長編19
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貧乏神様

 身長176

 体重123

 僕の名は【八木 鎌司】。

24歳A型。

彼女居ない暦24年。

メガネで引きこもり。

プロの将棋指しを目指しているのだが、

世間的な評価は【ニート】だろう。

 僕の人生、

こんなはずじゃ無かった。

今頃本当は、バンバンタイトル戦で賞金を稼ぎ、

僕を支えてくれた父さんや姉ちゃんに楽をさせてるはずだった。

いや、それだけじゃない。

別の明るい未来もあった。

僕はプロ野球選手になっていたかも知れないのだ。

当時、

僕は肩を壊していたので、誰にも何も言わずに、プロからの誘いを断ったのだ。

 僕は高校時代、野球をやっていた。

今、プロで大活躍する、【嫁入 スネオーズ】の桑太投手と、【頭部 オーライズ】の清腹選手が揃っていた、あのOL学園にも勝っている。

もしかしたら・・・あのまま肩の事を黙ってプロ入りしていれば・・・。

契約金1億の評価をしてくれた球団もあった。

24歳、ニート、 メガネ、 太っちょ・・・。

 こんな未来なら・・あの時・・・。

▼ [002] 2008/06/29 00:39

でび一YM-OΨ*℃゚*

ガチャッ

「・・・入るで〜鎌司〜。」

姉ちゃんが、僕の部屋に入ってきた。

「・・・な、何だよ・・・。入ってくるなよ・・・今将棋の研究中なんだよ・・・。」

「はんっ!何辛気臭い事言うとんねん! 一人でずっと部屋篭ってたら、頭オカシなるで!たまには人間と喋らんと!」

姉ちゃんはそう言って、僕の部屋のカーテンを開けた。

「・・・う・・・。」

太陽の日がまぶしい・・・。

やめてくれ・・・。

なるべく、世間に触れたくないんだ・・・。

「鎌司・・・。 ほんまに、元気だせやぁ・・。 昔は姉ちゃんを助けてくれたりして頼もしかったやんけ・・・。」

・・・昔・・・。

今の僕・・・。

あぁ・・・

ぁぁああああぁsdsどぇれd

・・。

「・・・で、出ていけよ!姉ちゃん・・・。」

ピシャッ!

僕はカーテンを閉めて、姉ちゃんを睨んだ。

「・・・う・・・な、何やねん・・・そないに怒るなや・・・姉ちゃんは鎌司を心配して・・・。」

「・・・う・・・うるさい!出てけ! 僕は一人で集中するんだよ!」

「ん・・・そうか・・・悪かったな・・・。」

バタン。

姉ちゃんはドアを閉めて、部屋の外へと出て行った。

▼ [003] 2008/06/29 00:39

でび一YM-OΨ*℃゚*

・・・わかってるんだ・・・。

姉ちゃんが、僕を気遣っている事は・・・。

でも、僕は恥ずかしさや情けなさや、

そういう色んな感情があって・・・。

自分に自信ももてないし・・・。

結果、素直になれていない・・・。

「うううう・・・。」

僕は机に顔を埋めた。

ゴメン・・・姉ちゃん・・・。

心の中で姉ちゃんに謝った。

姉ちゃんの名前は【八木 鍋衣】。

24歳、OL

双子なので僕と同い年だ。

姉ちゃんは去年までコンビニでバイトをしていたが、

今年の春から、コネクションを利用してOLになった。

元々母に似て、綺麗な顔立ちの姉は、OLになって服や化粧でさらにキレイになった。

・・・僕みたいな、どうしょうもない弟が居たら、きっと迷惑だろうな・・・。

本当に情けない・・・。

▼ [004] 2008/06/29 00:40

でび一YM-OΨ*℃゚*

ピンポーン。

家のチャイムが鳴っている。

僕はカーテンの隙間からそっと玄関を見てみた。

『はぁーい。』

姉ちゃんがお客さんを出迎える声が聞えてくる。

 来客は・・・帽子をかぶっている男のようだ・・・。

それもかなり深く・・・。

ガチャッ。

姉ちゃんがドアを開けた音が聞えてきた。

帽子を深くかぶった男は、ポケットに手を入れた。

・・・何かを取り出すのか?

