中編4
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縁起の良い木

私は60歳を過ぎた頃から体が不自由になり、70歳を手前にして、自力ではほとんど外出することができなくなった。

しかし、週に3日は若いホームヘルパーが訪問介護に来るので、細々とだが、それなりに悠々と暮らせている。

こんな私だが、もちろん家族はいる。いや、「いた」と言った方が正しいか。

妻は私が50歳の時、45歳の若さで死んだ。自殺だった。

家庭をかえりみず、愛人やギャンブルにうつつを抜かし、それどころか、家庭内暴力にまで至った私との結婚生活に耐えきれなくなっての結果だった。

娘もひとりいたが、母親の自殺の原因が私であると悟り、四十九日を過ぎたある日、家を出ていった。

しかし、そんな悲劇も私にとっては好都合で、酒と女とギャンブルに一層のめり込んでいった。

そんな不摂生な日々が祟り、体を悪くしてしまったのだが…。

いつものように自宅でテレビを見ながら横になっていたとき、不意にインターホンが鳴った。

不自由な体を引きづり、玄関へ行くと、40歳ほどの女性が立っていた。

かすかな面影を感じた。娘だった。20年振りの再会だった。

娘は言った。「お母さんを失ったあと、あなたを恨み、家を出ていった私はみずしらずの街で懸命に生きていました。どうにか仕事を見つけ、心の傷が癒えた頃、運命的な出会いをし、結婚もしました。子どもも一人います」

親の助けを受けず、たくましく生き、孫まで産んでいた娘。普通の親なら涙を流して喜ぶ場面だ。

だが、私は再会の喜びなど微塵も感じず、懐疑的な目を向けて言った。

「私に恨みを晴らしにでも来たのか!!」

娘はそんな返答も想定していたのか、不機嫌な顔ひとつせず、こう言った。

「もちろん恨んだ時期もありました。しかし、時が経つにつれ、私も人並みの幸せを手に入れ、成長し、大人になりました。あるとき、年老いたあなたが不自由な体で老後を過ごしているとの噂を耳にしました。そんなとき、旦那の転勤で偶然にもこの近くに住むことになりました。そんなきっかけもなければこのように訪れることもなかったかもしれませんが…」

娘はさらに続けた。

「全てを水に流し、ひとりの娘として親孝行をしたいと思います。迷惑かもしれませんが、これからは毎日私がお世話をしに来ます」

私は家庭崩壊の原因を作っただけでなく、娘に対しても虐待同然のことをしていた。

当然、恨まれていると感じていたから、娘の好意をすぐに受け入れる気にはなれなかった。

しかし、毎日献身的に身の回りの世話をしてくれる姿に、いつしか懐疑的な気持ちも薄れていった。

ホームヘルパーを断ったことで、貯蓄の残金を心配する必要もなくなったのも、私をより一層安心させた。

「どんな恨みよりも、親子の絆というものは強いものなんだな」。

私はこの歳になって初めて、家族のありがたみを感じた。

そんなある日、娘が私にあるプレゼントをしてくれた。

我が家を取り囲むようにして、槐(えんじゅ)の木を数十本植えてくれたのだ。

槐の木は「えん・じゅ」→「延・寿」→「延寿」と、寿命が延びる縁起の良い木とされている。

縁起を担いで表札の土台に使う人も少なくないほどだ。

ただ、幹に傷をつけてしまうと、猛烈な異臭を放つのが難ではあるが…。

私の長寿を望んで、わざわざお金をかけて縁起を担いでくれた娘の優しさに心から感謝した。

しかし、その喜びも束の間、槐が植えられた日を境に私の幸せな余生が一変した。

あれほど毎日献身的に世話をしてくれた娘が全く姿を見せなくなったのだ。

献身的な介護にすっかり慣れきってしまった私は、気づけば自力で起き上がることすら困難になってしまっていた。

助けを呼ぼうにもベッドから這い出ることすらできない。

食事もとれず、汗と糞尿にまみれたまま、ベッドに横たわることしかできない日々…。

朦朧とする意識の中、家の回り誰かがをうろつく気配を感じた。

槐の木の幹をノコギリで傷つけるような音も…。

槐が放つ独特の異臭が家全体をつつみ込む。

あの頃はあまり気にしていなかったが、娘が来なくなった頃から、この妙な物音が家の外から聞こえていたのを思い出した…。

ヘルパーを頼んでいた頃に時折来てくれていた友人がすっかり来なくなってしまったのも、この異臭が原因だったのか…。

今の私は無様な姿で、独り寂しく、孤独な死を迎えるだけの存在になってしまった。

娘の優しさに隠された、おぞましい復讐劇も理解した。

そして、死の淵をさ迷い続ける日々の中、とあることに気づいた。

「槐………えんじゅ………怨…呪………怨呪!?」

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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