中編5
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きょうてい

(さあ今日から一人暮らしだ。)

借りた家の辺りは、窮屈な都会とは正反対の山あいにあるのどかな村で、

周りには50件ぐらいしか家が建ってなかったんですが、親のそばを離れたいのと本気で農業をやっていきたかったんで、即決しました。

…そんな矢先のことです。

引っ越した次の日、粗品を持って挨拶回りをすることにしました。

20メートルほど離れた隣の家には少し頑固そうなお婆さんが独りでした。

「こんな場所によう来たのう。困ったことがあったら何でも言いに来なさい」

(なんだかいい人そう。お婆さん、見た目で判断してごめんなさい。)

少しの時間、村について話を聞いていると、

「裏の山を一つ越えたとこは、でえれえ きょうていけんな。あんたは行かんほうがええぞ」

(???でえれえ?泥礼?競艇券?こんな村に場外売場があるの?たぶん、でえれえって名前なんだろう。

しかし初めて会ったのに博打の心配までしてくれて、やはりいい人だな。)

次にその隣の家に行きました。

30代前半ぐらいの若奥様って感じの人が出て来ました。

「こちらこそよろしくお願いしますね。………あー、裏の山?あそこは競艇よ。そうよ、でえれえね。隣のお婆ちゃんは山菜を採りに行くわ。私は行こうとも思わないけど、あなたはやめときなさいね」

(ありがとう。行くことにするよ。)

親の影響もあってか、ギャンブルに興味があった私は場所だけでも確認してみたくなり、すぐに行ってみることにしました。

裏の山は細い砂利道がくねくねと続いていました。車の免許を取ったばかりだったので、ゆっくりと上っていきました。

頂上まで着くと、そこにはざっと100体はあるでしょうか、子供のお地蔵さんが並んでいました。

(なんだこれ?気持ち悪いな。先を急ごう。)

下りにさしかかると車がギリギリ通れるほどの細い道になり、落ちると怖いので苦手なバックで10メートルほど下がり、頂上のお地蔵さんの前に止めて降りました。

(面倒くさいけどそんなに大きな山ではないし、歩いて下るか。)

山を下る途中、ふと気が付いたのですが、見渡すかぎり山ばかりで建物らしきものはどこにもないようです。

これまでに分かれ道はなく、迷ったとは考えられず、2人とも口をそろえて言っていたのでガセネタではとも疑いもしませんでした。

(もう少し下ってみよう。)

そう思いながら歩いて1時間たちましたが、まだ下へと道は続きます。

いくら車で上ったとはいえ、頂上から見たかぎりではここまで下るとは思わなかったので、さすがにおかしいと感じ始めました。

(もう30分歩いて何もなかったら帰ろう。)

気の長い私でしたが、疲れも出てきたので諦めかけたときでした。

(ん?向こうに何かある。行ってみよう。)

そばまで行くと、そこには赤くて大きな丸い建物がありました。

(ここがそうか。なかなか長い道だったな。)

…その時私は目的の場所についた喜びで帰りが大変だな程度しか思いませんでした。

冷静になって考えれば気付いていたかもしれません。

その建物に窓が1つもなく駐車場もない違和感を…

山の上から見たとき、この大きな目立つ建物がわからなかったことを…

私は逸(はや)る気持ちを押さえながら建物の門の前まで行きました。

(あれ?鍵がかかっているぞ。今日は営業してないのかな。うーん、残念だが帰るか…)

と、後ろに振り返った瞬間です。

すぐ目の前に女が立っていました。心臓が止まりそうなぐらいビックリして、うぉって声をあげてしまったんですが、その人はうつむきかげんで眉一つ動きませんでした。

姿は薄汚れた白装束みたいな服を着て、肌の色は青白く、幼いようでいてしっかりとした顔立ちで、ぼーっと見ていてその人に吸いよせられていきそうな感覚がありました。

女はゆっくりと顔をあげ、

『ここへ寄って行かぬのか』

その声はとても女の人が出す声とは思えず、低くしゃがれた震えた声でした。

(なんだか気持ち悪い人だな。だが、せっかくここまで来たから中を見るだけでも。)

そう思い、行きますと言おうとする前にその人がニターっと笑いました。

その口は歯が真っ黒で、その目は焦点が合っておらず、明らかに生気そのものが感じられませんでした。

尋常ではない様子にとにかく逃げたくなり、あわてて大きく首を横に振り、後退(あとずさ)りし、私の背後にある建物の壁に手を当てました。

…はずでした。後ろをちらっと見るとさっきまであった建物は無くなり、代わりに大きな岩があるだけでした。

(げっ、マジかよ。)

前を見ると女はいました。

女の首がギシギシと音を立てながら上下反対になり、ゲラゲラと笑い声を上げだしたかと思うと、

『きぇぁーーーーーーー』

奇声をあげながら私に向かって突進してきました。

つかまる寸前のところでかわし、来た道を休むまもなく駆け上がりました。

『死ねぁーーーーーーー』

後ろで聞こえてくる声に怯えながらも車を止めてある頂上へなんとか戻り、震えておぼつかない手でキーを差して走らせようとしました。

エンジンをかけてアクセルを全開にしても車は動きませんでした。

(う、動け。頼む、走ってくれー!)

(………。)

(ニュートラルか…。)

チェンジをドライブに切り替え、もう一度アクセルを全開にしました。

しかし、また動きませんでした。今度はタイヤがキュルキュルと鳴り、車の外では砂ぼこりが舞っていました。

(なんなんだよー。畜生!)

急いで車から降りて周りを確認したところ、たくさんのお地蔵さんの頭が転がって車を遮(さえぎ)っていました。

(行くときはこんなになってなかっただろ。もう泣きそ…。勘弁して…。)

1つずつ頭を退けてようやく通れるようになった頃。先程逃げて来た道から声が近づいて来ました。

『見つけたぞー。死ねーー』

(うわぁー。来たー!)

無我夢中で山を下り、気が付いたときは家の前でした。バックミラーで後ろを確認しても何もありませんでした。

安心して車を駐車場に停めてたのですが、ハンドルが妙に重いのでタイヤを見ると、パンクしてました。パンクしたタイヤには針が5本ついたサビた鉄の塊が刺さっていました。

(最悪。今日はなんてついてない日だ。お婆さん達に文句を言ってやる。)

2人を呼びつけ競艇券売場などなかったことや、わけもわからず怖い思いをしたことなどを伝えると、お婆さんに怒鳴られました。

「バカ者!きょうていとはここの方言で怖いってことじゃ!でえれえは凄い。凄く怖いってことじゃよ」

(それを先に言ってよね…。)

さらにこう続けました。

「この村は`くノ一の伝説があってな。殿様の命令で女子(おなご)は9歳になると無理やり忍者にされて、怪我をしたり18歳になったら子供を生まして口封じのために殺してしまったそうじゃ。そのことがあって男を恨んでおるのか、山に入ると生きて帰ってくるのは滅多にないんじゃ」

(頂上の地蔵は供養するためなのか。それではタイヤに刺さっていたのは鉄ビシか?)

若奥様が一言喋りました。

「あなたはやめときなさいって言ったでしょ。」

(…そういう意味か。)

次の日、私はこの村を出て行きました。

『……もう少しだったのに』

(………………。)

おしまい。

怖い話投稿:ホラーテラー O県民さん  

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