 姉ちゃんがドアを開けて、その男を見た時だった。

「あぁーーっ!」

姉ちゃんの叫び声が聞えてきた。

ガタッ!

僕は慌てて部屋を飛び出した。

姉ちゃんに・・・。

何かあったのか!?

▼ [005] 2008/06/29 00:40

でび一YM-OΨ*℃゚*

玄関に向かって走る。

ドタドタと。

そして玄関に着くと、

「・・・あっはっは。ホンマ、久々やなぁ。元気しとったかぁ?」

・・・姉ちゃんは楽しそうにその来客と話をしていた。

・・・何だ・・・取り越し苦労か・・・。

僕は部屋に戻ろうとした。

「あ、鎌司!」

姉ちゃんが僕を呼び止めた。

僕は反射的に足を止める。

「ちわっス!八木さん!」

・・・聞き覚えのある声・・・。

僕は姉ちゃんとお客さんが居る玄関の方を向いた。

「・・・あ。」

姉ちゃんの横には、帽子をクイっと上にあげる【美角 優真】君の姿があった。

 美角 優真君は中高校時代、同じ野球部だったチームメイトだ。

・・・同じ野球部と言っても、学年は僕より二つ下になるので、共に野球をやった期間は短いのだが・・・。

そんな優真君が家を訪ねて来るなんて、何年ぶりだろうか・・・。

僕が高校を卒業した直後に、1度遊びに来た事があったのだが・・・。

「八木さん!エラい肥えましたねぇ!アハハ。」

「・・・ほ、ほっといてよ・・・。」

「あ、すいませんすいません。」

軽く笑いながらあやまる優真君だが、

僕の心は少し傷ついた。

「あ、それより鎌司さん!今日は少し相談というか、聞いてもらいたい事がありましてね。

時間少しあるっスか?」

・・相変わらず、優真君は明るいな・・・。

さすが、勘で生きてる人間だ・・・。

「お、おお!ちょうど良いやんけ。鎌司! 少し優真と話しいや!気晴らしや。気晴らし!」

姉ちゃんも、ここぞとばかりか優真トークを促す。

「・・・わかったよ・・・。」

僕は優真君とすこしばかり話をする事にした。

僕が部屋に優真君を案内しようとすると、

「あ!鎌司さん! 外行きましょうよ!外!」

優真君は僕を呼び止めた。

「・・・え・・・・家で良くない?外、寒いし・・・。」

「いやいや〜。 久々に、八木さんとキャッチボールしようと思って・・・。」

優真君はそう言うと、カバンからグローブを取り出してニコっと笑った。

「・・・ゴメン、優真君・・・僕、もうグローブ捨てちゃったんだ・・・。

ドラフト会議のあったあの日・・・。

もう、使う事無いと思ってね・・・。」

・・・そう、

あの日。

ドラフト会議が終わった日。

プロ志望届けを出していなかった僕は、もちろんドラフト会議で指名される事は無かった。

その日、僕は【決別】の意味で、

グローブを捨てたんだ。

「・・・そ、そうなんスか・・・残念っす・・・。」

「ごめん・・・。」

優真君は少し寂しそうだった。

「あ!ちょっと、お前らそこで待っとき!」

姉ちゃんがなんだかソワソワしている。

「・・・何で・・・?」

「エエから、待っといてや!」

姉ちゃんはそう言うと、バタバタと家の奥に走って行った。

「・・・鍋衣さん・・・何ソワソワしてんスかね・・・。」

「・・・さあ・・・。」

▼ [007] 2008/06/29 00:41

でび一YM-OΨ*℃゚*

姉ちゃんは、たまに理解不能の行動をとる。

それは僕の知能を持ってしても、解読できない事があるくらいだ。

『どこやー

    ここかー!』

・・・ねえちゃんの声が遠くから聞える・・・。

 ドタドタ

   ガシャガシャ!

