中編4
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冷蔵庫

町というのは、まるで生き物であるかのように、目まぐるしく変わるものです。

僕は小学校に上がる以前、大阪市内の某区に住んでいました。

現在の新大阪駅から、それほど離れていない場所です。

もっとも、町の景観というものは劇的に変化していて、住んでいた場所も、面影はまったくといいほどありません。

最近、久しぶりに15年前に住んでいたあたりを訪れる機会のあった僕の胸によみがえってきたのは、どうしても忘れられそうにない「あのこと」でした。

当時、貸家住まいをしていた僕の家の裏手には、一人の廃品回収業者が暮らしていました。

正確な名前は忘れましたが、僕の家族を含めて近所の人間からは、「片桐のおっちゃん」とか「片桐のオヤジ」と呼ばれていました。

生粋の大阪人ではなくて、ずっと以前にどこからか流れてきた人らしいです。

僕の家の裏庭からは「片桐のおっちゃん」の小屋に近い家と商売道具の廃品の山が、よく見えました。

一口に廃品回収業者といっても、専門は様々で、幼かった僕には「片桐のおっちゃん」が何を主流に扱っているのかよく分かりませんでしたが、置かれ積まれた雑多な廃品は、見ているだけで、わくわくするものがありました。

そしてまた、近所では偏屈者で通っていた「片桐のおっちゃん」のほうも、僕の父とだけは友達といっていいくらいのつきき合いをしていて、その子供である僕にもぶきっらぼうではあったけれども親切に接してくれていました。

例えば、僕が裏庭から「片桐のおっちゃん」の仕事場に入り込んで、小さなガラクタを見つけて遊んでいると、

「コラッ!」

と一応、怒鳴ることは怒鳴るのですが、

「このあたりは危ないものが、たくさんあるからな。積んであるものには触ったり登ったりするんじゃないぞ。そこにあるものなら勝手にいじってもいいからな。」

と、あとは好きにさせてくれる。そんな調子でした。

…そんなおっちゃんの態度に変化があらわれてきたのは、「あれ」が廃品置場に持ち込まれてからでした。

「あれ」。つまり

「冷蔵庫」が。

それは、普及している家庭用のそれよりも、ずいぶん大きかったように記憶しています。

おそらく業務用か何かだったのでしょうか。

そう。汚れてあちこち錆びているとはいえ、それは大きかった。

そして、扉がついたままでした。

現在では子供がもぐりこむなどの事故を防ぐため、こういった冷蔵・冷凍庫のたぐいは扉を外して廃棄するのが一般的です。

扉がついたまま廃品置場にあるということは、当時は規制が厳しくなかったか、捨てた人間にそういった配慮が欠けていたのでしょう。

子供というものは、粗大ゴミというものに興味を抱くものです。

僕がそれを見つけたのは、近所の子供達と遊んで帰ってきた夕方で、近道をしようと、「片桐のおっちゃん」の廃品置場を通って裏庭にいく途中でした。

〈あっ。冷凍庫だ〉

夏の夕日をぎらぎらと浴び汚れた白のそれは、オレンジ色に見えました。

他の廃品の中で横向きにされているとはいえ、とても目立っていました。

〈いつ持ってきたんだろう?それにしても大きいなぁ。大人でも中に入れるんじゃないかな。〉

ホコリまみれで、何かの汚汁の跡みたいなものまでこびりついているそれに、さすがに触りたいとは思いませんでしたが、幼い僕はしばらく冷蔵庫を見上げていました。

…すると、

ゴト

〈え?〉

冷蔵庫が…揺れた。

僕はあわてて二、三歩後ろにさがりました。

冷蔵庫が、ずずっと足場を崩して、こちらに倒れてくるのではと思ったからです。

(十分バランスを考慮してそつなく置かれいたように見えたのですが。)

けれども、「バランス」だの「そつなく」といった言葉を知るはずもない僕の前に冷蔵庫は倒れてきませんでした。

倒れてはきませんでしたが。

ごとっ…がたん。

がた……ガタガタガタガタガタガタガタ!

がたがたがたがたがたがたがたっ!!

揺れ動く。

そう、冷蔵庫はまるで生き物みたいに激しく揺れ動いたのです。

前後左右に音をたてて。

ますます激しく。

ますます激しく、気がどうにかしている人間が身をよじり、首を振り回しているかのように。

まったく、おかしなたとえなのですが…。

僕はそのありさまを、ぽかんと眺めていました。

「こらっ!」

ほとんど硬直していた僕を我に帰らせたのは、「片桐のおっちゃん」の一喝でした。

冷蔵庫はというと、たった今の騒々しさが嘘であったみたいに、当たり前のようにそこにありました。

「また近道しやがったな。それに、何眺めてるんだ。冷蔵庫か?こいつは危ないんだぞ。なかに入って扉を閉めちまったらな、それっきりだ。中からは絶対、開けられやしない。そのうち息がつまって死んでしまうんだぞ!」

「ちゃうねん。おっちゃん」

そこで僕は自分が、たった今体験したことを正直に話した。

ひょとすると、あの中には動物かあるいは人間か、何かがいるのではないか?

…とも。

「……。」

おっちゃんは、僕のいうことを、むっつりとした顔ではあるけれど、最後まで聞いてくれた。

そして、しばらくなにごとか考えているみたいに冷蔵庫を見つめていると、いきなりそれに近づき、扉をがちゃりと開けた。

〈あっ〉

僕は、何かが飛び出してくるような気がして、一瞬身をかたくした。

けれども。

何もそこにはいなかった。

外見同様、汚れ、汁みたいなものがこびりついた、からっぽの内部が夕日を浴びていた。

〈でも、それなら…さっきのは何だったんだろう。〉

早く家に帰れとおっちゃんにうながされた僕は、首をひねりながら後ろを振り返った。

おっちゃんは夕日のなか、元通り扉を閉めた冷蔵庫の前で、まだ何事かをかんがえこんでいるようだった…。

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