなり、なんなりはしたか?」

 Mさんに聞かれた私は、頷きながら表情で「効きませんでしたよ」と伝え、Mさんは

 「そうか…」

 と、だけ答えた。

 夕方となり、お暇する時にMさんが

 「お前らは俺の子供と孫だからよ…」

 そう言って、玄関でいつまでも見送ってくれた。

 あの笑顔は忘れる事は無いだろう。

 それが今年の正月だった。

 それから10日後の1月15日、自宅で息を引き取った。

 急性心不全だそうだ。

 眠ったまま、奥様が朝起きた時には亡くなっていたらしい。

 64歳だった。

 知らせを受け、驚き涙が止まらず、妻は驚き、息子はそんな私を見てキョトンとしていた。

 告別式。

 焼香をし、最後まで立ち合い、顔を見せて貰った。

 眠っているような安らかな顔だった。

 それが起きたのは出棺の時の事だった。

 プァーーーーーー!

 霊柩車のクラクションが鳴る。

 「心配いらねぇよ…」

 Mさんの声が、優しく頭に響いた。

 私以外、誰にも聞こえなかったようで、私だけが辺りを見回していた。

 あの日から、あの叫び声は聞こえなくなった。

 Mさんが連れていってくれたのだろうか?

 真相は分からないが、あの日から告別式前日まで、毎晩聞こえた声が、今はもう聞こえない。

 それだけが真実である。

 師匠であり、親父さんでいてくれたMさん、本当にありがとうございました。安らかにお眠り下さい。

 私達は大丈夫です。

怖い話投稿:ホラーテラー 鉄道員さん  

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怖くはありませんが、とても良い話でした。
鉄道員さん方の御尽力のお蔭で安全に利用させていただいております。 心身共に大変なお仕事かと思いますが、頑張ってください。