 バキッ!  ドカッ!

・・・破壊音さえ聞えてくる・・・。

『あったぁ!!!』

ドタドタドタ!

掛け声と共に、姉ちゃんが戻ってきた。

「鎌司!おまたせ!」

姉ちゃんの手には、古びたグローブが握られていた。

「・・・こ、これは・・・。」

僕はそのグローブをそっと受け取った。

・・・このグローブは・・・まさか・・・。

▼ [008] 2008/06/29 00:41

でび一YM-OΨ*℃゚*

「ふふ。鎌司、こんな日が来るかもしれんと思ってな。

姉ちゃん、お前がグローブ捨てたの見てて、こっそり拾って隠しといたんやわ。」

姉ちゃんは小さくvサインをした。

「・・・姉ちゃん・・・。」

僕はグローブを強く握り締めた。

もう何年も触っていなかったせいか、

グローブはカピカピに固まっていた。

「鍋衣さん、やるっスね!」

優真君も笑顔になった。

「さ!鎌司さん、外行きましょう! これで断る理由はないですよね!」

「・・・でも・・・もう何年もボールなんて触ってないし・・・。こんな体になっちゃったし・・・。」

「アハハ。鎌司さんらしくない! 良いから行きましょう!体が覚えてるっスよきっと!」

僕は優真君に手を引かれ、半ば連れ出されるように近くの公園まで引っ張られていった。

 パシッ

シュッ

  カシッ。

 グローブがかちかちで、僕がボールを取った時の音がおかしい・・・。

「ははは!やっぱり、鎌司さん、ブランクあってもキレイな投げ方じゃないっスか!」

優真君は楽しそうだ。

 ボールを投げるのは本当に久しぶりだったが、

優真君の言った通り、球を投げる型は体で覚えてるみたいだった。

当時壊した肩が少し心配だったが、

普通にキャッチボールしたりする分には問題ないようだ。

何年も安静にしていたからだろう。

・・・ただ、

ピッチャーとして1試合何球も投げる事は出来ないだろうな・・・。

・・・ん。

何を考えてるんだろう。

僕はこんな体。

もう野球とは決別したのに・・・。

▼ [009] 2008/06/29 00:42

でび一YM-OΨ*℃゚*

シュッ

パシッ

シュッ

コシッ

ほんのりと、グローブはほぐれてきたみたいだ。

でも、まだまだカチカチだが・・・。

シュッ

「ところで鎌司さん!・・・少し相談というか、話があるんっスが!」

パシッ

シュッ

「・・・ん。そういえば、それが本題だったね・・・一体どうしたの・・・?」

シュッ

コシッ

「ええ!実は、オレね、大学でも結局野球続けたんスよ!」

シュッ

パシッ

「・・へぇ・・・。優真君、野球は嫌いって言ってたのに・・・。」

シュッ

コシッ

「へへ・・・そうだったんスがね・・・。気づいたら、なんかオレには野球しか無くなってて。」

シュッ

パシッ

「・・・そう・・・。」

シュッ

コシッ

「でね、八木さん、オレ、今度テスト受けようと思ってるんすよ。 プロ野球の。」

シュッ

パシッ

「・・・テスト・・・?」

シュッ

ピシッ

「ええ。ドラフトでは指名される気配が無いんでね・・・。

【苦天 ヒヨコーズ】って知ってますか?

