長い話で怖くもないので興味がある方だけお読み下さい。
普段、日常生活をしている中では覗き知る事の出来ない精神病院の入院病棟。
私が専門学校を卒業し関西にある某精神病院に就職したのは10年近く前の事でした。
初めて見た内部は…窓には鉄格子(脱走、飛び降りを防ぐ為です。)全扉には鍵を施錠(職員以外は開け閉め出来ず。)暴れた時の為の隔離室(24時間監視カメラ付きで6畳ほどの部屋に布団とトイレしかない部屋。当然外から鍵を閉め、中からは開きません。)また拘束帯…などなど刑務所以下かと思いました。
私がいた閉鎖高齢者病棟の患者は私物などほとんど所持出来ず(あっても歯ブラシ、タオル1枚程度でした。)プライバシー、自由などといったものは皆無でした。
そんな中に長い人では20年近くずっと入院生活を送ってる患者もいたりしました。(一般病院では3ヶ月の入院を過ぎると保険やお金の関係で退院を促されますが精神科はそんな事はなく取りっぱぐれはないようでした。)
毎日、決まった時間にオムツ交換、食事、わずかばかりのおやつがあり、週2回の一斉に行う入浴介助(男女関係なく入ってました。)がありました。
人間、馴れというのは怖いもので最初の数カ月は病院の方針に疑問を抱きつつ仕事をしていましたが、結局一人では何も変える事も出来ず染まっていきました。
普通、病院といえば専門的な知識を持った看護師がせわしなく働いているイメージですが精神科の看護師はほとんどする仕事がありませんでした。
なぜなら、心は病んでいても身体は健康な人が多く、日常生活を送る為の身体機能には問題がない人が多いからです。
決まった時間に薬を渡し、飲ませ、無意味にバイタルを計りカルテに書き込むだけの仕事。
そんな仕事の為、看護師として第一線を退いた人、他で定年を迎えてここに来た人など60代〜最高は80歳近い看護師ばかりでした。
しかし、いくら身体は健康といっても高齢者病棟ですから歳には勝てず毎年何人もの患者が老衰で亡くなっていきました。
人間とは不思議なもので、初めて「死」を目の当たりした時は、今までのやり取りや会話など思い出され複雑な感情になりますが、何人もの死を看取る内に何とも思わなくなります。
事務的に淡々と死後の処置を行うようになり、終いには仕事後の予定やどうでもよい雑談を交わしながら行ったりしていました。
鬱病の人に対しての接し方の一つに「否定も肯定もしない」といったものがあります。「頑張って下さい。」などと応援するような発言に対して過敏に反応し精神的に追い込む事になるからです。
そういった感情を移入することのないやり取りが働く者の感情を麻痺させてしまい仕事が事務的になってしまう要因の1つになっているのかもしれません。
悲しい事に感情が麻痺してくると、その人の尊厳や個性など無視し患者を見下すようになってきます。
正直、精神科というのは内部で何か起きても情報が外部に漏れる事がほとんどなく暴言、虐待が頻繁に起きていました(今はそんな事はないと思いますが…)
おばちゃん看護師が患者を叩いたり若いヘルパーの兄ちゃんがお尻を蹴ったり、襟元を掴み「ぶっ殺すぞ!ジジィ!!」と怒鳴ったりするのを陰で何度も目撃しました。
誰も注意せず、見ても見ぬフリ…。そうなればどんどんエスカレートしていきます。
一応、病棟の管理責任者がいましたがその人も「まぁほどほどにしとけよ〜。痣とか痕は残すなよ。」とか言う始末。
何かが起きれば患者側から突っ掛かってきたと言えばそれまででした。
その度に拘束、隔離が当たり前のようにありました。
精神科で働いている者の感情が自分でもわからないうちに麻痺、崩壊し人や物に対して無関心、無感動になっていくのです。(全員がそうなる訳ではないと思いますが)
まさに、ミイラ取りがミイラ…状態です。
私が仕事を辞めるきっかけになったのは働き出して1年が経った頃でした。
専門学校の同級生達と1年ぶりに同窓会がてら飲む事になりました。
そこで皆、仕事の近況、愚痴や不満をぶちまけていましたが、私にはそれが仕事を、患者をもっとよりよくしていきたい、そういった感情の表れに感じとてもうらやましく聞こえました。
とてもではありませんが私の仕事の近況、内容など話す事が出来ませんでした。
同窓会の帰り、やけになって酒を飲んだ後、地元の駅トイレで吐きながら泣いたのを覚えています。
いつから、自分は変わってしまったんだろう。
就職した当時のような意欲はどこへ消えてしまったんだろう。
そんな事を考え、これ以上仕事を続けていく自信を無くし退職を決意しました。
私のような人間が医療、介護に関わるべきではないと思い…。
そしてもう2度とこの業界には戻ってこないと決めました。
退職してからはバイトをしながら生計を立てていましたが、少しずつではありますが人間的な感情を取り戻せたような気がします。
今でもその病院があるかどうかは知りませんが、感受性の強い人、流されやすい人、思い込みの強い人などはあまり精神科で働く事はオススメしません。
怖い話投稿:ホラーテラー 出前三丁さん
作者怖話