中編7
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気味の悪い女

その日、いつもながらパチンコに負けた。

パチンコ屋から出て、ふと時計を見ると、22時ちょうどだったのを覚えている。

夕飯も食わずに打っていたので、取りあえず財布に残っている、なけなしの金で牛丼を食いに行く事にした。

パチンコ屋から牛丼屋までは車で5分も掛からない。

田舎なもんで道も混む事なく直ぐに牛丼屋に着いた。

1つ目の手動のドアを開け、2つ目の自動ドアをくぐると、やる気のない若い兄ちゃんの

「いらっしゃいませ~」

が、聞こえた。

俺は飲食店で長く働いていたから接客に対して多分、人より厳しいのとパチンコに負けた悔しさから無性にやる気のない店員に腹が立った。

しかしもう大人なので自分の中で消化した。

店内はガラガラで客は一人もいない。

俺は自動ドアに背を向ける形でカウンター席に座った。

さっきの若い兄ちゃんがお茶を持って来た。

「牛丼大盛と玉子とみそ汁。あと、おしんこ。」

ぶっきらぼうに注文すると兄ちゃんは返事もせずに厨房に向かった。

程なくして注文の品が届き、俺はがっついた。

牛丼をかき込み、みそ汁で流し込む。

半分程食べた所で、紅生姜に手を伸ばす。

顔を上げたその時、対面のカウンターの後ろの席になんだか陰気な女がいた。

女は牛丼を食べているわけではなく、うつむいてテーブルの一点だけを見ていた。

「気持ち悪い女だなぁ。いつの間に店に入ったんだ?」

と思ったが、俺が牛丼を夢中でかき込んでいる間に店に来たんだろうと結論付けた。

残りの牛丼を平らげ、お茶を注いでいると、また視界に女が入ってきた。

相変わらず、注文もせずにテーブルの一点を見つめている。

店員はその女を気に掛ける事なく、丼茶碗を洗っていた。

しばらく俺はお茶をすすりながら、女を観察していた。

女は黒髪を腰ぐらいまで伸ばし手入れしていないのかボサボサで、服は薄い水色のワンピースだった。

顔は長い髪が邪魔してよく見えなかったが、口元を見るとブツブツ呟いている様だった。

腹も一杯になり、俺は会計をする為、席を立ちレジに向かった。

その時、というか、俺と全く同じタイミングで女が立ち上がった。

なんか妙に薄気味悪くて俺は急いで会計を済ませ店を出た。

車に乗り込み、タバコに火を点けようとしたら残りが少ない事に気付き、家に帰る前にコンビニに寄る事にした。

コンビニに着いて、タバコを買うと俺は直ぐに車に戻った。

コンビニの中では気付かなかったが、なんと本棚の前にさっきの薄気味悪い女がいた。

本棚に体が隠れていて服装は確認出来なかったが、髪型といい、雰囲気といい確かにあの女だった。

そして何より気持ち悪かったのは、女は本棚の前に直立不動で立ってはいるが、本棚の方に向いているのではなく、トイレの方に向いている事だった。

「あの女、絶対頭おかしい奴だな」

と、心の中で思いながら車を出した。

マンションに着いて階段を上がり、廊下を1番奥の俺の部屋へと進む。

部屋の鍵を開けながら、さっきの女が付いて来ていたらと一瞬よぎり、駐車場の方を見下ろしたが、女はいなかった。

「いる訳ないよな~」

心配した俺が馬鹿だったと思いながらも念の為にドアを閉めた後、覗き窓から廊下の方を見てみた。

やはり、さっきの女はいなかった。

ビビりな自分に自己嫌悪しつつ、部屋の明かりを点けて直ぐにベッドに倒れこんだ。

まだ11時前だったが、いつの間にか眠ってしまっていた。

気が付くと窓の外は明るくなっており、仕事に行く用意をしなければならない時間だった。

シャワーを浴びて、スーツに着替え、朝メシを食わずに部屋を出た。

俺は朝メシを食わない派だが、何故かその日は腹が減っていたので、昨日のコンビニに行く事にした。

コンビニに入ると、あの女がいた。

それも昨夜と全く同じ位置、同じ向きで。

その時、はじめて俺は女が人間じゃないと理解した。

今まで何回か幽霊を見た事があった俺だが、この女は違っていた。

今まで見た事があったのは、たいてい半透明で少し青みがかっていたのに、こいつはリアルに見えすぎていて、気味の悪さを除けば人間と変わらなかった。

店内にはOLさんや工事現場のおっさんがいたが誰もこの女には気付いていないみたいだった。

俺は女を避ける様に、レジの前を通り、おにぎり2つとお茶を買った。

そして店から逃げる様に出た。

もう見ないでおこうと思ってたけど、なんか気になって車の中から女を見てしまった。

女は後ろ歩きで、入口の方に進んで来た。

俺はその光景がヤバすぎてアクセルを目一杯踏んで逃げた。

会社に着くまでの道中、女が付いて来ていないか何度もバックミラーで確認した。

嬉しい事に女は付いて来ていない様だった。

会社の中に入って、同僚の顔を見て何故か安心した。

昼休みにその同僚に女の話をしてやった。

めちゃくちゃビビると思ったのに奴は全く信じず、疲れていただけだろうで片付けられた。