まだ設立して数年しか経ってないチームですけど、

今度、入団テストじみた事をやるらしいんっスよ。

アマチュアや独立リーグの選手を対象にしたテストを。

そこで評価されれば、育成選手として指名してくれるらしいんス。」

シュッ

パシッ

「・・・。」

・・・優真君が・・・プロ野球選手を目指す・・・のか・・・。

▼ [010] 2008/06/29 00:42

でび一YM-OΨ*℃゚*

苦天 ヒヨコーズ・・・。

たしか、高校時代、僕を指名したいと挨拶に来てくれた球団の一つだ・・。

当時、新人選手としては最高の評価をしてくれた球団・・・。

シュッ

ピシッ

「八木さん?聞いてます?」

シュッ

パシッ

「・・・あぁ・・・ごめん。 優真君、プロは厳しいと思うよ・・・。」

シュッ

ピシッ

「・・・ええ。解ってます・・・。でも・・・何もやらないまま諦めるって・・何か嫌じゃないっスか?」

シュッ

パシッ

「・・・それは解るけど・・・覚えてる?僕らが大阪府予選の準決勝で負けた大阪近蔭高校・・・。

あんなに強いチームでも、甲子園には行けなかったんだよ・・・。

・・更に、優勝した高校も、甲子園の1回戦で負けた・・・。

大学は更にその上・・・

社会人はもっと上・・・。

プロは、その更に上なんだよ・・・?」

シュッ

ピシッ。

「う・・・で、でも・・・やってみないと解らないじゃないっスか!」

シュッ

パシッ

「・・・可能性、ゼロじゃないけどね・・・。

でも、難しいと思うよ・・・優真君の実力だと・・・。」

シュッ

ピシッ

「な・・・何か、八木さん変わりましたね・・・。」

シュッ

パシッ

「・・・えっ・・・?」

ビュンッ!

バシィ!

 優真君が強いボールを投げたので、僕は少しびっくりした。

「・・・きゅ・・・急に危ないじゃないか・・・。」

「八木さん・・・オレ・・・八木さんを見損ないましたよ。

八木さんなら、オレ・・・応援してくれると思って・・・。

あの日オレを野球部に誘ってくれたのも八木さんだったし・・・

何より、八木さん自身が、夢に向かってがんばってるから、

共に応援しあえるかなって思ったのに・・・

残念です!

