中編3
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ラブレターⅡ

ラブレターの続きです。

いつの間にか、スターターで予め点けておいたエンジンもその動きを止め、辺りは深夜独特の静寂に包まれています。

だらしなく挙げて、固まったままの冷えきった左手を下ろし、拳を作ると、体を倦怠感が支配しました。何とも言えぬ脱力感と混乱したままの頭の中。

車のシートに潜り込み、再度エンジンに火を点けながら、尚も私の中に残る違和感について考えていました。

どうしても彼女の顔が思い出せないのです。客商売を生業としているもので、お客様の顔を憶える事だけは自信があります。

皆様がそう思っていらっしゃるかどうかはわかりませんが、バーと言う場所は、大体二回来たら自分は常連、と思う方が多いので、例え一回だけの来店であってもしっかりと顔だけは憶える様に努めている故です。それが団体様であろうが、なかろうが。

話が逸れましたが、その記憶をどれだけ手繰っても見当たらないのです、先程の彼女の顔が。

また少しの混乱が私を包み始め、まるで自分がミステリー小説に入り込んだかの様な錯覚を覚えました。

心ここに在らず、と言った状態で自宅に車を走らせながら頭を過った言葉。

「ひどく冷たかったな、血」

元来、出血点からしたたる鮮血は体温により、生温かいものです。ですがあの時、私の手の甲が感じたのは温かさよりむしろ、冷たさでした。

冬場の雨粒の様な体温を奪おうとする、それです。

考えがまとまらぬまま、自宅のドアを開けるとまだ妻が起きていました。そしてこの後に妻が発した言葉が私をさらなる迷宮へと誘います。

「おかえり。ねぇ、これ何だと思う?変な女に手、出してないでしょ……ちょっと〜その歳でどこで遊んできたの?今年いくつでしたっけぇ?」

妻の言葉に私は「へ?」としか返せませんでした。そして妻の手元には何枚かのA4用紙が。

「へ?じゃなくて〜どこで泥んこ遊びしてきたのかなぁ、ぼく?」

妻の指摘に自分の服をまじまじと見てみると確かに至るところ、いや、あの女性に掴まれていた部分を中心に泥まみれになっていました。

無論、仕事上泥は使いませんし、駐車場もアスファルト舗装されているので泥などつくはずもありません。それに、その日は数日前から雨は降っていませんでした。

「ほんとだね、なんじゃこりゃ……ってか、その紙何?」

「あぁ、これね。ポストにねじ込んであったわよ。モテるのね〜羨ましいわ。でもヤバくない、これ?」

皮肉まじりに笑顔を見せながら、妻は私に一枚の紙を差し出しました。おもむろに手に取り、妻の言わんとしている事が未だにわかりません。

一瞬、何かはわかりませんでしたが、それが何かを理解した時、手元から紙は離れ、はらり、と床に落ちました。

妻が何かを言っているのですが、テレビのミュートボタンを押したかの様にただ、口だけがパクパクと動いています。

A4用紙三枚に渡るそれには覚えのある文章が載っていました。

──わたしはあなただけをみている

あなたもわたしだけをみてほしい

ふたりはいっしょにいなきゃならない

わたしのきもちをしってるはず

あなたのきもちはしってる──

何人かの方は、こう言う遊びをした事があるんではないでしょうか。

コピー機に顔を擦り付け、自分の顔をコピーする。

メッセージつきのそれは、今まで見た、どの顔のコピーよりも醜悪で、吐き気を覚えました。

そして最後の一枚は、顔全体が写り、額にこう書かれていました。

──だから結婚しましょう

「……だ、大丈夫?」

妻に揺り動かされ、時計を見てみると家に帰ってからすでに30分が経っていました。頭の中ではいくつもの疑問が矢の様に飛び交い、返ってこぬ答えに意識が飛んでいたのでしょう。

あまりの顔面蒼白ぶりに妻は違う心配をしていた様ですが、家を知られていると言う事実の点から言っても全てを話すべきだ、と考え、その日のあらましを話しました。

そして、これはただの一頁にしか過ぎない事を知るのはそれから三日後でした。

今回もまとまりませんでした。申し訳ありません。

怖い話投稿:ホラーテラー 優しい止まり木さん  

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