その日は忙しく、仕事が終わったのが21時を過ぎていたが、他に後輩2人も残業していたので怖くはなかった。

多分、一人だったら女が来たらどうしようとか考えてしまって、仕事にならなかったと思う。

俺はその後輩2人をメシに誘った。

居酒屋でメシを食いながら、後輩にあの女の話をした。

するとそのうちの一人(A君)が、

「先輩の言ってる女ってこの店に入る時に入口にいましたよね?」

と、とんでもない事を言い出した。

もう一人(B君)は、

「入る時、店の前には誰もいなかったッスよ?」

と返した。

俺も店の前で女を見ていなかったが、A君は普段から真面目で冗談なんか殆ど言わない子だったから嘘をついている様には思えなかった。

何より怖かったのは居酒屋を出る時だ。

引き戸になっている入口を開けるのは躊躇したが、後輩にビビりと思われたくなかったので、勢いよく開けた。

女は…いなかった。

A君もB君にも見えていない様だ。

店の前で軽く話して、その日は解散となった。

俺は車をコインパーキングに停めていたので、歩いてコインパーキングに向かっていると、遠くからでも確認出来た。

あの女がコインパーキングの精算所の所に立っていたんだ。

今度はあきらかに俺の方を向いていた。

そして、肩から下は一切動かさず、頭だけをゆっくり前後に揺らしていた。

恐怖のあまり、立ち尽くす事しか出来なかった。

恐怖の絶頂だったが、女から目を離したら間合いを詰めて来そうで、視線を外せなかった。

どの位、そうしていただろう…

「プップー!!」

後からクラクションの音がしたと思った瞬間には、

「馬鹿やろう!邪魔だろうが!」

ちょっと恐面のおっさんに怒鳴られた。

道のど真ん中で俺が立ち尽くしていたから邪魔だったらしい。

「すみません…。」

と、おっさんに謝り、女が立っていた方を見たらすでに女は消えていた。

女がいなくなってからも俺は恐怖の真っ只中にいた。

だからコインパーキングに近づけにいた。

しかし、いつまでもその場に佇むわけもいかず、意を決した俺は早足で精算所に向かい精算し、車に乗り込んだ。

そこからはあまり覚えていない。

気が付くと自分のマンションに着いていた。

そのままなだれ込む様に部屋に逃げ込んだ。

お恥ずかしい話だが、その日は部屋中の明かりとテレビをつけ、ベッドの中にもぐった。

直ぐに眠れたら良かったんだが、肝心な時に眠れず、ひたすらガタガタと震えていた。

震えながらあの女の事を考えていたが、腑に落ちない事が2つあった。

1つ目は、何故あの女が俺の前に現れたか。

2つ目は、俺の行く先々にあの女が先回りしているのは何故か。

考えても答えは出なかったし、思い当たる節も全くなかった。

結局、一睡も出来ずに会社に行く時間になった。

俺は出来るだけ、女に会わない様に、いつもは使わないルートで会社に向かった。

お陰で何事もなく会社に着いた。

自分のデスクに座りPCを立ち上げて仕事に掛かる。

自分でも上の空だというのがわかる位、仕事も進まなかった。

そんな俺に気付いたのか、A君がコーヒーをいれてくれた。

「あぁ、ありがとう。」

と、気のない返事をして仕事を続けた。

昼休みには、食事も行かずに、ただただボーッとしていた。

夕方になりトイレに立った。

廊下を歩いて、角を曲がるとトイレがある。

トイレに入るとすぐに手洗い場があり、左側に小便器、右側に個室といった造りになっている。

1番奥の個室の扉の前に あの女が…いた。

長いボサボサの髪を腰まで伸ばし、薄い水色のワンピース。

肩から下は微動だにしていなかったが、頭だけを前後に揺らし、個室の扉に打ちつけていた。

女が頭で扉を打つ、

「ドッドッドッ」

という、鈍い音が響き渡っていた。

女は俺の存在に気付いていたかは、わからないがずっと扉に頭を打ち付けていた。

俺はなるだけ音を立てない様に、後退りしながらトイレから出た。

そして廊下に出ると全速力でデスクに戻った。

俺の憔悴した姿に同僚や後輩は驚いていたが、上司に体調不良とだけ伝え、早退させてもらった。

俺は一目散にマンションに戻り、昨日と同じ様に 全ての電気とテレビをつけた。

しばらくはテレビを見ていていたが、自分が空腹だという事に気付いた。

男の一人暮らし、食材を買い置きしているはずもなく、食事をするには部屋を出る必要があった。

だが外出を極力避けたかった俺は考えた。

この世の中にはデリバリーという便利な物があった。

とりあえず、ピザとポテトを注文した。

20分程すると、

「ピンポーン」

部屋のチャイムが鳴った。

念の為、俺は覗き窓から確認した。

そこにはピザの箱を抱えた茶髪の兄ちゃんが立っていた。

代金と引き換えに商品を受け取っている間、茶髪の兄ちゃんが俺の背中越しに部屋の中を見ていたのが気になったが、俺はそれ以上気にする事をやめた。

自分の部屋が1番安全だと思ってたから…。

申し訳ないが続きます。

怖い話投稿:ホラーテラー 現役探偵さん  

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