短編2
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雑宝蔵経

ひとりの男が旅をしていた。ある夜、寂れた空き屋を宿としていたところ、真夜中にな

って、1匹の鬼が人の死骸を担いできた。程なくもう1匹の鬼が追って来て「この死骸

は俺のものだ。」と言い出し、激しい争いが始まった。

やがて、前の鬼が「こうして争っていても仕方がない。証人を立ててどちらのものかを

決めよう」と後の鬼に提案した。後の鬼も承知したので、前の鬼は、隅で小さくなって

震えていた男を引きずり出し、屍がどちらのものかを証言してくれと頼んだ。

男は思った。一方の鬼に有利なことを言えば、他方の鬼に恨まれて殺されてしまうだろ

う。覚悟して正直に自分の見た通りを話した。案の定、後の鬼は怒り、男の腕をねじ取

った。これを見た前の鬼は、すぐに死骸の腕を取って来て補った。

後の鬼はますます怒り、足を抜き、胴を取り去り、とうとう頭まで、もいでしまった。

前の鬼は次々に、屍の足、胴、頭を取って、全てを補ってしまった。こうして2匹の鬼

は争いを止め、辺りに散らばったバラバラの体を食べて立ち去った。

男は親からもらった四肢も胴も頭も鬼に食べられ、いまやその体の全てが死骸のもので

ある。一体、自分は自分なのか自分ではないのか、全く分からなくなった男は、夜が明

けるや、寺に駆け込み、昨夜の恐怖の体験を話した。

ところが仏教者たちは、この話の中に、無我の理を感得し、まことに尊い感じを得たと

いう。

怖い話投稿:ホラーテラー 無我さん  

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