中編4
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小さな命

俺が高校生の時の、当時付き合っていた彼女…というより、彼女の従姉妹に纏わる話だ。

俺達は、両方の親公認で付き合っていた。

その日 彼女の両親にバーベキューに誘われて、ある河原に来ていた。

周りを見ると、休日を楽しむ家族連れや 若い人達が、俺らと同じようにバーベキューの準備をしている。

天気はいいし、川の流れは爽やかだし、5月にしては少し暑いくらいだったが 素晴らしい一日になりそうだった。

ただ一つの不安要素を除けば……だが。

その日は 彼女の従姉妹だという女の人も来ていた。

彼女の母親の、姉の子供らしい。従姉妹と言っても、その人は三十路を二つ三つ越えていた。

俺達からしてみたら、十分に大人の人だ。

しかし…。こっちが引く程のボサボサの金髪、パジャマか?と思いたくなる灰色のスウェット、足元はキャラクターがついているサンダルばき…。

とても大人とは思えない。

しかも俺達全員で準備している間も、一人缶ビールを飲みタバコをプカプカふかしているのだった。

それより俺が気になったのは、その人の足にしがみつくようにしている 黒い塊だった。

あれは子供だ…。

あの人は 子供を死なせている。水子ってやつなんだろうか?

ろくに供養なんてされていない。

俺が渋い顔をしながら 火を起こしていると、彼女が隣にやってきた。

「なんかごめんね?お姉ちゃん(従姉妹の事)、強引についてきちゃって…」

「いや…別にいいんだけどさ。あの人、結婚してんの?」

「ん〜、×1ってやつ?離婚して、次に付き合ってた人との間に子供が出来たんだけど…また別れちゃったんだって。

で、育てられなくて 今は施設に預けてるらしいよ。

確か、六歳くらいかな、今は。」

六歳か…。じゃああの子は、それよりもっと前の子供なんだろう。

後ろの方から、従姉妹の大きな笑い声が聞こえてきた。

内容は、昨日のパチンコでこれくらい勝ったとか、その前はこんなに負けたとか、そんな話しだったと思う。

「あたしさ…自分の身内をこんな風に言うのは嫌なんだけど…。

あんまり、お姉ちゃんの事好きじゃないんだ。」

「…なんで?」

「お姉ちゃん、前の旦那さんとの間に生まれた子供を亡くしててね?

だから次に生まれた子供は、可愛がって育てるのが普通じゃない。

なのに施設に預けちゃって…。」

俺は黙って聞いていた。

「さっき、お姉ちゃんに今付き合ってる人の写メ見せられたんだけど…もろホストだった。

なんか そういうの…あたし嫌だ。」

「亡くなった子供、なんで死んだの?」

「なんかね…旦那さんとスーパーで買い物してた時、子供を車の中に置いて行っちゃったんだって。

1時間くらいして戻って来た時には、もう間に合わなかったんだって。

あたしが小学校の時に お葬式に行ったんだけど、柩が小さくて可哀相だった…。」

そういう事か。あの霊は、その時に亡くなった子供か。

ふと下に視線を落とした時、黒い塊が視界に入った。

うわっ!? 驚いた俺は飛びのこうとしたが、ペタっと小さな手が俺の足に触れた……。

とたんに、ブワッと頭の中に映像が流れ込んできた。

いや、映像と言うより、そのリアルさは 俺がその子供になったかのようだった。

暑い…!今まで体感した事のない暑さに、目の前かぐらぐらと揺れた。

赤ん坊の泣き声が聞こえる。

助けて!誰か助けて!

俺は車の中で叫び続けた。しかし、体が何かに固定されていて動く事ができない…。

口の中はカラカラに乾き、舌はまるでスポンジのようだ。

俺は唐突に吐き気に襲われ、ゲェっと吐いた。

助けてくれ…。

すると、向こうから女の人が歩いて来るのが見えた。

涙が溢れてくる…!助けて!

助けて、お母さん…!

しかしその女の人は、一度車の中を覗いてから 再び建物の中へと戻って行ってしまった。

直後、俺の意識は暗くなり、完全に真っ暗になっていった……。

「…っと!ねぇ!?大丈夫!」

気づくと彼女が、俺を揺すっていた。

「あ…。あれ?俺…。」

「どうしたの?大丈夫なの?」

彼女によると、俺は前を見据えたまま 突然動かなくなったらしい。

俺には全部、見えてしまった…。

真相を知ってしまった。

1時間後だって!?冗談じゃない!

俺が体感したのは、軽く3時間以上だった!

それにスーパーなんかじゃなかった。

あれは…そう、パチンコ屋の駐車場だった。

あの夫婦は 子供を置き去りにして、二人で遊んでいた。

しかも、あの人は死にかけている子供を確認しているにも関わらず、見殺しにしたのだ!

なんて事を…。

辛かったよな…。苦しかったよな…。

俺は堪らず、涙を流した。

悲しかった。ただただ、悲しくて悔しかった。

あんな酷い目にあったのに、何故なんだ?

あの子の心に、親を憎む気持ちは カケラもなかった。

ひたすらに、母親を求めているだけなのだ。

俺にはそれが、余計に悲しかった……。

あのバーベキューからしばらく経ち、彼女の親父さんと二人になった時に あの事を聞いてみた。

やはり、従姉妹夫婦は 少しの間刑務所に入っていたらしい。

まだ幼かった彼女に、本当の事は言えなかったそうだ。

「子供一人死なせてもな…服役なんて短期間なんだよなぁ。

次の子供を施設に預けたって聞いた時は、心底ホッとしたよ 俺は…。」

親父さんは そう言った。

俺は思った。

あの子は確かに恨んではいない。でも、供養もされずに いつまでも 留まっているのが良い事なわけがないのだ。

あの人は、いつか必ず相応の報いを受けるだろう。

そうでなければ…浮かばれないじゃないか……。

今もあの子は、母親の足元に しがみついているのかもしれない。

怖い話投稿:ホラーテラー 雀さん  

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