中編6
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獄釜の湯

私は温泉が大好き。

近くの温泉にはもちろん、車で二時間くらいかかる遠めにある温泉や、他県に日帰りで行ったりもする(暇な時)。

で、体験したのは今年の年初め。

冬は毎年必ずN県の旅館で年を越し、二日目はスキー場で滑って、三日目はお気に入りの温泉に入って夜に帰る…というニ泊三日の一人旅に行く。

だけど今年の計画はいつもと違った。

二日目、いつもはスノボしに行くのだが、なんとなく気分が乗らなかった。

なので、もうお気にの温泉に入っちゃおうと思って、入りに行った。大満足で、その日は寝た。

で、三日目は朝からスノボして、夕方にチェックアウト。

5時くらいだったかな?もう一回、いつものお気に入り温泉に入って、夜の8時頃に帰路についた。

車では、大好きなカ〇ゥーンの音楽を聴きながらノリノリだった。

30分くらいたって、カーブのきつい山道を走らせてた時、カーブの終わりの所に立っている看板が目に入った。

それは、温泉の看板だった。『獄釜の湯。この先左折』って書かれてた。

「こんな看板、初めて見たな」

と思ったけど、新しく出来たか?!とウキウキし出した。なんて読むのかは分からなかった。

その看板を見た所から5分程走った所に、白い看板に赤い字で、『獄釜の湯。ココ←』って縦文字で書かれてた。

さっき入ったけど、もう温泉気分。

迷わずウインカー上げて、その車一台しか通れない横道を入って行った。

しかもそこから砂利道だし、下ってる。

「うおっ!舗装しとけよ」

って思わず口走って、ゆっくり進む。

ガードレールもないし、両側は急斜面。

「まだ作ってる途中で、営業してないのかも……。それとも、今まであの看板に私が気づかなかっただけで、もう潰れちゃったのかな」

とも思った。

まぁそうだったら店の前でUターンすれば良いし、行けば分かる事だと考えて慎重に進めた。

ボンヤリと明かりも見えて来ていたし、道も少しずつ広くなっていたし。

その温泉前の建物に着いた時、第一印象は「なんだコレ」だった。車の中で唖然とした。

温泉の建物は二階建てで、横に長かった。ただ、明かりが少ない。黄色い電気が二階や一階の窓からポツポツと漏れている。建物には、入り口らしき所は見当たらない。

建物は真っ黒くそびえ立って見えた。周りは高い木に囲まれていて、余計に暗く感じたのだと思う。

車が来た方向から見て、前が建物、両側が駐車場だったんだけど。

駐車場には一台も車がない。全くない。

人の気配もないし。

「こりゃまだ建設中かな」

と思いつつ、車のライトを上向きのハイビームにして、建物をよく観察しようとした。

その途端、その光に一人の老婆が照らし出された。

「ぎえっ!!」

て叫んだ。女らしからぬ大声で。

心臓が飛び上がった。

しかもそのババア、その場から動かない。

すっごい不自然な笑顔で、私の事を見てるだけ。

話しかける勇気も度胸もないし、何よりもビックリしてしまったのがあって、しばらく見てた。

息を呑みながらソイツを見つめる。冷や汗が流れる。

この時から、音楽は止まっていたと思う。静かだったし。

相変わらずババアは腰を曲げて、笑顔でソコに突っ立っている。微動だにせずに。

「生きてる人?!それとも幽霊?!」って思った。

どっちにしろヤベェ怖い。

逃げるに限る、と考えてパーキングからドライブに変えようとした。

そしたらカチッと音がして、ライトが下向きに変わった。勝手に。

「えっ?」と思う暇もなく、またカチッ。ハイビーム。

パッ、て前を見るとさ………ババア、さっきよりも車に近づいてるんだよね。変な笑顔で。腰曲げて。

思わず固まったよ。

で、またカチッ。下向き。

前から目を外せない。

で、またカチッ。ハイビーム。

また近づいてる。

もう、ババアのシワシワの笑顔がはっきり見える位置にいる。

我に返って、なんか言葉にならない不細工な叫び声と泣き声をあげて、ガチャガチャとドライブに変える。

そんな短い間にもカチッて鳴ってる。

とにかく叫びながらアクセル全開。

ババアが近づいてきて、フロントガラスにババアの笑顔がいっぱいになって……スッ、と通り過ぎた。

でも忘れてた。

私の車は、建物の方に向いてたんだ。

だから今、建物に向かってアクセル全開。

慌てて今度は急ブレーキ。

