短編2
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認識と事実

何をやるでもなく、その日はテレビを見ていた。

当時少年だった私は、体が弱いこともあり家にこもりがちだった。

同居していた祖母は私が退屈しないように、たくさんの本を買い与えてくれた。

そのおかげで私はかなりの読書家だった。

しかしその日はあいにく、新しく買ってもらった本を全部読んでしまっていた。

何故か目が冴えて眠れなかった。

夜更かしをするのは好きだった。

人の声や物音が消え、雑音から隔絶された空間が広がる。

それに対し、日の光はわけもなく私の焦燥感を煽る。

夜こそ日常の真の姿だ。

だからこそ、昼間は認識の外にあるものを、そこに見てしまう。

人間が闇の中で物を見ることができないのは、そこに見てはいけないものが在るかららしい。

信心深い祖母が言っていたことだ

テレビのチャンネルをいくつかザッピングするが、興味を引くような内容のものはなかった。

テレビを消すと辺りが静まり返った。

水の滴る音にさえ意味もなく反応してしまう。

時々誰かに見られている気がして、何度も後ろを振り返った。

テーブルを横切ると、その下から出てきた誰かに脚をつかまれそうで、足早に通り過ぎた。

電話が鳴った。

人見知りだった私は、電話に出るのが億劫だった。

しかし大事な要件だったら、私が寝ている祖母に取り次がなければならないと思い、受話器を取った。

聞こえるのは無音だった。

厳密にいえば、僅かにそれが聞こえた。

誰かがいるのが分かった。

息遣いの音が聞こえたのだ。

相手は何も言わなかった。それが逆に怖かった。

そこに人間がいると思うと、生理的悪寒を覚えた。

私は口を閉ざしたままだった。

受話器の向こうから、男が沈黙を破った。男がどうかは分からないが、擦れた低い声だった。

今からそっちに行く

それだけだった。

受話器を下ろす音が聞こえた。少し間を置いて、私も受話器を下ろした。

いつの間にか後ろに祖母がいた。

薄明かりの中でその輪郭は曖昧で、祖母の表情を読み取ることはできなかった。

窓を叩く音がした。

最初は強風で窓が揺れているのだと思った。

だが、貼りつくように何度も窓越しに現れる手の平を見て、向こうから誰かが窓を叩いていることが分かった。

祖母は手の平を擦り合わせ、何かをつぶやき続けた。それはまるで祈るようだった。

家の中に、窓を叩く音と祖母の声がいつまでも響いた。

やがて窓を叩く音は止み、祖母は憔悴したように座り込んだ。

僕は眠ることができず、しばらく祖母の近くにいた。

祖母が亡くなった今、あの日訪れたのが誰なのか僕には分からない。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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