中編5
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告白3

「俺にも釣り教えてよ」

Aは真っ直ぐに私を見ながらそう言いました。学校とは明らかに違うAの態度に戸惑い、このまま釣りを教えて終わるとは思えませんでした。ですが、Aの言うことに何も抵抗する術を知らない私は言葉を発せず、ただ頷くだけでした。

「釣竿貸して」

そう言うと、なかば強引に竿を横取ります。私の心中はかなり焦りました。その竿は父親からだまって拝借してきた物でした。何でも、有名な職人が作ったという、見た目はただの竹の様ですが、かなり希少な物だったのです。

Aは川岸から距離をとり、その竿を助走をつけて大きく振りかぶるジェスチャーをとりました。

川釣りの場合、そんな勢いは要らないのです。瞬間、Aがこれからどんな行動に出るかは予想がつきます。きっとその竿を川に向かって放り投げるつもりだと思いました。

「その竿はお父さんの体切な…」

私がそう言った時にAは既に川面に向けて走り出していました。

その時の事は今でもはっきりと脳裏に焼きついています。

Aは何かに足を取られ、川に向かって倒れ込みました。両手を上げ、剣道でいう上段の構えの状態だった為、頭から不自然な格好で倒れました。

私はその場に立ち尽くしていました。Aが直ぐに起き上がると思っていたのです。しかし、Aは流れの遅い川面に顔をつけたまま微動だにしません。川の深さは40〜50センチ程だったはずです。そこにAは俯せのまま浮いていました。

私は何故か無意識に、Aが手放した竿を拾って帰り支度を初めたのです。

そして、突然「ゴバァ」という音と共にAが暴れ初めたのです。 立ち上がれば水位は膝あたりです。家の風呂より水深は浅いはずなのに、Aはバシャバシャと狂った様に暴れています。

Aが俯せに浮いているところからの一連の行動を、私はAがわざとやっていると思っていました。私を怖がらせる為に。しかし川面から時折覗かせるAの必死の形相を見ていたら恐怖感が沸いてきました。そして暴れるAを置いて家路を急いだのです。

Aが死んだことを知らされたのは翌日の学校です。

担任からその事実を聞いた時、教室は大騒ぎになりました。

担任は、

「何か知っている事は無いか?」

「昨日、Aと会った、もしくは目撃した生徒は居ないか?」

幾つかの質問をし、それに答えた生徒はそのまま何処かへ1時限目のホームルームの間連れて行かれました。

私は何も答えず、何も喋らず、昨日のAの狂った様に川面で暴れる姿を思いだしながらただ時が経つのを願っていました。

結局、Aが死んだのは、知り合いの叔母の家に届け物のお使いを頼まれ、その帰り道に川遊びをし、何等かの理由で転倒、頭部を川石に打ち付けた際に意識を無くし、そのまま溺死をした。という話しを親から聞きました。

その話しを聞いた時にもAの狂った様に暴れる姿、形相を思い出しました。

それから、私は学校でイジメられることも無くなり、普通に中学、高校、大学へと進学し、その間、友人にも恵まれ、結婚、1男1女の父になりました。

平凡ではありますが、幸せな生活を送っていたのです。

しかし、3年前、私の家へAの弟と言う人物から連絡がありました。妻が連絡先を聞き、折り返し連絡させると伝えてあるとのこと。

全身の毛穴から冷や汗が吹きだしました。今さら何故、Aの弟から連絡があるのでしょう。

Aに3歳違いの弟がいることは知っていました。当時Aが死んだ時、小学校2年生だったはずです。私はその存在を完全に無視する訳にはいきませんでした。この子の兄を私は見殺しにしてしまったという意識があったせいでしょう。

その全く面識の無いAの弟からの連絡。無視をしてしまう事も考えたが、私には家族がある。Aの弟が我が家のことを何処まで知っているか見当もつかないが、もし、万が一家族に何かあったらと考えると、連絡をしない訳にはいきませんでした。

受話器越しから聞こえる声は落ち着いた、丁寧なものだった。

用件を聞いても、

「会った時に直接話します」というもの。

それでは一度お会いしましょうという事になった。

数日後の夜、待ち合わせ場所に表れたAの弟はジーンズにトレーナーという簡単なものでした。

Aの弟は私の中学時代からの友人に連絡先を聞いたこと、突然の連絡に対して申し訳ないということを述べ、そこから程近い場所にある喫茶店に入りました。

Aの弟は、独身で、貴金属を取り扱っている卸業を営んでいること。不景気で大変なこと。

目の前の人間の兄を見殺しにした私が言うのもおかしな話しですが、

「これでも一応、一国一城の主なんですよ」

と少し照れながら話す様子から、とても好感が持てる人物でした。

しかし、連絡先をわざわざ調べてまで面識の無い私を呼び出したその真意を計りかねていました。

お互い話しも少し尽き始め無言の間が出始めた頃、Aの弟はポツリと言いました。

「兄のことは気にしないで下さい」

「…」

咄嗟の事で私は言葉がでません。

「実は、僕、何もかも見てたんです」

少し笑いながら、楽しかった思い出話しでもするかの様な調子で語り始めました。

「実は兄は、母の再婚相手の連れ子でね、僕とは血は繋がってないんですよ。 母は旦那に気を遣ってね、兄のことを猫可愛がりって言うんですか?とにかく甘やかして育てたみたいです」

彼は俯きなが淡々と話します。

「僕に対しては随分厳しかったですけど… 兄は僕に対して酷いことばかりしましてね、僕が可愛がっていた犬に鼠殺剤を食べさせて殺してしまったりね、親の見て居ない所で殴る蹴るなんてしょっちゅうでしたよ」

「母は気付いていたと思うですけどね、何も言いませんでしたね」

「新しい父はそういった事には無関心で、ただ酒癖が悪くて、酔うと母に暴力をね…」

私は彼の目から視線を外せませんでした。

「そんな時ですね、兄が近所の叔母の所にお使いを頼まれまして、その叔母の所へ行くとお菓子が貰えるものですから兄が必ず行ってました」

「いつもは20分もあれば帰って来るのですが、その日は1時間経っても帰ってきません、心配した母が私を叔母のところへ様子を見に行かせたのです」

「後日、叔母が言うにはテレビを観てから家を後にしたらしいのですが、その帰りしな、兄と貴方があの河原に居るのを観ていたのです」

彼と視線が合います。

「でもあれで良かったのですよ。少なくとも僕にとってはね…」

再び彼は少し笑いました。

「あの後、母は父と別れました。また優しい母に戻りましたよ、新しい犬も飼いましたしね」

私は自分が彼の兄を見殺しにした事に関して何も言えませんでした。

その後、彼と幾つか言葉を交わし、喫茶店を出ました。別れ際、彼は一言。

「お元気で」

とだけ言って去っていきました。

彼が亡くなったと聞いたのは喫茶店で会った2日後です。

死因は自殺です。遺書は簡単に、

「ご迷惑をかけ、申し訳ありません」

と書いてあったそうです。

事業でかなりの借金があったそうです。

今となっては彼が私に会いにきた本当の理由は解りません。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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