中編6
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セカンドシーズン vol1

男の名は荒木稀人。

赤城たちの、かつての級友となり、やがて不登校となった生徒だった。

荒木稀人はいつのころからか休みがちになり、そして不登校になった。

稀人はいわゆる、ひきこもりのような生活を送っていた。

「まぁくん、ご飯、ここに置いとくから。

ちゃんと食べてね・・・・」

「ん・・・・」

キーボードを叩きながら、気のない返事をした。

稀人はトイレと入浴を除き、一日中この部屋にいた。

ゲームのコントーラーを握っているか、電脳世界の不毛なやり取りに始終しているか。

稀人の行動はほとんど、その二つに限定された。

そしてあるころから、稀人は妄想に取りつかれる。

やがてこの世界を迎える終局。

多くの人間が死に、かつての文明は跡形もなく消滅する。

そこは異形の者たちが闊歩し、僅かに残った生存者との熾烈な戦闘が繰り広げられる。

稀人の精神状態は、もはや正気とは呼べないものになっていた。

だが彼はその妄想に駆り立てられ、来るべきその日のために自らを鍛え上げた。

母親に頼み、自宅で筋力トレーニングができるよう買いそろえた。

そしてさらに白兵戦、戦略について独学で学び、独自の戦闘理論を生み出した。

それは彼の手段であり、また哲学でもあった。

世界から拒絶された今、自らの能力が唯一のアイデンティティ。

彼の能力は、現実を認識する能力を除き、他の人間を遥かにしのぐものとなった。

暗闇の中、人知れず、稀人はただ己の刃を研ぎ続けた。

しかし自らの状況を改めて理解し、そして理性を取り戻した稀人は二度目の絶望に襲われた。

今度は狂うことすらできない。

誰にも認めてもらえない。

こんなに懸命に努力しているのに。

稀人は、かつての自分に戻る決心をした。

一日中、テレビのパソコンの画面の前に座り続け、現実から逃避することを選んだ。

そして突如襲撃された日常。

崩れた天井が彼に迫った時、彼は自らの死を確認した。

しかしフィギュアを保存していたラックと、今は使うこともなくなった本棚がたがいに寄り添うように倒れ、瓦礫の間に僅かなスペースをつくった。

そして稀人は死を免れた。

何とかそこから抜け出し、稀人はあたりを見回す。

「パソコン、壊れてるだろうな・・・・」

この危機的な状況で、自分がどうでもいいことを気にしていることに気づき、稀人は自嘲気味に微笑んだ。

靴に足を通すと、懐かしい感触を覚えた。

一体何ヶ月振りだろう。

ずっと日の光を見ることはないと思っていた。

まさかこんな形で外に出ることになろうとは思っていなかった。

「俺、結構ついてんのかもな・・・・」

ドアの金具は地震の衝撃で壊れていたが、体重をかけるとなんとか開くことができた。

今まではずっと、ドアを開けた瞬間まばゆい光に包まれるのとばかり思っていた。

外では、心地よい静寂と闇が広がっていた。

深呼吸すると、肺に冷たい空気が流れ込んだ。

それはとても新鮮なものに思えた。

ふと稀人はあることに気付いた。

靴のサイズが少し小さくなっているのだ。

買った当時は成長期の自分の足が大きくなることを見込み、少し大きめのサイズを選んだのに。

心が過去に置き去りにされても、身体はずっと成長し続けていたのだ。

そのことを思うと、なんだか切なくなった。

稀人は近くの量販店を物色し、食糧や生活用品をあさった。

そしてあるブティックへ訪れた。

かつての稀人には、ブティックなんて縁がなかった。

稀人は周りに誰もいないことを確かめ、そして服探しを始めた。

ひきこもりになってから、服は下着を含め全て母親が買っていた。

なので、こういう風に自分で服を選ぶのは、とても新鮮な感覚だった。

鏡の前に立ち、いろんな服を身体の前であてがう。

まるでワンマンアーミーならぬ、ワンマンファッションショーだ。

どうしても自分は、地味な色合いの服を選ぶ傾向があるようだ。

そして数十分店内を歩き、並べられていた物のうちのいくつかを取ると、それに着替えた。

だが、何だかしっくりこなかった。