もう、オレ帰ります。

二度と八木さんとは話しません!」

優真君は置いてあるカバンを抱え、足早に歩いていった。

「・・・ちょ・・ちょっと優真君、ボール・・・。」

「要りません!捨てるなりしてくれたら良いっスよ!」

優真君は公園から出て行った。

「・・・優真君・・・あんなに怒る事ないのに・・・。」

僕はボールをグローブに挟め、岐路についた。

▼ [012] 2008/06/29 00:43

でび一YM-OΨ*℃゚*

 「おかえり〜鎌司! 姉ちゃんクッキー焼いたんや。 優真と一緒に食おうや!」

家に着くと、姉ちゃんが元気にエプロンを振り回しながら近づいてきた。

「・・・帰っちゃったんだ・・・優真君・・・。」

「ええ!な、なんでや!?」

「・・・何か・・・怒っちゃったみたい・・・。」

「怒った? 何や? なんか怒らすような事言うたんかいな?」

「・・・うん・・・まぁ・・・ なんか、優真君、プロ野球選手目指すような事言ってたからさ、

難しいよって言ったら怒っちゃったんだ・・・。」

「はぁ〜〜〜〜・・・。 また鎌司の事やから、冷たく言い放ったんとちゃうんか?」

「・・・ん・・・そうかもしれない・・・。」

「・・・ま、済んだ事はしゃぁない。 クッキー食えや。」

「・・・うん・・・。」

僕は姉ちゃんの作ったクッキーを食べた。

30個。

姉ちゃんは206個食べてた。

あんなに食べるのにまったく太らない姉ちゃんが不思議だ・・・。

その後、

夕方になり、僕は師匠の家に行った。

師匠とは、プロ棋士の那覇村先生だ。

「おっしゃ。鎌司来たか。

さっそく指すか。」

師匠はいつも僕と稽古将棋を指してくれる。

・・・もちろん、師匠に対局等の予定が無い日に限るのだが・・・。

 普通、将棋の師匠と弟子が将棋を指すのは入門の際に実力を見る時くらいで、ほとんど指す事は無いらしい。

でも、師匠は「指してなんぼや!」と言って、

弟子入りしてから今まで、何千局指してくれたか数え切れないくらいだ・・・。

「・・・ふむ・・・鎌司よ・・・。

お前の将棋はどう見てもプロの五〜六段の力はあるのに、

なんで三段リーグを抜けれんのやろうな・・・。」

「・・・わかりません・・・。」

▼ [013] 2008/06/29 00:44

でび一YM-OΨ*℃゚*

僕は三段リーグでかれこれ12年も足踏みしている。

奨励会は6級から三段まであって、

規定の連勝や〇勝○敗という条件をクリアすれば、昇級していける。

そして三段になると、三段者全てが同一リーグで順位を争う【三段リーグ】が行われる。

その三段リーグは年二回行われ、

その中の上位二名だけが四段に昇段する事が出来る。

四段になれば晴れてプロ棋士となり、給料や対局料をゲットする事が出来るのだ。

僕は小学六年でこの三段リーグまで上り詰めた。

そして中学〜高校と野球に熱中するあまり、対局成績はガタオチになった。

卒業後も、周りに研究されたせいか、なかなか勝たせてもらえなくなり、勝ったり負けたりを繰り返している。

・・・しかも今期は特に勝ち星に恵まれておらず、、

現在まだ3勝。

三段リーグでは、リーグ終了時で4勝以下の者は降段点が付き、

連続二回の降段点が付けば二段に降段となる厳しいルールがある。

実は前期、僕は2勝しかあげられない散々な内容だった・・・。

今回降段点が付けば二段に落ちる・・・。

正直少し焦っている。

「・・・よしっ。ワシの負けや!

強うなったのう鎌司。」

「・・ありがとうございました・・・。」

「うむ。

明日の対局、がんばってこいよ!

お前ももう24歳。

今期は昇段は無理な所まで来てもうたが、

次で必ず上がれ。

明日の対局はその練習や!

わかったな?」

「・・・はい・・・。」

▼ [014] 2008/06/29 00:44

でび一YM-OΨ*℃゚*

そう。

明日は例会だ。

二局指す。

二つとも勝てれば降段は免れるが、

二つとも負ければ、もう一つも落とせなくなる・・・。

家に帰り、僕は必死に研究した。

明日は負けられない。

必死に必死に研究した・・・。

気が付くと夜が明けていた・・・。

―翌日―

僕は一睡もしない状態で、今日対局のある関西将棋会館にやってきた。

【1局目】

・・・何とか勝つ事が出来た。

居飛車穴熊相手に、石田流に組んで主導権を握れたのが勝因だろう。

二局目は昼からなので、僕は近くの良野屋で魚丼を食べる事にした。

(あと1つ・・・。)