かなり高速でバックして、向きを変えて、今来た道を戻ろうとアクセル踏み込む。

この時は、車のライトは元に戻ってた。

汗と涙と涎を垂れ流し、荒い呼吸を繰り返しながらさっき来た方向を照らす。

ババアの姿はどこにも無かった。

安心した……けど、今度は道が見つからない。

全部、森。

パニックになりながら、目をひん向いて道を探す。

でも、どこにもない。

嘘だろとかなんとか叫びながら、バックミラーに映る、後ろにある建物が目に入るけど、明かりはついてなくて、その場はもう車のライトしかない。

しかも、何か動いてる。

建物からゾロゾロと出て来るんだよね。

後ろを振り向いて、自分の目で確かめる。

車に近づいてくるにつれて、ソレが見えてくる。

たくさんの人だった。

なんかフラフラとした足取りだった。

真っ暗だからか、影のように真っ黒な人型に見えた。

焦って前に向き直り、道を探すけど見つからない。

そうしてる間にも、ソレはどんどん距離を縮めてくる。

もうこのままじゃダメだ、と思ってとっさに車を飛び降りた。

で、車のライトに照らされている森に突っ込んだ。

崖だったみたいで、転がり落ちた。

地面をかなり転げ落ちた。

腕も顔も痛くて、右足も変な音がしたけど構っていられない。

すぐに起き上がり、真っすぐ走った。

枝に引っ掛かれるし、真っ暗闇で転ぶし、ワケ分かんないし痛いしで、泣き叫んでた。火事場の馬鹿力は本当にあるんだと、今は思う。

どれくらい走ったか分からないけど、車の明かりが遠目に見えた時はかなり安心した。

そのあとは、急斜面の地面を四つん這いでよじ登って、森を出て道に飛び出て、通り掛かった車を停めた。

ダイ〇ツの軽自動車で、ダブルカップルの人だったけど、私のひどいナリにビックリしてた。

汗と涙と涎に混じって、血も出てたし、チビってたし。ワケ分からない事まくし立てて、かなり引かれてた。

でも病院に連れていってもらえた(その時の4人とは、友達になりました)。

色々質問浴びせられたけど、泣き叫んでた。後ろに乗せてもらって、女の子は優しかったけど、その子の彼氏は私がアンモニア臭かったのか、どこか嫌そうな顔をして、冷たかった(障害を持った人だと思ったらしい。それは差別だって言って、後で謝らせた)。

今考えれば、救急車呼べば良かったな。失敗。

それから病院で手当てしてもらって、家族に連絡して、警察も呼んだ。右足はやっぱり骨折してた。

警察に事情を全部正直に話した。4人も事情を聞かれてた。

「獄釜の湯」なんて温泉は無いって言われた。警察にも障害を持っているのかと疑われたし。

車探して、って頼んだら、場所がよく分からないって言うから、紙に地図を書いた。

でも結局警察だけでは見つからず、場所も間違ってるかもしれないから、私のケガが完治したら一緒に現場に行って、車を探す事になった。

で、リハビリだのなんだのして結局行ったのは2月の最初の日曜日。ダブルカップルの4人も来た。

まぁ結果から言うと、車は見つかった。ただ、悲惨で可哀相な状態だった。

見つけた場所は、私が4人の前に飛び出した道の近くの、急斜面の下だった。

上から見ても分かるくらいにグチャグチャで、ボコボコにへっこんでた。

「なんで?」って思った。

あの狭い砂利道を少し走ったから、もっと奥にあると思ってた。

警察に、「これじゃ早く見つかったはずじゃんか」と抗議したが、

「ココらへんも探したはず」との返答。

納得がいかなかったが、とにかく車を引き上げてもらった。

荷物は全部無事だった(中身は飛び散ってたけど)。

ただ、車の全てを見た時は言葉が出なかった。

後ろの窓も、後部座席の窓も、助手席も運転席の窓も割れていたけど、フロントガラスだけは残っていた。

そこにはデカデカと、赤い文字で

二度と来るな

の文字が書かれていた。

警察は指紋とか採取してたけど、結局私の指紋しか出て来なかった。

結局、何がなんだか分からない。

その場所の近くには心霊スポットもないし、昔事故があったとかもないし。

キツネかタヌキに遊ばれたのかな??

もうこんな体験はしたくない。

とにかくこれを機に、私はぶりっ子していた性格をやめた。

なんか自分ってあんま可愛くないな、と思ったし。

怖い話投稿:ホラーテラー ジェイさん  

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