中編4
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蠢く影

ある男子中学生の話をしよう。

彼は、時折不思議な【モノ】を見る。

そんな彼の、ありふれた日常の中の、非日常的なお話を…

茹だるような暑さの中、俺はいつものように帰路についた。

明日のロードショーは、確か、耳を澄ませば、だったかな。間に合うように帰らなきゃ。

そんな他愛も無いことを考えていたと思う。

のどが渇いたな。

確か、近くに自販機があったはず。

狭い三叉路を右に曲がると、自動販売機が2台並んで鎮座していた。

煌々と照る光を見ていると、多種多様な飲料が並ぶ中、体に悪そうな色の炭酸水が目についた。

無性に、それが飲みたくて仕方がなかった。

あぁ、確かこれ無果汁なんだよなぁ。

小銭ないしなぁ…どうするか…

暫時の葛藤の末、結局財布の中身は必要以上の100円と10円で埋め尽くされた。

自販機から吐き出された紫色のペットボトルを手に取り、その場でふたを回す。

プシュっと小気味の良い音と共に甘ったるい匂いが鼻腔を擽った。

紫の水の甘さを楽しみながら、辺りを見渡す。

すでに日が落ちている。

近場に駅があるとはいえ、このあたりは昔からあまり気持ちの良い場所ではない。

外灯の類もなく、辺りを照らす光源は、今立っている自販機の弱々しい蛍光灯の明かりだけだった。

早く帰ってポテチでも食べよう。

ふと、先ほど歩いてきた道の先から、細く、小さく、音がした。

何の気もなしに、耳をそばだてる。

なんの音だ?

その思考が俺の五感を鋭くさせる。

さっきよりも、音が近づいてきている。

それは、蚊の飛ぶような音だった。

まだ蚊が飛び出すには早い季節のはずだ。

そう思う間もなく、視界の端に違和感をとらえる。

音のする方に耳を向けて居たおれは、自販機を背に、視線を下に落としていた。

意識の矛先を、耳から目に移す。

そこにはただ、自らの影があるだけだった。

感じた違和感の原因らしき物は見あたらない。

いつしか音もやんでいた。

疲れてるのかな。

自嘲気味に笑いながら、開けっ放しだったペットボトルのふたを閉めた。

違和感の正体を、知覚した。

影は、右手にペットボトルを持っていた。

利き手は確かに右だ。

だが、影とは、本来【鏡】のように、右手に持った物は向かって右側に映るはずだ。

影は、向かって左側にペットボトルを持っていた。

おかしい。

閉めた蓋を、再度空けて飲んでみる。

全て真逆に、完璧に、トレースしている。

ふと、右手をあげてみた。

影は、やはり左側の手をあげた。

次は、左手。

影は、右側。

段々面白くなってきた。

両手をあげてみようか。

と、不意に蚊の羽音がすぐ耳元でした。

違う、これは

耳鳴りだ。

左目から涙が流れる。

【耳鳴り】と【左目の涙】は、この場にいてはいけないと、体からの警告、無意識の防衛本能だと、経験の上で知っていた。

逃げよう。なんかヤバい。

意識した途端に、体が動かなくなった。

こんな時にっ。

悪態をつきながら、影の方に意識を向ける。

両手を、あげている。

確か、今俺は右手にペットボトル、左手は涙を拭っているはずだ。

意識が朦朧としてきた。

ゆらり、ゆらりと影が揺れる。

既に影は、俺の管理下を離れ、意志を持っていた。

怖い、怖い、ここから逃げたい。

呼吸が、乱れる。

逃げなきゃ、いやだ、いやだ、いやだ

目を閉じてしまいたかった。

動かない体を呪った。

不意に、影の手が、激しく揺れ出した。

同時に、体全体がガクガクと揺れている。

いや、震えているのか。

手が、ゆっくりと、頭を両脇から押さえつける。

鼓動が一際速くなる。

この先にある映像を、想像してしまった。

この影の、あるべき姿を、思い浮かべてしまった。

嫌だ、嫌だ。

眩暈がする。

やめてくれ。俺には、何もできない。

突如、意識の外から大きな音が聞こえた気がした。

クラクションだ。

ほぼ同時に、白いセダンが眼前を走り抜けた。

体が、動く。

弾かれたように、俺は走り出した。

怖い、怖い

一瞬たりとも、ここに居たくなかった。

一秒でも早く、そこから遠ざかりたかった。

家の明かりが見えた時、出勤する親父とすれ違う。

自販機に寄ったときは、出勤時刻まで一時間以上あったはずだったが、そんな事よりも人に、父に会えたことが嬉しかった。

いってらっしゃい。

力なく送り出す。

全ての恐怖から解放された気がした。

後ろの奴、連れて入るなよ。

また遠くから、音が聞こえた気がした─────────────

怖い話投稿:ホラーテラー きれいなそらさん  

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