そこで、南側の大きな窓に取り付けられていた、白いカーテンが目に入った。

稀人はそれを器用に縫い上げ、フード付きのマントを作った。

鏡の前でいくつかポーズを決めてみる。

悪くない感じだ。

荒野にただ一人たたずむ、孤高の戦士、といったところか。

そしてブティックからでた稀人の前に、爬虫類的なフォルムのアンデットが現れる。

アンデットは少し間を置き、外気を吸い込むと、稀人の方に火を吹いた。

今度こそ死ぬ。

そう思った。

しかし防火性のカーテンによって、稀人は死を免れた。

死への恐怖は、暴力的な衝動に変わった。

今こそ、俺の能力、俺という人間が試されるとき。

闘うのだ。

稀人は超人的な身体能力と反応速度でアンデットの攻撃を回避し、ナイフで繰り返し切りつけた。

ナイフは刃渡りが小さく、アンデットを即死させることはできなかったが、やがて失血したようにアンデットは絶命した。

勝利。

勝ったのだ、俺は。

この怪物に・・・・。

思えば俺の人生は競争の連続だった。

部活、恋愛、受験。

そう。

かつての俺はその度に、次々に勝利を手におさめた。

闘う。

闘って、闘って、闘って、完膚なきまでに相手を叩きのめす。

それこそが本来の俺、そして人間の在るべき姿なのだ。

これから何が始まるのかは分からない。

だが俺は生き残って見せる。

この怪物たちを一つ残らず殲滅して・・・・。

そして稀人に、ある考えが生まれた。

木材を無造作に組み、火を付けると、勢いよく炎が上がった。

そしてアンデットを、豚のように丸焼きにした。

かつて古代の戦士は、相手の力を自らに取り込むため、戦闘によって殺害した敵兵の肉を食らったらしい。

稀人も同じような心境で、ただひたすら肉塊を貪った。

アンデットの肉は、牛や豚などのものではなく、外骨格を持つカニやエビのそれだった。

そして咀嚼するたびに、乾きが満たされるようだった。

生きている。

今俺はそれを実感している。

稀人はアンデットの異常に発達した犬歯に注目した。

これは使えるかもしれない。

稀人はかつて原始時代の人間がしていたように、ナイフで牙をとぎ、手ごろな大きさ加工し、その先端を平たく研いだ。

このちゃちなナイフよりかはよっぽど役に立つだろう。

稀人はそのあとも街をさまようように歩き続け、アンデットを何体も仕留めた。

もともと電気をほとんどつけず部屋に引きこもっていた稀人は、とても夜目が利く方だった。

俺はハンターだ。

孤高の誇り高き狩猟者。

そして稀人は尋常ではない高揚感に包まれ、ほとんど意識のないまま路上を歩いていた。

そこへバイクの駆動音が轟き、そして地面を揺らすような足音が続いた。

なんだ、あれは。

まるで恐竜じゃないか。

決めたぞ、次の獲物はあいつだ。

稀人は路地に入ったアンデットを見失わないように追跡し、そしてある建物に隠れた。

迂闊に動けば、自らの命を失う。

隙を見て、獲物と呼吸を合わせ、機会を待つんだ。

無防備な頸が、目の前に差し出されるのを。

そしてその時は来た。

アンデットは目の前の少年に気を取られている。

少年の顔にはどこが見おぼえがあったが、今はそんなことどうでもいい。

窓から身を乗り出し、そして全体重とともに渾身の一撃を後頭部にはなった。

確かな手ごたえとともに、獲物が崩れ落ちる。

その時、高揚感はエクスタシーに達した。

しかし獲物の近くにいつの間にかいた小物をみて、水を差された気分になった。

「興醒めなんだよ・・・・」

稀人は人面猿の頭を鷲掴みにすると、鬱憤を晴らすように投げ捨てた。

そして改めて二人を観察した。

一人は名前が出てこないが、もう一人は元江だ。

かつて稀人は、元江の知性を見込んでいた。

そうか。

お前も俺と同じ、狩猟者なのか。

お前とは・・・・気が合いそうだ・・・・。

稀人は、再会を懐かしむ心境にいた。

そこへ名前も知らない、阿呆面が口を開いた。

「お前・・・・荒木か・・・・!?」

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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