あと1つ勝てば降段せずに済む・・・。

僕は魚丼を掻っ込み、将棋会館にまた戻った。

 ・・・寝不足で頭が痛い・・・。

だがあと1局。

ここを乗り越えれば、帰ってからいくらでも寝れる。

ここを頑張らなければ、どこで頑張るのか。

 気合を胸に、対局室へと向かう。

部屋に入ると、数人の奨励会員が各々本を読んだり、じっと目を閉じたりしていた。

その中に、一人盤の前で正座をしている青年がいるのを見つけた。

正座をし、その目はじっと盤の中央を見つめている。

▼ [015] 2008/06/29 00:45

でび一YM-OΨ*℃゚*

 なんとなく気になったので、僕は役員の方に彼が誰なのかを聞いてみた。

「・・・すいません。彼の名は・・・?」

「ん?あぁ。彼は【狩羽 健治】君だね。

今日は関東から対局の為にきてくれてるんだよ。

次の対局は・・・たしか八木君とじゃなかったかな?」

 対局表を見ると、たしかに僕の次の対局相手は【狩羽】と書かれていた。

「・・・本当ですね・・・。」

狩羽君は、依然として盤を眺めていた。

狩羽君は去年三段に上がってきたようで、僕は顔を見るのも初めてだ。

・・いや、見た事はあるのかもしれないが、記憶には残っていない・・・。

 ―対局開始時間―

僕は狩羽君の正面に座る。

「・・・よろしくお願いします・・・。」

僕が挨拶をすると、狩羽君はそこでようやく僕に気が付いたようで、

「・・・あ、八木・・鎌司さんですね・・・。よろしくおねがいします。」

と言ってペコっと頭を下げた。

ペチッ

 パチッ。

玉・・・左金・・・右金・・・左銀・・・。

お互い交互に駒を並べる。

狩羽君は妙に嬉しそうだ。

そんな狩羽君の顔を、僕は不思議そうに見つめる。

―対局開始―

「よろしくおねがいします。」

「・・・おねがいします・・・。」

深々と一礼をし、

先手番の僕はまず7六に歩を進め、対局時計のボタンを押す。

パチリ

狩羽君は△3四歩。

▲6六歩・・・△8四歩・・・。

お互いまずは普通の出だして序盤の駒組みが進む。

・・・狩羽君は、なんだかずっと嬉しそうな顔をしている・・・。

僕はそんな狩羽君が気になり、チラチラと顔を見ていると、

「・・・あ、すいません・・・僕、ニヤけちゃってますね・・・。」

と言って狩羽君は頭を掻いた。

「・・・。」

なんだか少しイラっとした。

パチリ。

▲4六歩。

仕掛けを誘発した手だ。

乗ってくるか・・・?狩羽君は・・・。

案の定、狩羽君はここで長考に入った。

僕も盤を睨みつけ、仕掛けられた時の変化を読む。

「・・・八木・・・鎌司さん・・・。」

「・・・ん・・・。」

突然、狩羽君が話しかけてきた。

「フフ。すいません。 ニヤけちゃったりして、怒らせてしまいましたかね・・・。

鎌司さんと対局できてる今が、とても嬉しかったもので・・・。」

・・・嬉しかった?

何を言ってるんだ・・・この男は・・・。

「・・・。」

僕は返事をせず、盤に目をやる。

「・・・鎌司さん・・・怒らないで下さい・・・

僕、本当に嬉しいだけなんです・・・。

僕にとって、鎌司さんはずっと憧れの存在だったので・・・。」

・・・憧れ・・・?

僕は依然として盤を睨みつけ、膨大な変化を読む。

「・・・鎌司さん・・・。

僕は・・・ね、

鎌司さんと同い年なんですよ・・・。

ずっと、奨励会の級位で頑張っていました。

才能が無かったんでしょうね・・ハハ。」

パチリ。

狩羽君はそこまで話すと、やはり読み通り△7五歩と仕掛けてきた。

▼ [017] 2008/06/29 00:46

でび一YM-OΨ*℃゚*

▲7五同歩。

僕はまず定跡通りに仕掛けに応じる。

△6四銀。

狩羽君の攻めの銀が、盤面中央の戦場に繰り出される・・・。

「鎌司さん・・・。

こんな事言うのはおかしいんですが、

僕にとって、鎌司さんはずっと憧れでした・・・。

・・・だってそうでしょう?

