中編5
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恨針

F君には、父親がいない。

「親父は、俺が小さい頃に事故で死んじまって…」

それからしばらくして母が再婚したのだが、その相手がひどい男だったそうだ。

毎日のように酒を飲んでは、母に暴力を振るっていた。

「お袋も騙されてたみたいで、再婚したことを後悔して泣いてたっけ…」

顔や体中に痣をつくって、それでも母はF君をいつもかばってくれていたという。

「今なら、どこかしらに相談すれば良かったと思うけど…」

当時はそんな知識のある人も近くにおらず、義父の良いようにされるがままだった。

ある真夜中にふと起きると、母が独り部屋の中で何やらブツブツと呟いている。

そーっと覗いてみると、母は義父の写った写真に畳針を何度も何度も刺していた。

「お母さん…」

F君が近づいてそっと声をかけると、母は泣きながらF君を抱きしめた。

「ごめんね…こんな思いさせて…ごめんね…」

嗚咽に近い声で、必死でF君に謝り続ける母。

「あんな男、死んでしまえばいいのに…あんなクズ男…」

F君を抱きながら、声色を一瞬変えて恨み言をボソリと呟いた。

どんな表情で呟いたのかは、F君には見えなかった。

それから数日ほど経ったころだろうか…

徐々に、だが確実に義父の様子が急変しだした。

身体のあちこちが痛くて仕方ないのだと、母に泣き言を言ってくる。

しかし、母はそれを自業自得だと完全無視した。

F君も「相手にするな」と母に強く言われていたため、仕方なく従った。

一ヶ月ほどが経つと、義父は酒も飲めなくなりすっかり痩せ細っていた。

「ゲホッ…ゲホッ…」

たまにどす黒い血のような物を吐き出していたが、母はそれを見てもせせら笑っていた。

それには、さすがにF君も見ていられなくなった。

しかし義父に手など差し伸べようとすると、母は鬼のような形相でそれを叱った。

ひどい時には、バチンバチンとF君の頬を思い切り引っぱたいたという。

「今まで優しかった母とは、まるで人が変わったみたいで恐ろしかった…」

そんな日が続いた、ある日のこと。

ついに、義父が亡くなった。

独りで車を運転していたところ、大きなトラックに突っ込まれて即死だった。

ろくな葬儀も行われないまま、義父は墓へと葬られた。

「本当に長かったけど、これで終わったんだなって……そのときは思ってた」

しかし、それでも母の様子は何だかおかしかった。

真夜中に、相変わらず独り部屋にこもってブツブツと呟いている。

覗くと、穴だらけになった義父の写真が部屋の中に山積みになっていた。

「死んでも憎い…死んでも憎い……」

そんな母を見て背筋がゾッとして膝が震えてしまい、F君は声をかけることも出来ずにビクビクしながら布団に包まった。

そんなF君の元に、死んだ義父が出てきたのは数日後のことだった。

布団で眠っていると、ズルズルという音が聞こえてくる…

腹の上にずしりと、何か重いものが乗っかるような感触。

何とか首を持ち上げて腹の上を見ると、そこには這いずるような格好の義父。

しかしその姿は異様だった。

顔や胴体・手足、いたるところに釘が深々と突き刺さっている。

あう〜あう〜…と、悶える様にうめき声をあげて身体をうねらせる。

痛々しく釘の刺さったところからどす黒い血があふれ出しては全身に滴っている。

見るに耐えない無残な姿に、F君は思わず気を失った。

しかし、義父はその後も毎晩のようにF君の元に現れた。

「…け…い〜……けな…〜…」

それは必死でF君に何かを呼びかけているようにも見えた。

「ぬ…けない〜…ぬけない〜……」

苦しそうな声で、助けを求めるようにF君に向かってうめき続ける。

やがてフッと消えると、隣の部屋から母の声がブツブツと聞こえだす。

「ああ憎い…ああ憎い…」

そう恨めしそうに呟きながら、義父の写真に針を突き刺し続ける母。

「お母さん…もうやめて!」

F君はたまらず、そう叫びながら母を止める。

すると母は怒り狂って白目を向きながら、バタリと突然倒れてしまったという。

慌てて救急車を呼んだが、母の身体には特に異常はなかった。

しかし絶対何かおかしい…

F君には、そう思えて仕方がなかった。

小さい頃から可愛がってもらった、近所のお寺のお坊さんに思い切って相談してみる。

お坊さんは、まだ言葉足らずなF君の話を「うん、うん」と頷きながら熱心に聞いてくれた。

すべて聞いた後に、お坊さんは語る。

人間が持つ強い恨みは、死んだ者もなお苦しめることになる…

F君の母が何故そこまで恨むのかは分からないが、このままでは義父はいつまでも苦しみ続けることになるだろう。

「一体、どうすればいいんですか?」

泣きながら助言を求めるF君に、お坊さんは真剣な眼差しで言う。

「お母さんを、ここに連れてきなさい」

翌日F君が無理やり母を連れてくると、母は異常なほどに怒り狂って叫んでいた。

ギャーギャーと奇声を上げては、寺の中に入るのを拒んでいる。

顔や手を何度も引っかかれながら、何とかして母を寺の中へ入れた。

その頃にはブランと首をうなだれて、母はすっかり大人しくなっていた。

お坊さんはF君を待たせておくと、母を連れて部屋の中へと入っていく。

お経を読む声と、時折叫ぶ母の声が部屋の中から響いてくる。

やがてシーンと静まり、お坊さんが母を連れて部屋の中から出てきた。

ガクンとうなだれる母の姿に、F君は心配してすぐ駆け寄る。

「もう大丈夫です。お母さんに憑いていた悪いものは離れていきました」

お坊さんは優しく言うと、F君の頭をそっとなでた。

それからというもの、母は以前のような優しい性格に戻り、義父が現れることも無くなったという。

どんなものが母に憑いていたのかは分からない。

「人が持つ恨みというのは、本当に恐ろしいものだと今でも思うね…」

鬼のような恐ろしい母の形相と、苦しむ義父の姿は未だに忘れられないそうだ。

怖い話投稿:ホラーテラー geniusさん  

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