中編3
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窒息

私の遠い親戚にあたるFさんは、ある精神科で勤めている。

さまざまな患者の中には、たまに信じられないような奇妙な体験をしたという人がいるそうだ。

あれは確か、数年前だったか…

ある患者がFさんの精神科を訪ねてきた。

最初に精神科に入ってきたときに、分かったという。

その仕事を何年もやっていれば、初見でもだいたいの見当がつくようになる。

その人の場合はかなりの錯乱状態に陥っており、付き添いがあってやっと精神科に来られたというような状態だった。

何度かの診察で詳しく話を聞いていくと、奇妙なことがいくつもその患者の口から語られた。

思えば、子供の頃から兆しのようなものはあったのだという。

夜中、布団の中で眠っていると…

むぐぅっ……

突然、喉の奥のほうに何かが詰まったように、全く呼吸が出来なくなった。

苦しくもがき続けていると、やがてスゥッとそれは治まった。

そんな晩が何度も何度も続いたので、さすがに心配した親が病院へと連れて行った。

しかし、結果は何も問題なし。

どの病院で調べてもらっても、どこにも原因となるようなものは見当たらないのだという。

しばらくすると、それは自然と治まった。

しかし、そんな事はとうに忘れかけていた数年後…

再び、それは訪れた。

やはり原因は不明。

その死ぬほどの苦しさに毎晩のように襲われた。

しばらく経つと治まる。

しかし、そのうちまた再発する。

恐ろしいのが、その期間が徐々に長く…

回数は頻繁になり、窒息の時間がだんだん長くなっていた。

こうなると、もう生きた心地がしなく、生死の淵を意味もなく彷徨っているような感じだった。

「決して精神科医として仕事を投げ出す訳じゃないけど、正直手に負えないと思った」

Fさんは今までの経験から、自分の手に負える範囲というものが判断できるようになっていた。

恐らく、このケースはもう駄目だろうなと…直感でそう感じていたという。

(出来る限りのことはやってみよう)

そう考え、謎の現象への対処に専念した。

さらにカウンセリングを重ね、話を詳しく聞きだしていく…

小さい頃から、うっすらとした煙のようなものが見えていたらしい。

それが時を経て、窒息がひどくなるのと比例して煙が濃くなっていった。

ただの煙だったものが、濃くなって姿形を次第にハッキリと現してきた。

通院を続けていたある日の夜、それは見えた。

もごもご…

髪を振り乱して鬼のような顔をした老婆が、喉の奥深くに手を突っ込んでいた。

やはり只事ではないと判断したFさんは、その患者を寺へと手渡した。

「一体どうして、あんな事態になったんだ?」

Fさんもその後が気になり、寺の住職に話を聞いてみた。

「それがな…」

住職は静かに、その重い口を開いた。

それは、かなり昔の話に遡るという。

その患者の何代も前の先祖…

かなりの食糧不足から、村で寝たきりの老人が何人も殺された。

その殺し方というのが、老人が寝ているときに口の中に綿をいっぱいに詰めるのだという。

それで死んだら死んだで、老衰死や病死などとして処理される。

それでも、ためらったのだろうか…

後ろめたさを押し込めながら老人の口に綿をいっぱいに詰める。

しかし死ぬ寸前になって、思いためらい綿を取り出す。

殺そうとしては、ためらい…

殺そうとしては、ためらい…

繰り返し。

いつかは死ぬまで、ただその繰り返し。

それが村の風習…守るべく習わしだったとはいえ、あまりに無残な行為だったろう。

果たして、殺されると分かっていながら寝続ける老人たちは、どんな気分で死を待っていたのだろうか。

「話は、理解できた。しかし、それがなぜ今?」

Fさんの質問に、住職も首をかしげていた。

それほど昔のツケを、今頃になって子孫が払わされているのだろうか…

とにかく手をつけようがない、強い恨みが憑いているようだった。

結局のところ、住職も諦めざるをえず…

さまざまな寺や神社をたらい回しにされた末に、その患者は死亡したという。

―先祖の恨み、末代まで果てなく―

その患者の家がその後どうなったのかは一切分からない。

怖い話投稿:ホラーテラー geniusさん  

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