短編2
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山のなか 3

聴覚と嗅覚を同時に刺激され、私は心臓の付け根をグッと一息に握られたような気がしました。

音は断続的に続き、その音が徐々に近づいてきます。

恐らく大分前から辺りには獣臭がしていたのでしょうが、

逃げることに必死の私は辺りに漂う獣臭に気付いていませんでした。

私はゆっくりと後ろを振り返りました。

目の前には自分が歩いてきた山道と、うっそうと生えしきるブッシュが横手に広がっています。

音はどんどん近づき、臭いもさらに濃くなります。

耳元では女性の「ひゅぅひゅぅ」という震える声が聞こえます。

私の口からもカチカチという歯の音が止めどなく溢れでていました。

次の瞬間、ガサリッという大きな音を立てて、ブッシュから黒く巨大なものが姿を現しました。それはやはり羆でした。

私は猟師ではありませんので、見ただけで羆の体長などを判断はできませんが、

それでもその羆が200キロを軽く越えているだろうことは一目で理解できました。

その羆はブッシュから顔と前足と上体を覗かせ、こちらをじっと見ていました。

羆と対面したとき、一番してはいけないのが、背を向けて走って逃げることです。

羆は走るものを追う習性がありますから、それは命取りの行為。

しかし生命の本能なのでしょうか、走って逃げたい、その場から遠ざかりたい、

そう身体が訴えかけているのを抑えるのに必死でした。

もし女性がいなかったら、身体の訴えを抑えきれずに走って逃げてしまったかもしれません。

羆から目をそらすことも危険なため、私たちは恐怖におののきながら、じっと羆と見つめあいながら、

ゆっくりゆっくりと後ろ足で下がっていきました。

しかし羆も一歩、また一歩と近づいてきます。

一応携帯していた羆避けの笛を吹こうとしますが、歯と笛がガチガチとぶつかるばかりで、なんの効果もありません。

叫びだしたい、泣き出したい、駆け出したい。本能がそう訴えかけます。

目の前にいる羆の眼が私の恐怖心をさらに煽ります。

それはただ黒く鈍く光り、じっと私たちを見据えています。

羆はじっと私たちを見据え、低い声でグゥゥゥと唸ります。

その唸り声は私の心も身体も恐怖で埋め尽くしていき、すでに私は小便を漏らしていました。

次の瞬間き、羆が少し、前のめりになったように思いました。

それはまるで獲物に飛びかかるような姿勢でした。

続く

怖い話投稿:ホラーテラー 秋さん  

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