自分と同い歳の人間が、

小学生で既に三段リーグに入り、

しかも甲子園まであと一歩というところまで行き、

新聞でも話題になるスター・・・。

僕は、ずっと鎌司さんの背中を追いかけていたのかもしれない・・・。」

パチリ。

▲7四歩。

△7五銀。

▲6五歩。

僕は角交換を挑む。

△7七角成

▲同銀

△2ニ角打。

狩羽君は自陣角を放つ。

いずれも定跡通り・・・。

狩羽君は自陣角を放つと、また話し始める。

「・・・僕が高校を卒業した頃、

ようやく奨励会の初段に到達しました・・・。

その頃鎌司さんは、野球に打ち込みすぎたブランクで、

勝ち星に恵まれなくなっていましたね・・・。

その時に思いましたよ・・・。

『あ・・・なんだか、少しだけど、鎌司さんの姿が見えて来たかもしれない・・・。』って。」

「・・・。」

僕は長考に入る。

▼ [018] 2008/06/29 00:46

でび一YM-OΨ*℃゚*

狩羽君はそんな僕に尚も話し続ける。

「・・・そして鎌司さん・・・。

僕はとうとうあなたに追いついたんです・・・。

24歳。

ここまで少し時間がかかってしまったけど、

才能の無い者でも、努力すれば天才に追いつけるんだなと実感しています。」

・・・狩羽健治・・・。

一体何が言いたいんだろう・・・。

パチリ

パチッ

パチッ・・・。

 その後、一進一退の中盤戦が続いた。

・・・この狩羽という青年・・・。

ここまで指して気づいたが、1手1手に何か味があるなと感じた。

玉を固める将棋が全盛の今、

振り飛車相手に、急戦・・・しかも後手番でだ・・・。

そして渋い指し回しで、僕の狙いを丁寧に一つ一つ消していく。

「フフ・・・。

鎌司さん。

僕の将棋、

なかなかレトロな指し方って思っていませんか?

これは師匠の影響なんです。

師匠である霧山先生に教わった将棋を、僕は忠実に指し続けているのですよ・・・。」

【霧山 清澄八段】・・・

【いぶし銀】と呼ばれる大棋士だ・・・。

パチリ。

△4四馬。

狩羽君は馬を自陣に引き付けた。

▼ [019] 2008/06/29 00:47

でび一YM-OΨ*℃゚*

「フフ・・・

これで鎌司さん・・・。

アナタは攻めるしか無くなった。

なぜならこのまま局面が収まれば、

序々に差は広がり、

鎌司さんの勝てない将棋になっちゃいますからね・・・。」

・・・図星だ・・・。

狩羽君の渋い指し回しで、苦しくは無いが、このままいくと苦しくなるなんとも言えない不思議な局面になってしまった・・・。

攻めが決まれば良いが、もし失敗したら・・・そこで将棋は終わり・・・。

持ち時間は、狩羽君が残り32分。

僕は既に20分を切っていた・・・。

 僕はこの局面で15分を費やした。

ここで失敗すると、取り返しが付かなくなる。

そして指した手は▲6ニ歩。

ここに『と金』を作れれば、攻めを繋げる事が出来るだろう。

この歩を△同馬と取れば、▲5五角打ちから馬を消せる。

▲6ニ歩は勝負手だ。

「フフ・・・

鎌司さん・・・

その6ニ歩で・・・あなたの負けだ・・・。」

・・・え・・・。

今・・・

今狩羽君は何と言った・・・?

▼ [020] 2008/06/29 00:47

でび一YM-OΨ*℃゚*

パチリ・・・。

△6六香

ろ・・ろくろくきょう・・・。

こんな手が・・・。

僕の銀は死に、

直後の△4八銀〜△3九角が受け辛い・・・。

 その後、

僕はしばらく粘ったが、

この劣勢で大事な終盤を、ほぼ1分将棋では、ミスをしない方が不思議なくらいで・・・

「・・負けました・・・。」

「ありがとうございました。」

 大事な1戦を、

僕は落としてしまった。

  残る対局は、

あと2局・・・。

 対局までは、あと二週間以上はあるのだが・・・。

 あと1つ勝たなければ降級というのは、

とても精神的に重い・・・。

 僕は肩を落として帰路につく。

 そして駅の改札をくぐろうとした時だった。

「鎌司さぁ〜〜〜ん!」

後ろから声がした。

振り向くと、狩羽君だった。

「はぁはぁ・・・鎌司さん、今日は本当にありがとうございました。」

「・・・。」

なんだろう・・・。

狩羽君は、勝ったので嫌味を言いに来たのだろうか・・・。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん    

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