中編4
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大太法師

昔から、父に怪談・奇談はいくつか聞かされた。

その中でも、特に父が驚いたと語っていたもの。

これは怖いというよりは、不思議でちょっと夢のある話。

「家の近くに、小さな池があるだろう?

あれは、俺が子供の頃に突然できたんだよ」

ちょっとへし曲がった楕円の形をした池が確かにある。

子供からすれば結構大きく、深さもだいぶありそうだが…

しかし「突然できた」とはどういうことだろう?

ある日、父が真夜中に小便へ行こうと起きた。

肌寒い秋の夜、外にある便所までひとっ走りしていると、何やら地面に振動を感じた。

ずしん…ずしん…

地震かと思い、思わずその場で立ちすくむ。

どれだけそうしていただろうか…

数分…いや、十数分ほどか。

近くの水溜りに、丸い波紋が幾つも重なってできていた。

しばらく黙って地面を見つめていたが、ふと顔を上げてギョッとした。

結構近く…数十メートルぐらい先に、でっかい山があった。

奇妙な薄茶色をしたソレは、ゆっくりゆっくり動いていた。

ありえない光景に、開いた口が塞がらない。

どかーん…

ひと際大きい轟音が当たり一面に響いた。

「うわああっ!!」

たまらず、耳をふさいでその場にうずくまってしまう。

ずしん…ずしん…

再び地震のような大きな振動がしばらく続いた。

そのまま震えていたが、ハッと気づいた時には揺れが収まり辺りはシーンと静かになっていた。

空は徐々に明るくなっており、もう夜が明けようとしていた。

そして昼間、あの山を見た家の近くに行ってみると驚愕した。

前日には何もなかった所に、大きく深い窪みが出来ていた。

それはまるで、クッキリと何かの足跡のような形をしていた。

とてもとても人間の仕業とは思えない、不可思議なものだった。

何かの自然現象だろうかと周りでは言われていたが、それにしてはあまりに妙だった。

明らかに人為的というか、何かが意識的にそこに作り上げたというようにしか見えなかったのだ。

父が母(私の祖母)に話すと、こんなことを聞かせてくれた。

「大太法師(だいたらぼっち)の仕業かもしれんね」

地元でも昔から伝わる、ある巨人の伝説…

群馬県の赤城山に腰掛け、利根川で足を洗い、榛名山や富士山などを作った。

その際に掘った場所が琵琶湖になったのだという。

あまりにスケールの大きな話に、父は「まさか…」と半ば信じられなかった。

だが、自分が昨夜見た光景がそれに真実味を与えていた。

(本当だったとしたら、とんでもない話だな…)

不思議というか、夢に心がおどるというような奇妙な感覚だった。

次の日から毎日のように、その窪みに行っては、その付近を調べて回った。

(うん…やはりどう見ても、人間とか自然のものには見えないな)

考えながら見るほど、それは大太法師の足跡のように感じた。

そうなると、もう胸がワクワクして仕方ない。

(もう一度、あの夜のやつを見てみたいな…)

あの時に感じた地面の振動、今でも体の奥底から蘇ってくるようだ。

居ても立ってもいられず、近くの山に登ると、大声で呼んでみた。

「大太法師や〜〜い!!」

もちろん何も起こることなく、声が山彦となって反響するだけだった。

それでも何だか楽しくなってきて、たまに山に登ってはそんなことを繰り返した。

そんなある日のことだった。

季節は変わり、雪の降りしきる冬になっていた。

「もう危ないから、山に登るのはやめな」

そう母に言われていたが、我慢できず山に登っていた。

「お〜〜い!大太法師〜〜〜!」

もう一度でいいから見てみたいとばかりに、山の向こうに大声で呼びかける。

何度も何度も呼んでいると、そのうち嫌な予兆に悪寒が走った。

ゴゴゴゴゴゴ……

これはまずいぞ…前に、母から聞いたことがある。

(雪崩の予兆…!でかい雪崩が来るぞ!)

慌てて逃げ出そうと頭では思うものの、恐怖で足がすくんでしまって動けない。

「うわああああ〜!」

ものすごい勢いで雪流が山の上から駆け下りてくる。

(もう、駄目だ…とても間に合わない!)

そう覚悟を決めた直後だった。

……………

ハッと気づくと、自分の体がふわりと宙高く舞っていた。

ドサッ…

何ものかに放り投げられたように、そこに尻から落ちた。

次の瞬間、目前数メートル先に大量の雪がドドドッと押し寄せていた。

わずかに場所をそれたおかげで、間一髪助かった。

さっきまで自分が居たはずの場所は、すっかり雪で埋まっていた。

(あのままだったら、雪に生き埋め…下手したら死んでいた)

それに気づき、ガクガクと身が震えた。

しばらくそうしていただろうか…

だいぶ落ち着き、とりあえずホッと胸を撫で下ろす。

そして考えは、どうして自分が助かったのかということに移る。

(あの直前、確かに俺は宙を舞った…何かにつまんで放り投げられたように)

半ば信じられないような気持ちと、確信に近い気持ちが複雑に入り混じる。

その結果に行き着いた、心の中での答え。

(きっと、大太法師だ!大太法師が助けてくれたんだよ!)

なんとか山を降りて、家に帰る。

山に登ったことを話すと、母にこっぴどく叱られた。

「でも、大太法師が助けてくれたんだよ。きっとそうだ」

そう話すと、母は一瞬信じられないというような驚きの表情を見せた。

しかしその後、少し考えるような素振りを見せ、優しくこう言った。

「ああ、そうかもしれないねえ…」

そう言って、目を輝かせている父に優しく微笑んでくれたという。

「大人になった今でも、やっぱりあれは大太法師だったんじゃないかなって、そう思えるんだよ」

父は少し懐かしそうに、そして優しく微笑みながら語っていた。

怖い話投稿:ホラーテラー geniusさん  

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