中編3
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ラブレター

私の仕事はバーテンダーと呼ばれる種類のものです。

その為、帰宅時間はいつも午前3時を回り、酷い時などは朝日を拝みながら……なんて事はしょっちゅう。

そんな日々を送っていたある日の出来事でした。

いつも通り、帰り支度を整え店を出たのが確か、2時だったと思います。同じビルテナントに入っているクラブのママにふいに外で時間を聞かれたので。

「……すいません」

駐車場に止めてある、自分の車のロックを外した瞬間に、か細い声でこう、呼び止められました。それは本当に消え入りそうな、蚊の鳴くような声で。

時間が時間ですし、何よりも人の気配など微塵にも感じてはいなかったので、態度には出さないものの心臓は激しく波打っていました。

「私、ですか?どう……されました?」

振り返り、戸惑いながらもそう返すと、その空間にはひどく異質な女性が立っています。しかし、ただ立っているだけで返答する意志が無いように何の動きも見えません。

「あの……。何かあったんですか?」

再度、言葉を投げ掛けるも全くの無反応。その態度がますます、その女性を異質なものとしての認識を私に植え付けます。

彼女の異質さ、それはその場所、その時間が現す独特の他とは異なる姿でした。

そう、普通すぎるんです。

深夜の繁華街のど真ん中の駐車場。私のような商売をしているものや、華やかなお店で心と身を削りながら商売をしている女性達。

大体、匂いでわかるんですよ。夜に生きているかどうか。

それはお客様だろうが、同じ街で働くものだろうが。

彼女は違うんです。

似合わない、とかそう言う事ではありません。うまくは言えませんが、ここに居るべきではない人間とでも申しますか。

何にせよ違うタイプの方が現れると何らかのトラブルの原因になる事が多かった為、少し億劫な気分になりました。

そんな事を考えながら、目の前の問題をどう処理するか迷っていると、ふいに彼女が私の腕にそっと触れてきました。微かに震えているのか、振動が腕から伝わってきます。

「ご気分が優れないんですか?」

昔は医療関係だった為、もしもがあってはならないと触れてきた手に私の手を添えながら、彼女の顔色を良く見ようと少し屈みました。

そして見上げると、私はその姿勢のまま、固まってしまいました。

顔から首の至るところまで書かれた文字、文字、文字。

いや、始めはそれが文字である認識はありませんでした。

耳なし芳一をご存知でない方は少ないと思います。あれをもとに想像して頂けると浮かびやすいと思うのですが……。

ただ、耳なし芳一とは違う点。それはすべての文字が彫刻刀のようなもので直接肌に彫られていた、この点です。

真新しい傷口からはポタポタ、と鮮血が雨垂れの様に落ち、深く彫ったのでしょう。

艶やかな赤色の中に白い脂肪が見え隠れしていました。

「大丈夫ですか!?一体何が……と、とにかく病い……」

私が病院へと促そうとした途端、私の腕を掴む手に力が入りました。女性とは思えない、尋常ではない握力で。

「読んで下さい。ねぇ、読んで下さい。ねぇ、ねぇ、私の手紙、読んで読んで読んで読んでよ。読んで読んで読んで手紙読んで読んで読んで読んで読んで読んで読んで読んで読んで……」

突然、彼女は狂った様にそう叫び出しました。この瞬間に身の危険を感じとりましたが、腕はまだ凄まじい力で捕まれたままで逃げようにも逃げれそうにありません。

「わかった。解りましたから」

そう言うしかない。そう思い、願われるがままにその顔面にしたためられた手紙を読みました。肌に直接書かれているので、所々読み取れない部分はありましたが、前後の文字から予想を立てながら読み進めました。

読み終えた私はその旨を伝え、「とりあえず離して頂けますか?」と付け加えました。予想外に私を掴んでいた手は躊躇いもなく離れ、彼女はまた小刻みに体を震え始めました。

「……これ、見えますよね?」

私の言葉に彼女は体を大きく震わせたと思うと、次の声をかける間なく、夜の闇の中に颯爽と消えていきました。

「……後味わりぃな」

私は仕事中はグラスを傷つける為、外している指輪をつけた手を振り、見送る事しか出来ませんでした。

怖い話投稿:ホラーテラー 優しい止まり木さん  

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