中編3
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延長、お願いします

前回、別名で『放課後の隠れん坊』を投稿した者です。なんだかわからないけど怖い、そういう話が好きな方が読んで頂ければ幸いです。

その日私はカラオケに行きたくなった。特にストレスが溜まっていたわけでもないが、「あ、カラオケ行きたい」と漠然と思う事がよくあるのだ。

いつものように仕事が終わりトイレに化粧直しをしに行くと、鏡の前でにらめっこをしているカラオケ仲間の美香がいた。

「あ、いいところに!」

私がそう言いながら近寄ると、美香はにらめっこを中断し、鏡ごしに微笑んだ。

「今日は無理。」

「え〜!なんで!?」

「そんなに私はお暇じゃなくってよ?」

…どうやら彼女には2年ぶりにアレができたらしい。

高級ブランドのグロスをこれでもかと唇に塗りたくると、彼女は颯爽と私の前を通り過ぎていった。いつにもまして残り香が鼻につく女である。

目的は定まった。ストレスを発散する為に行かなければ。

こうして私は初めてのヒトリカラオケ、所謂『ヒトカラ』に挑戦する事になったのだ。

「1人、2時間、DAMで」

新人さんだろうか。見慣れた顔ではなかったが、悲しい女の虚しい言葉をたどたどしくも受け入れてくれた。

タイムリミット、2時間。

部屋に入るなり、私は大好きなアーティストの曲を入れまくった。イントロを聴きながら上着をハンガーに掛け、本体とマイクの音量を調整する。正しい発声方法なんぞお構いなしに張り上げながら歌っていた。

残り時間、11分。

ヒトカラの楽しさに気付いてしまい延長する事を考えたが、美香のムカつくぐらいの笑顔を思い出し無性に虚しくなったので、荷物を片付け始めた。と同時にある有名なイントロが流れ始めた。

あれ、なんで?バグ?

しんみりとした曲調、次々と流れていく単語は、どれも物悲しい。

これは美香が昔フられた時によく歌っていた『失恋』の歌だ、とサビ手前で思い出した。やたらと長い歌で歌詞が暗い為、私はこの曲があまり好きではない。美香には申し訳ないが、これが流れ始めると私にとってはトイレタイムの始まりだった。

残り時間、7分。

いつもの受付からの電話が鳴らない。不思議に思いながらも停止ボタンを押す事さえ面倒臭いので、曲を流しっぱなしにして受付に行った。

「あ、会計お願いします」

部屋番号が書かれた用紙を差し出しながらそう言ったが、受付の女性は一瞬固まったように見えた。

「あの、お客様、つい先ほどの延長はお取り消しという事でよろしいのでしょうか…?」

「へ?」

つい馬鹿っぽい聞き返しをしてしまったが、受付の女性は言葉に詰まりながらも教えてくれた。

「え、いや、あの、先ほど終了10分前のお知らせをさせて頂いた時に、お客様から閉店までの延長のご希望がありましたので…」

「え、私がですか?」

「はい」

意味がわからない。新人さん、間違えてるよ頼むよもう、と失礼ながらも思った。

「でも10分前の電話ありませんでしたけど…」

「いやそんな事はないはずです、確かにお客様のお部屋にお知らせ致しました」

「いや、本当にありませんでしたよ、ずっと部屋にいましたし…」

「ですが…はっきりとお客様の声で『延長お願いします』と…」

ふと新人さんの目線が私の背後に向けられる。

そこで後ろにカップルと思われる男女が居る事に気がついた。困っているかわいらしい店員と、それに歯向かう男の影が微塵も感じられない私。カップルの目の前には紛れも無い『クレーマー』が居た。

「…すみません、延長はなしで、会計お願いします…」

もう虚しくて虚しくて、その時は恐怖なんか皆無だった。

でも家に帰ってきてふと冷静になると、先ほどの事が何かとんでもない事なんじゃないかと思い始めた。現に、ずっと耳鳴りがしているのも気になる。低くて鈍い、ズーーーンって音が。

それと、あの曲。

欝陶しいぐらいに思っていたあの曲が何故かすごく気になる。歌いたくなる。失恋なんてしていないのに。

あれ?延長お願いしますって、私が言ったのかな。それさえもわからなくなってきた自分が一番怖い。

わかっているのは、いつのまにか一字一句間違わずに口ずさんでいる自分がいる事。

大好きな、あの歌を。

怖い話投稿:ホラーテラー プンスさん  

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